「労働分配率」を活用してビジネスモデル・事業戦略を見直し、生産性向上につなげる方法
会社にとって大きな割合を占める人件費。それが適正かどうか判断する上で活用されるのが「労働分配率」です。基本的には『人件費÷企業が生み出した付加価値×100』という計算式で表すことができ、高すぎれば経営を圧迫し、低すぎれば従業員のモチベーションは下がってしまうというひとつの指標として用いられています。
しかしこの「労働分配率」の適正値を正しく把握し、設定することは非常に難しく、悩まれている経営者や人事の方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は長く人事部門で人材開発や人事企画をご経験し、現在は大手ブライダル企業にて国内マーケットの営業責任者を務めている佐藤 賢さんに、「労働分配率」の概要や適正値目安、見直す方法や具体的な事例についてお話を伺いました。
<プロフィール>
佐藤 賢(さとう けん)/大手ブライダル企業 国内営業部長
ウェディングプランナーを経験後、11年間人事部門で人材開発・人事企画を経験。その後人事と事業双方のマネジメント経験を積むべく、事業部門への異動を志願。現在は国内マーケットの営業責任者。
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目次
「労働分配率」とは
──「労働分配率」の概要について、その計算方法や活用メリットなどと合わせて教えてください。
「労働分配率」とは、企業が生み出した『付加価値に対してどれだけ従業員の人件費として分配したか』を表す値です。具体的には以下計算式にて算出します。
労働分配率 = 人件費÷付加価値×100
ここに出てくる付加価値とは『会社が生み出した価値』のことを指します。その算出方法は以下2つの方法があります。
(1)控除法(売上高-外部購入価額)
(2)加算法(人件費+賃貸料+税金+他人資本利子+純利益)
なお、『付加価値≒粗利益』と捉えることもできます。分かりやすさや計算の簡素化を目的として、『人件費÷粗利益×100』で算出することもあります。
近年、長時間労働の是正やテクノロジーの活用促進、リモートワークによる働き方改革、生産性向上などという言葉をよく耳にしますが、経営層から単純な指示を発するだけでは、うまく現場からの理解を得られなかったりと促進されないことが多々あります。そこで「労働分配率」を活用することで、以下のようなアクションにつなげることができます。
(1)現状を定量的に可視化して課題を明確にできる
(2)どこを目指すのか、業界水準と比較して自社はどうなのか、解決の為の手段は何をすべきか、といった具体的なアクションを分析・判断できる
このように社内とのコミュニケーションや、経営判断を仰ぐ上で、共通の認識を持ち議論するためのひとつの情報・指標として活用することができます。
ちなみに、「労働分配率」は、高ければ良い、低ければ悪いといった性質のものではないことに注意する必要があります。「労働分配率」が高ければ従業員の満足度や士気は上がるものの、人件費高騰により経営圧迫の要因にもなります。一方で、利益の割に給料が低すぎるなどの労働環境下では社員の離脱が増える可能性があり、どちらに偏っても良くありません。
重要なのは、その時々の自社の状況において、適正値かどうか、バランスが取れているかという点であると言えます。
「労働分配率」は組織フェーズに応じて見直しが必要
──「労働分配率」を算出するタイミングや、その運用方法について教えてください。
「労働分配率」は頻繁に見直すのではなく定点観測することが大切です。見直すべきタイミング例としては大きく以下に2つ紹介します。
(1)業界の給与水準が上がるなどの『外的環境の変化』
(2)組織の成長や好業績など『内的環境の変化』
外的・内的環境の変化があった際に、競争力の低下を防ぐ為に見直す必要があるのか、好業績の結果や組織力が強くなったことによる還元を行うのか、それらをベースアップで行うのか、賞与などの一時金として支給するのかなど、こうした様々な選択肢の中から、経営の意思決定を促すにあたって、「労働分配率」という客観的な指標を活用することにより、説得力が増し、正しい選択ができるのではないでしょうか。
例えば、あるスタートアップの業績が不安定な状態から、業界上位を目指せるほど安定した売上・利益が出せるようになったフェーズで「労働分配率」を活用して採用力強化を図ったとしましょう。ただ単に賃金を上げるだけではどれだけアップさせるのが効果的かどうかの判断ができませんが、「労働分配率」を活用して同業界の平均値を上回るだけの水準に設定すれば、より根拠のある給与アップが行えるはずです。
こうした「労働分配率」の活用は、ただちに見直すかどうかは状況に応じてとなると思いますが、観測は早い段階から行っておくべきだと考えます。そのデータを経年で保持しておくことで、来るべき外的・内的環境変化の際に比較・参考にできるデータとなるからです。
「労働分配率」の適正値を知る方法
──どのように自社の「労働分配率」が適正値かどうかどうかを判断すればよいでしょうか?また、参考にできるようなデータはどこから見ることができますか?
