「企業防災」に取り組むべき理由と対応方法について
自然災害の多い国、日本。地震・津波・台風などが発生しやすい環境下で事業活動を行うためには、各種の防災対策や危機管理が欠かせません。
今回は、この領域で豊富な知見を持つPwC Japan 人事部 Operational Excellence部門 シニアマネージャーの山口 慎二郎さんに、労務人事観点から「企業防災」の重要性・注意点などを伺いました。
<プロフィール>
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山口 慎二郎(やまぐち しんじろう)/PwC Japan 人事部 Operational Excellence部門 シニアマネージャー
住友理工で約15年間人事部門に所属し、国内・海外人事業務全般や、米国およびイタリアでの海外勤務を経験。ポルシェジャパンでは日本法人の人事総務部準責任者として就業。ドイツ本社とともに人事諸制度の改定プロジェクトなどを通した組織変革、業務改善・改革を遂行。現職PwC Japanではシニアマネージャーとして労務管理(主にC&B Operations)を統括、加えて人事部の組織変革や人材開発を担当。兼業先(医薬品製造業)では人事BPRおよびHRIS導入に携わる。
目次
「企業防災」の重要性と種類
──地震などの災害時における「企業防災」の重要性や種類について教えてください。
「企業防災」とは、地震などの自然災害の発生において企業が取り組むべき対策のことを言います。個人による災害対策とは異なり、通常の防災だけではなく事業の継続に対しての観点が含まれる点が特徴です。顧客や取引先などの守るべきステークホルダーがいる中でも、もっとも大事なのは従業員とその家族です。災害発生時に迅速かつ適切な対応ができるように備えておくことで従業員の負傷や死亡リスクを最小限に抑えられるだけでなく、従業員が日常から安心感を持って働けることで会社に対してのエンゲージメント向上も期待できます。
また、災害発生時は事業活動そのものが停止してしまう可能性もあります。それを防ぐ上ではBCP(事業継続計画)を事前に策定していつでも実行できるようにしておく必要があります。これによりステークホルダーに対する責任を果たし、経済的な損失などを最小限に抑えることができます。
なお、「企業防災」には大きく2種類あります。『リスク顕在前の予防策として実施するもの』と、『リスク顕在時に実施するもの』です。それぞれ対応するものには以下があります。
行動指針・計画の策定
まずは危機管理規定などを策定し、クライシスマネジメント(※1)における責任者や主管部署、権限を定義しておきます。そして、災害発生時にも事業継続または迅速に再開できるようBCP(事業継続計画)を定め、具体的な行動指針を定めた緊急時対応マニュアルによって避難経路・連絡手段・緊急対応チームの役割などを明らかにすることも必要です。また、避難訓練やシナリオテスト(※2)などを年間活動計画に組み込むことで計画的に「企業防災」活動に取り組むことができるようになります。
※1:クライシスマネジメントとは、危機は必ず発生するものという前提に基づき、人や機械・設備などが機能不全に陥ることを覚悟の上で初期対応や二次被害の回避を行うこと。
※2:シナリオテストとは、緊急事態(災害など)が発生した際に事業継続できるようにするための計画・対応策をテストすること。事前に立てた計画が実際にどれだけ機能するかを確認することで計画の改善点や不備を特定し、修正を行うことでその精度を上げるもの。
ファシリティ・インフラの整備
自然災害時に従業員やその家族へ迅速な連絡ができる体制(緊急連絡網)を構築・整備します。連絡手段はさまざまなものが考えられますが、安否確認システムや社内ネットワークを活用したものが一般的です。また、防災設備として各種備蓄(食料・水・毛布・医薬品・簡易トイレなど)を準備して有事に職場へ留まった場合の対応に備えたり、消火器・AED・火災報知器などの防災機器設置・確認ならびにシステムを利用した安否確認訓練も進めたりする必要があります。さらには、ハードウェア・サーバ・データセンターなどの障害にも目を配っておかねばなりません。
「企業防災」活動の実施
シナリオテストに基づいたBCP(事業継続計画)から人事労務部門の対応まで包括的な訓練を実施します。防災訓練としては、地震や火災が発生した際の避難経路を実際に確認し、安全に避難するための避難訓練や、怪我をした場合の応急手当訓練などを実施します。他にも、ファシリティ・インフラ設備の確認(設備の稼働確認や備蓄の消費期限確認など)やシステムを活用した安否確認訓練も行います。それらに加えて、「企業防災」意識を高めるための教育研修も実施できるとベターです。
検証・振り返り
「企業防災」実施後は、責任者や主管部署による実施内容の検証・振り返りを行ないます。必要に応じて行動指針・計画への反映や、シナリオテストの追加・修正、ファシリティ関連のアップデートまで対応します。検証・評価すべきポイントとしては以下5点があります。
(1)対応の迅速性
災害や緊急事態発生から初動対応までの時間を測定し、連絡体制や指揮命令系統がスムーズに機能したかを評価します。
(2)コミュニケーション
関係者間の情報共有が適切に行われたかどうかを評価します。
(3)リソースの確保
必要な資源(人材・設備・情報・資金など)が迅速かつ適切に確保・管理されたかを評価します。
(4)業務の継続性
代替手段やバックアップシステムが適切に機能したかを確認し、重要業務の継続がどの程度確保できたかを評価します。
(5)訓練と教育
