戦略的な採用マーケティングとは?採用CX(候補者体験)から考える実践方法
採用活動をマーケティングとして捉え、データやテクノロジーを活用することで候補者との適切なコミュニケーションを設計する「採用マーケティング」が注目されています。企業の採用担当者にもデジタルマーケティングのノウハウやスキルが求められる時代になってきました。
一方で「採用マーケティングという言葉は知っていても実践方法がわからない」「とりあえずマーケティングツールを取り入れたけど、いまいち成果が…」そういった声も多く聞かれます。
そこで今回はスタートアップからナショナルクライアントまで多種多様な企業のマーケティング/PR部門のコンサルティングを10社以上経験されたのち人事にキャリアチェンジされ、採用マーケティングの専門家としても活躍されるパラレルワーカーの方に、どのように実践していくかをお話しいただきました。
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目次
採用マーケティングの定義
──そもそも採用マーケティングとは何でしょうか?
もはや使い古された感のある採用マーケティングという言葉ですが、その意味や具体的な内容を適切に説明することはとても難しいです。そこでまずは、採用マーケティングの一般的な定義について整理してみましょう。
採用マーケティングとは、マーケティングの概念を採用活動に適用した考え方のことで、(中略)データやテクノロジーを活用して採用ターゲットのニーズを解明したうえで、プロセス全体を検証し、候補者との適切なコミュニケーションを通じて、より効果的な採用活動につなげます。(マルケト社HPより引用)
リクルートメント・マーケティングとは、採用にデジタルマーケティングの観点を取り入れた採用活動の考え方であり、それは自社のターゲットとなる候補者にしっかりと認知してもらい、長期的な関係性を築き、ファンになってもらうための仕掛け(Wantedly社HPより引用)
この説明から見えてくるのは、「情報発信(=認知〜応募)の部分だけでなく、採用プロセス全体を能動的なアクションとして仕組み化し、データやテクノロジーの活用によって採用の精度を高める取組み」が採用マーケティングの定義となります。
採用マーケティングを生んだ背景にある、採用市場の変化
──採用マーケティングはなぜ重要なのでしょうか?
採用マーケティングの重要性が語られるようになった背景には、「情報戦争」とも言われる採用市場の変化があります。
このような変化が起きている背景としては、以下の2点が挙げられます。
1「採用市場の競争激化」
労働人口が減りつつある中、コロナショック以前の好景気に起因する有効求人倍率の高騰が起きており、特にエンジニアにおける人材獲得競争は激しさを増しています。
2「キャリア観の多様化」
一昔前であれば就職人気企業ランキング上位の大企業に就職していた上位校学生がスタートアップに入社したり、就職せずに起業するケースも増えてきました。既卒マーケットでは、いまや転職は当たり前になり、2019年頃からは副業・複業がトレンドワードになるなど10年前にはほとんどリアリティのなかったキャリア選択や働き方が新しいスタンダードになりつつあります。
新卒で入社した会社に定年まで勤めることが前提であれば、情報発信が必要な対象は学生だけになります。
しかし上記の変化により、将来的な採用候補者に対する接点をとり続けることが重要となります。つまり、「点」ではなく「線」でのコミュニケーションを「潜在的な候補者」に対して続けることが、採用市場において必要になっています。
さらに「テクノロジーの発達」により、企業自らが情報を企画・編集・発信でき、生活者は手元のスマートフォンでいつでも情報を受発信できる世の中になりました。
企業の採用担当者が簡単に情報を編集・発信できるWebサービスも多数登場しています。
これらの複数の要素が複雑に作用し合い、情報発信力の強化という意味に限らない採用マーケティングの必要性が高まってきています。
採用マーケティングの手法では「採用CX(候補者体験)」が欠かせない
──採用マーケティングの具体的な手法・施策はどういったものがありますか?
