「正社員登用制度」を活用して社員の定着と生産性向上を実現するためには
契約・派遣社員からのキャリアアップ時に活用されることが多い「正社員登用制度」。近年では労働人口不足への対策の1つとしても注目を集めています。
今回は、IT・Web業界企業で人事を担当されている貝瀬 美奈子さんに、「正社員登用制度」の概要から導入ステップに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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貝瀬 美奈子(かいせ みなこ)/ 人事 IT企業
新卒で人材紹介会社に入社。営業、アドバイザーを経験後、IT・Web業界にて採用・労務を中心とした人事業務に従事。現職は大手メーカーのIoT子会社にて人事業務を行いつつ法務、渉外、システムなど管理部門のマネジメントも行っている。その他、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントの資格を活かしたキャリアカウンセリングや復職支援業務なども対応している。
目次
「正社員登用制度」の概要・現状
──「正社員登用制度」の概要について、昨今の日本における現状なども含めて教えてください。
「正社員登用制度」とは、アルバイトやパートタイマー、契約社員(以下、非正規雇用)で働いている方々を正社員に切り替える制度のことです。現在日本では、少子高齢化や介護離職による労働人口不足などといった様々な要因がより深刻化しています。リクルートワークス研究所の資料によると、2015年には6,274万人いた就業者が、2025年には557万人減少し、5,717万人となる悲観的なシナリオも出ているほどです。加えて、労働者1人あたりの労働時間も減少しており、1990年半ばには約1900時間だった労働時間が2021年には1650時間まで減少しています。これらは正社員の所定外労働時間の変化とパートタイム労働者比率の変化が影響していると私は考えています。特にワークライフバランス意識の高まりや有給取得率の上昇、育児・介護のために一時的に非正規社員として勤務をしなくてはならないなどの要因が挙げられます。
こうした環境下で企業の生産性を高めていくためには、労働力人口そのものを増やすことが必要不可欠です。その対策の1つとして活用されているのが、「正社員登用制度」です。厚生労働省が発表している労働経済動向調査(令和5年8月)によると、労働者不足への対処方法として『正社員等採用・正社員以外から正社員への登用の増加』を行った割合が、過去1年間で56%、今後1年間で57%の見込みとなっており、最も高い状況でした。加えて、労働経済動向調査(令和5年2月)によると、正社員以外の労働者から正社員への登用制度が『ある』と回答した事業所は77%、そのうち過去1年に登用実績がある事業所は44%と「正社員登用制度」の利用に前向きであることがわかる結果も出ています。
「正社員登用制度」を活用すると、安定雇用を見込めるだけでなく、より責任のある業務依頼ができるようになります。また、会社のカルチャーや業務手法を把握し、理解している方が正社員になるため、教育や採用に費やすコストも削減できます。正社員登用となった側も、安定した収入に加えキャリアアップの機会を得ることで、仕事に対するモチベーションの向上も期待できます。
──「正社員登用制度」と無期雇用転換にはどのような違いがあるのでしょうか。
「正社員登用制度」も無期雇用転換も、非正規雇用の契約満了(雇止め)を防止する点に変わりはありません。また、非正規雇用であっても週の契約時間が一定時間を超えていれば社会保険にも加入できますので、この点も変わりありません。大きく変わる点としては3つ。雇用形態の変化とそれに伴う責任や業務内容、受けられる福利厚生です。
「正社員登用制度」が必要なタイミング・ケース
──「正社員登用制度」が企業内で特に求められるタイミングやケースにはどのようなものがあるでしょうか。
前述の通り、今後さらに労働人口が減少することが予測されます。また、医療・福祉業界などにおける2025年問題(※)などもあるため、人材確保が急務となっている業界もあります。それらを踏まえて、「正社員登用制度」が必要となる状況について解説します。
(※)2025年問題とは、2025年に団塊世代と呼ばれる方々がすべて75歳以上となり、後期高齢者が2000万人を突破。認知症や医療ニーズを併せ持つ要介護高齢者の増大が見込まれる現象のこと。
ベンチャー企業の場合
労働人口不足に伴い、企業規模に関わらず採用活動がより活発化傾向になっていきます。大企業が中途採用の比重を増やす採用活動を行っていく中で、ベンチャー企業が採用活動を成功させるためには、ベンチャー企業ならではの強みや特徴を活かした採用活動を行う必要があります。ベンチャー企業で働くことの魅力である、企業が掲げる理念やミッション、スピード感、成長性を求職者にわかりやすくアピールすることで、入社後のモチベーション維持やカルチャーマッチがしやすい人材獲得が可能になります。帰属意識の高い人材で構成されている組織は、チーム力向上にも大きな影響を与えます。実際に、企業名や職種だけを見て応募してきた人材は、カルチャーに馴染めない、仕事の目的が見出せずモチベーションが維持できない、などの理由で退職してしまうことも少なくなく、課題としている企業も多くあります。
