「IDP」でキャリアビジョンを描き、能力開発につなげる方法とは
組織・人材開発の文脈で聞く機会が増えた「IDP/Individual Development Plan」。個人の能力開発計画を指すワードですが、初めて聞いた方も少なくないかもしれません。
今回は、「IDP」の導入・運用経験を持つパラレルワーカーの方に、「IDP」の概要から実施ステップに至るまでお話を伺いました。
<パラレルワーカープロフィール>
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ベンチャー企業2社で採用教育を担当した後、ミッション経営を軸にした企業にて教育プログラムをゼロから作り上げた経験を持つ。教育制度立案、研修プログラム・マニュアル・講師用資料、ジョブディスクリプション、コンピテンシー作成・運用、そして「IDP/Individual Development Plan」の導入・運用をリードし、組織・人材開発に取り組んでいる。
目次
「IDP」とは
──「IDP」の概要について、他の目標管理・能力開発方法との違いも踏まえて教えてください。
「IDP」(Individual Development Plan/インディヴィジュアル・デベロップメント・プラン)とは、従業員が自身のキャリアビジョンを設定し、それを実現するための能力開発計画を立てて上司と共に実行していくプログラムを指します。育成・能力開発・目標管理など組織マネジメントにはいろんな手法がありますが、この「IDP」もそれらに紐づく1つのプログラムと捉えていただくとイメージしやすいでしょう。ただ、「IDP」が一般的な目標管理と大きく異なるのは『個人の発展・能力開発が目的になっている』点にあります。
一般的な目標管理
組織の目指す方向性や事業目標を踏まえて、個人目標を立てるもの。組織と個人の目標が紐づくことで、組織・個人両方の目標達成を実現させる組織マネジメント手法。
「IDP」
自分自身の価値観や人生で成し遂げたいことを軸にキャリアビジョンを明確にするもの。それを実現するために必要な能力開発をすることが目的。
一般的な目標管理が『組織目標を起点として、そこに紐づく個人目標を立てて進捗管理や結果を見ていくもの』であるのに対し、「IDP」はあくまで『個人のキャリア(≒人生)』を自分自身でデザインするためのツールです。その人自身が大切にしている価値観・家族・生活設計など仕事面以外も含めて今後のキャリアビジョンや人生を考えることが大切な取り組みと言えます。個人の能力が成長すれば従業員の基準が上がり、その集合体として組織が成長していきます。例えば、自身のキャリアビジョンと現状の間にあるギャップを解消していく過程で、課題発見力・計画力などのスキルを得ることができます。それらはきっと所属する組織においてすべての視点で良い影響を与えてくれるものになるでしょう。
こうした観点から、目標管理とは別に「IDP」を導入して従業員1人ひとりが自身のキャリアや人生を描く支援を行うことは非常に有効です。「IDP」は基本的に上長と対話しながらキャリアビジョンを描き、そのステップやサポート方法まで一緒に考えて作っていくものです。この過程を通じて個人の本質的な成長を促進し、より豊かな人生を過ごすことにつなげることができます。
──「IDP」の項目にはどのようなものがありますか?
