人や組織の「バーンアウト」を防ぐために、企業や人事ができる予防・対策とは
か、昨今では優秀な人材がある日突然パフォーマンスを落としてしまう「バーンアウト(燃え尽き症候群)」に悩む組織が増えています。
そこで今回は、バーンアウトの予兆を掴んで未然に防ぐ方法や、実際にバーンアウトが起こってしまった後の対処法などについて、組織活性化団体インクラインの小田切 岳士さんにお話しを伺いました。
<プロフィール>
小田切 岳士(おだぎり たけし)/株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー、組織活性化団体インクライン代表(個人事業)、医療法人社団弘冨会 神田東クリニック・MPSセンター 主任研究員、公認心理師・臨床心理士・健康経営アドバイザー
労働者のメンタルヘルス領域における心理カウンセラーとしてキャリアをスタートした後、ストレスチェックを含む組織サーベイの設計・活用に携わるように。現在は、個人事業・リサーチコンサルタント企業・外部EAP機関の3足のわらじで、心理学や経営学・組織行動論などといった学術知見をベースに、メンタルヘルスに限らない広く人事・組織領域における支援を行っている。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
「バーンアウト」は増加傾向にある
──近年、バーンアウトを起こす人が増えていると聞きましたが、何が原因でしょうか。
一説には、リモートワークの推進にあると言われています(※1)。最近増加したリモートワークにより、外部からの電話対応や、上司や同僚から声をかけられる機会が減少した結果、働く個人は自分の仕事に没頭しやすくなりました。
こうした変化は一見良いことに見えますが、リモートワーカーが仕事に没頭した場合、バーンアウトが促進されてしまうとされています。またリモートワーカーがバーンアウトした場合、同時に離職意思が高まることが研究により判明しています。
(※1)参考:Chi, O. H., Saldamli, A., & Gursoy, D. (2021). Impact of the COVID-19 pandemic on management-level hotel employees’ work behaviors: Moderating effects of working-from-home.
バーンアウトとは
──改めて、バーンアウトについて教えてください。
バーンアウト(Burnout)とは、以下3つの状態を特徴とした症候群です。
- 情緒的疲弊感
感情面で消耗し、エネルギーが不足して気分が落ち込んでいる状態 - 脱人格化
自分の仕事やそれに関わる人々に対して冷淡な態度を取り、やる気がない状態 - 個人的達成感の低下
自信の喪失、自分は無能であると感じている状態
参考:Maslach, C., Schaufeli, W.B., & Leiter, M.P. (2001). Job burnout
──バーンアウトはうつ病とどう違うのでしょうか?
うつ病と違い、バーンアウトは医療機関で正式な診断名として下されるものではありません。ただし、特に感情的な疲労面でバーンアウトとうつ病は似ており、一定の関連性があることが研究により実証されています(※2、3)。また「バーンアウトがうつ病を引き起こし、うつ病がバーンアウトを引き起こす」という双方向性が研究から明らかになっています(※2)。
(※2)参考:Bianchi, R., Schonfeld, I. S., & Laurent, E. (2015). Burnout–depression overlap: A review
(※3)参考:Koutsimani, P., Montgomery, A., & Georganta, K. (2019). The relationship between burnout, depression, and anxiety: A systematic review and meta-analysis
あえて違いを挙げるならば、うつ病はさまざまな要因に基づいて発生した“症状全体を指す言葉”ですが、バーンアウトはその名の通り「一度何かに熱中した後、消し炭のようにエネルギーが無くなってしまった」という“プロセスがある程度限定された言葉”と捉えられるかも知れません。
バーンアウトは、個人と組織の双方に影響をもたらします。個人では生産性やパフォーマンスの低下や欠勤の増加など、組織では職場の同僚や顧客への態度が冷たくなるなどで周囲へ悪影響を及ぼします(脱人格化)。
バーンアウトから回復するにはストレス要因から物理的・心理的に遠ざかる必要があります。業務調整により負担を減らしたり、責任あるポジションから異動させたり、場合によっては休職させたりといった対応も必要となるでしょう。
優秀な人材ほどバーンアウトしやすい
──バーンアウトを引き起こす要因にはどのようなものがありますか?
