「企業型DC(企業型確定拠出年金)」の概要と導入方法について解説します

企業が掛金を毎月積み立て(拠出)して、加入者である従業員が自ら年金資産の運用を行う「企業型DC(企業型確定拠出年金)」。これまでは会社側が年金資産を運用して退職時に受け取る額が元々約束されている『確定給付年金』が一般的でしたが、今では「企業型DC」を導入する企業も増えてきています。
今回は15年もの人事労務を中心に豊富で幅広い人事経験を持つ山内 麻衣さんに、「企業型DC(企業型確定拠出年金)」の概要から導入方法・事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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山内 麻衣(やまうち まい)/ 人事コンサルタント・研修講師
日系・外資系企業、ヘルスケア・IT・建設など幅広い業界の企業において15年の人事経験を積む。労働組合の立ち上げ・DE&I推進なども経験。ベンチャー企業での人事責任者を経て、現在は独立して人事コンサルタント・研修講師として活躍中。
目次
「企業型DC」とは
──「企業型DC」の概要について、iDeCoとの違いなどと合わせて教えてください。
「企業型DC」とは、企業型確定拠出年金と呼ばれる退職金制度の1つです。掛金は固定されており、将来退職金として受け取る金額は運用成績によって変わる点に特徴があります。この掛金は所得控除の対象となるため、所得税がかからない点がメリットです。
「企業型DC」の加入者数は右肩上がりに増えており、2023年3月末時点では805万人となっています。

退職金財源のタイプには『事業主掛金のみ』『選択制』『事業掛金+選択制』『マッチング拠出(事業掛金に従業員が掛金を上乗せするもの)』などのパターンがあります。中でも選択制DCは会社・従業員の双方にメリットの高いもので、DCの事業主掛金を給与として受け取るかDCとして退職金へ積み立てるかを従業員が選択できます。DCを選んだ場合、個人負担分も事業主負担分も社会保険料の算定基礎の対象外となるため、社会保険料を抑えることが可能です。

似たものにiDeCo(個人型確定拠出年金)がありますが、これは「企業型DC」の個人版のようなものです。「企業型DC」は所属している会社が制度を導入していないと加入できないのに対し、iDeCoは20歳以上65歳未満の方が幅広く加入できます。なお、「企業型DC」は口座管理手数料が会社負担となりますが、iDeCoは個人で負担する必要があります。
また、一定の金額範囲内であれば「企業型DC」とiDeCoを組み合わせて加入する事も可能です。2022年の法改正を受け、iDeCoの受給開始時期の上限が70歳から75歳に延長されました。合わせて年齢要件も拡大され、将来の資産設計に備える後押しとなっております。
多様化する「企業型DC」の導入目的
──「企業型DC」は福利厚生の一貫として導入する企業が多いと思いますが、それ以外の目的でも導入を進めるなど、多様化していると聞きます。どのような目的があるのでしょうか。
「企業型DC」の導入目的は、従来の福利厚生としての意味合いだけに留まりません。近年は採用ブランディングや従業員の満足度やモチベーション向上などにも活用する企業が増えてきました。
具体的には、「企業型DC」の導入により『従業員の生涯のマネープランやライフプランへの配慮がある企業』だと対外的に示すことができます。そうした印象が求職者に伝わると、自社の採用力が強化に繋がることが期待できます。また、従業員が将来の経済の不安を抱くことなく安心して本業に専念できると、結果的に従業員満足度やモチベーションの向上も図ることができるようになります。
もちろん、事務的に制度を導入するだけでは従来の退職金制度と代わり映えのないものとなってしまいます。そのため、説明会などを開催して従業員に制度を理解してもらうこと、従業員の理解度に応じて「企業型DC」の運用商品や投資についてのマネーセミナーを開催することなどを通じて、従業員の資産形成知識と自立性向上の機会提供へつなげることが重要です。「企業型DC」の運用結果については、市況の動きも影響しますが商品選びによっては高い利回りを期待することもでき、将来受け取る金額を増やせることを目指せるという点を伝え、従業員へ「企業型DC」に対する意識を高めると良いでしょう。
「企業型DC」の導入方法
──「企業型DC」を自社に導入しようとした際、どのようなステップで導入するのが良いでしょうか。
導入ステップには大きく以下のステップがあります。
・運営管理機関の検討
・制度設計
・予算の試算
・導入スケジュール検討
・社内承認
・従業員説明
・DC加入手続き
・運用開始
まず、運営管理機関の検討ではどの金融機関にDC制度の運営を依頼をするかを決める必要があります。金融機関側には多数のノウハウがあるので、問い合わせてみた上で不明点を相談すると早いでしょう。運営管理機関の選定時のポイントとして、コストや実績などを検討すると良いでしょう。また運営管理機関によって大企業向けと中小企業向けに展開していたり、得意・不得意があるようですのでこちらも確認すると良いと思います。
制度設計については運営管理機関にアドバイスをもらいながら進めて行くことになりますが、その際に重要なのは『どのような目的で導入するのか』などの意図を明確に持っておくことです。意図次第で制度や運用内容も大きく変わってくるからです。例えば、全員一律の拠出金額の方法にするか、もしくは等級などによって拠出金額を変える方法を取るか、などです。
予算の試算については、運営管理機関へ支払うコスト、資産管理手数料や口座管理手数料などの各種手数料などすべて洗い出した上で試算していきます。なお、選択制DC制度を導入する場合は金額は従業員側が選択するため企業側で確定することはできません。そのため変動が生じる金額として予め考慮する必要があります。
導入スケジュールについては会社の状況により異なりますが、半年程度はかかると見込んでおくとよいでしょう。特に予算の試算については、会社のコストに影響するためどの時期で計上できるかという点や会社の意思決定に2〜3か月は所要すると想定しておくとスムーズでしょう。
その後、社内承認が下りたら従業員への説明、「企業型DC」への加入手続き、と進んでいきます。確定拠出年金の承認事務は厚生労働大臣が行っており、この権限の一部が地方厚生局に委任されていることから厚生局へ申請を行う必要があります。この手続きに1〜2か月の所用期間を見込んでおくと良いでしょう。
厚生局から規約承認が得られたら運営管理機関の加入登録を行い運用開始となる流れです。