基本的な項目やフレームとしては以下のような観点があります。
・キャリアビジョン(ゴール)
・大切にしている価値観
・個人のミッションステートメント
・所属する企業のバリューと自身の共通する価値観
・入社を決意したきっかけ
・入社してから達成したこと(特に充実感を得たこと)
・今後、その企業で成し遂げたいこと
・自身の強み
・所属する企業のコンピテンシーなどにおける自身の強み
・今後さらに強化したい強み(具体的な目標へのステップ)
また、良い「IDP」を作るポイントは、大きく以下2つです。
(1)自身でしっかりと自己分析を行なって自分に向きあうこと、そしてその企業との結びつき・共感点・業務における充実感(心が自然とワクワクできること)を知ること。
(2)自分のキャリアビジョン実現に向けて、自分の強み(やっていて充実感があること、ワクワクすることなど)をどのように磨くかを目標ステップに分け計画すること。
弱みや課題の認識も成長には不可欠ですが、強みを伸ばしていくことが本人の成長プロセスの中で最も大切な土台となり、将来的な成長を支えるものになっていくと考えています。
「IDP」の実施ステップ
──「IDP」を自組織で実施しようと考えた際、どのようなステップで行うと良いでしょうか。
導入・実施ステップとしては大きく9つの工程があります。
(1)導入にあたっての課題把握
運用管理チームメンバー(一般的には人事や人材開発メンバー)で、なぜ「IDP」を導入する必要があるのか、導入する上でどんな課題が出てきそうかについて調査・意見出し・目線合わせを行います。具体的には、以下のような課題(運用・定着・実施意義の伝達など)が挙がりやすいです。
・社内で「IDP」を行なうことが通常業務に負担を与えてしまい、継続できないのではないか
・そもそもキャリアビジョンが無い、不要と感じる従業員にどのように対応するか
・上長が部下からの質問に正しく回答できないのではないか
・上長自身も導入を前向きにとらえてもらえないのではないか
・目的に沿った「IDP」面談を確実に行うにはどのように進めるべきか
(2)導入目的や導入による期待する効果の設定
「IDP」を行なうことそのものが目的になってしまわない様に、明確に目的やゴールラインを言語化し、全従業員が同じ解釈で取り組むことで、その目的で設定した効果の最大化が期待できます。どのような効果を期待できるかは、その企業のバリューや状況により異なるため、ひとことでは言えないところもありますが、例えば多い傾向にあるのは『一人ひとりが自身のキャリアビジョンに誇りを持つこと』『キャリアビジョンの実現にチャレンジし一人ひとりの成長が促進されること』などが考えられます。
この目的や効果については、社員が自身で「IDP」について考えることに価値や意味があり、それに向けて取り組み、試行錯誤を重ねて継続していくこと自体が社員の成長、更には企業としての成長に繋がっていくと感じます。そのため、目的を設定する時には、かっこいい言葉や他社の模倣でなくても、その企業・組織らしい言葉や、従業員が慣れ親しんでいる言葉を活用することをおすすめします。その方が、従業員も馴染みやすく長年かけて継続し続けることができ、定着を進めることができ、効果の最大化が実現できると感じています。
(3)運用管理チームで実践してみる
全社に導入を進める前に、まずは運用管理チームで小規模範囲で実践してみることで「IDP」に対する理解を深めます。具体的には、チーム内で実際に上長との面談を行い、ロープレなどではなく、自身の「IDP」を実践で完成させるという方法がいいと思います。その実践を通じて自社ならではの「IDP」面談のフレームを構築していくことが重要です。同時に課題や改善すべきポイント、全社への導入・浸透方法についても実践した内容を踏まえてディスカッションを行います。運用管理チームのメンバーが心から「IDP」の価値を体感できると、今後多方面に浸透させる際にも自身の言葉で伝えることができるようになり、それが定着にも繋がっていきます。
(4)管理職メンバーへの理解浸透
ワークショップ型の研修(1日程度のもの)を実際に「IDP」を実施する管理職メンバーへ提供します。その研修の中では概要説明に加え、実際に「IDP」を作成してもらいます。実際のカリキュラム例としては以下です。
・「IDP」の目的やゴールの共有
・個人ワークで「IDP」を作成
・数名(2〜3名)で作成した「IDP」の発表
・グループ内でディスカッション(どの点が難しかったか、難しかった点はどのように考えクリアしたか、メンバーにどのようなコミュニケーションをすると解像度高く伝わるか、など)
