「データドリブン人事(HR)」人事データを取得・活用して採用や配置に活かす方法とは

ビジネスなどで得られたあらゆるデータを総合的に分析し、意思決定の判断材料とする「データドリブン」。すでにいろいろな分野でこのワードが使用されており、聞き馴染みがある方も多いかもしれません。一方、人事の仕事はKKD(勘・経験・度胸)に頼る側面がまだまだ残っているのが現状です。そんな人事領域にも「データドリブン」の考え方が持ち込まれています。
そこで今回は、日立製作所やソフトバンクといった日本を代表する企業の「データドリブン人事(HR)」として活躍されてきた中村 亮一さんに、その定義やデータの種類、活用方法に至るまで話をお聞きしました。
<プロフィール>
中村 亮一(なかむら りょういち)/NEC 人材組織開発部 タレント・アクイジション&ピープルアナリティクスエキスパート
2004年4月に新卒で日立製作所へ入社し、人事総務担当として従事。People Analytics専門の部署を立ち上げ、データ分析・事業立ち上げを担当。2018年10月にソフトバンクへ入社しHRテック、People Analyticsの社内導入を担当。2020年HRテックスタートアップ 株式会社BtoAの経営に参画した後に、2021年2月より現職。
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目次
「データドリブン人事(HR)」とは
──「データドリブン人事(HR)」の定義と、昨今注目されている背景について、中村さんの考えを教えてください。
まず、データドリブンとは「データ分析結果を元に、課題解決に向けたアクション立案・実行・意思決定を行う業務プロセス」のことを指します。それがこれまでKKD(勘・経験・度胸)に頼ってきた傾向のある人事領域に持ち込まれることにより、データによる人的資本の可視化などが行われるようになってきました。それを「データドリブン人事」と呼んでおり、データドリブンを活用した分析・情報活用のことを「ピープルアナリティクス(People Analytics)」と言います。
人事領域でデータドリブンが進んでいる背景は、大きく分けて以下の2つだと考えています。
(1)終身雇用や画一的な評価制度が崩壊し、労働人口の減少・人材の流動性が拡大するなど、これまでの人事の持つ勘や経験だけでは対応しきれない複雑な課題が増えてきていること
(2)投資家の要請から人的資本の可視化の重要性が高まり、人事課題に対する先回りの対応が社内外から求められてきていること
最近では「最適な人材配置(ポートフォリオ)の検討」や、「社員1人ひとりの能力・状態を把握して活躍・退職リスクを予測すること」など、幅広い用途でデータ活用が進められています。社会の多様性が増してきていることが、データ活用への注目を集める要因になっていると感じます。
取得・活用できる人事データの種類

──人事が取得・活用できるデータの種類には、どのようなものがあるのでしょうか。
人事領域において活用できるデータは多岐に渡ります。生年月日・住所などの基本情報、給与・グレード・評価などの処遇情報、モチベーション・健康などの状態情報などさまざまです。その中から取得データを絞る上では、「ISO 30414(※1)で設定されている11カテゴリーデータ」と「社員が経験する採用~退職までのエンプロイージャーニー」を意識すると良いでしょう。
※1:2018年に国際標準化機構(ISO)が公開した、人的資本報告に関する国際標準ガイドラインのこと。企業・組織における人的資本(Human Capital)の情報開示に特化した初の国際規格。
カテゴリー | 例 | |
1 | コンプライアンスと倫理 | 苦情の数や種類、懲戒処分の数や種類 など |
2 | コスト | 人件費や採用コスト など |
3 | 多様性 | 年齢、性別、障がい、リーダーシップの多様性 など |
4 | リーダーシップ | 従業員からの経営陣に対する信頼度 など |
5 | 組織文化 | エンゲージメント、従業員満足度、定着率 など |
6 | 組織の健康・安全・福祉 | 労働災害による労働損失時間数、労働災害の件数、勤務中の死亡数 など |
7 | 生産性 | EBIT、収益、売上高、従業員1人あたりの利益、人的資本のROI など |
8 | 採用、配置・異動・離職 | 空きポジションを埋めるまでの平均時間、社内で補充されたポジションの割合、離職率 など |
9 | スキルと能力 | 人材開発と育成の総コスト、1人当たりの平均公式研修時間 など |
10 | 後継者の育成 | 社内からの昇進と社外からの採用の割合、後継者準備率 など |
11 | 労働力の可用性 | フルタイム換算での従業員数、社外の労働力規模、欠勤率 など |
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人事領域のデータ分析でよく活用されるものには、以下の11項目があります。
(1)離職率
ある時点で仕事に就いていた従業員のうち、一定期間でどれくらいの方がその仕事を離れたかを比率として表わす指標です。
(2)コンピテンシー
人事評価や採用時など人材評価に用いられる、社員に求める行動特性のことです。
(3)資質
職業における特定の活動にどれほど適した資質をもっているかを適性検査などで計測します。
(4)エンゲージメント
仕事に対してのポジティブで充実した心理状態のことです。サーベイなどによってデータ化して活用します。
(5)eNPS
「Employee Net Promoter Score」の略で、従業員ロイヤルティ(職場に対する愛着・信頼の度合い)を数値化する指標です。
(6)昇給率・昇格率
昇給率は給料が昇給前より何パーセントアップしたのかを示す割合、昇格率は組織内で何パーセントの人が昇格したかを示す割合です。
(7)罹患率
一定期間にどれだけの疾病(健康障害)者が発生したかを示す指標です。特にメンタル不全の罹患率を下げることが求められます。
(8)有給休暇取得率
従業員に付与した年次有給休暇日数に対し、実際に従業員が取得した割合です。
(9)時間外労働時間
法定労働時間を超えた労働時間のことです。分析時には平均値や超過率として活用します。
(10)研修受講率
必要な研修を受講した従業員の割合です。
(11)評価データ
組織における評価指標のデータです。上司評価、自己評価、360度評価などさまざまな視点のデータがあり、企業内での目的変数としてのハイパフォーマを特定して使われることが多いです。
これらのデータを正確に適切なタイミングで取得し、その後の分析や活用に繋げていきます。

