「通年採用」がこれからのスタンダードに?行政の動きからメリット・デメリットまで解説
採用活動の時期や期間を限定せず、年間を通じて採用活動を行う「通年採用」。これまで主流だった新卒一括採用から「通年採用」へと切り替える企業も徐々に増えてきました。
今回は、複数業界で人事支援のご経験を持つ小林 佳子さんに、「通年採用」の概要から行政の動き、メリット・デメリットに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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小林 佳子(こばやし よしこ)/キャリアデザインコンサルティング株式会社 最高執行責任者(COO)、一般社団法人組織変革のためのダイバーシティOTD普及協会 理事
ソフトバンクにて関東甲信越エリアマネージャーとして世の中のインターネット普及に携わったあと人事職へ。その後、金融・人材紹介・広告PR会社で通算15年一貫して人材開発と組織開発の領域に従事した後、独立。ライフワークはダイバーシティをテーマに掲げており、現在は女性活躍事業の経営を仲間と共に担いながら複数社人事支援も実施するパラレルワーカー。
目次
「通年採用」とは
──「通年採用」の概要について、新卒一括採用との違いも踏まえて教えてください。
「通年採用」とは、企業が年間を通して自由に採用活動を実施することを指します。そのタイミングや手法は各社さまざまで、新卒・中途にかかわらず採用対象者のニーズや必要性に応じて自由に設計されます。欧米や外資系企業では比較的当たり前に行われてきた手法です。これまで日本では、学生の卒業スケジュールに合わせて毎年春に『新卒一括採用』を行う企業が大半を占めていました。毎年3月に募集や説明会が解禁され、6月から面接・内定と進み翌年4月の入社を目指す形です。
しかし、近年では採用対象者の多様化(第二新卒・留学生・帰国子女など)や、新卒獲得の競争が激化し単一的な採用方法だけでは人材を採用しきれない現状から、「通年採用」が注目を集めるようになってきています。
「通年採用」が増加している背景
──「通年採用」をすでに導入している、もしくは今後の導入を予定している企業も増えてきたように感じます。その理由についてもう少し詳しく教えてください。
先ほどお伝えしたように『新卒一括採用が時流に合わなくなってきている』という点が大きいからだと考えています。近年のグローバル化や就労人口減少による慢性的な人材不足、学生の売り手市場、などの要因から幅広い人材を受け入れる必要があることは皆さんの会社や周辺でも見られる状況ではないでしょうか。また、事業環境が急激に変化することも多いことから、より早い人材戦略の展開や、人材ポートフォリオの組み替えの必要性が増していることなども理由です。
採用競争の激しい現代において優秀な人材を確保するためには、多様な対象者(外国人・留学生・帰国子女・第二新卒など)に合わせた採用活動を行うことが必須となります。新卒一括採用の仕組みは企業にとって合理的な手法であり、就活生にとってもスケジュールが想定しやすく調整がしやすいため自然と受け入れられてきた過去がありますが、価値観が多様化してきたことも影響し、このような企業側の都合を優先した採用手法が受け入れられにくくなっていることも事実でしょう。希少な学生人材を獲得するためには学生ファーストで選ばれる企業になるために「通年採用」を意図的に導入する企業も少なくない印象です。
企業における「通年採用」のメリットとデメリット
──企業の視点から見て「通年採用」にはどういったメリットとデメリットがありますか。
「通年採用」のメリットは、新卒学生と文字通り1年を通して接触しながら、自社にしっかりとマッチした人材を慎重かつ時間的な余裕を持って選考をできるようになることです。また、海外留学経験者や専門的な学業・研究などに励みたいと考えている学生などにも広く自社への門戸を開くことができる上、残念なことに内定辞退があったとしても翌年を待たずすぐに新たな学生の採用に向けて活動をできることなど、柔軟な対応が可能になります。
一方デメリットとしては、学生が第一志望の企業から内定を獲得できなかった場合などの状況において、自社が『滑り止め』とされてしまう可能性があることや、常に採用活動を行うための窓口をオープンにするため採用担当者の業務負担・工数・コストが増加してしまうことなどがあります。加えて、入社後の受け入れ体制や人事研修制度、現場配属先との調整など環境整備の仕組みを年間を通して維持・運営をする必要性が出てきますので、難易度は新卒一括採用と比べて高くなることも想定されます。
「通年採用」導入時に注意すべき点・コツ
──「通年採用」を自社で導入しようと考えた時に、どういった点に注意すべきでしょうか。
「通年採用」をうまく運用できている企業に共通するのは、『採用戦略が明確になっている』ことです。「通年採用」導入に至るまでの背景やビジョンが採用戦略や経営戦略としっかりと連動しており、「通年採用」の実施が目的ではなく手段として活用できていると感じます。
そのため、導入時には『どのような学生と出会いたいのか』を検討するところから始めると良いでしょう。採用したい学生像をしっかりと定義し、その中で「通年採用」が手段としてどのように有効に働くのかをイメージできていれば、自ずと導入・運用をスムーズに進めて行くことができるようになるはずです。「通年採用」を導入したことで、学生の方から面接の時に『先進した取り組みをしている企業という印象を持った』と言っていただいたこともありました。実施することそれ自体が企業へのイメージに影響も与えることもあります。