これらの課題に対応するべく、『お試し入社』と銘打つインターンに似た選考(数日働いてみて入社可否を決める)も行われていますが、非正規雇用で採用してギャップやミスマッチがないか確認した上で正社員登用するケースは、今後はもっと増えていくでしょう。
大手企業の場合
一般的に採用力がある大手企業であっても「正社員登用制度」を活用するメリットはあります。これまで大企業では、終身雇用を前提として会社の理解を深めるためのジョブローテーションを活発に行い、ゼネラリストを育成してきました。しかし現代では、ジョブ型雇用へシフトする企業も増え、専門性の高い業務を行うスキルが求められることも増えています。そのため、そうした人材を外部から確保することが必要となってきますが、前述の通り、企業規模に関わらず採用活動が活発化しているため、大企業であっても人材の確保が難しく、雇用している従業員のスキルを高めて専門性・生産性を上げていくことが求められます。長期間雇用されている非正規雇用の方であれば、企業のカルチャーや働き方などについても一定の理解があり、業務ギャップも生じません。正社員登用後もこれまで一緒に働いている先輩社員に倣って働くことができ、キャリアアップした先のイメージがしやすいため、スキルアップにも前向きに取り組んでもらいやすくなります。
医療、福祉業界の場合
医療・福祉業界の「正社員登用制度」導入率は81%で、全体平均77%を上回ります。登用実績についても平均を7%上回る51%となっており、産業別で見ても最も実績があります。ただし、2025年問題を鑑みると、2025年度末までに約55万人、年間6万人程度の人材確保が必至です。
国としても待遇改善や研修機関の創設、海外人材の受入整備、業務負担軽減に向けたロボットやICT活用推進などを行っていますが、それでも未経験者が最初から正社員雇用されるハードルの高さは課題として残っています。その対策として、正社員雇用のハードルを調整することと同時に、非正規社員として採用したのち正社員化させるための制度として「正社員登用制度」を整えておくことで、母集団形成や社員のキャリアアップに寄与できる可能性があります。
「正社員登用制度」導入時の注意点
──「正社員登用制度」の導入を検討する際、どんなことに注意すれば良いでしょうか。
制度導入にあたってはルールやフロー決めがメインになりがちですが、実は、雇用形態が変わることで影響を与えることへの配慮や対策の有無が、制度導入の成否に大きく影響します。その観点から、いくつか注意すべきポイントについてご紹介します。
(1)目的達成後のシミュレーション
どの企業でも「正社員登用制度」の目的を何かしら持った上で導入を進めて行くはずです。その目的は各社さまざまですが、代表的なものには以下のようなものがあります。
・カルチャーマッチした人に会社の戦力として活躍してもらいたい
・優秀な人材を内部登用してより活躍してもらいたい
・モチベーションアップ
・非正規雇用で給与上限になってしまった方に定着し続けてもらうための手段
しかし、『目的達成後(正社員登用後)』の人材のキャリアイメージまできちんと持てている企業はそこまで多くないと個人的に感じています。正社員登用された側は雇用の安定・収入アップなどを実現できます。企業側は安定的に雇用できる正社員を増やすことができ、そこで目的を達成したという感覚になってしまい、その後のフォローアップができず、結果的に正社員登用したものの長期雇用に至らなかったというケースが多々あります。
しかし、正社員として中途採用をすることと、「正社員登用制度」を経て正社員になることは、同じ正社員でも強みが異なります。前者は他企業で得た経験やスキル、後者はカルチャーやモチベーションのマッチとなるため、単に正社員の頭数として横並びにしてしまうのは望ましくありません。「正社員登用制度」は優秀な人材確保の観点でも有効な手段ではありますが、登用した後がスタートとなるケースがほとんどです。登用後のキャリア形成や定着率を高めるためのスキルアップ施策も併せて検討・準備しておく必要があります。
(2)同一労働同一賃金の観点
賃金の安定性を重視して正社員登用した場合、既存の正社員と同等の業務を行うことが前提となるものの、明らかにこれまでと業務レベルが異なる業務内容になる可能性もあるため、対応策を検討しておく必要があります。仮に、業務内容はそのままに社員登用によって給与が変わる場合は、同一労働同一賃金の観点から既存正社員と業務と給与のバランスを見ておく必要があります。
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また、新卒入社の正社員との給与バランスも確認しておきましょう。例えば、ある程度の経験を積んできた非正規社員が正社員登用されたときの給与と、これから研修等を経て経験を積んでいく新卒の初任給が同じ(もしくは新卒のほうが高い)というケース。近年人材確保を目的に各社が取り組んでいる初任給の引き上げや、今後への期待値なども考慮し、改めて雇用形態別の給与テーブルの確認や、バランスを見た給与設定を行う必要があると考えています。
