「ワークシェアリング」で貴重な人的資本を活かす方法とは

仕事を分け合うことで1人あたりの負担を減らし、ひいては雇用を生み出すことを目的に行われることもある「ワークシェアリング」。昨今のパンデミックによる景気悪化や働き方の多様化に伴い注目度が高まっているワードです。
今回は、多くの企業の人事顧問・HRBPとして活躍する山田 寿志さんに、「ワークシェアリング」の概要から活用、導入のポイントに至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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山田 寿志(やまだ ひさし)/法人代表
株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)で、約15年、多岐に渡るヒューマンリソース業務の実務及び、マネジメントに従事。2019年にフリーランス人事として独立後、2021年に法人を設立し代表取締役に就任。現在は総合職や専門職を問わずさまざまな業種・職種の採用支援サービスを中心に人事顧問・HRBPなどに従事。
目次
「ワークシェアリング」とは
──「ワークシェアリング」の概要について教えてください。
「ワークシェアリング」とは、大きく以下2つの目的を達成させるために仕事を分け合うことを指します。
(1)労働分担による1人当たりの業務量分散
(2)業務量が分散することによる『付随効果』の獲得
なお、上記の『付随効果』には以下のようなものが該当します。
・人手不足の解消
・社員1人あたりの労働時間の短縮
・生産性の向上
・勤務形態の多様化
・余剰労働力の確保
・多様な働き方の推進
・高齢化対策
・従業員のスキルアップのための機会提供
・キャリアパスの将来的な選択肢
・雇用機会の提供
・個人負担の軽減からなる離職防止
など
ちなみに、厚生労働省では「ワークシェアリング」を以下のように定義しています。
『ワークシェアリングとは、雇用の維持・創出を目的として労働時間の短縮を行うものである。 我が国の現状においては、多様就業型ワークシェアリングの環境整備に早期に取り組むことが適当であり、また、現下の厳しい雇用情勢に対応した当面の措置として緊急対応型ワークシェアリングに緊急に取り組むことが選択肢の一つである。』
※引用:『ワークシェアリング導入促進に関する秘訣集及びリーフレットについて』/厚生労働省(2004年6月30日)
この文章自体も2004年に発表されたものであり、中には以下のような記載もあることから、日本では20年以上前から「ワークシェアリング」について語られていたことが分かります。
『平成11年の半ば頃から、急激な生産量の減少に対応するため、緊急避難策として労働時間の短縮によって雇用を維持しようという企業事例が見られるようになった。その一方で、短時間労働など多様な働き方を導入することによって、平均的な労働時間を短縮し雇用機会を増やしていくという方向性も提案された。』
※引用:『ワークシェアリング導入促進に関する秘訣集及びリーフレットについて』/厚生労働省(2004年6月30日)
一方、世界では1980年代にオランダが低賃金や高い失業率による経済停滞への対策として「ワークシェアリング」を実施し、大きな成果を挙げました。今では週休3日制度や「ワークシェアリング」の導入もさらに進み、年間の平均労働時間が先進国の中でももっとも低くなっただけでなく、GHN(国民総幸福量)や経済的自由などの指標においても世界でトップレベルの数値を出しています。
しかし、2000年代の初旬から議論が活発化してきた日本では、労働時間削減による賃金減少や給与体系の見直しなどがネックになり、普及には至っていない実状があります。こうした問題は一企業だけでどうにかできる話ではなく、国策として取り組む必要があるものです。もし日本が平均賃金を上げることのみで現状を打破しようと考えているのであれば、個人的にも不安を感じます。
「ワークシェアリング」の導入理由

──「ワークシェアリング」の導入する目的について、前述いただいた『付随効果』も踏まえてもう少し詳しく教えてください。
「ワークシェアリング」は、その目的別に以下4種類に分けることができます。
(1)雇用維持型(緊急避難型)
一時的な景況感の悪化や業績不振時に、従業員の雇用を守るために所定の労働時間を短縮することで人件費などの固定費を削減する方法です。子会社やグループ会社への出向などもそれに該当します。新規雇用やレイオフを行わないため、必要に応じて元の稼働状態に戻せる点がメリットです。景気や業績悪化が一時的なもので、今後回復する見込みがある場合に有効な手法と言えます。
(2)雇用維持型(中高年対策型)