・メンバーへのレクチャー方法を発表
この研修を通じて導入意義や目的をメンバーに自分の言葉で説明できるレベルにまで落とし込んでもらいます。管理職であってもその上の上司とこの「IDP」を行うので、中間管理職の方は両方の立場を経験することとなりますので、その視点を持って学んでもらいます。
(5)全社へ導入することを発表
管理職メンバーにもその導入意義が伝わったら、いよいよ従業員の方へも「IDP」を会社として導入することを発表します。できれば社員総会のような場で『なぜ導入するのか、どんな効果を期待しているのか、従業員のメリット』など、会社としてのメッセージも合わせて行うとより効果的です。
(6)管理職メンバーから配下メンバーへのレクチャーと「IDP」作成サポート
「IDP」の導入意義や作成方法について管理職メンバーから配下メンバーへ伝達いただき、実際の「IDP」作成へと入っていきます。その際、困ったことや質問などをすぐに解決できるよう事務局側で体制づくりをしておくことも重要です。
<体制づくり例>
・slackなどのチャットやコミュニケーションツールで専用グループを作成し、履歴や問い合わせ管理をスムーズにする
・事前によくある質問を発信しておく
など
(7)それぞれの「IDP」を共有する機会の設定と実施
全メンバーが「IDP」を作成し終えたらそれぞれのキャリアビジョンを誰もが自由に見ることができる場所で共有し合い、お互いにどんなサポートができるのかなどをディスカッションをします。理想は、所属する部門ごとそれぞれが作成した「IDP」シートを壁などに貼り出し、互いのシートを見ながら付箋などで共感できる点やサポートできそうなことなど、ポジティブなコメントを貼り付けていけると良いです。この時間を通じて相互理解や協働を促すことはもちろん、それぞれが作成した「IDP」に対する誇りも醸成できます。なお、所用時間を含めた大枠のアジェンダを以下に参考として記載しておきます。
①ディスカッションの目的やゴールの共有(10分程度)
②それぞれのシートを見る(10分程度)
③1人ひとりが「IDP」を口頭で発表(1人あたり5分程度)
④発表後、付箋でコメントを発表しながらそのシートへ貼り付ける(10分程度)
⑤クロージング(10分程度)
(8)上司との定期面談をセット
上司と定期的に「IDP」について話す時間をセットしておき、継続を促します。目安としては3か月に1度ほどのペースで、1回あたりの面談時間は90分程度を想定します。内容としては、まず本人の価値観についてじっくりと対話し、なぜその価値観になっているのかを上司と本人間で言葉の意味の解釈を目線合わせします。その後、入社してからのこと、充実感を得られること、これから成し遂げたいことなどを話し、その本質の理解を上司・本人ともに深めていきます。その中で見つからないこと、本人としてもスッキリしていない部分があれば、上司はコーチング技術などを活用して本人も気づいていない部分を引き出しながら自己理解を深めてもらいます。この時に、上長が導くのではなく、本人が気づき本人の意志で取り組むことができる「IDP」にすることがとても大切です。最後にこれからの開発プランを考えながら面談を終了します。
(9)定期的な振り返り
運用管理チームと管理職メンバーで定期的に振り返りを実施します。具体的な頻度としては3か月~6か月に1回程度で、管理職メンバーが困っていることややりづらいことなどを吸い上げて改善・アップデートにつなげます。
この9つのステップをコツコツと継続し、1~2年くらい経った頃にようやく会社の文化として定着し始めます。すぐに何かしらの効果が出るものでもないので、長い目で取り組みを捉えて継続することが重要です。
なお、最初から100点の「IDP」を作成することは基本できません。そのため、そこをゴールとするのではなく、まずは「IDP」を知ること、実践してみることを目指してスタートを切ることから始めましょう。その中で重要なのは、管理職メンバーが経営陣や運用管理チームと同じ温度感・目線で「IDP」導入に熱を持つことです。よりクオリティの高い「IDP」を作成するためには、管理職メンバーのサポートが欠かせないからです。経営陣や運用管理チームはもちろんですが、いかに管理職メンバーの温度感を下げずに導入から定着まで導けるかが「IDP」運用のキーとなるでしょう。
「IDP」を実施する上での注意点
──「IDP」を組織内で実施・運用する上での注意点にはどんなものがあるでしょうか?
