スタートアップでの採用を限られた経営資源の中で進めるための採用戦略・手法
採用難易度が年々上がるマーケット感の中、スタートアップ企業から「思うように採用ができない」という声が多く聞かれます。
採用活動にかけられるコスト(工数・人員・予算)が潤沢になく、ノウハウも社内にないことがその要因にあるようです。
しかしながら、スタートアップ企業において良い人材を採用することは、事業成長に大きく直結する重要なミッションです。
経営資源(ヒト・カネ)が不足する中でも、うまく採用を進める方法はないのでしょうか。
そこで今回は、スタートアップ企業の1人目人事として年間300名以上の採用実績を持つ張ヶ谷 拓実さんに、スタートアップ企業ならではの採用基準や戦略の作り方をお聞きしました。
<プロフィール>
張ヶ谷 拓実(はりがや たくみ)/株式会社NewRecord 代表取締役
IT系企業に特化した幹部人材紹介企業にてキャリアコンサルタント、リクルーティングアドバイザーを経験。2015年2月株式会社div入社。テックキャンプの立ち上げに関わる。2016年7月執行役員就任。1人目として人事組織を立ち上げ。年間300名以上の採用、CFO/CTOなどの幹部人材採用、評価制度構築などに取り組む。2021年2月div開発子会社のdivxの立ち上げ、4月取締役就任(現職)。2021年4月株式会社NewRecordを設立。代表取締役に就任。人事アドバイザーとして複数企業の採用戦略、計画作成に携わる。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
スタートアップ採用の特徴
──「スタートアップ採用」と、それ以外の企業との採用にはどんな違いがありますか。
まず大前提として、スタートアップは「採用できなければ会社が成長しない」「競合に抜かれる」「最悪の場合会社が潰れてしまう」などの、切羽詰まった状況に置かれてしまっているのではないでしょうか?
すでに一定の人材を保有している企業と比較すると、以下3つのような違いがあることは認識しておく必要があります。
採用コスト
採用コストを十分にかけられないと、網羅的な打ち手を打つことができなくなります。求人媒体、エージェント、SNS広告出向、イベント出展など、採用コストがあればより多くの打ち手を打つことができます。
知名度
知名度が低いと、求人を見た際のエントリー率、選考に進んだ際の面接参加率、内定承諾率が低くなる可能性があります。
専任担当
スタートアップでは採用人事を他の業務(広報・労務・営業・カスタマーサポートなど)と兼務をしているケースを多く見受けます。専任担当と比べて採用に割ける時間数が不足し、打ち手が減ったり、フォローが不足したりといったことが発生します。人的リソースに余裕のある企業の方が専任担当を置きやすい傾向にはあるでしょう。
採用基準の設計・メンテナンス方法
──スタートアップでは採用基準をどのように設計するのが良いでしょうか。
様々な方法論がありますが、ここでは採用基準を作る上での大きな流れとして3つご紹介します。
採用基準を決めるための基準作り
シリアルアントレプレナー(連続起業家)の場合は別ですが、多くのスタートアップ経営者は「市場にどのような経歴の人がいるのか」をあまり知らないケースが多いです。よって、最初に行うべきは「採用基準を決めるための基準作り」です。その手法はいくつもありますが、「今使える求人媒体で候補者を検索し、30人分の経歴書を見てみる」あたりは1時間もかからずにすぐ取り掛かれて、採用マーケット感覚を養えるのでオススメです。
面接の採用基準
人間には「確証バイアス」があります。自分にとって都合の良い情報ばかりを無意識的に集めてしまうことで、反証する情報を無視したり集めようとしなかったりする傾向のことです。
「会って3分で採用合否を判断できる」という人がいたら、それはおそらく確証バイアスによるものだと思います。せっかく採用基準を決めても、確証バイアスの影響で基準を満たさない候補者を採用してしまっては意味がありません。
それを回避するためにも、質問項目を事前に決めたり、性格診断をしたりすると良いでしょう。「自分は確証バイアスに捉われているのではないか」と面接者が常に自問自答できる環境を用意することが効果的です。
採用基準は企業や状況により変わりますが、以前採用基準の一部が「人間性や価値基準・成果レベル・思考力」だった際に、私は面接で良く「仕事でもプライベートでもいいので、人生で一番成果を出せたことはなんですか?」という質問をしていました。
①人間性や価値基準
「全国大会に出場した」「年間売上120%達成した」「ボランティアで1日に10人に感謝をされた」「友人の誕生日にサプライズをしかけて大成功した」など、あえてプライベートも含めて質問をすることで、「何を成果と感じるか」などの人間性を理解することができます。