採用マーケティングに欠かせないのが「採用CX(Candidate Experience =候補者体験)」です。
「採用CX(Candidate Experience =候補者体験)」とは
Customer Experience(顧客体験)の思想を人材採用に応用した考え。求職者が企業を認知してから応募、選考に参加し、入社または最終結果を受け取るまでのありとあらゆる体験のこと。採用に関わる全ての従業員はこの体験価値を最大化することで自社への好意度を高め、応募者の不安を取り除き入社意欲を増幅させることができます。
優れた採用CX(候補者体験)を提供できれば、入社に至らなくとも消費者として自社のファンになってもらえる可能性もあります。
余談ですが、大手食品メーカー「カゴメ」が新卒選考参加へのお礼として、不合格者の自宅に自社商品のトマトジュースと感謝状を送付する取組みをされていたところ、“神対応”としてネットで話題になりました。
──では採用CX(候補者体験)はどのように設計し、運用すべきでしょうか。
ヒントになるのは、マーケティングのフレームワーク「マーケティングファネル」と「カスタマージャーニーマップ」です。
採用活動におけるマーケティングファネルとは
顧客の購買プロセスの最初(=認知)から最後(=購入)に至るまで段々と人数が減っていくさまをファネル(=漏斗)の形に見立てて可視化されたもの。
カスタマージャーニーマップとは
顧客の購買プロセスに関する一連の体験ストーリー(=Customer Experience)をパターン・可視化したもの。これを頼りにしながら企業がプロセス毎に取るべきアクションを最適化することによって顧客理解やブランドの一貫性維持、顧客価値の最大化を実現できます。
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マーケティングファネル、カスタマージャーニーマップの採用活動版をつくることで採用CX(候補者体験)を緻密に設計でき、採用成果を最大化できる可能性は高まるでしょう。
たとえば上記のマーケティングファネル図のように「①認知→②興味→③応募→④選考→⑤内定通知→⑥比較検討→⑦内定承諾→⑧入社」をファネルとして定義した時に、①〜⑧それぞれのフェーズにおけるCXを設計します。
一例として、「⑤内定通知」におけるCX設計としては、以下のようなものが考えられます。
■サプライズ演出:最終面接者がその場で内定を伝え握手/その人のためだけの内定理由を丁寧に伝える/入社後期待することを詳しく伝える/内定通知書の即時交付
■逃げ道を残す:内定への回答期日を、応募者と相談の上で設定する
後述の「お勧めの本」でも紹介している青田努さんの著書『採用に強い会社は何をしているのか 52の事例から読み解く採用の原理原則』では、Candidate Journey(キャンディデイトジャーニーマップ)を『採用活動全体を「ターゲット人材と自社が結ばれるまでの一連のストーリー」として成立するよう時系列で整理し、ターゲット人材の心情・認知が、どのような施策によって、どう変わっていくのかを設計したもの』と定義されており、その参考例も掲載されていますのでぜひご覧ください。
──では実際のところ、企業の人事担当者がCXを最適化するためにはどのような工夫をし、どのような点に気をつける必要があるのでしょうか。
採用マーケティングにおけるコミュニケーションはファクトベース、つまり「嘘をつかないこと」に徹することをおすすめします。
例えば「会社説明スライド」と称して、従来は会社説明会や採用応募者にだけクローズドに公開されていた会社情報資料(社員の給与水準分布/自社の課題など)をインターネット上に公開されるケースが増えてきました。この企業の透明性こそが、採用マーケットにおける競合優位性につながっています。
CXの先にはすぐEX(Employee Experience=従業員体験)との戦いが待ち受けているわけですから、採用段階でついてしまった嘘の弊害はすぐに人事に跳ね返ってきますからね。
採用マーケティングの成功事例
──これまで採用マーケティングを意識して実施したことによる成功事例を教えてください。
これまでの採用マーケティング活動で上手くいったのは、発信する内容に「3つのセイ」を持たせることと「PR思考」を基軸とした情報流通設計です。
3つのセイとは
クリエイティブPRを標榜する神谷製作所が提唱するフレームワーク。
「What to Say (何を言うか)」「How to Say(どう言うか)」「ニュース性(思わず誰かに言いたくなるような話題性があるか)」のこと。
私の知る限り、多くの企業の採用人事は、求職者へのありきたりな情報の単純訴求しかできていません。
・採用ターゲットが求めている情報(=What to Say)を的確に抽出できているか?