自社の「労働分配率」が適正値かどうかは、業種別の平均値や過去からの推移を比較し、自社のビジネスモデルや粗利益の変化を踏まえて分析することが重要となります。業種別の「労働分配率」は経済産業省から発表されている『企業活動基本調査速報』の分類検索などで見ることができます。
以下に一部の業界の数値を紹介します。
<労働分配率平均(業界別)>
鉱業、採石業、砂利採取業 | 15.9% |
製造業 | 46.1% |
電気・ガス業 | 21.5% |
情報通信業 | 55.4% |
卸売業 | 48.4% |
小売業 | 49.5% |
飲食サービス業 | 64.0% |
その他サービス業 | 71.4% |
全業種合計 | 47.7% |
このデータを見ると分かるように、人的労働力で付加価値を生み出す情報通信やサービス業は、「労働分配率」が高い傾向にあると言えます。このように労働集約型・知識集約型・資本集約型などの産業形態やビジネスモデルで大きく異なるため、自社に近い業種を適正値として参考にするのが一般的です。
「労働分配率」と合わせて活用できる指標の『労働生産性』とは
──「労働分配率」を調べる上で『労働生産性』という言葉も多く出てきます。これはどのような関係がある指標なのでしょうか。
『労働生産性』とは従業員1人あたりがどれくらいの成果を生み出したかを表す値のことで、『付加価値(粗利益)÷従業員数』という計算式にて算出することができます。
「労働分配率」との違いを改めて整理すると、以下のような形になります。
■労働分配率:会社が得た粗利益をどれだけ従業員に分配しているかを表したもの
■労働生産性:従業員1人あたりが生み出した粗利益
私はこの「労働分配率」と労働生産性の両方を用いて分析をする様にしています。具体的には「労働分配率」を会社や事業別で、労働生産性は営業所や営業メンバー別で、といった使い分けをしています。
同じくらいの規模の営業所を比較分析すると、労働生産性が低い営業所の要因について仮説を立てることができます。労働生産性を向上させるには、
(1)従業員のスキルアップなどにより、1人あたりが生み出す価値を高める
(2)システム導入などの施策により、業務効率化を図る
の2つの方法があると思いますので。それを踏まえた上で、具体的な改善策を立案し、営業部門への提案や議論に大きく活用することができます。
人件費増加分を上回る粗利益創出ができた事例
──これまでに佐藤さんが関わった「労働分配率」の見直し事例について、具体的に教えてください。
商品価値の向上と値引きを抑制することで、付加価値を向上し「労働分配率」の向上を図るプロジェクトが発足したときの事例をご紹介します。
<プロジェクト発足背景>
元々は「商品をなるべく簡素化して数で稼ぐビジネスモデル」でした。そのため営業所(店舗)の人材は契約社員やアルバイト比率が高く、一定期間での入れ替わりも許容範囲という考え方が現場にあったのです。そこから「件数は維持しつつ単価上昇も目指す」戦略にシフトすることが決定し、営業人員の体制見直しが必要となりました。
<取り組み内容>
営業人材の育成強化(教育費アップ)、店長などマネジメントの強化(教育費・人件費アップ)など、複数の選択肢がありましたが、労働分配率の観点から「正規雇用への切り替え(人件費アップ)を進める」ことがベストな取り組みであるとの結論に至りました。
もちろん人件費アップを懸念する声も挙がりましたが、「粗利益を上げるための労働力強化は、労働分配率の観点から考えても適切である」と理解を促すことでスムーズな推進が可能となりました。
<結果>
高付加価値商品を提案〜受注に繋ぐことができる優秀人材の確保、ならびにリテンション強化を図ったことで、増加した人件費以上の粗利益(付加価値)を創出することができました。労働分配率の上げ下げは目的ではありませんでしたが、結果的に労働分配率が下がる形になりました。
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