②成果レベル
営業といっても、その成果レベルは売上目標数字及び販売しているものによって異なります。例えば「年間100億円」は確かにすごいですが、会社が求める水準が「年間1000万円」なのであればそもそも100億円も必要ないはずです。
既存社員との相対評価の中でその方の成果レベルが高いか低いかを判断していくため、しっかりと深掘りしてヒアリングする必要があります。
③思考力
一番成果を出せた内容を伺った後に、「どのような方法で行ったのか?」「どういう工夫をしたのか?」「なぜそれを一番の成果だと考えたのか?」などの追加質問を行います。それによって相手の考え方はもちろん、どこまでロジックを持ち、深い思考力を持っているかを把握することができます。
採用基準の更新
採用は100%成功するとは限りません。入社後期待した成果が出なかったり、面接との印象が違ったりすることはよく起きます。
そういった際にうやむやにするのではなく、「こういうタイプの方は自社文化に合わない」など、課題を明確にしていく作業はとても重要です。
振り返りの時間を定例で数年先までカレンダーなどで確保してしまいましょう。頻度は3か月に1度くらいでも良いと思います。この“定例で”というのがミソで、気が向いたら実施する形式ではいつまで経っても開催されることはないからです。
またその定例会議の中でまったく課題が出てこなければ即解散で問題ありませんが、課題の1個や2個は必ず見つかるものです。その都度見直して採用基準の更新をしていきましょう。その繰り返しが面接担当者間の認識のズレや入社後ミスマッチを減らすことにつながります。
採用戦略を練る上で重要なこと
──スタートアップでは1人の採用が大きく会社に影響します。その中で張ヶ谷さんはどのように採用戦略や施策を検討していますか?
まず始めに、「採用しなくていい方法」を考えます。事業拡大をする上で、採用はあくまで1つの手段にすぎません。
目標売上、ユーザー規模、利益率などさまざまな理想の状態がある中で、それらを「採用しなくても実現できる」のであれば採用の必要はありません。それなのに採用前提で検討に入ってしまうと、視野が一気に狭まってしまいます。
考えに考え抜いた結果、「おおよそ採用が打ち手として優先順位が高そう」となれば採用をする、くらいの気持ちで臨んでいます。
このように本質的に考えるためにも「最新の事業計画を見る」ことが人事には欠かせません。事業計画を自ら見ることにより、採用以外の方法論を考えられるようになります。
・営業を採用するのではなく代理店販売を検討する
・エンジニアを採用するのではなくSaaSやクラウドサービスを導入する
・(複数事業がある場合)1つの事業を撤退して収益性の高い事業に異動してもらう
上記のような打ち手になるとしたら、必ずしも採用が最適解でないことがわかると思います。人事は経営陣から言われたまま採用をするのではなく、「採用以外の選択肢も提案する役割」であるべきだと考えています。
スタートアップの採用戦略事例3選
──スタートアップ採用において、理想に近い進め方ができた事例などがあれば教えてください。
3つの観点から私が関与した事例を紹介します。
採用難易度の高いCTOの採用──MUST/WANT条件を設定せず熱意をアピール
結果からお伝えすると、CTO採用にも関わらず求人掲載開始からわずか1ヵ月でスカウト10件・面談3件で採用成功できました。もちろんタイミングや運もあったと思いますが、以下2点が採用成功につながったポイントだったと考えています。
・事前に採用要件を経営陣と綿密にすり合わせできていたこと(これにより工数をほぼかけることなくピンポイントな採用活動ができました)
・業務委託からスタートできたこと(社風や仕事の進め方、採用候補者の性格やコミュニケーションスタイルを事前に把握できました)
ちなみにこのポジションの採用基準を検討する際、MUST/WANT要件は特に決めていませんでした。最も大事なものは「CTOのミッションと仕事内容」で、候補者によりMUST/WANTの期待値がどうしても変わってしまうためです。
実際に求人媒体内に記載したミッションと仕事内容を、こちらでご紹介します。
<ミッション>
技術を使った経営課題の解決
<仕事内容>
・経営課題における課題特定と解決策の立案
・会社、プロダクトに必要な技術の選定
・アーキテクチャの設計
・プロダクトの要件定義、開発計画の立案
・開発組織の採用計画の立案、評価制度の策定
・開発組織のスキルアップ支援
・開発組織の各リーダーのマネジメント
・新技術を用いたプロダクト開発
また「よく少ない面談数で決め切れましたね」と聞かれるのですが、正直これは運も大きく味方してくれました。