具体的なデータ取得方法について
──先ほどの項目のデータを取得したいと考えた際、どのような方法で取得するのが良いでしょうか?
先ほどご紹介した11項目のデータのうち、分析の中で説明変数となることが多く、さまざまな方から質問を受ける、以下3つのデータ取得方法をご紹介します。
コンピテンシー
コンピテンシーは企業が社員に対して「こう行動してほしい・こういう状態であってほしい」を表現したものです。その設計段階では社内のハイパフォーマーたちにインタビューを行って共通点を抽出し、モデリングをしていくのが一般的です。それらをデータとして取得するには、自己評価や360度評価などを元にする場合と、適性テストなどを組み合わせて取得する場合があります。
資質
アメリカの心理学者オレゴン大学のルイス・R・ゴールドバーグ博士が提唱した「ビッグファイブ理論(※)」を元に作られた適性テスト(SPIやOPQなど)を活用して取得するのがポピュラーな方法です。
(※)ビッグファイブ理論とは、人の性格は5つの独立した要素の組み合わせからなることを説明した理論です。5つの要素は外交性・協調性・誠実性・神経症傾向・開放性です。
エンゲージメント
サーベイを行い測定することで、組織の状態を可視化することが可能です。サーベイツールはいろいろな企業から提供されており、それぞれ異なる測定尺度や方法を採用しているため、自社の目的に合わせて選択する必要があります。エンゲージメントデータを取得することで組織の現状を客観的に把握し、理想とのギャップに対してアクションを構築していくことが求められます。
取得データの活用方法
──取得したデータを分析・活用することで、どのようなアクションに繋げられるのでしょうか。
活用できるデータと同様にどういった場面に活用できるのかも多岐に渡りますが、ここでは「採用」「配置」「リスク」の3点からその活用イメージをご紹介します。
採用
自社で活躍できる人材か否かを、コンピテンシーデータに基づいてスクリーニングしていくことができるようになります。適性テストによって得られたコンピテンシーデータを、社内のハイパフォーマーのデータと照らし合わせることで活躍可能性を数値化することも可能です。
私が以前所属していた日立製作所では、会社の変革に合わせて採用するべき人材が大きく変化したことを受けて「新卒採用分析」を行いました。具体的には、適性テストデータを活用して社内のハイパフォーマーを2軸4タイプに分類し、各タイプの特徴を分析してコンピテンシーを再設計。それらのデータを元に過去の応募者・採用者の状態を把握し、より増員したい層を採用するための選考設計していきました。その結果、応募者層は例年と変わらない中、採用した方のタイプは前年度比で20%以上も変化させることができました。
配置
適性テストやスキルなどのデータを用いてマッチング分析を行い、本人にマッチするであろうと考えられる近いタイプの組織・上司の下に配置することが可能になります。それによりオンボーディングのスピードを早められるという効果を期待できます。反対に、イノベーションの発生やその促進などを目的に、あえてタイプの違う人材を配置するという手法をとることもできます。
リスク
企業にとって大きな課題となるのが社員の退職やメンタル不全による貴重な戦力がいなくなってしまうリスクです。エンゲージメントデータやeNPS、働き方に関する有休消化率や労働時間など、日々データを活用しながらその変化を見ていくことで、リスク発生前に予測・対応することが可能になります。
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編集後記
2020年8月に米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して「人的資本の情報開示を義務づける」と公表したのを皮切りに、日本でも人事データの取得・活用への意識や重要性が高まり続けています。「データ取得・活用はデータサイエンティストに任せれば良いのでは?」と思われる方もいるかもしれませんが、人事としての知識や経験がなければ最大限データを活用することはできません。労務・教育・採用・配置などこれまでの経験を活かしつつ、データドリブンを学んでいくことが、これからの人事に必要な姿勢なのだと中村さんの話からも感じました。