「退職金制度」の導入・見直しタイミングを解説
従業員が退職する際、その働きに応じた金額を支給する「退職金制度」。多くの企業が導入していますが、これから導入を検討・今後変更を検討する企業においては、どのタイミングで導入・見直しを行うべきかと思案することも少なくないでしょう。
今回は、人事責任者として複数社で「退職金制度」に関しての業務を担当し、確定給付企業年金制度(DB)の廃止から、確定拠出年金制度(DC)の設立、制度移行をリードした経験をもつパラレルワーカーの方に、「退職金制度」の種類・目的から、導入・見直しのタイミングやポイントに至るまでの、解説をいただきました。
<プロフィール>
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野村 正一(のむら まさかず)/株式会社カレイドスコープ 代表取締役
日系オーナー企業での新卒・中途の採用や人事制度企画、株式公開などの仕組みづくりからキャリアをスタートし、ERPパッケージ開発企業でのシステムコンサルタントを経て、サービス企業や日系大手子会社、外資系企業などで人事制度企画作成・採用制度企画・給与制度作成・リストラ・労働問題など幅広く経験を積む。また、適格年金から確定拠出型年金への移行のリードや、就業規則や社内ガバナンスの改訂などにも携わる。
2014年10月に人事業務サポートを中心とする株式会社カレイドスコープを設立し、代表取締役として就任。人事制度構築、評価制度構築、退職金制度、福利厚生制度作成支援労働時間管理などについて多くの企業のサポートをしている。
目次
「退職金制度」の種類と導入目的
──「退職金制度」の種類とその導入目的について教えてください。
「退職金制度」は、大きく分けて以下の4種類があります。
(1)退職一時金制度
一般的に就業規則内の退職金規定で定められた内容に基づき支給されるものです。各社がそれぞれ構築・運用するもののため設計の自由度が高く、従業員側も将来いくら受け取れるかを見積もりやすい利点があります。勤続年数が長い方・職能が高い方ほど金額が高くなる傾向があり、離職理由によっては増減額も行われます。
(2)確定給付企業年金制度(DB:Defined Benefit Plan)
企業が従業員に対して退職時に一定の年金支給を約束する制度です。企業は従業員の勤続年数や給与額などに基づいて年金額を算出し、その分を外部機関に拠出して資産運用を行い、退職時に年金として支給します。運用リスクは企業が負担するため、市場環境の変動による投資リスクが従業員に影響を及ぼすことはありませんが、企業の負担が増大する可能性はあります。
(3)企業型確定拠出年金制度(DC:Defined Contribution Plan 通称、日本版401K)
企業が外部機関に拠出する点は確定給付企業年金制度(DB)と同様ですが、違いは従業員が自身の退職金の原資をもとに資産運用する点にあります。そのため、労働者にも一定の金融知識が求められる上、何歳で退職したとしても原則60歳までは支給されません。
(4)中小企業退職金共済制度(中退共)
中小企業の経営者が従業員に対して退職金を準備するための制度です。経営者は定期的に共済金を納付し、これが退職金の原資となります。共済金の納付額や退職金の支給額は経営者が自由に設定できます。また、共済金は税効果があり、財政的負担の軽減にもつながります。
(1)(3)(4)は、退職時に受け取る金額の算定方法を先に決めて社員に約束するものです。一方、(3)は毎月支払う掛金の算定方法を先に決め、その金額を社員1人ひとりに用意された専用口座に積み立てるため、資産の運用によって退職時に受け取る金額が変わってきます。
この「退職金制度」を企業が導入する目的は、『優秀な人材の確保』や『既存従業員の維持・定着』が大きいと考えます。私自身も複数企業で人事・採用責任者をしてきましたが、「退職金制度」が新規採用者の応募・入社ポイントになっていることを感じることが多々ありました。また、退職金支給条件に最低勤続年数を設定していれば、結果として早期離職を防止することにもつながります。
「退職金制度」の導入傾向
──「退職金制度」の導入企業数や、昨今の傾向などについて教えてください。
人事院が行った『民間の退職金及び企業年金の調査結果(2022年)』によると、企業規模50人以上の民間企業45,605社の中から層化無作為抽出法によって抽出した7,562社について調べたところ、退職給付制度があると回答した企業は92.3%にも上りました。そのうち、『退職一時金制度』がある企業の割合は89.2%、『企業年金制度』がある企業の割合は47.9%です。
なお、2017年の調査結果では92.6%であったことから、「退職金制度」の新規導入企業数は横ばいと言えます。「退職金制度」の普及に貢献した厚生労働省による『税制適格退職年金(※)』は、企業の退職金負担を軽減するために、その掛け金を全額損金にできるように税制上の優遇を受けられる制度としてスタートしました。
しかし、バブル崩壊以降、運用環境が大きく悪化し、受給権の保護が十分ではないことが明らかになり、新しい年金制度を整備し、2012年3月で制度が廃止になりました。その際には、一時金支払いや給与前払い制度への移行などを検討する企業も多く、「退職金制度」を取りやめる企業も増えた印象がありました。しかし、定年退職時に一定の退職金を受け取る日本型雇用慣行を清算することには抵抗があったのか、大半の企業が現在も「退職金制度」を維持する形となっています。