従業員がBCP(事業継続計画)について十分な知識を持ち、適切に対応できたかどうかを評価します。
「企業防災」のために人事が設定できるポイント
──「企業防災」対応ルールやマニュアルにおいて、労務人事観点で設定すべきポイントにはどういったものがあるのでしょうか。
最優先すべきなのはもちろん従業員の安全確保に向けた安否確認です。日頃からの防災訓練を通して安否確認方法や緊急連絡先・連絡網が最新のものにアップデートされているのかなどを確認することが望ましいでしょう。
続いて安全確保です。就業時間中に発生した場合と、就業時間外(休日や深夜など)に発生した場合によっても大きく対応は異なります。就業時間中の場合、避難経路や集合場所などはあらかじめ設定しておく必要があります。また、備蓄品を誰が・どのように配布するのかなども事前に決めておきましょう。次に就業時間外の場合です。基本的には会社が貸与しているPCや携帯電話から安否確認ができますが、会社ネットワークに障害が発生することも有事の際には想定されます。そのため緊急連絡先としてプライベートのものや従業員以外の経路で安否確認ができる方の情報を事前に入手・登録しておけることが望ましいです。
その他、災害発生時以降の働き方についてもマニュアルに記載して周知を図る、意思決定者が迅速に判断できるよう一定の基準をあらかじめ設定しておく、などの対策もポイントです。これにより2次災害や混乱を避けることができるようになります。
また、人事におけるエッセンシャルワークの1つである給与支払いについても対策を講じておきましょう。具体的には、非常時払いの必要性、簡易計算による支払い方法、給与振り込み承認の代替設定などです。
「企業防災」におけるルール作成時の注意点
──「企業防災」におけるルールやマニュアルを作成する時には、どのような点に注意する必要があるでしょうか。
「企業防災」に取り組む中では、多くの規程やマニュアルなどを作成・整備する必要があります。それらをどのように作成するかも重要ですが、それ以上にどのように企業内や従業員に明示して周知させるかが重要だと考えています。ビジネスや日常業務における緊急度などから、「企業防災」への意識は放っておくと希薄になりがちです。だからこそ、人事はルールやマニュアルを作成・明示するだけではなく、従業員1人ひとりに認知・浸透するまで取り組むことが期待されます。
広報・周知が重要になる一方で、『従業員に認知・浸透しやすいマニュアルづくり』の観点も忘れてはいけません。実際にマニュアルを活用する従業員の視点に立ち現場感を織り込んで作成することはもちろんのこと、常に運用可能かどうかを確認した上でアップデートを繰り返すことが非常に重要です。つまり、『生きたルール・マニュアルにできているかどうか』を防災訓練やシナリオテストなどを通じて定期的にチェック・アップデートしていく必要があるということです。
例えば、緊急連絡先の情報が定期的にアップデートされているのか、緊急連絡網が本当に機能するのか、などは常に確認しておく必要があります。どれだけマニュアルに沿って迅速な判断を下しても、組織内に早く正確に伝わらなければ混乱が生じたり、2次災害へ発展したりする可能性もあるからです。コミュニケーションが迅速・正確に取れる状態になっているのか、ルールやマニュアルが本当にワークするのかどうかを定期的に確認しましょう。
「企業防災」の1次対応後の対処方法
──「企業防災」の対応はあくまで1次対応であり、それだけですべてが完結するものではないと思います。1次対応後の対処方法についても教えてください。
災害発生後、状況が落ちついてから社内で振り返りを実施しましょう。そこで今回の反省点や課題を洗い出し、マニュアルやルールに落とし込むことで次の有事があった際により円滑な対応ができるようになります。
また、災害後は身体的な被害だけでなく心理的な影響も大きくなることに注意が必要です。ひとたび災害が発生すると従業員は多大なストレスにさらされ、業務効率や生産性の低下が発生します。その際、適切なメンタルヘルスケアが行えると、社員のストレス軽減、ひいてはパフォーマンスの維持につながります。カウンセリングサービスやストレス軽減プログラム、デブリーフィング(※)してストレス軽減の支援をしましょう。
※デブリーフィングとは、災害や精神的ショックを経験した人々に対して行われる急性期(体験後2~3日~数週間)の支援方法のこと。
他にも、短時間勤務や在宅勤務などによる柔軟な働き方の提供・拡充等を検討し、業務再開に向けての心理的サポートを通じて従業員がスムーズに復職できるよう支援を行うことも重要です。「企業防災」におけるメンタルヘルスケアは、社員の健康とパフォーマンスを維持し、企業のレジリエンスを高めるために欠かせない取り組みと言えます。適切な取り組みを行うことで、災害時にも強い企業体制を築くことができます。
上記のような対応を行う上で社内に適任者がいない場合は、リスクコンサルタントなど外部アドバイザーに相談するのも効果的です。それ以外にも、自分たちで実施したことや認識している課題などを客観的にアセスメントしたいときなどにも外部アドバイザーは力となってくれます。
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編集後記
目の前の事業運営などに比べ、優先順位がどうしても下がりがちな「企業防災」。ですが、いつ発生するか分からないものだからこそ日頃からの事前準備が欠かせません。従業員とその家族を第一に考えたルール・マニュアルの整備、徹底周知、定期的なメンテナンス──地道な取り組みではありますが、従業員が安心して働ける環境づくりは人事としても優先順位高く取り組んでおきたいものです。