ストックオプション制度を組織成長に活かすための設計・導入方法
株式会社の従業員や取締役が自社株をあらかじめ定められた価格で取得できる「ストックオプション制度」。インセンティブ報酬として導入する企業も多く、従業員にとっても大きなメリットがあるものです。
今回はストックオプション制度を設計する上で知っておきたい基礎知識や事例について、スタートアップ企業における人事経験も豊富なパラレルワーカー 和田 勇樹さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
和田 勇樹(わだ ゆうき)/人事パラレルワーカー
新卒より一貫して人事領域に携わる。特に労務、人事制度、海外人事はナレッジや経験も多く強み。また上場企業(数千人規模)〜スタートアップ企業(数十人規模)の経験、人事制度の構築や労務デューデリジェンス、人事顧問など複数企業で支援実績あり。直近はドメイン知識を活かしてプロダクトマネージャーに転身し、人事と事業領域の両輪を理解して強みとするべく活動中。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
ストックオプション制度導入による組織への効果
──ストックオプションとはなんでしょうか。
ストックオプションとは、株式会社の経営者や従業員が自社株を一定の行使価格で購入できる権利のことです。アメリカを起源とし、日本では1997年5月の改正商法において制度として認定されました。
ストックオプションには大きく2つの種類があります。付与される際にお金が掛からない「無償ストックオプション」とお金が掛かる「有償ストックオプション」です。その有償ストックオプションの活用型である「信託型ストックオプション」は、会社が成長する前に発行したストックオプションを信託(信頼できる人に託して運用・管理してもらうこと)しておき、会社への貢献度を評価する一定のルールに基づいて役職員にストックオプションを付与するスキームで近年ベンチャー経営者や投資家の間で注目を集めています。
──ストックオプション制度を導入することにより、組織へはどのような効果があるのでしょうか。
ストックオプション制度に期待する効果としては大きく3つあります。
(1) 優秀な人材の採用
優秀な人材(≒自社カルチャーにマッチした人材)の確保は、どのフェーズにおける企業にとっても重要なポイントです。将来的に大きなリターンが見込めるストックオプションは優秀な人材の確保には欠かせないものになっています。
またシード期など資金に余裕がない場合、初期の給与水準を抑えた上で後々リターンインセンティブとして大きく返すためにストックオプションを活用するケースも多々あります。
(2) 人材のリテンション
入社年次によってストックオプションの付与数を上げるなどの方法で、人材流出を防ぐ効果が期待できます。特に初期段階でリスクをとって入社してくれた人材に対するリターンとして活用されることが多い印象です。近年では信託型ストックオプションの登場により、初期入社ではない人材にも大きなリターンが行えるようになりました。
また、上場した際にはより大きなリターンが見込めます。実際にメルカリが2018年6月に当時の東証マザーズへ上場した際、30名以上の従業員が億万長者となりました。
また、会社側から人材に対して「あなたを大切にしている」「あなたに期待している」というメッセージを伝える効果も期待できます。
(3) 当事者意識の強化
正しくストックオプションの効果や内容を伝え、会社の一部を疑似的に「所有」してもらうことにより、株式価値の向上に対して会社と従業員の意識が統一されていきます。結果、会社に対する愛着心や業務に対するコミットメントが高まることが期待できます。
組織成長に効く3つのポイント
──採用・リテンション・当事者意識。これらの効果を組織成長に活かすために、具体的にはどんなストックオプションの付与方法がありますか?
特に信託型ストックオプション導入時においては、以下3つのポイントで付与すると組織成長に繋がりやすいと考えています。
(1) 採用時のインセンティブとして付与
事業拡大やIPO整備を行うためにCFOやリーガルのエキスパートなど特別なスキルを持つ人材を採用する際に活用します。このフェーズであれば一定の年収提示もできるようになっていますが、それでもTOPクラス人材の希望年収までは社内給与バランスや制度上の関係で出せないことも多いため、それをストックオプションで補完する形です。具体的には入社時のサインアップボーナスのようなイメージで付与します。
(2) 人事評価に基づいたポイント付与
成果に応じてポイントを付与する方法です。信託型ストックオプションで付与する個数を定め、それを1個=1ポイントとして成果に応じて付与します。評価ランクが5段階(S・A・B・C・D)であれば、S=5ポイント、A=4ポイント……D=1ポイントといった形です。
(例)人事評価に基づいたポイント付与の例
人事評価ランク | 信託型ストックオプションの付与数 |
Sランク | 5ポイント |
Aランク | 4ポイント |
Bランク | 3ポイント |
Cランク | 2ポイント |
Dランク | 1ポイント |
この方法のメリットは「公正な付与が行える」点です。スタートアップやベンチャーは事業の流動が大きく、活躍人材の定義もその時々によって異なるもの。そこで人事評価と連動させることにより、入社タイミングに関わらずパフォーマンスに見合った付与ができるようになります。結果として、人事評価がそのまま報酬へ反映されるようになるため、「成果をあげることで報われる組織」としての形が実現できるのです。
(3) 社外などへの付与
ストックオプションは業務委託やアドバイザー、社外関係者に関しても一定のルールに基づいて付与することができます。現金報酬ではなく将来の株式報酬にすることで、社外関係者であっても当事者意識を強めてもらうことができるようになり、積極的な組織参画の促進へとつながります。