人事が行うべき社内コミュニケーション
──「企業型DC」導入時に、人事担当者は従業員に対してどのような広報・コミュニケーションをすべきでしょうか。
導入決定後、自社に労働組合などがある場合には労働組合へ事前に周知し、その後社内周知という流れが一般的です。その際、導入した事実だけではなく、導入背景や想いも含めてコミュニケーションすると、より従業員からの理解が得られやすいでしょう。
これは「企業型DC」だけではなく他のDC制度全般に言えることですが、運用成果は従業員任せとなるため、従業員には制度の内容を十分に理解しておいてもらう必要があります。「企業型DC」への関心や理解度が高い組織を目指して、周知や説明会の場では十分な質疑応答の時間を設けるようにすると効果的です。
なお、運用時のコミュニケーションについては確定拠出年金法により継続教育が事業主の努力義務として定められています。その方法論としては、継続教育の機会として定期的に口座にログインしてもらうようアナウンスを行い習慣づけを促すなどが考えられます。他にも、ランチタイムに継続教育セミナーを開催したり、社内ポータルサイトで記事掲載もしくは動画掲載などをしたりする会社も多いです。
「企業型DC」でエンゲージメント・採用ブランディング向上につなげた事例
──「企業型DC」がエンゲージメントや採用ブランディング向上などに貢献した事例について、山内さんがこれまでに見聞きしたものがあれば教えてください。
私がこれまで大手企業からベンチャー企業までさまざまな規模の企業内人事として働いてきて実感したのは、「企業型DC」であればベンチャー企業であってもコストを大きくかけずに導入できるということです。一般的にベンチャー企業の福利厚生は大手企業と比較するとボリュームが少なくなってしまったりと見劣りしている様に思われてしまう傾向がありますが、「企業型DC」に関しては会社規模に関係なく導入できます。つまり、採用ブランディングなどの観点から考えても、特にベンチャー企業や中小企業においては導入を進めて行きたい制度だと言えます。
また、福利厚生だけではなく、導入前後の従業員説明会や継続教育を通じて知り合った従業員同士が、その後も各自の資産形成や将来シミュレーション、どんな商品を選んでいるかなどを情報交換している姿を何度も目の当たりにしており、社内コミュニケーション活性化に大きく寄与してくれていると感じます。また、そうしたコミュニケーションを経て従業員のみなさんのマネーリテラシーや当事者意識が高まったことも実感しており、「企業型DC」導入の効果は非常に大きいものがあるなと振り返っています。
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編集後記
年々加入者が増えている「企業型DC」。従来の退職金制度に代わるもの程度の理解でしたが、山内さんの解説を受けてエンゲージメント・採用ブランディング向上などの効果も期待できるものであり、ベンチャー・中小企業でも導入を進めやすいものであることが理解できました。従業員のためにも、企業のためにも、ぜひ本記事を参考に検討を進めてみて欲しい制度です。