(3)長期的な運用と正社員登用者の公平性を考慮した制度設計
制度を長く運用していく中で、状況に合わせたアップデートは必須となります。そのため、制度を設計する際に、長期的な運用を見据えておく必要があります。目先の緊急度の高い採用だけを見て設計してしまうと、他職種などに展開するときに見直しが必要になったり適用しにくかったりなどの状況が発生しがちです。
また、正社員登用者の公平性への考慮も、制度設計のポイントの一つです。どのような職種、キャリアの人材であっても選考対象となるような設計をしておくために、以下について検討できておくとよいでしょう。
<設計例>
・応募条件を明確にする
・登用後の条件を具体的に明示する
・正社員に期待すること(非正規社員との違い)を明確にする
・特定の人材だけでなく、条件に合っていれば非正規社員全員が応募できるようにする
・周知先を決める(非正規社員全員がいつでも見ることができる場所を設定する)
・応募時の情報公開方法や、見送りとなった場合のケアについて説明
・問い合わせ窓口の設置
導入ステップと運用時の注意事項
──実際に「正社員登用制度」を導入する際、どのようなステップで進めて行くと良いでしょうか。運用時の注意事項と合わせて教えてください。
導入目的や企業の状況によっても異なりますが、一般的な導入までのステップは大きく8つあります。
(1)制度導入の背景・目的を設定する
(2)ポジションごとに必要な要件、登用後のキャリアイメージを言語化する
(3)登用後の条件を設定する
(4)応募時の条件を設定する
(5)選考フロー・評価軸を設定する
(6)周知先を設定する
(7)会議体で承認・決裁をもらう
(8)導入に向けた資料を作成し、該当者に説明会を実施する
「正社員登用制度」は特に制度利用後が重要です。導入時点であらかじめ意識しておくことが必要です。対象となる非正規社員は、当然ですがその企業での正社員としての勤務経験がありません。そのため、正社員で働くイメージはあっても、実際に登用された際のギャップが生じることがあります。制度のゴールは『優秀な方が長く働いてくれること』にあるはずなので、それを実現するための運用上のポイントを4つご紹介します。
登用後のフォロー
正社員登用後にも安心・安定して勤務できるよう、メンターをつけたり、相談先を作っておくなどの対応を検討しておきましょう。できれば、中途採用の方と同様にオリエンテーションを設けるのも良いですね。企業によっては正社員と非正規社員で利用できる福利厚生や勤務条件、評価方法が異なることもあります。『うちのカルチャーを知っているから、長く働いているから』ではなく、外部からの中途入社者と同様に丁寧な対応を心がけましょう。
定着性を上げるための仕組みづくり
先述した通り、非正規社員にとって正社員登用はひとつのゴールになりがちです。また、正社員として一定の経験を積めば他社への転職もしやすくなるなど、登用者の可能性の広がりは社内だけに留まりません。「正社員登用制度」と合わせて、社員の定着性を上げる仕組みづくりも検討しておきましょう。もしすでに仕組みがあるなら、正社員登用を行った方のその後のデータも取れるようにしておくと、定期的に振り返りができて制度や運用方法のアップデートもしやすくなります。
継続的に利用できる制度運用
「正社員登用制度」に限りませんが、制度の運用には認識と周知が必要です。既存の正社員がイキイキと働く姿を身近で見ることができるのも制度PRのひとつになります。より具体的な取り組みとしては、「正社員登用制度」で登用された方のインタビューを社内広報することです。実際の制度利用者の声により、自身が制度を利用した際のイメージがしやすくなり、登用試験に対するモチベーションが高まるなどの効果が期待できます。また、応募数や登用率、登用試験の実施頻度・回数などの情報の定期的な社内周知も、制度を継続的に運用し、利用してもらうためには必要不可欠です。
見送り社員へのケア
意外と見落としがちなのが、登用試験が見送りになった方へのケアです。見送りになった方も引き続き大切な社員です。見送りの結果を受けると当人は『組織に必要ない人材なんだ』などのネガティブな思考になりがちで、モチベーションが低下し、時には離職につながってしまう可能性もあります。挑戦してくれた方への感謝を忘れず、フィードバックなども丁寧に行い、また次回頑張ろうと前向きに仕事に取り組んでいただけるよう、ケアを忘れないようにしましょう。
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編集後記
慢性的な人材不足、ジョブ型雇用の流れなどを受けた専門性の高まり──いろんな背景はありますが、「正社員登用制度」の本質は社員以外の形で自組織の力となってくれている方の可能性をさらに引き出し、より長く一緒に働いてもらうための手段の1つなのだと貝瀬さんのお話から改めて認識しました。ただ正社員登用をするのではなく、その先の未来を見据えた上で効果的な設計・運用をしていきたいものです。