「自己申告制度」のキーは運用。制度概要から運用時の注意点まで解説。
従業員がキャリア意向や自己評価を会社側へ申告する「自己申告制度」。すでに導入している企業も多くありますが、うまく機能しているところばかりではないようです。
今回は、数社で人事管理職を経験し、現在は大手企業の人事責任者を務めるパラレルワーカーの方に、「自己申告制度」の概要から導入済み企業の運用状況、運用時の注意点に至るまでお話を伺いました。
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目次
「自己申告制度」とは
──「自己申告制度」の概要について、類似した制度との違いも含めて教えてください。
「自己申告制度」とは、従業員が仕事のやりがいや会社での働きがいを感じながら長期的に働ける状態の実現を目的として、従業員が現在の業務に対する自己評価や今後形成したいキャリアを会社側に伝える制度を指します。実施頻度は1年に1回程度とする企業が多く、定期的な異動タイミングに間に合うように行われるのが一般的です。なお、申告項目には大きく以下2つあります。
(1)現業への適合度と自己評価
(2)異動希望に関する内容(希望度合・異動希望時期・希望部署や職種・希望理由など)
この「自己申告制度」は小規模の会社でも導入しやすく、従業員の職務への適合度や希望するキャリアプランについて全社員の意見を定期的に直接収集することができるメリットがあります。また、従業員が抱える不満や将来望むキャリアとのズレを早めに知ることができるようになるため、予想していなかった方がいきなり退職してしまう事態も避けやすくなります。上司のフィルターがかからずに従業員の意見を知ることができるため、管理職のマネジメント能力に問題意識がある組織にとっては特に活用意義が大きいと言えるでしょう。
従業員自身が望むキャリア形成を実現するための制度には、他にも『社内公募制度』や『フリーエージェント制度』があります。
■社内公募制度
新しいポジションやプロジェクト発足時に、その情報を社内に公開して他部署の従業員を募集する仕組み。応募資格を満たす方であれば誰でも応募できる。
■フリーエージェント制度
在籍年数などの条件を満たした従業員が、希望する部署や職種へ異動を申し込める仕組み。
本人希望がいかに反映されるかという観点から見ると、「自己申告制度」は従業員自身の考えを表明することがメイン(異動につながるかは間接的)なのに対して、『社内公募制度』や『フリーエージェント制度』は本人が望む異動を直接実現することが目的である点に違いがあります。他にも、「自己申告制度」はどの部署に対しても異動希望を表明できるのに対して、『社内公募制度』は募集部署にしか応募できないなどの違いがあります。企業側としては、『社内公募制度』は新規ポジションを希望する人材を社内から幅広く募るために活用することが多いのに対して、『フリーエージェント制度』は経験を積んだ従業員のキャリア自律をより強力に支援するために活用することが多いと思います。
「自己申告制度」の目的と組織に与える良い影響
──「自己申告制度」はどのような目的で導入されることが多いのでしょうか。そのメリットと合わせて教えてください。
企業が「自己申告制度」を導入する目的は大きく以下3つです。
(1)従業員の現状認識とキャリアプランの把握
上司のフィルターを通さずに従業員自身の意見や希望を定期的に把握することができます。
(2)働きがいの向上
従業員が自分の意見や希望を企業に伝えて企業がそれらに応えることで、従業員はその企業での働きがいを感じることができるようになります。
(3)適材適所の実現
業務への適応状況や希望を把握することで、従業員の希望とのミスマッチを減らすことができ、適材適所の実現に近づくことが期待できます。
導入メリットについては従業員側・企業側でそれぞれ3つずつあります。
<従業員側>
(1)キャリア形成支援の獲得
他社に転職しなくても自身が望むキャリアを実現するための機会を得ることができるようになります。
(2)成長機会の獲得
将来望むキャリアを積むために必要な成長機会を得ることができます。
(3)仕事や職場に対する満足度やモチベーションの向上
自分の意見が取り入れられて仕事や職場の状況が改善されることで、その企業で働くことへの満足度やモチベーションが高まります。
<企業側>
(1) 従業員のパフォーマンス向上
従業員に適した仕事や、やりたい仕事を行えるようになることにより、企業としてのパフォーマンスを高めることが期待できます。
(2) 従業員の能力開発促進
希望するキャリアを積むために従業員が自身のスキル・知識を高めようとすることが期待できます。
(3) 離職防止
自身の望むキャリアを形成する場として、リスクが大きい転職よりも社内での異動を志向することで離職を防止・抑制できます。
このように、「自己申告制度」は企業・従業員がWin-Winの関係を築くことに大きく貢献できる制度です。ただし、その効果は適切な設計・運用ができるかどうかにかかっているのは言うまでもありません。
「自己申告制度」の運用状況
──すでに導入済みの企業も多い「自己申告制度」ですが、うまく運用できている企業とそうでない企業ではどのような違いがあると思われますか。
「自己申告制度」の成否は、他の人事制度同様に『仕組みよりも運用に左右される』と考えています。その運用の巧拙は従業員の声にどこまで応えられるか次第と言っても過言ではありません。
「自己申告制度」の定期的な運用プロセスの代表例は以下の通りです。
① 従業員への制度周知および自己申告の依頼
② 自己申告内容の回答と集計
③ 自己申告をした従業員との面談実施
④ 会議体での回答状況および対応方針の報告
⑤ 自己申告をした従業員へのフィードバック
⑥ 異動への反映などの対応策の実施