バーンアウトは、個人の性格などの人格要因や(※4)、職場などの働く環境要因(※5)から引き起こされると言われています。
(※4)参考:Alarcon, G., Eschleman, K. J., & Bowling, N. A. (2009). Relationships between personality variables and burnout: A meta-analysis.
(※5)参考:Schaufeli, W. B., Taris, T. W., & Van Rhenen, W. (2008). Workaholism, burnout, and work engagement: Three of a kind or three different kinds of employee well‐being?
具体的には、バーンアウトを引き起こす要因は、以下の個人・環境の2観点から整理できます。
個人要因
・自己効力感(自分がある行動を成し遂げる事ができるという信念)の低さ
・感情面での不安定さ(怒りやすい、落ち込みやすいなど)
・内向的な性格・悲観主義
など
環境要因
・仕事の負担の多さ
・業務の性質(仕事が自律的にコントロール出来るものではないなど)
・上司や同僚からのサポート不足
・給料の少なさ
・雇用に対する不安
など
ちなみに「優秀な人材ほどバーンアウトしやすい」という話があるようです。ここまでご紹介してきた研究知見を踏まえると、優秀であるが故に多くの仕事を任されたり、周囲からの支援がない中でも単独での高いパフォーマンスを期待されたりすることで、バーンアウトに繋がりやすくなっている可能性が考えられます。また優秀であるかどうかに関わらず、休憩も取らずに物事に多くのエネルギーを注いでいるとバーンアウトが起きやすくなります。
企業がバーンアウトに対してできること
──バーンアウトに対して企業はどのような対策が取れるのでしょうか。
まず検討すると良いことは「すでにバーンアウトしている人の把握・フォロー」です。普段よりも遅刻や急な欠勤が増えているメンバーがいたら注意が必要です。ただし、近年増えているフレックスタイム制やリモートワークにより「時間を基準とした不調への気づき」が難しくなりました。本人があえて時間をずらして勤務しているだけなのか、それとも不調やバーンアウトの結果として勤務開始時間が遅くなっているのか、などが察知しづらくなっているのです。
対策としては、定期的なマネージャーによる1on1で直近の勤務状況を尋ねるなど(できる限りカメラをオンにしてもらい視覚的な不調サインも察知できるようにする)と併せて、メンバー個々人が休養やメンタルヘルスに気をつかうなどのセルフケア能力を高めることが必要です。またそれを促進する研修・情報提供を行う重要性もこれまで以上に高まっていると言えるでしょう。
また、改正労働安全衛生法に基づく「ストレスチェック制度」を利用して、高ストレス状態の社員に対して産業保健スタッフから声掛け・面談などを行っていくことも有効です。他に個人・組織の元気度・メンタルヘルス状態を把握できる組織サーベイなどを導入済であれば、それらを活用しても問題ありません。ただし、個人結果を誰がどこまで把握するかには慎重な配慮が必要です。部署や役職などの集団分析結果を用いることも検討すると良いでしょう。
次に検討すべきことは「バーンアウトする可能性が高い人や職場の把握」です。業務負荷が過剰に高く、組織サーベイで心身の不調などが多く挙げられた職場に対しては、面談で実状を把握した上で人員追加などの対策を図る必要があります。
サーベイ以外でのバーンアウト対策として、「仕事との心理的な距離感」を確保することも有効です。残業時間の把握・長時間残業の是正など、エネルギー回復のための休憩時間を取れているかの観点で労働時間に関連する法律を遵守出来ているかを今一度確認してみましょう。
この「仕事との心理的な距離」は「心理的デタッチメント(Psychologial Detachment)」とも呼ばれています。業務負荷が高い時こそ心理的デタッチメントを取ることで、ワーク・エンゲイジメント(バーンアウトと真逆の状態/仕事に誇りを抱き、仕事をすることでむしろ元気が湧いてくること)を高めるという研究結果があります(※6)。
(※6)参考:Sonnentag, S., Binnewies, C., & Mojza, E. J. (2010). Staying well and engaged when demands are high: the role of psychological detachment.
「ハイパフォーマーには24時間365日、常に120%の力を発揮してほしい」という経営層・人事の気持ちも分かりますが、そのような働かせ方ではパフォーマンスは長続きしません。しっかりとオンとオフを切り替えてもらい、オフの時間も必要十分に取ってもらった方が、休職や転職を減らして継続的なハイパフォーマンスに繋がります。中長期的に考えれば、企業にとってもその方がメリットが大きいはずです。
──バーンアウトの兆候を掴む上で、注視すべきポイントにはどのようなものがありますか?
