「譲渡制限株式ユニット(RSU)」を組織成長に活かすには

国内上場企業の中でも、社員のモチベーションアップの手段として株式付与を行っている会社が近年増えてきています。「譲渡制限株式ユニット(RSU)」も株式報酬制度の一種ですが、ストックオプションやその他株式報酬制度とは何が異なるのでしょうか。
今回は、譲渡制限付株式(RS)や信託型株式の導入経験をお持ちの吉村 智樹さんに、「譲渡株式制限ユニット(RSU)」導入が組織にもたらす効果や、導入・運用時の注意点などについて伺いました。
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
吉村 智樹(よしむら ともき)/大手総合人材会社 人事本部 エキスパート
プライム市場上場の大手不動産会社で人事採用責任者、人事企画責任者を経験した後、国際事業部に異動し海外16拠点の業務管理全般をアドミンマネジャーとして管轄。その後、プライム市場上場の大手総合人材会社にて、役員人事、コーポレートガバナンス、グループガバナンス領域を担当。役員人事、コーポレートガバナンス領域では、株主などステークホルダー目線を踏まえた業績連動報酬の設計・導入などを主導。
目次
「譲渡制限株式ユニット(RSU)」とは
──「譲渡制限株式ユニット(RSU)」とはどのようなものでしょうか。
「譲渡制限株式ユニット(RSU/事後交付型リストリクテッド・ストック・ユニット)」とは、あらかじめ対象者ごとに定めた数の譲渡制限付株式(ユニット)を事前に支給し、一定期間の経過後に株式を制度対象者に付与する仕組みのことを指します。金銭以外に在籍する企業の株式を付与することで、支給対象者に株価や企業価値向上への意識を醸成する効果などが期待できます。近年ではメルカリが自社の事業成長や企業価値向上に対して、全従業員が取り組み、その結果を株式の価値反映により享受するという目的のもと導入したことが話題となりました。こちらは後ほど詳しくご紹介します。
──よく比較に出される「譲渡制限付株式(RS)」とは何が異なるのでしょうか。
「譲渡制限付株式(RS)」は、権利確定前に議決権と配当受領権が発生します。株式自体は事前に付与されていますが、あらかじめ会社側が定めた条件を満たさない限り、譲渡(売却)をすることはできません。
他にも株式報酬には複数種類があり、詳しくは後述しますが、欧米においては譲渡制限解除時まで議決権等を発生させないユニット型である「RSU」制度が一般的なようです。一方、日本では事後交付型の「RSU」よりも事前交付型の「RS」を導入する企業が多い現状があります。三井住友トラスト・グループが実施した2020年10月5日の株式報酬制度導入状況調査によると、「RSU」は888社中13社(1.5%)に留まったのに対し、RSは888社中778社(88%)という結果になっています。
そんな日本では導入数の少ない「RSU」ですが、メルカリ社などが導入したことで注目を集めました。そのメルカリが手掛けるオウンドメディア mercan(メルカン)の記事にて、当初は日本でも例の多いRSの導入検討を進めていたところからローンチ2カ月前にRSUへ急遽方向転換した経緯などが詳細に記載されています。制度を導入検討されている企業は、ぜひ一読してみてください。
※参考:日本初の挑戦を。メルカリが新インセンティブ制度に込めた想いとその舞台裏(mercan)
ストックオプションやその他株式報酬制度との違い
──「RSU」と似たものに、RS・ストックオプション・信託型株式などがあるかと思います。それぞれの違いと、どのような場合にどのインセンティブ制度が適しているかについて教えてください。
株式報酬には以下のような種類があります。
・事前交付型リストリクテッド・ストック(RS)
・事後交付型リストリクテッド・ストック(RSU)
・パフォーマンスシェア(PS)
・ストックオプション(SO)
それぞれのポイントは以下の通りです。
種類 | 概要 | 支給対象物 | ポイント |
事前交付型リストリクテッド・ストック(RS) | 一定の条件達成で譲渡(売却)ができる株式を事前に付与 | 自社株式 | 事前付与のため、株式保有による議決権が行使できる。また、配当が受領できる |
事後交付型リストリクテッド・ストック(RSU) | 一定の条件達成で譲渡(売却)ができる株式を事後に付与 | 自社株式 | 報酬の一部を金銭で受け取るなど、柔軟な制度設計が可能投資家などステークホルダーとの信頼関係も築きやすい |
パフォーマンスシェア(PS) | 制度対象者に適切なKPIを設定し、その達成度に応じて自社株を交付 | 自社株式 | 株式の支給基準に財務や非財務などのKPI目標を設定できる最近では財務だけでなく、環境など非財務の指標設定をしている会社もある |
ストックオプション(SO) | 株価をダイレクトに反映できる制度 | 新株予約権(あらかじめ定められた価格条件で株式の交付が受けられる) | 権利行使価格より株価が上昇している場合に値上がり益を享受できるため、純粋に株価引き上げへのインセンティブ意欲を強めたい時に有効 |
誰に・どういう効果を期待するのかなどの目的を社内でしっかり議論した上で、交付時期やKPI目標設定などの観点からベストなものを選択することが成功のカギになります。

「譲渡制限株式ユニット(RSU)」導入による組織への効果
──「RSU」の導入により、組織にはどのような効果が期待できるのでしょうか。
「RSU」を導入し金銭だけでなく株式を報酬として付与することで、支給対象者に株価や企業価値向上への意識を醸成する効果が期待できます。また、短期的な業績評価目標の達成だけではなく、投資家からの期待に目を向けて中長期的な企業価値向上にも視点が向くようになります。
──上場前・上場後に期待できる効果にどんな違いがあるのでしょうか?