・伝えるべき情報を最適な手法(=How to Say)で届けられているか?
・その情報に、他社と比較検討にすらならないような圧倒的価値(=ニュース性)はあるか?
この「3つのセイ」をとことん追求する、もしなければゼロからでも創り出す必要があります。これを網羅したコンテンツさえ準備できれば、従来の採用競合を出し抜ける未来が見えてきます。
実際に私が在籍した会社においては、上記を重視して採用コミュニケーションの全体設計を行った結果、新卒採用活動においては業界最大手企業含む複数社内定保持者の入社、中途採用においては同業最大手企業含む各社から数百名規模のエントリーという成果を出すことが出来ました。
──「3つのセイ」を内包した情報を発信していく方法が「PR思考」を基軸とした情報流通設計ということでしょうか?
その通りです。
企業のあらゆるマーケティング活動・情報発信は全方位的に設計し、ブランディングに寄与すべきである、というのが私の考え方です。採用マーケティングは、基本的には自社の採用活動に関係するステークホルダー(採用候補者、人材ビジネス各社、学校関係者など)に対して何をどう伝え、どのような体験価値を提供するかにフォーカスが当てられます。一方、目の前の採用候補者は半年後のお客さまかもしれませんし、1年後の株主かもしれません。日々対峙している転職エージェントの担当者は、自社の良い評判を業界内に吹聴してくれる社外宣伝部長になってくれるかもしれません。
情報自体の価値が過去に例がないほど高まり、一瞬で大規模拡散される世の中になった今、この「PR思考」が欠落した企業コミュニケーションはもはやリスクでしかないとも言えるのではないでしょうか。
採用マーケティングを学ぶためにお薦めの本
──採用マーケティングについて学びたいと思っているHRパーソンに向けて、お薦めの書籍があれば教えてください。
採用に強い会社は何をしているのか 52の事例から読み解く 採用の原理原則/青田努(著)
LINE社の大規模かつ高水準な採用をPeople Experience Designerとして率いている青田努さんのノウハウが凝縮された一冊。この本に書かれていることをマスターできれば無敵な人事になれると思います。
物語と体験 STORY AND EXPERIENCE/河原大助 (著)、望月和人 (著)
統合コミュニケーションによる「物語と体験のデザイン」について書かれた一冊です。広告業界の方向けではありますが、多くの事例が登場するため業界知識がない方でも楽しく読めると思います。
自由すぎる公式SNS「中の人」が明かす 企業ファンのつくり方/日経トレンディ (編集)、日経クロストレンド (編集)
もはや企業とSNSは切っても切り離せない関係になりました。いかにしてSNSでファンをつくるか、何に気をつけるべきなのかが学べる一冊です。
THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス/福田康隆 (著)
今後、企業の採用活動はSaaSビジネスのマーケティング・営業活動のように各プロセスのスペシャリストがリレー形式で担う分業体制に移行していく可能性があるため、読んでおいて損はない一冊です。
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編集後記
今回のインタビューを通じて、採用市場の変化に対応するため採用マーケティングを活用する重要性が再確認できました。
それと同時に「マーケティングファネル」「カスタマージャーニーマップ」を利用することで候補者の心理状況をより深く理解し、「PR思考」を基軸とした情報流通設計で自社の発信力を全方位に広めていく事例からは、採用マーケティングを実践するための専門性の高さと領域の広さが見えてきます。
自社内のリソースに固執することなく、専門家の知見も活用することが採用マーケティング実装の近道かもしれません。