(※)税制適格退職年金制度とは、新企業年金保険とも言われている保険商品のことで、退職年金または退職一時金の支給を目的とした積立保険のうち、特定の要件を満たす保険契約について、生命保険会社、信託銀行などが国税庁長官に承認申請し、税制適格の承認を受けたもの。
『定年時の退職金を老後の生活費用として活用してほしい』という思いは、国の退職金税制の優遇措置にも表れています。例えば、30年勤務・2000万円の退職金一時金の場合、所得税は約16万円(税率0.8%)です。一方、2000万円の所得の場合、所得税は約360万円(税率18%)。つまり、退職金は所得の税率と比べて約1/20と優遇されているのです(所得税の税率計算には、扶養者情報等は加味していません)。
「退職金制度」の導入・見直しタイミング
──この「退職金制度」を導入・見直すタイミングにはどういったものがあるのでしょうか。
導入
導入をするタイミングとしては創業期から成長期へと向かう拡大期において、新しいメンバーを募集するために人事・給与制度を整備するタイミングが挙げられます。賃金に関する政策は、給与やインセンティブだけでなく退職金なども含めて考えるべきだからです。また、『就業者の4割が転職を考え、2年以内の転職者は2割』と言われる現代の就業意識変化の中では、従来のように勤続年数などで退職金を算出する制度ではカバーしきれない部分もあります。特に、若手社員や評価の高い従業員からすると、自身の頑張りや実績がしっかりと反映されない感覚になってしまい、不満につながってしまう傾向があります。
見直し
退職金制度を見直すタイミングやシーンには、次のようなものが考えられます。
①総人件費の再検討をするとき
定年制や雇用延長、65歳までの雇用措置、退職金積立期間の検討、ポイント積立の変更など
②人事制度の再検討をするとき
特に年功から能力・実力連動型の制度に変更するときや、変更したにもかかわらず、「退職金制度」が最終給与連動や勤続年数による係数方式など、能力連動になっていない場合など
③退職者が増えてしまうなど従業員満足度が下がっているとき
④採用ポジションがなかなか充足しないとき
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「退職金制度」の導入・見直しをする上で注意すべきポイント
──「退職金制度」の導入や見直しをする際に、それぞれどのようなポイントに注意すべきでしょうか。
導入と見直しでは注意すべき点がちがうので、それぞれに分けて解説します。
導入
「退職金制度」は従業員の企業へのコミットメントを増大させる1つの手段ですが、専門性が高い社員をプロジェクトごとにジョブ型で雇用するような場合は、勤続年数の兼ね合いで「退職金制度」のメリットがないことも多いです。「退職金」として支給するよりも、毎月の給与額を高く設定するほうが採用上で強みになる場合もあります。また、「退職金制度」は既得権のため1度導入してしまうと廃止することが難しいものです。そのため、制度導入時には『なぜ退職金が必要なのか』『退職金が従業員(会社)のメリットになるのか』を十分に検討することが必要だと考えます。
見直し
従業員の満足度が下がったり低迷してしまっている場合や、若年層や現役世代の退職者が増加してしまうような状況を改善するために、評価制度や報酬制度を見直すことがあります。このような状況では、社員の活躍や実力に応じた「退職金制度」に変更することでその制度変更に込めた社員へのメッセージを伝え、モチベーションアップにつなげることも重要です。上場企業などにおいては、会社の評価指標でもある株価を上げることで、『退職金に連動させる仕組み』にすることも、社員の満足度や退職者を減少させる方法として有用です(条件により非上場会社でも検討可能)。
実務としては、「退職金制度」を見直すにあたって、変更時点での退職金の計算や、その金額の支給の可否、新制度に移行させるかどうかの判断など、様々なシミュレーションによる検討が必要です。特に、見直し後に、新しい制度上では不利になってしまう社員が発生する場合は、彼らへの不利益変更についての説明や、全社員からの承諾書の受領、各種規定の変更なども重要となります。この領域に関しては法律を含めた幅広い知識が必要になるため、人事ひとりで全てを対応するよりも、専門家に相談をした上で進めることをおすすめします。
全体
「退職金制度」の導入や見直しは、会社の損益計算書や貸借対照表の数字に大きな影響を与える場合があります。私が人事責任者として「退職金制度」の変更に携わった際、CFOや会計チームのサポートを受けながら自身で制度変更から会計シミュレーション、会計処理までを対応したことがありました。
特にIPOを目指す企業や外資系企業などの場合は会計に関する影響を非常に気にするので、労務知識と並んで会計知識も重要です。
具体的には、以下のような観点で検討を進めると良いでしょう。
・従業員の満足度の向上や離職率の減少、応募者増加にメリットがあるか
・専任者を置けない場合の事務負担は対応可能なのか
・会計上での資本の増減への影響はどうなのか
「退職金制度」の導入・見直し・廃止は人事制度全体に関わってくるものなので、会社の仕組み全体を俯瞰して検討していくことが欠かせません。
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編集後記
終身雇用が一般的ではなくなり、転職が以前より身近になった中で、「退職金制度」に対する捉え方や考え方も変化してきているように感じます。企業・従業員・株主など、あらゆる視点からその導入目的や効果を検証し、狙いを持って導入・見直し・廃止の判断を行っていくことが今後さらに重要になっていくのではないでしょうか。