「ジョブディスクリプション」の導入・運用実態と事例について
職務内容を詳しく記述した文書である「ジョブディスクリプション」。近年では、ジョブ型雇用など「ジョブディスクリプション」を基にした採用を取り入れる企業も増えています。
今回は、人事企画・人事戦略・採用などに知見を持つ人事パラレルワーカー 金子 貴昭さんに、国内各社における「ジョブディスクリプション」の運用事例について伺いました。
<プロフィール>
金子 貴昭(かねこ たかあき)/人事パラレルワーカー
東証スタンダード市場上場・株式会社データ・アプリケーションにて取締役執行役員として活躍。企業のMVV再定義や中期経営計画、経営戦略、財務戦略の他、年功制から役割貢献評価に移行した新人事評価制度として、ジョブディスクリプションとスキルを規定したジョブ型雇用制度を策定。現在は人事企画や採用、経営戦略に連動した人事戦略、報酬面やガバナンスなど幅広い分野を担当。
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目次
「ジョブディスクリプション」とは
──「ジョブディスクリプション」の概要をはじめ、ジョブ型雇用との関連性や国内外の浸透状況まで包括的に教えてください。
「ジョブディスクリプション」(Job Description)とは、主に社員の職務内容を記した職務記述書のことです。昨今、国内でも注目されているジョブ型雇用を支えるツールとしても活用されています。
ジョブ型雇用は、欧米諸国では広く普及している雇用システムです。採用時に職務内容を明確に定義して雇用契約を結び、職務や役割で評価します。これは日本で多くの企業が採用しているメンバーシップ型雇用(新卒一括採用に代表される労働時間・勤務地・職務内容を限定しない働き方)とは一線を画すものです。
また、日本より雇用が流動化している欧米では「ジョブディスクリプション」が転職時における重要なファクターとなっており、その内容(何ができるか)によって報酬水準も大きく異なります。そのため、必要とあれば自己研鑽のために大学院に戻りMBAを取得するなどのキャリア形成方法も一般的です。社会制度上それが可能な環境があることも、欧米諸国でジョブ型雇用が浸透している要因だと考えます。
一方、職務記述書に要求された以外の能力発揮は求められていないため、仮により上位の能力を発揮してもそのポジションに空きがあるなど企業側と折り合いがつかなければ報酬が増えることはありません。結果的により良い仕事と報酬を求めて人材が流動化している側面が、欧米諸国の雇用環境には内在していると言えます。
「ジョブディスクリプション」導入・運用の国内事例1:富士通株式会社
──実際に、国内で「ジョブディスクリプション」を導入・運用している企業の事例を教えてください。
2022年4月21日、富士通株式会社が『富士通と従業員の成長に向けた“ジョブ型人材マネジメント”の加速』という題目でプレスリリースを出しました。国内グループ(一部を除く)の一般社員45,000人向けにジョブ型人材マネジメントの考え方に基づく新たな人事制度を導入するというものです。『事業戦略に基づく組織設計と人員計画、社内外からの柔軟かつタイムリーな人材の獲得・最適配置、従業員のキャリアオーナーシップに基づく挑戦・成長の支援』を目的としています。
また、それに先立つ2022年3月28日にも『富士通の人材戦略について』と題した説明資料が発表されています。そこでは中長期的な人材戦略・具体的施策として以下3つが掲げられ、事業戦略に基づいた組織・ポジションのデザインへの見直しと共に、責任権限/人材要件の明確化(ロールプロフィール/ジョブディスクリプション)が規定されています。
(1)ジョブ型人材マネジメント
(2)DX人材への進化
(3)組織変革に向けた取組み
1990年代より成果主義的人事制度をいち早く採用したリーディングカンパニーの富士通でさえ、現有人材のパフォーマンスと戦略・ビジョンの実現度にギャップが生じてきている状況がありました。その打開策として選択されたのが「ジョブディスクリプション」を基にしたジョブ型人材マネジメントです。戦略・ビジョンを実現させるための組織設計から必要な人材要件(=職務要件)を定義し、現有人材とのギャップ把握・不足分の外部採用を進めて行く形です。
これらの取り組みを推進した結果、富士通株式会社の2023年3月期実績はこの施策を発表した1年前と比べて売上収益+3.5%、当期利益+17.7%となりました。また、決算資料によると、事業と連動した人材のポートフォリオと個人にフォーカスした人事制度への移行を行なったことにより、2019年度と比較して生産性も60%ほど向上したとあります。こうした成果は事業戦略成功の賜物ですが、人材戦略が事業戦略に有効に機能した結果でもあり、その貢献度は高いと考えています。
企業価値向上を第1目的とし、その達成のために事業戦略があり、事業戦略達成のために人材戦略があり、その戦術の1つとして「ジョブディスクリプション」がある──これは、人材のパフォーマンス次第で戦略達成度合いに差が生じてしまう企業にとっては特に示唆に富む事例だと言えるのではないでしょうか。
独自の運用を行っている「ジョブディスクリプション」国内事例2
──自社のカルチャーや風土・社内体制などに合わせて「ジョブディスクリプション」を独自運用している企業事例について教えてください。
私が所属する株式会社データ・アプリケーションの事例をご紹介します。
当社は社員130名ほどの企業であり、主にEDI(電子データ交換)ミドルウェアの開発を生業としています。JASDAQ市場(現東証スタンダード市場)上場をきっかけにそれまでの年功序列型人事制度を廃して、以下3要素で報酬が定まる成果主義的な人事制度(ジョブ型雇用制度)へと転換しました。
(1)役割/経営モデルと経営戦略に基づく役割=職種
(2)能力/役割を果たすための顕在的能力要件
(3)成果/戦略目標から展開された役割におけるKPI達成度
この制度転換の背景には『上場後を見据えた成長戦略の実現』があります。当時は年功的な賃金制度であるが故に他社との採用競争に勝てず、中途採用がうまく進められていない問題がありました。魅力的な報酬体系を実現してパフォーマンスの高い外部人材を採用するべく、まずは職種別(エンジニア・営業・管理部門など)の年俸表を作成。転職市場で外資系に勤務するハイクラス人材も採用可能な報酬枠を設定しました。
加えて、該当職種についてはジョブグレード(職責によって5段階に区分)ごとに「ジョブディスクリプション」を定め、職務内容とその職責を明確にしました。これにより外部採用の基準が明確になり、各部門が人事部門に採用をオーダーする際にはジョブグレードとそこに連動した「ジョブディスクリプション」を提示するだけで良くなりました。
このように、「ジョブディスクリプション」を基盤としたジョブ型雇用は専門性の高い社員採用に効果的です。なお、当社はこの手法を新卒採用にも適用し、早くから職種の志向性が高い学生(エンジニア志望者など)に着目した採用活動を実施しています。
新卒採用は職種のミスマッチが生じない限り定着率が高く成果表出も早いものです。しかし、選んだ職種の適性に悩む、あるいは思い描いた成果が出づらい社員にとっては結果的に退職となるケースも少なくありません。それらを防止するために、全社員に対して自己申告書を基にした異動希望のヒアリング・360度評価の実施など、ジョブディスクリプションを用いた人事制度を支える仕組みを年1回運用しています。
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編集後記
「ジョブディスクリプション」はジョブ型制度を運用していく上で欠かせないものです。それだけでなく、各現場の実状や必要としているケイパビリティを理解する上でも、「ジョブディスクリプション」の作成プロセスは有効だと感じました。企業価値向上はもちろん、組織理解を深める意味でも取り組む価値はあるかもしれません。