「社内副業」を効果的に導入するために理解したい課題と対策
業務時間中に所属部署以外で働くことを認める「社内副業」。KDDI・サイバーエージェント・パナソニックなど、大手企業などを中心に導入が進んできています。社員のエンゲージメント向上やリスキリングなど、さまざまな側面を目的として導入を進めている企業も多い一方、その運用方法などについて悩まれている方も多い領域です。
今回は、この「社内副業」について知見を持つ人事パラレルワーカーの方に、「社内副業」の現状から課題、その対策方法に至るまでお話を伺いました。
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目次
「社内副業」とは
──「社内副業」の概要について教えてください。
「社内副業」とは、社員が所属している部署以外の部署やポジションで働くことを認める制度のことです。その運用方法はさまざまですが、社内公募のように「社内副業」の職種を募り、所定労働時間の何割かを上限として他部署業務を行う、という形を採用している企業が大半です。組織において人員やマンパワーを増やそうとする時には、これまでは社内異動という人事的にもややハードルが高く硬直的な仕組みや、社内トレーニー制度といった研修制度の一部に近い仕組みで担っていたところが多かったと思います。この部分を、人事的な異動といった方法を採用せずとも、実務を行ってもらうことができる制度として、大企業を中心に導入が進んできています。
また、この「社内副業」制度は社員のリテンションやエンゲージメントの向上、リスキリングといった観点も含めてさまざまなメリットがあり、その成果を実感している企業が多いように感じます。例えば以下のようなポイントです。
<企業観点>
・リテンション(社員のモチベーションアップ、会社に対するロイヤリティーの向上)
・自身の目の届く範囲だけではなく、利他や協働をするというカルチャーの醸成
<社員観点>
・他事業部や他部門とのコラボレーションによる人材育成や新しいキャリアパスの提供
・社員の視野が拡大することによる本業での新しい示唆や気づき
・新しいスキルや知見の向上
など
このような「社内副業」が広がりを見せている背景には、社外での副業を許可することが難しい業種や、副業を管理することの難しさが挙げられます。働き方改革の一部として副業が推進されている今日では、そのような障壁に直面してしまった中で、代替案として「社内副業」へのニーズが高まりこの考え方が採用されはじめてきたのだと考えています。
「社内副業」における課題と対策
──企業が「社内副業」を導入・実施する中でよくある課題にはどのようなものがありますか? その対策と合わせて教えてください。
「社内副業」制度の内容によっても課題は大きく変わってきますが、大別すると以下の6つの観点に集約されると考えています。それぞれに対する対策と合わせてご紹介します。
(1)本業と副業とのバランスが崩れてしまう
「社内副業」制度に参加する社員にとっては、「社内副業」先の業務は新しく勉強する必要があったり、新鮮さを感じることもあるため、ついつい本業よりも「社内副業」に集中してしまったり、想定していた配分時間を過ぎて業務をしてしまうという方はどうしても一定数発生してしまいます。このような場合の対応方法は事前に検討して決めておくことをお勧めします。
(2)社内理解を得ることが難しい
(1)でお話ししたバランスの調整にも関連しますが、このような課題が発生してしまうことを懸念する現在の所属部門・「社内副業」先両方の管理職への理解を促しておくことも重要です。具体的には、管理職や関連する方に対しての「社内副業」制度の導入趣旨を丁寧に説明し、管理職や部門のコミットメントを引き出しておきましょう。また、ボトムアップ的に「社内副業」を構築していくことも1つの手です。
(3)労働時間や業務管理が複雑になってしまう
「社内副業」は、一般的に自社の総労働時間の中から何割かを「社内副業」の業務に当てるという考え方の制度です。そのため総労働時間は変わらないという計算になりますが、実際は多様な業務や学ぶことが増えたることにより、「社内副業」をする社員にかかる負担は大きくなることがほとんどで、そのために過重労働や労働時間の増加に繋がることも少なくありません。こういった状況への対応をどうするか、管理職がどのように管理していくかを考え対処していくことは非常に難しいものです。この点が壁となり、「社内副業」を導入しない企業は多いように感じます。
(4)「社内副業」化できる業務と必要要件の見極め
社内の業務であればなんでも「社内副業」化できるかと言うと、決してそうではありません。その業務を行うにあたり、教育やトレーニングがどれくらい必要になるのか、誰が行うのか、などの負荷を正しく把握し天秤にかけながら、「社内副業」化できる対象業務を選定していく必要があります。その際、「社内副業」化する業務において必要なスキルや要件をしっかりと洗い出し、どのような方であれば無理なく業務に対応できそうかを検討し、応募者に求める要件を整理していきます。