中高年の雇用機会創出を目的とした方法であり、定年退職後も労働時間や業務を減らし継続雇用を行うことで雇用を維持する施策です。企業側は定年退職による人手不足を防ぐことができ、労働者側には老後資金確保のメリットがあります。また、中高年の従業員がこれまでに培ってきたスキルや経験値を必要な部署に最適配分を行うことで、より該当人材のリソースを活用できるなどのメリットもあります。
これらは今の日本企業が最優先で考える事項だと考えています。特に、採用難易度が年々上昇し外国人活用が難しい専門職においては、ベテランの経験や知見をどう活用するかが肝になります。
(3)雇用創出型
求職者や失業者に対し、新たな就業機会の提供を目的としたものです。企業全体で1人あたりの労働時間を短くすることで、より多くの人に働く機会を与えることができるようになります。フルタイムの労働者を雇用するというよりは、パートタイムや短時間労働者を複数雇用することで業務を分担します。
ここは民間企業が頭を悩ませる部分であり、国が主導して行う必要がある領域です。特に、医療・介護・教員・建設関連など不足すると国に甚大なダメージを与える業界はその必要性が高いです。対象業界の税率や補助、労働時間や法整備などを踏まえて検討しなければ、一企業で解決できる範囲ではないと考えています。
(4)多様就業促進型
多様な働き方を認めることにより、何らかの理由(育児や介護など)で就業が困難だった人材を活かす方法です。『能力はあるがフルタイムでは働けない』といった方は通常休職や退職で職場を離れてしまいがちですが、それは従業員も企業も望んではいません。そこで効果を発揮するのがこの多様就業促進型の「ワークシェアリング」です。パートタイム・フレックスタイム・在宅勤務など多様な働き方を取り入れることで、さまざまな事情を抱えた人々に就業機会を提供できます。
派遣やフリーランスがこの型にあたりますが、それらに対する理解の少なさや従来の日本の労働習慣が結果的に施策を鈍化させているように感じます。

「ワークシェアリング」を後継者育成に活用する方法
──あらゆる目的がある「ワークシェアリング」。近年は社員の高齢化や、それに伴う後継者育成を目的に導入する企業も増えていると聞きます。その観点から「ワークシェアリング」の導入・活用方法について教えていただけますでしょうか。
まず大前提として、日本は『誰かが辞めたら外部から適宜採用すれば良い』という考え方では事業やビジネスを安定的に継続することができない状況になっていることを、経営者や管理職のメンバーは特に理解する必要があります。苦労して採用できたとしても人材の技術レベルが見合わず、育成に多大なる時間やコストを掛けたものの、結果的に期待した成果が生み出せない、といった悪いスパイラルに陥ることが想定できるからです。
生産性や工数などを重視することも重要ではありますが、それだけの概念で組織を考えてるのではなく、いかに人材を活かすかという観点に以前よりも比重を置いて考えていかなければ、企業としても競争力を高めたり事業を継続していくことができなくなってしいます。
そのような傾向の中で、ベテラン中高年従業員にどの様に組織で活躍してもらうかという考え方は、企業によってスタンスや関わり方が大きく違うと感じています。このような従業員を『全盛期を過ぎた生産性の低い人材』と厳しく捉えるか、『組織に必要な知見を豊富に持つ稀有な人材』と捉えるかで取り組みも大きく変わるからです。
『全盛期を過ぎた生産性の低い人材』と捉えている企業は、シンプルに役職定年制度などを活用し、このような方々にあまり重要ではないポジションなどに就いていただくことで、後進に道を譲る形を取ると思います。しかし、これでは肝心のベテラン中高年従業員はモチベーションも上がらず、もちろん生産性も上がりません。彼らの経験や知見を組織に還元できるような活かし方を見つけて実践することができれば、企業・従業員双方にとってメリットの大きい取り組みとなります。「ワークシェアリング」はそうした双方にとって良い影響を与える取り組みのひとつと言えるでしょう。
企業側のメリット
ベテラン従業員が長年蓄積してきた経験・知見は、組織にとって非常に貴重なものです。特に、職人的な要素や専門的な知見が求められる専門職においては仕事のマニュアル化が難しいとされていますが、ベテランであればその勘所なども踏まえてマニュアル化できる可能性があります。仮に何かしらのできない事情があったとしても、できる人材を補助配置したり、OpenAIなどのITを活用したりして実現方法を模索することはできるはずです。また、ベテラン従業員は後任の育成者としても最適です。
ベテラン従業員がこうしたポジションでその能力を発揮できるよう、人事・評価制度、そしてマネジメントを設計し直すことも視野に入れて「ワークシェアリング」を活用することが必要です。具体的にはブラックボックス化していた専門業務を可視化させる、若手や後任の育成・支援を行うなどのミッションに対して評価を行える制度へと変えていくことを推奨します。