一般的に、上場前はダイレクトに株価向上への意識が働きやすいSOを導入するケースが多いと感じています。例えば、ユーザベース社では上場前はSOを導入していたものの、その後RSUも導入し、現在は両方の制度を運用されているようです。同社では「会社の成長そのものがインセンティブとなるような仕組みを作りたい」という目的の他、世界中のエグゼクティブ層へのアピールや、株主とのアラインメントまでを視野に入れ、制度の設計を行われています。株式報酬を導入することで、どのレイヤーのどういう意識を変えるのか、その目的・狙いやフェーズによっても導入するべき制度が変わることを示した一例だと言えます。
※参考:なぜ株式報酬制度を導入したの?ユーザベースは最高のタレントが集まる会社を目指す(UZABASE JOURNAL)
なお、上場後については投資家に対して『企業価値向上施策と連動した株式報酬制度である』旨の説明観点も視野に入れつつ、コミュニケーション方法を考えていく必要があります。
「譲渡制限株式ユニット(RSU)」を組織成長へ活かすためのポイント
──「RSU」を実際に導入する上での制度設計方法や、効果的な運用方法についてお教えください。
「RSU」を組織成長に活かしたい場合、特に重要なのは以下2つのポイントです。
(1)誰に、どの程度の金額(株数)を設定するのか
(2)この制度を恒久的な制度とするのか、一時的な制度とするのか
まず、金銭報酬ではなく株式を付与するということは、今までとは異なる意識を制度対象者に持ってもらいたいという目的やメッセージがあるはずです。それらを経営メッセージとして打ち出すことが制度導入時には大前提として求められます。
その上で、制度対象者を選ぶ形になりますが、その選定にはできる限り恣意性のない合理的な基準の下で行うことが制度運用上においても望ましいです。例えば、『部長以上の役職者』などと設定することができれば、人事施策としての一貫性や納得度の高さにもつながります。
なお、インセンティブ付与のタイミングは『譲渡制限を何年で設定するか』にもよりますが、後述する会計上の問題も踏まえて設計する必要があります。制度対象者のリテンションを目的とする場合、譲渡制限期間が長くなると一般的にはリテンション効果が薄くなる可能性が高いため、自社の流動性などを踏まえて期間を検討し設計することが望ましいです。
「譲渡制限株式ユニット(RSU)」導入時の注意点
──「RSU」導入時の注意点と、それに対する解決方法について教えてください。
まず、制度対象者に会社法上の取締役も含まれる場合は、株式報酬枠の設定が必要になることに注意しましょう。株主総会での金銭報酬の役員報酬総額に別途非金銭報酬枠を追加する必要があるなど、制度導入時にコンサルを利用する場合は相談しながら進めると良いと思います。
また、会計上の取り扱いにも注意が必要です。譲渡制限を何年で設定するかにより、会計上の費用計上が異なるためです。譲渡制限を1年など短い期間で設定する場合は会計上の影響が大きくなるため、社内の財務や会計チームと連携して進めることが望ましいです。
最後に、税制面の話。従業員目線では、譲渡制限解除時に給与所得となる点に注意が必要です。株式報酬額が高く設定されている場合、制限解除時の納税額が高くなります。場合によっては数十万円の税額控除が発生し、従業員の生活に影響が出る恐れもあります。それを回避するために、制度導入時にあらかじめ納税資金を貯蓄しておくことをアナウンスする、もしくはRSU設計時に譲渡制限解除に金銭補填もできるようなスキームを設計して従業員目線でも生活に影響が出ないように丁寧な制度設計を行う、などの取り組みを行うことが効果的です。
このように、RSU導入前後でカバー・注意するべき点は多岐に渡るため、関連部署でプロジェクトチームを組成して連携することができれば、予想外の影響の発生を防ぐことができるようになります。なお、コンサルなどを利用する場合は事前に影響範囲を丁寧に確認しておくと、制度のスムーズな運用につなげることができるはずです。
ちなみに、経済産業省も制度導入の手引きを詳しく記載しているため、制度導入時にはぜひご参考にしてみてください。
※参考:「攻めの経営」を促す役員報酬-企業の持続的成長のためのインセンティブプラン導入の手引(経済産業省)
■合わせて読みたい「報酬制度」に関する記事
>>>「譲渡制限株式ユニット(RSU)」を組織成長に活かすには
>>>「給与査定」を組織ビジョンから逆算して設計し、従業員の納得感を得る方法とは
>>>「企業型DC(企業型確定拠出年金)」の概要と導入方法について解説します
>>>「トータルリワード」お金以外の報酬でもモチベートする方法とは
>>>「EVP」を明確に定義し、自社採用力・定着率を向上させる方法とは
>>>「給与レンジ」を適切に設計。採用力や定着率を高める効果も
>>>「退職金制度」の導入・見直しタイミングを解説
>>>「バリュー評価」を形骸化させない運用のポイント
>>>「給与改定」をスムーズに進めるためのポイントとは
>>>「インセンティブ制度」の設計から運用までのポイントと改善方法を解説
編集後記
株式報酬制度と一口に言ってもさまざまな種類があり、目的や狙いによってもベストな選択がまったく異なることが吉村さんのお話からも理解することができました。「RSU」についても同様で、何を実現したいのかの目的に立ち返って設計・導入・運用を進めていくことが、期待する効果を得るためにも欠かせないことなのだと思います。