(5)「社内副業」に対する評価や人事考課の不適合
これまで本業のみにおいて使っていた労働時間の一部を「社内副業」先で使用することになる場合、本業と「社内副業」において時間的な価値や比重を設けるのか、どのように評価をするのか、というポイントについては真剣に考える必要があります。特に、「社内副業」業務を行う際に教育やトレーニングが発生するなど、コストがかかるものに関しては顕著となります。
(6)有償「社内副業」者に対して無償協力するジレンマ
避けて通れず、かつ非常に重要なポイントなのがお給料・賃金に関してです。「社内副業」を行う社員に割増賃金を支払っている会社もあれば、総業務時間は変わらないという考えの基、これまでと変わらないお給料を支払っている会社もあります。前者のような状況の場合、割増賃金を受け取って「社内副業」をしている社員に対して、受け入れる側の部門で、通常賃金で勤務している社員が教育やトレーニング、受け入れ準備や業務を行うことになる、というジレンマが発生してしまう可能性があります。場合によっては不平等感を感じてしまい、「社内副業」制度がうまくいかなくなってしまう要因にもなりかねません。
そのため、制度導入前には協業することに対するマインドセットを行う必要があります。具体的には受け入れ部署を含めて説明会を実施して現場の不明点を払拭したり、メールなどでトップや経営層からのメッセージを発信することなどです。
「社内副業」の導入事例
──「社内副業」を実際に導入した際の事例について教えてください。
私が関わった中で不動産事業を行っている企業の事例についてご紹介します。その企業では、大きく以下3つの目的から「社内副業」を導入する決断をされていました。
(1)利他のカルチャーを醸成する
(2)他部門・他ポジションの業務を理解することによる社内協力をしあう文化醸成
(3)部門やポジション間の業務繁閑差を最適化する労働力の流動化
私がこの「社内副業」制度導入に関わった時、ちょうどその会社では人事制度改革を進めているところでした。その一貫として、社員のモチベーションを向上させる策として社内公募制度の導入を検討していたところだったのです。そこから一般社員からの意見収集などボトムアップの要望も加わり、社内公募制度ではなく、「社内副業」制度の導入へと発展していきました。
「社内副業」制度の導入にあたり、前項でご紹介した6つの課題点についても、タスクフォースチーム内で何度も検討の場が設けられ議論を重ねていきました。
例えば、所属部署と「社内副業」部署の2つの異なる管理者による適正な労働時間の管理や、本業と「社内副業」に係る横断的・統一した人事評価をすることの難易度が高いことから、「社内副業」の時間や評価は本業とは切り離して考えるべく、『業務委託形式』で対応することに最終的には決定しました。また、「社内副業」化する業務の選定と「社内副業」に要する時間の見積もりや単価設定、応募選定フローについては人事が主導・管理する形で進めました。応募者が業務難易度のイメージがつきやすい様に、社内職位レベルを用いで業務難易度を表示し、それにより応募者の制限を行う仕組みにしたりといった工夫や、業務時間の管理についてはSaaS系の簡易システムで切り離す形で対応するなどの取り決めを行いました。
上記のような仕組みを事前に決めることや工夫をすることで課題の多くを解消することができ、「社内副業」募集に対しても多数の応募者を獲得することができ、実際の運用面でも大きな混乱もなく進められたと思います。
「社内副業」制度の導入を通して、部門間での協業の重要性や他部門・他ポジションの業務の理解、一定の労働力の流動化を実現することができたと感じています。しかし、受け入れる部門がどうしてもボランティアのように無償で協働をしてもらう必要がでてきてしまっている点についてはまだ完全に解決できていないのが正直なところです。この点に関しては、「社内副業」制度を長期的に継続することにより、受け入れる側の部署の社員にとっても人材育成として有効になることなどをお伝えし、引き続きこれからも取り組んでいく予定です。
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編集後記
社外はもちろん、社内でもより柔軟性高く働ける環境ができることは、社員にとっても企業にとってもより良い効果があるものです。しかし、管理・運用レベルはその分複雑になっていくため、そこに対処できなければ逆効果になってしまうことも。「社内副業」について検討を進める際には、本記事の課題と対策の部分を念頭に置きながら進めてみてはいかがでしょうか。