従業員側のメリット
定年退職時に退職金が出ない企業が過半だと考えた場合、従業員は少ない年金の中で生活をやりくりするか、新しい仕事を探す必要が出てくることになります。しかし、ハローワークなどに行ってもシルバー人材専用の仕事が大半であり、これまでに培った経験やスキルを活かせる場は一握りなのが現状です。
また、定年退職制度の年齢延長や年金問題、老後の資金問題、AI代替問題など、さまざまな動きがある今日では、労働力を提供する側である社員も単一の職種や単一のスキルのみではこれらの問題に対処することが難しい時代に突入しつつあります。定年退職後にも仕事をすることを余儀なくされる方が増えていくことを考えると、今からセカンドやサードのスキルを身につけることが重要ではないでしょうか。企業側も自社の生産性やコスト観点だけではなく、社員個人のスキルアップのサポートをすることも考えながら、うまく「ワークシェアリング」を活用する事で、採用難や人手不足を補う重要な施策となり、ゆくゆくは国全体の労働構造の改革に繋がると私は考えています。
在籍してきた企業で自身の経験・知見を活かすことができれば、金銭的にもマインド的にも充実した状態で働き続けることができるようになります。本来、これこそが働く事の意味や価値であり、個々の充実に繋がるのではないでしょうか。
「ワークシェアリング」を導入する際のポイント

──「ワークシェアリング」を導入しようと考えた際、人事担当者はどういった点に留意すべきでしょうか。
企業規模・業種・運営状況による部分はありますが、私が「ワークシェアリング」を導入する運用する際の留意点を5つご紹介します。
(1)方針の決定
「ワークシェアリング」をどんな目的で、どんな成果の創出がしたくて導入するのかの方針を決定します。これはどんな取り組みにも共通して言えることですが、こうした目的や狙いが定められていないと導入がうまく行かないことはもちろん、仮に導入できても継続的に運用して成果を挙げることができません。また、人事的な取り組みではよく『他社もやっているから』と流行に合わせて意思決定されることも少なくありませんが、自社の状況を把握した上で本当に必要なのかどうかを含め、しっかりと狙いを持って導入しなければ結果が出なくなってしまいます。
(2)業務の洗い出し
すべての業務の洗い出しを行い、1人当たりの業務工数や業務難易度、ポジションの過不足を可視化します。作業工数がかかるところではありますが、こうした現状把握が導入前の作業はとても重要です。また、現状把握をする中で不要な業務やムダな業務があれば「ワークシェアリング」を導入する前に、そもそもその業務を継続する必要があるのかという観点で、見直しておくことも忘れてはいけません。
(3)要件や資格の策定
「ワークシェアリング」の必要可否を部門毎に算定し、必要要件の策定を職種毎に行います。その中で「ワークシェアリング」できそうな分野や職種を探り、ポジションを1つひとつ明確にしていくことも重要です。
(4)人事制度の改修
人事制度も必要に応じて改修・新設していきます。これまでにある人事制度の一部改修で対応できるケースもあれば、ゼロから新たに人事制度を新設する必要が出てくるケースもあります。具体的には、採用や再雇用の人員増加・役職定年者の増加・嘱託社員の廃止・外国人採用など、既存の体制から大きく変化するタイミングがそれに該当します。
また、それと同時に『役職者=偉い人』という概念の見直しや、役職者に対する役割責任・職務要件を明確にして透明化していくことも重要です。状況に応じて最適な形で制度を用意していきましょう。
(5)部門毎の責任範囲と運用責任者の選定
「ワークシェアリング」の運用ルール整備の一環として、各責任範囲と運用責任者を明確に定めておきます。具体的には、人事・総務・現場など関連が深い部門との連携を行うことはもちろん、「ワークシェアリング」導入が全社施策としての意志決定であることなどを伝えながら責任意識の醸成を図ります。
企業の状況などにもより留意すべき点は変わりますが、この様なポイントを意識していただくと良いと思います。
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編集後記
「ワークシェアリング」は、働き方の多様化に対応できる1つの有効な手段です。該当従業員の賃金減少というデメリットがうまく解消できれば、そのメリットをうまく享受することができるかもしれません。そのためにも、企業や組織が人材に対する考え方を『コストではなく活かすもの』へと転換することはマストだという山田さんの視点は、非常に重要なものだと感じました。