その際、採用対象者の状態に合わせた受け入れ体制の構築には十分な注意が必要です。よくある失敗例としては、新卒一括採用のように同期入社メンバーが少ないため、入社後に孤独感や疎外感を感じさせてしまうケースです。このような状況ではせっかく採用した社員の早期退職やエンゲージメントの低下などに繋がってしまいかねません。そのような状況を防ぐためにも、現場OJTを手厚くしたりメンターやトレーナーをサポート担当としてアサインしたりするなど、柔軟な対応が求められます。
行政の動きと最新の法改正内容
──「通年採用」を導入するにあたり関連する行政の動きなども注視しておくべきだと思いますが、最新の法改正内容について教えてください。
先ほどお伝えしたような世の中の動きや変化に応じて、行政側も様々なアクションを取っていますので、いくつかご紹介します。
新卒一括採用から「通年採用」にシフトするということは、必然的に中途採用の社員比率が増える事になります。それに関連する点で、政府の雇用制度改革の一環として2021年4月から一定数の雇用を行う企業には中途採用比率の公表が義務づけられることとなりました。これは厚生労働省が定めた指針で、『常時雇用する労働者数が301人以上の企業における中途採用比率の公表が義務化され、対象企業は直近の3事業年度の中途採用比率を年1回公表しなければならない』というものです。罰則は現時点では規定されていないようですが、就活生や求職者から見て情報不足や不透明であるというネガティブな印象に繋がる可能性があるため、企業としてはしっかりと開示すべき情報と言えます。
※参考:厚生労働省『正規雇用労働者の中途採用比率の公表』
また、2018年10月9日、経団連は2021年卒の新卒採用から経団連が主導して就職活動の時期を決めるルールを廃止する、と記者会見で発表しました。この発表を受けて、企業側は2022年卒の新卒採用から新卒一括採用から「通年採用」に切り替える動きが本格化することとになりました。経団連がこのような判断をした背景も、先ほどお話した内容が大きく危機感があったのだと思います。この流れを受けてこれまで前倒しをされる傾向があった新卒採用スケジュールについて、2022年11月には関係省庁や経済界による連絡会議では、企業側の就活生向けの企業説明会などの実施を、大学3年生の3月以降、面接などの採用選考を大学4年生の6月以降、内定は10月以降に出すように見直しが行われました。
直近では同じく経団連が2026年春に入社予定の学生を対象に、企業が専門性の高い人材を柔軟に採用できるような手法について検討が始まっています。対象には人工知能(AI)やデータ解析、エンジニアリングなどに習熟した学生が想定されています。
※参考:「新卒一括」見直しへ半歩 政府、専門人材の採用柔軟に/日本経済新聞
これらの行政の動きはどちらも企業の雇用の拡大や就活生や求職者の就職活動の幅を広げるもので、「通年採用」による中途採用や経験者採用の拡大、「通年採用」そのものの広がりが促進されることが狙いです。採用する企業側のルールが緩和されれば、企業にとっても採用戦略上の選択肢も増えることになりますし、「通年採用」を導入することで中途・新卒にかかわらず『採用に柔軟な姿勢があること』を積極的にアピールでき、多様な人材に出会うことができやすくなります。
「通年採用」の今後について
──今後の「通年採用」はどうなっていく見通しでしょうか。
前述した経団連による就活ルール廃止方針の打ち出しは、単なる採用活動の時期だけではなく、これまで常識とされてきた『中学卒業→高校卒業→大学卒業→就職』という就学から就職までの流れを良い意味で崩せるインパクトがあると考えています。最近では学校を卒業後、一般の企業に就職するのではなく、すぐに個人事業主やフリーランスとして仕事をする『新卒フリーランス』の方々も登場するなど、人材の流動化や働き方の多様化にも寄与して日本経済の明るい材料になってくるのではと思います。
「通年採用」が今後のスタンダードになるのでは、と感じている一方で、その導入の難しさを実感している企業が多いというのがリアルなところだとも思います。例えば、これまでの新卒一括採用手法で新卒社員を採用し、4月にまとめて就業開始、受け入れをしてきた企業では、当然ですがそれ以外のタイミングで新卒社員を受け入れるという習慣や備えがありません。人事研修や現場への人員配置、OJTなどを含め、長年続けてきた業務慣習やルーティンを変えるのはマインド面だけではなくマンパワーの確保や仕組みの整備なども必要となるため容易ではなく、なかなか「通年採用」を推し進められないのです。
ただ、このような課題の解決に向けてさまざまな改革を推進する企業も増えてきています。一気に新卒一括採用から「通年採用」に切り替えるのではなく、まずは留学生や帰国子女の秋採用の開始や、新卒内定辞退者の補てんのための秋に行う新卒採用など、部分的なところから取り組みを始めている企業が多い印象です。経団連としても雇用の流動性を高めて成長分野に人材が移動しやすくするには採用手法の多様化が不可欠だと見ているため、こうした変化期を踏まえながら、「通年採用」はますます推進されていくことでしょう。
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編集後記
これまで画一的だった新卒採用をより柔軟なものにしていく流れは、今後さらに加速していきそうです。「通年採用」を自社らしい効果的なものにするためには、その目的や採用戦略が明確になっている必要があるという小林さんのお話も印象的でした。導入を検討するプロセスを通じて、これらの土台を固める機会を作るのも良いかもしれません。