ただそれ以外でこだわったポイントとしては「スカウトの文面」です。普通は挨拶として会社名と担当社名を名乗るところから始まるスカウトメールが大半なのに対し、私はあえて名乗らずに「あなたのこの経歴に興味があるし、任せたいミッションがあります!」といきなり記載したこともあります。
また「土日でも、早朝・深夜でも海外でもどこでも会いにいきます!」とストレートかつ熱量が高い姿勢も受け取った方の心を動かせたように感じます。
「海外でも」の部分はさすがに冗談だと思われる方もいるかもしれませんが、本当に海外でも行く気満々だったんです。結果的にはなんと徒歩5分のところで働いている方だったので、海外での面接は実現しませんでしたが(笑)
人事部門立ち上げ──兼務から専任採用人事を配置
前述の通りスタートアップはどこもかしこも人員不足で、採用専任人事をなかなか配置できないか、配置できたとしても兼務となるケースをよく見ます。私自身も兼務経験者の1人で、採用業務に関わりつつも法人向け商品の全売上責任を持っていたことがあります。
しかし、人事部立ち上げミッションに伴い、半ば無理やり採用以外の業務を他の社員に任せることにしました。
その結果、採用にかけられる時間が格段に増えたことはもちろん、自身のミッションも明確になり、これまで数カ月に1名採用だったところから毎月複数名が入社するような状態にまで持っていくことができました。人員が不足する中でこの判断はそうとう難しいはずです。しかし、事業成長を遅らせないためにも事業が軌道に乗る少し前から専任採用人事を「エイヤっ!」で配置してしまうことは効果的な打ち手の1つだと考えています。
採用人事のマンパワー不足──採用工数の洗い出し
採用に困っている会社から相談を受ける際、「そもそもの採用目標人数に対して採用人事が不足している」という声はよく聞きます。
先ほどから何度もお伝えしている通り、スタートアップなどでは兼務も当たり前。私自身も広報・組織開発・採用人事を兼務していた際は本当に大変でしたから、「採用・広報を兼務しています」という方のプロフィールを見ると尊敬の念を隠せません。
そんな時には、まず冷静に「採用目標人数に対してどれだけの採用工数が必要なのか」を確認するところから始めます。求人掲載数、スカウト送信数、面談数、日程調整、ペルソナ作成など、人事が対応するタスクをすべて洗い出します。
その上でそれらの採用工数が月当たり労働時間の80%を超えていたら、採用人事の増員を優先させるようにしました。
これにより理論上の人員・採用工数不足は無くなります。「労働時間の80%」と定義したのはあくまで感覚値です。というのも、100%で想定してしまうと常に残業が発生してしまう傾向があるから。20%のバッファをあらかじめ作っておくことで不測の事態にも対応できる余裕を持つことができます。
残業が恒常化してしまうと精神的に追い詰められ悪循環となることは私自身も体験しているため、そうならないように事前に考慮しています。
「スタートアップ採用は難しい」と言ってても始まらない
──ここまで話をお聞きして、「やはりスタートアップ採用は一筋縄ではいかないな」と感じました。
確かに簡単ではありませんし、そのように感じられているスタートアップ企業の人事担当者の方も多いと思います。
ただ「スタートアップの採用は難しい・難しくないという議論は不毛だ」というのが私の基本的なスタンスです。結局、どれだけ難易度が高かろうとも“やるか・やらないか”の2択しかなく、そもそも難易度を考える必要はありません。
難しいから云々と言っている暇などなく、会社を成長させたければどうにかして採用するか、それ以外の代替策を実施するしかないと考えています。
規模や事業内容に関わらず、企業にはそれぞれ魅力的な人・事業・ミッションが必ずあります。絶対にあります。
極論ですが、面接から入社までの採用率が1%しかなかったとしても、100人と会えれば採用自体はできるわけです。「スタートアップ採用は難しい」という固定概念・そういう雰囲気は一旦無視して、限られた経営資源や置かれた状況の中で「どうすれば採用成功できるのか」を考え抜くこと。
そのスタンスこそがスタートアップ採用の成否を分けると言っても過言ではないと思います。
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編集後記
張ヶ谷さんへのインタビューを通じて、自身も「スタートアップだから」といった固定概念がそこから先の工夫を失わせていた可能性に気づくことができました。また本質的な採用方法を検討する上でも、「最新の事業計画を見る」「経営に関与する」ことが人事により求められるようになってきていることを実感します。
人事部だから、スタートアップだから、そんなこれまでの固定概念を1つひとつ無くしていくことが、次世代の人事担当者には必要なのだと改めて感じました。
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