「ABW(Activity Based Working)」はフリーアドレスとどう違う? ポイントを導入経験者が解説
仕事内容に合わせて働く場所を選択できる働き方を指す「ABW(Activity Based Working)」。コロナ禍を経て働き方が多様化したことを受けて、日本でもこの言葉を目にする機会が少しずつ増えています。
今回は、株式会社デジタルホールディングス 人事マネジャー・HRBPの日下部 敬さんに、「ABW」の概要から事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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日下部 敬(くさかべ たかし)/株式会社デジタルホールディングス 人事マネジャー・HRBP、認定ファシリティマネジャー
2007年に新卒で楽天株式会社に入社。楽天市場事業部で営業職に従事した後、2010年に株式会社オプト(現株式会社デジタルホールディングス)に転職。デジタルマーケティングや経営企画、子会社監査役、総務部長を経験した後、2021年から人事マネジャーとして人事領域全般のディレクションに従事。2022年よりパラレルワーカーとしての活動を開始。人的資本経営を研究する団体の主任研究員として各企業の調査研究に携わる一方、スポットでの人事コンサル業務も請け負っている。2023年からはHRBP職を兼務し、事業成長に向けた戦略人事機能の推進責任を担っている。
目次
「ABW」とは
──「ABW」の概要について教えてください。
「ABW」はActivity Based Workingの頭文字を取った言葉で、直訳としては業務や活動に応じて働くこと、という意味ですが、一般的には、自らの裁量で働く場所を自由に選択できる働き方のことを指します。働き方そのものだけではなく、物理的なオフィスレイアウトを含む場合もあります。発祥の地はオランダだと言われていますが、今ではグローバル企業を中心にウェルビーイング(オフィスの中を歩き回ったり昇降格式テーブルを活用したりすることによる健康促進観点や、柔軟な働き方を支援することによるワークライフバランス向上観点など)を実現するための方法論として、世界中に広まっています。日本でもコロナ禍によるリモートワークや在宅勤務の拡大をきっかけに多様な働き方を実現できる新しい働き方として、少しずつ浸透してきた印象です。
働く場所を自由に選択できると聞くと『フリーアドレス』という言葉をイメージされる方も多いかもしれませんが、「ABW」はそれに留まらず、用途に応じたゾーニング・棲み分けやオフィス家具の配置により、さらに生産性の高い働き方を実現することができると言われています。
オフィスレイアウトの例としては、以下の様なものがあります。
・1人で集中して働くスペース
・チームメンバーと協業しやすいスペース
・ブレインストーミングに適したスペース
など
「ABW」が重要視される背景・メリット
──「ABW」が近年重要視されはじめている背景や、そのメリットにはどんなものがあるのでしょうか?
従来の日本ではオフィスに出社し、同じ時間・場所で働くワークスタイルが一般的でした。2010年代に入りテクノロジーや就業環境に関連するツールが進化したことを受け、『働く場所に捉われない働き方』を実現できる土台が少しずつ整っていきます。フリーアドレスという言葉が出てきたのも、この時期だったと記憶しています。その後、2019年に働き方改革関連法案が施行され、主要施策の1つに『多様で柔軟な働き方』が掲げられました。これによりワークスタイルを見直す動きが各社に求められるようになります。そして2020年、コロナ禍の影響で、テレワークが促進されるようになり、これが「ABW」の概念・働き方を、急速に世に広めさせるきっかけとなりました。加えて、ダイバーシティ経営の重要性が説かれるようになってきたことも、その後押しになったと考えています。
なお、「ABW」を導入するメリットには下記3つが挙げられます。
(1)人材獲得・定着
『多様な働き方・ウェルビーイングを体現する会社』であることを社内外に認知することにより、人材獲得・定着につながります。また、テレワークやフレックス制度と組み合わせることで、より柔軟性の高い働き方を実現できるようになり、それがさらなる魅力として社内外に伝わります。
(2)コスト削減
オフィス賃料は、人件費に次いで高い固定費とも言われるものです。「ABW」の導入によってレイアウトを変更し、オフィス面積を効率的に活用できるようになれば、結果的にオフィス賃料を抑えることもできるようになります。
(3)生産性向上
社員1人ひとりがその時々の状況に応じた最適な働き方を実践できるようになることで、社員の生産性向上にもつながります。
一方で、「ABW」は働き方を社員の裁量に大きく委ねる側面もあります。運用を見据えた設計(運用ルール・ITインフラ整備・チェンジマネジメント)をした上で企画・設計しないと、逆に組織運営上の不具合を起こしたり、生産性の悪化を招く可能性があったりする点には、注意が必要です。
「ABW」導入企業の代表的な事例
──「ABW」をすでに導入している日本企業の事例について教えてください。
日本の有名な導入企業としては、以下3社があります。私もこの3社へは実際に訪問したことがあり、どの企業でも、新しい働き方の提案がなされていました。
コクヨ株式会社
働く上での行動要素を7つ(オペレーションワーク/チームビルディング/チームシンキング/高集中ワーク/特殊・専門ワーク/社外関係構築/高機密性ワーク)に分類した上で、行動要素に基づいたワークプレイスを自社で設計しています。