制度導入時に注意するべき2つのポイント
──実際にストックオプション制度を導入する際には、どのように進めるのが良いでしょうか。また特に注意するべき点などもあれば教えてください。
ストックオプションの導入は会社法第238条1項の規定に従って行います。これは株式会社が新株予約権(あらかじめ決められた金額や条件で株式会社の株式を取得できる権利)の発行を行う際、定めなければならない募集事項に関する規定です。具体的には以下の募集事項について決定しまする形です。
募集する新株予約権の内容と数量
どんな新株予約券をいくつ発行するか。
公正発行、有利発行どちらであるのか
その株式の直近の市場価格と比較し、通常価格で発行するか、有利な価格で発行するか。ストックオプションの場合は通常、無償とします。
払込金額の算定方法
公開株式であれば市場価格、非公開株式であれば純資産価額方式やDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法など、払込金額の根拠となります。
割当日
新株予約権の引受けの申し込みをした人が新株予約権の権利者になる日のことです。
払込期日
新株予約権の金銭払込み、財産給付または債権相殺を行う期日です。これは有償新株予約権のみに適用される規定です。
原則的にはどの企業も同じ手順を踏むことになります。その際、以下2つのポイントを押さえておくとスムーズに進めることができるはずです。
(1) 導入目的と種類を決める
ストックオプションにより期待できる効果を理解した上で、制度導入によって何を実現したいのかといった「目的」を経営として決めることがまず重要です。これはどんな取り組みでも言える話ではありますが、目的が明確でなければ得られる成果も不確かなものになってしまいます。「社員の採用のために発行したい」や「リテンションのために発行したい」、「なるべく安い行使価格で発行したい」など、目的を具体的にした上で、以下3つの観点を整理するところから始めましょう。
①誰に(初期入社なのか、将来入社の人までなのか)
②いつ(入社時、定期、退職後)
③どんな方法で(無期・有期・信託型など)
(2) アドバイザーを決める
前述の通り、ストックオプションは慎重かつ適正に制度として進める必要があるため、アドバイザーの存在が欠かせません。アドバイザーは他社の制度設計のシェアや、基本系の制度の考え方(ポイント・インセンティブのメリット・デメリット)、進め方や時期感、制度作成の全体的なアドバイスや相談など、幅広い分野を担います。たとえるならば、企業契約している弁護士と同じような考え方で間違いないでしょう。
アドバイザーは大きくわけて2種類あります。
(1) 公正価値算定(※)アドバイザー:費用相場は50~200万円程度
(2) 信託SO設計アドバイザー(制度設計・税務・法務等の観点):費用相場は1,000万円未満
特に、(2)は制度の構築観点で併走してもらえるため欠かせない存在です。ここで構築する制度は人事知識だけでなく、税務・法務観点が必要となってくるため、人事が単独で設計するのは非常に難易度が高い分野です。そのため、こうしたアドバイザーは初期段階で決めるべきです。中にはこの両方のアドバイザリーが可能なコンサルティング会社もあります。
※:公正価値算定とは、貸借対照表上の資産や負債の価額を算定するための評価基準の一つ。
ストックオプション制度を導入した企業の具体的な運用事例
──和田さんがこれまでご経験された運用事例について、その目的や取り組み内容、最終的な成果に至るまでを具体的に教えてください。
運用後の見直し事例にはなりますが、1つ大きな成果が出た事例をご紹介します。
<制度見直しの目的>
元々無償ストックオプションを導入していた企業において、以下2つの理由から付与方法を見直したいと相談を受けました。
①活躍人材の定義変化に合わせて、公正に報酬を支払えるようにしたい
②中途採用力を高めてTOP人材を確保したい
<取り組み内容>
従来のストックオプション(発行時に割り当て先と個数を指定する必要があるため、発行時に在籍している従業員にしか割り当てできないもの)に変えて、信託型ストックオプション(信託にストックオプションをプールして、ポイントとして割り当てることで柔軟な付与が可能になるもの)の導入を決定。それぞれの目的に合わせて取り組みを進めました。
①活躍人材の定義変化に合わせて、公正に報酬を支払えるようにしたい
前述した「人事評価に基づいたポイント付与」を行えるようにしました。これにより「初期に入社したものの現状のパフォーマンスがあまり高くない人材」へ過度な付与が行われることがなくなり、成果に応じた公正な報酬分配が行えるようになりました。
②中途採用力を高めてTOPクラス人材を確保したい
こちらも前述した通り、中途入社時にサインアップボーナスとしてストックオプションを付与することにしました。現金報酬に株式報酬が+αで加わることで採用条件が向上するだけでなく、入社後の当事者意識を強めてもらうことも期待できます。
<成果>
執行役員クラス4名、エキスパート2名の優秀な人材を採用することができました。また人事評価に紐づく付与により公正に報酬を支払えるようになったことに加え、ストックオプションを賞与として支給するなど評価に対してメリハリをつけることができるようになりました。
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編集後記
ストックオプション制度は人事評価制度などとも密接に関わるため個別性が高く、どう導入すれば良いかと迷うケースも多くあると思います。そんな時は和田さんの話にもあったように「何を実現したいのか」の目的に立ち返ってストックオプションの種類や人事評価制度との連動方法を検討していくと、地に足のついた導入や運用ができるのではないでしょうか。