バーンアウト予防の観点で注視した方が良いのは「ストレス要因が過剰に多いが、やる気がある人も多いように見える」職場です。特にその理由が分かっておらず、メンバーのストレス耐性が高いからではないかなどの曖昧な理由で捉えられている場合は要注意。いつエネルギーが底をつき、バーンアウトする人が出てきてもおかしくありません。
加えて「メンバーの使命感・意識が高いから」という理由も注意が必要です。というのも、元々バーンアウトの概念は医療機関で働く人に現れる症状を指して生まれた概念だからです。医療従事者は患者の生命に関わる責任と集中を要する仕事に高い使命感を持って携わっています。だからこそバーンアウトしやすいのであり、それを予防するための取り組みや仕組みづくりが重要になるというわけです。
バーンアウトを未然に防いだ実例
──これまで小田切さんが取り組まれた中で、バーンアウトを未然に防いだ事例について詳しく教えてください。
ポジティブなアウトカム (例:モチベーション) |
|||
高い | 低い | ||
ネガティブな
アウトカム (例:ストレス反応) |
高い | ① モチベーション高 ストレス反応高 →バーンアウトの危険性 (ランナーズハイ) |
② モチベーション低 ストレス反応高 → 優先的に介入が必要 |
低い | ③ モチベーション高 ストレス反応低 → 最も良い状態 |
④ モチベーション低 ストレス反応低 |
ある企業の組織サーベイ活用に関わった際、当初はセオリー通り「②モチベーション低・ストレス反応高」に該当する職場のみに介入しようと考えました。しかし実際に調査すると「①モチベーション高・ストレス反応高」の職場もあることが判明。管理職やメンバー数名から話を聞いてみると、その部署では新しいプロジェクトが走っていて、休憩時間もろくに取らずに仕事をしているというのです。
そこで興味深かったのは、「とても大変だけど逆に楽しくなってきた」「自分たちが重要な仕事をしていると感じる」といったコメントも出てきたこと。これは俗に言う「ランナーズハイ」で、この後の反動こそが最も気をつけるべきバーンアウトの状態でした。
そこで該当部署のメンバーを対象に、組織サーベイの結果を開示。合わせてバーンアウトに関する解説、仕事との距離を取る必要性、休憩を取る意味などを伝えた上で、自分の心身状態の変化についてディスカッションするワークショップを開催しました(リモートワークやプロジェクトが始まって以降初めての取り組み)。
そのディスカッションの中では、「リモートワークでは勤務時間外でもメールやチャットをチェック&返信できてしまうため、結局常に仕事をしてしまって休めない」という話が挙がりました。この企業では勤務時間外の連絡について全社的な取り決めがなかったのです。そこでこの職場のローカルルールとして、以下2つの取り決めをメンバー発信で行いました。
- 損害が発生するような緊急事態を除き、基本的に業務連絡は休日に行わない
- 勤務時間外の連絡も重要度が高いものに絞り、次の日にすればいい連絡は次の日にする
すると、そのワークショップから2カ月後のサーベイでストレス反応の数値がやや低くなり、半年後にプロジェクトが収束した頃には「③モチベーション高・ストレス反応低」という最も良好な象限に含まれるようになりました。
個人や組織に介入しようとする際、パフォーマンスが高い個人・組織は放置してしまいがちです。しかし、「パフォーマンスが高い個人・組織は、なぜパフォーマンスが高いのか」という理由や背景をしっかりと捉えようとすることで、隠れていた課題が見つかったり、何かを犠牲にしてパフォーマンスが生み出されている実態があぶり出されたりすることが良くあります。
これはバーンアウトに限ったことではありません。ぜひ違う領域でも、パフォーマンスが高い個人・組織に目を向けてその実態を知ることに取り組んでみてください。きっといつもとは違うものが見えるはずです。
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編集後記
「元気な組織ほど注意が必要」という小田切さんのお話は、まさに目から鱗でした。バーンアウト観点でも他の観点でも、人や組織に介入する際はどうしてもパフォーマンスが低いところに目が行くものです。もちろんその部分への対策も必要ですが、見た目には問題なさそうな活躍している組織にも目を向け実状を理解する大切さにも今回気づくことができました。