そして、『コクヨライブオフィス』という社内見学ツアーを定期的に実施し、自社サービス自体をPRしています。また、オフィスが『ロの字』になっており、1フロアあたりの床面積がとても広く作られています。すると、社員はぐるぐるオフィスを歩き回る形になり、結果的に社員同士の偶発的なコミュニケーションと健康促進が同時に実現される「ABW」設計となっています。
さらに、コクヨの面白い取組みの1つに『オフィスカイゼン委員会』があります。これは、社員がオフィスで働く上で気になった点・改善点を気軽に要望し、その名の通り改善に向け動くプロジェクトです。
これらの取り組みもあって、オフィスが自分たちの働き方に合わせて常にアップデートされている印象があります。
株式会社イトーキ
自社サービス『Workers Trail(ワーカーズ トレイル)』と社員の貸与スマホを有効活用することで、「ABW」導入により見えづらくなると言われている『社員の1日の働き方』や『オフィスのどこにいるかの位置情報』を可視化する工夫を取り入れています。オープンスペースでは、吸音機器を活用して周囲の社員が音を気にしなくてすむようにしていたのも印象的でした。
CBRE株式会社
社員の働き方を定量的に分析(座席使用率/平均/会議室の利用状況/アンケート調査)した上でワークプレイスを設計。改革による定量的な効果を可視化し、社外に発信・PRしています。また、CBREの集中スペースはリラクシング効果を目的に他エリアと異なるライティングを取り入れています。オフィス見学に伺った際も物音が一切しない、集中できる環境が整っていたことを覚えています。他にも、「ABW」自体が新しい働き方ということもあり、比較的新しい業界の会社が率先して取り入れている印象があります。
デジタルホールディングスの「ABW」導入事例
──日下部さんが在籍しているデジタルホールディングスでも「ABW」を導入されたと聞いています。そのきっかけや内容について可能な範囲で教えてください。
私の現職であるデジタルホールディングスでも「ABW」の考え方を取り入れ、社員の生産性を高める・クリエイティビティを発揮できるワークプレイスを構築しています。
「ABW」の考え方を取り入れるに至ったきっかけはコロナでした。テレワークが一般化し、人がたくさんいたオフィスもガラガラになってしまい、働き方を見直す必要性を迫られたからです。社是に『1人ひとりが社長』を掲げていたこともあり、フルフレックス・テレワーク制度の導入・促進と合わせて『その時々の状況に応じ、自らの裁量で働く場所と時間を選択できる働き方』を社内コンセプトとして掲げました。
その後、人事・総務・IT・現場メンバーによるプロジェクトチームを組成。運用ルールの整備、オフィスレイアウトの検討、ITインフラの整備、社員アンケート、現場社員のチェンジマネジメントなど企画・検討を重ね、2021年には借りていたオフィスの半数を解約。残りのオフィスのリニューアルにも踏み切りました。
「ABW」の考えを取り入れたことで、人材獲得・定着面での効果は一定出ていると実感しています。私自身、集中して作業したい時はソロワーク用のスペースで黙々と仕事をしていますし、机の並び方を変えるだけでこうも周囲とコミュニケーションがしやすくなるのか、といった新しい発見もありました。
一方で、課題点も見えてきています。事業成長への貢献状況や、組織マネジメントにおける悩みなどです。固定席に比べると上司・部下、同僚同士の対面コミュニケーション機会は減ってしまうので、業務遂行上のちょっとした報連相がすぐにできなかったり、メンバーのコンディション把握が難しくなったりする点は少なからずあります。
この状態を放置してしまうと業務の生産性が下がり、オンボーディングや育成観点でのマイナス要素も加わって、組織パフォーマンスが下がってしまうのです。ここは現在進行形でPDCAサイクルを回しながら、日々改善を続けています。具体的には以下のような取り組みです。
・毎朝決まった時間にチーム全員でショート朝会を実施する
・オンラインツールで雑談用のチャンネルを開設する
・毎週●曜日の●時はチーミングを目的に●●エリアに集合してもらう
など
運用ルールの整備/浸透はとても大事なのですが、その運用が上手く回っているのかのモニタリングも同じぐらい重要です。
私たちの会社ではサーベイツールを導入していることもあり、組織・人のコンディションを定点観測した上で対策を検討できます。しかし、サーベイを導入していない会社であっても『働き方/オフィスに関する社員アンケート』などの形で課題感をキャッチすることはできるので、ぜひやってみてください。この繰り返しが、その会社ならではの「ABW」形成につながります。
私自身、デジタルホールディングスにおいて固定席→フリーアドレス→「ABW」と、時代の流れに合わせた働き方のアップデートを経験し、ワークスタイルごとのメリット・デメリットを社員視点・運用視点の両面から体感してきました。
その上で重要だと思うのは、『その働き方が、会社が大事にしたい価値観と結びついているのか』ということです。「ABW」は働き方の選択肢の1つに過ぎません。どの会社にも当てはまる最適な働き方ではなく、どのような会社で在りたいか、そのためにどのような働き方を実現したいのか、それによって必要に応じ選択されるべき手段なのです。
もし、この記事を読まれたあなたが「ABW」を自組織にも導入しようと考えた際には、『会社が大事にしたい価値観と結びついているだろうか』と、自身や経営者に問いかけてみるところから始めてみてください。
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編集後記
人材や働き方の多様性に合わせて、オフィスをはじめとした働く場所も多様であるべきだと改めて感じました。その上で重要なのはその目的やテーマ。『会社が大事にしたい価値観と結びついているだろうか』という問いは、「ABW」に限らずあらゆる人事施策を導入・検討する際に自らに投げかけたいものです。