「IDP」を組織内で実施・運用する上で、よくある注意点は大きく以下の2つがあります。
(1)キャリアビジョンが見つからない従業員に対して上長が『アドバイス』をしてしまう
「IDP」運用でとても大切なのは、従業員自身が『自分と向き合い、自分で人生を考えること』です。自分で考えることが何より重要なのであり、誰かに提示されてしまえば自分ゴト化できなくなってしまうからです。特に、初めて「IDP」を作る際は人生で成し遂げたいことや自身の価値観をすぐに見つけられないことも多いものです。さらに、それを通常業務をこなす中で並行して考えようとするととても時間がかかってしまうため、見るに見かねて上司がその本人に描いてほしい理想のキャリアビジョンをそれとなく伝えてしまうことはよくあります。キャリアビジョンがなかなか見つからなくても上司が答えを出すのではなく、本人が見つけるまで粘り強く支援し続けなければ、その能力開発が本人にとって心から望むものにはならないでしょう。
また、キャリアビジョンの粒度についても迷うことがあるかもしれません。粒度は明確であればあるほど行動に移しやすくなるので、できる限り具体性は高めたいものですが、少なくとも『○○部の部長』『独立してカフェ開業』『フリーランスのWEBデザイナー』などキャリアに紐づくものになっていればOKです。できれば長期的な視点で考えたいものですが、それが難しい(そこまで考えられていない、明確にならない)場合は1年後のキャリアビジョンでもまったく問題ありません。まずはその短期キャリアビジョンに向かって開発プランを進め、1年後に次のキャリアビジョンを考え進んでいくことが大切です。
(2)仕事面だけでキャリアビジョンを考えてしまう
「IDP」では仕事面だけでなく人生の観点からキャリアビジョンを考えていきます。家族や友人といるときの自分、趣味を楽しむ自分など、仕事以外の視点からも自分自身を振り返ることがとても重要であり、それを仕事面だけに限定してしまっては「IDP」の効果は激減してしまいます。例えば、本当は『怠け者で自分勝手』な方が、仕事場ではそうした人格は出さずに人のため・成長のために取り組んでいたとします。こんな時に、仕事面だけで「IDP」を考えてしまうと、本当の自分を否定する形になってしまう可能性があります。どんな自分に対してもしっかりと向き合うことで自分自身を深く理解し、本当に誇れる・大切にできるキャリアビジョンを描く──これが心から納得できる効果的な「IDP」を打ち立てるポイントです。
「IDP」事例
──過去に「IDP」を導入・実施された際の事例について、お話しいただけますか。
以前、ベンチャー企業に在籍していた際に、人事制度策定のタイミングで教育プログラム全体をゼロから見直した事例をご紹介します。
そのベンチャー企業では従業員1人ひとりの成長をとても大切にしており、さらなる成長を期待して「IDP」導入を決定しました。当時はオーナーシップ・リーダーシップが求められる事業フェーズでもあったので、キャリアを自分ゴト化できる「IDP」はフィットするだろうと考えていました。また、能力開発や研修なども全員一律のものを実施するのではなく、それぞれが打ち立てた「IDP」が実現できる教育プログラムを個別で提供し、1人ひとりの成長が最大化できる体制づくりを行いたい狙いもありました。そのため、全社・部門・チーム・個人の業務に紐づく目標はOKRを活用し、「IDP」はそれとは別軸で運用。まさに全社一丸となって取り組んだ一大プロジェクトだったのです。
実際の導入ステップは、先ほど紹介した9つのステップで進めていきました。結果的に1〜2年ほどかけて会社の文化として定着。一定の効果を出せたと感じています。
なお、「IDP」の作成手順についてはここまで触れておりませんでしたが、この事例においては以下3ステップで作成を進めていきました。企業によってやり方はさまざまですが、一例として参考にしてもらえると嬉しいです。
STEP1/個人としての自己分析
自分と向き合い、仕事・プライベート問わず人生において大切していることを振り返ります。そこから自身が大切にしている価値観を理解し、その上で自身のミッションステートメントを考えていきます。すぐにキャリアビジョンが設定できることもありますが、大半は時間がかかるものなので出てこなくても焦らずじっくり時間をかけて考えてもらってOKです。
STEP2/企業で働くスタッフとしての自己分析
『なぜこの企業で働いているのか』の問いを自分自身もしくは上司から投げかけてもらい、その企業での出来事や関係性などを振り返ります。なぜ入社したのか、入社してから達成感ややりがいを感じたことな何かなどを思い出す過程で、問いに対する答えを見つけていきます。その後、自身が大事にしている価値観と、企業が重要視している価値観やミッションなどの共通点を探していきます。
STEP3/能力開発プランの設定
ここまでのステップで設定したキャリアビジョンを実現するために、フォーカスして取り組むことを設定します。その際に重要なのは、自身の強みを活かせるか、充実感を得られそうかなどの観点からチェックすることです。また、キャリアビジョン実現に向けて足りないものやさらに磨く必要がある強みなども整理し、それらをどのスパンで習得していくかまで詳細に決めていきます。ここがより明確にプランニングできていればいるほど、実際の行動につながりやすくなります。
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編集後記
キャリアビジョンを考えようと思っても、上司・部下の関係性がある中ではどうしても『仕事の範疇』に収まってしまいがちです。しかし、仕事はあくまでも人生の一部に過ぎません。人生全体を捉えて一緒にキャリアを考えていくことができれば、よりメンバーにとっても本気度高く目指せる目標を設定できるのではないでしょうか。