運用が上手くいっている企業は、従業員の声に応えて異動が実際に行われたり、キャリアプランの実現を促進する施策が導入されていたりすることが多いです。また、異動が実現しなかったとしても従業員の意見に対して上司や人事部門から必ずフィードバックが行われると良いでしょう。例えば、「自己申告制度」を利用してくれた従業員に対して、『貴重な意見を聞かせてくれてありがとう。あなたが今の部署でより活躍してもらうには、組織が抱えている問題を解決することが重要と考えるので、今後の取り組みに力を貸してほしい』といったように、感謝や今後への期待値などを伝えるようなものです。このようなコミュニケーションを通して従業員が「自己申告制度」を自身のキャリア形成に有効なものと捉えるようになり、積極的に自身の考えを表明してくれるようになるのです。
一方、運用が上手くいっていない企業は、従業員が自分の意見を表明しても上司や人事部門からの反応が特にないケースが大半です。そのような対応が続くと、従業員は「自己申告制度」を形式的なものだと捉えるようになってしまい、本音を表明することがどんどん少なくなっていった結果、制度自体が形骸化します。
この運用方針の違いの根本は、それぞれの企業の『人材観』にあるのではないかと私は考えます。企業側が従業員の意向と自社の都合のどちらを優先するかによって「自己申告制度」の運用方針が分かれる印象です。自社都合を優先する傾向が強い、特に縦割り意識が強い組織や企業では、従業員は『企業』に属するよりもそれぞれの『組織(部署)』に属していると捉える傾向があります。そうなると、各組織の幹部も全社最適ではなく自組織最適でモノを考えるようになり、『優秀な人材は自組織で抱え込みたい』となった結果、他部門への異動希望は認めないとの判断になってしまう形です。
「自己申告制度」運用時の注意点
──実際に導入・運用する時にはどのようなタイミング・流れで行うと良いでしょうか。注意点と合わせて教えてください。
「自己申告制度」は従業員規模に関係なく導入しやすい制度だとお伝えしましたが、以下のようなフェーズで導入を検討するとより効果的です。
・従業員1人ひとりと会話するのが規模的に難しくなってきた
・役職の階層が増え、現場の声が届きにくくなった
・キャリア採用が増加し社内に見知らぬ顔が増えてきた
なお、導入に当たってはいくつか注意すべき点があります。その主たるものは『導入目的に合わせて申告内容の開示範囲を決めること』『情報の活用方針を最初から決めておくこと』の2つです。
導入目的に合わせて申告内容の開示範囲を決めること
従業員の申告内容の開示先は(1)所属部門と人事部門 (2)人事部門のみに大別されます。それぞれの目的と長所/短所は以下です。
(1)所属部門と人事部門
目的:従業員の状況を改善する
長所:従業員の意見を所属部門が直接知ることで、本人や組織の置かれている状況の改善に取り組みやすい
短所:従業員と上司の関係性が悪い場合や組織に問題がある場合は、報復を恐れて本当の意見を書きにくい
(2)人事部門のみ
目的:従業員の異動を実現する
長所:従業員が上司の目を気にせずに本当の意見を書きやすい
短所:企業規模が大きくなると人事部門が対応するのに時間がかかりやすい。また、人事部門のスタンスなどによって対応が左右されてしまう(結果として異動が減ると制度の形骸化につながりやすい)上に、組織が問題を抱えている場合の対応が遅れる。
私が過去在籍した企業では、開示先を(1)所属部門と人事部門としていました。直属の上司に自分の異動希望を申告することに入社当初は驚く方もいましたが、自身が抱える問題・不満・希望などを直属の上司が直接聞いて状況改善に取り組むことを通じた能力発揮促進や士気向上を主目的としていたため、問題なく浸透していった認識です。
この2つの開示先はどちらにも短所があるため、導入の際はそれぞれの目的に合わせて開示範囲を定めるとともに、その短所をカバーする施策を考えておくのが望ましいです。
情報の活用方針を最初から決めておくこと
上記のように従業員からもらった意見をどのように、どこまで活用するのかについての方針を予め社内で範囲を決めておくことも非常に重要です。特に上述の開示範囲を(2)人事部門のみ に設定した場合、従業員の意見を集めるだけでその後何も対処しない状況が続くと「自己申告制度」自体が見限られて制度が形骸化するだけでなく、キャリア自律を意識する従業員は会社に失望して退職を考えることにもつながりかねません。それを回避するためには、従業員からもらった意見をどう活用するか最初から決めておく必要があります。
ある企業では、最も異動希望が高い選択肢を従業員が2回連続で選んだ場合、その部門は本人と話し合った上で他部署への異動など適切な対応を行わなければならないと定めていました。まさに、キャリア形成において本人の意欲を重視する企業姿勢の表れと言えます。もちろん、従業員の希望の全てに必ず応えられないこともあるのが現実だと思います。それでも、毎回必ず従業員に対してフィードバックを行うこと、可能な範囲で現在の職場で本人希望に沿うような機会を与えることなど、企業の制度によるところもありますが、副業を認めることなどが重要と考えます。
なお、従業員が自分の意見を言う機会を「自己申告制度」の面談に限定せず、各期の目標設定面談や定期的な1on1ミーティングで引き出すようにしていると、「自己申告制度」の有効度がより高まります。他制度や取り組みとうまく連動させて運用できるかどうかも検討してみてください。
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編集後記
『従業員自身の希望や本音を言える機会がある』のは、「自己申告制度」に限らず重要なことだと思います。ただし、そうした本音を引き出すためには企業側のアクションや反応が必須であることを今回改めて認識しました。本音を聞いて満足するのではなく、『どうしたら実現できるか』『実現できない場合の代替案には何があるか』を考えて行動に移していきたいものです。