「アンコンシャスバイアス」に気づき、組織力を高める方法とは
ダイバーシティな組織の実現を目指す上で、アンコンシャスバイアス(無意識バイアス)に対する気づきは重要な要素のひとつです。昨今Google、Meta(旧Facebook)などの海外企業をはじめ、メルカリやソフトバンクなどの国内大手企業でもアンコンシャスバイアス研修を新たに導入する例が増えています。
今回は、一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所の認定トレーナーである坂爪美奈子さんに、アンコンシャスバイアスに気づき、多様な人々が能力を発揮できる組織づくりに必要な取り組みについてお話を伺いました。
<プロフィール>
坂爪 美奈子(さかづめ みなこ)/alcourage(アルクラージュ)代表 一般社団法人アンコンシャスバイアス研究所認定トレーナー・国家資格キャリアコンサルタント
証券会社での営業を経て、1996年ジュエリー企業へ転職。人事課長として人材採用と社員教育を担当する。その後、インテリア雑貨を扱う企業にて人事制度構築を経験、2010年に総合アパレル企業の販売スタッフ教育責任者に着任。教育制度の構築と運用、インストラクター養成を担当。人事系業務に携わった期間において、採用面接は3万人以上、研修受講者のべ2万人以上。2019年に人財コンサルタントとして独立。業種業界を問わず、リーダー研修や接遇・マナー研修、チームビルディングなど、研修を中心に育成に関するコンサルティングを行う傍ら、個人向けライフコーチとしても活動している。▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
目次
アンコンシャスバイアスとは
──アンコンシャスバイアスの概念と、その重要性について教えてください。
アンコンシャスバイアスとは「無意識のうちに“こうだ”と思うこと」で、“無意識の思い込み”や“無意識の偏ったものの見方”などとも表現されます。私たちは誰もが、過去の経験やそれまで見聞きしたことなどに影響を受け、無意識のうちに“こうだ”と思うことがあります。
例えば、下記のように思うことはあるでしょうか。
・血液型で相手の性格を想像することがある
・出身地でお酒が強い人かどうかを想像することがある
・「男らしく」「女らしく」と思うことがある
・「親が単身赴任中です」と聞くと、父親が単身赴任中だと思う
・「普通は〇〇だ」「たいてい〇〇だ」という言葉を使うことがある
※引用:守屋智敬著『「アンコンシャス・バイアス」マネジメント(かんき出版)』
本当は違うかもしれないのに、無意識に思い込んでいることは日常に溢れています。
2020年に日本労働組合総連合会(連合)が約5万人から回答を得たアンケートでも、20問の設問から「1つでも自分に思い当たる(アンコンシャスバイアスがある)」と回答した人は95%に上りました。
※参考:日本労働組合総連合会(連合)「5万人を超える回答 アンコンシャス・バイアス診断」
アンコンシャスバイアスは誰もが持っているものであり、完全に無くすことはできませんが、「アンコンシャスバイアスに気づかないことで及ぼされる判断や言動」がネガティブな影響となって表れることがあります。その影響は相手に対するものもあれば自分自身に対するものもあります。
組織がアンコンシャスバイアスと向き合う目的
──なぜ組織はアンコンシャスバイアスと向き合う必要があるのでしょうか。
組織視点から考えた場合、以下のような点が考えられます。
(1) 評価基準や人材適性の判断など「組織モチベーションの変化」
上司が部下を評価する際、ある1つの印象に引きずられて過大評価をしたり、反対に過小評価をしたりすることがあるかもしれません。これは、無意識の偏ったものの見方に気づかないことで起こります。
また、「子どもを持つ社員にマネジメントは任せられないと思う」「アルバイトだからこの仕事は無理だろうと思う」といったように、相手の属性による決めつけは、個々の能力を活かしきれないといったことも起こり得ます。これらは組織側だけでなく、個人が自身のキャリアを考える上での阻害要因ともなるでしょう。
アンコンシャスバイアスに気づくことで、より柔軟で客観的な物事の捉え方ができるようになるのです。
(2) エンドユーザー向けのサービス内容変更など「顧客に対する変化」
コロナ禍で人々の生活や働き方は大きく変わりました。それに伴い、ビジネスのあり方も変化をしています。出勤の必要がなくなり、オフィス自体を手放した企業もあると聞きますし、リモートワークに対応するためのコワーキングスペースを目にすることが増えました。テイクアウトに力を入れる飲食店が増え、フードデリバリーの利用者も増加しているようです。衣料品を買うにしても、実際の店舗に出向かずオンラインで接客を受けられる仕組みも生まれています。
コロナ禍という外部環境下で「変わる」ことを余儀なくされたとはいえ、今までの常識を覆すアイディアに「なぜ今まで気づかなかったのだろう」と思われた方も多いのではないでしょうか。
このように、「これが当たりまえ」「このやり方でなければならない」「前例がないからうまくいくはずがない」などの思い込みが顧客ニーズの見逃しや対応の遅れにつながり、ビジネスチャンスの損失となる可能性があるかもしれません。
だからこそダイバーシティ&インクルージョンの実現を目指す企業が増えています。一人ひとりがそれぞれの個性や能力を活かせるかどうかという点において、「アンコンシャスバイアス」がカギを握ります。
(3) 組織そのものの「イノベーション」
アンコンシャスバイアスは、「自己防衛心」から生まれています。「脳がストレスを回避するため」に、自分は正しい、自分は悪くない、自分をよく見せたい、早くラクに決断したいなど、無意識下で自分にとって都合の良い解釈をすることによって生まれるのです。
特に、人や組織に大きな影響を与えているリーダーがアンコンシャスバイアスに気づかずにいると、下図のような問題が引き起こされる可能性が高まります。
アンコンシャスバイアスによって引き起こされる問題の例
組織の問題(例) | 個人の問題(例) |
人間関係が悪化する | 自分を過大評価するか、逆に過小評価する |
組織風土が悪くなる | 否定的・悲観的になりがち |
建設的で風通しのいい対話がなくなる | イライラが増える |
個人や組織のパフォーマンスが低下する | 言い訳が増える |
ハラスメントが横行する | 挑戦できなくなる |
コンプライアンスの違反行為が生まれる など | 成長できなくなる など |
一方で、アンコンシャスバイアスに気づこうとすることは、組織をよりよく変えるはじめの一歩となります。例えば、次のような変化が期待できるということでもあります。
・ものの見方や捉え方が変わる
・他の可能性を考えてみようとトライできるようになる
・一歩踏み出す勇気が持てる
・一旦立ち止まり、冷静かつ客観的に物事を捉えるチャンスが生まれる
・新しい価値やイノベーションを生み出す など
アンコンシャスバイアスに気づく方法
──組織や人がアンコンシャスバイアスに気づくには、どのような施策が有効でしょうか?
前述した通り、アンコンシャスバイアスに気づいて対処することが大切です。そのためにも、まずは一人ひとりがアンコンシャスバイアスに対する理解や「私にもアンコンシャスバイアスがある」といった自己認知をすることが必要です。
今回は、アンコンシャスバイアスに「気づき・対処する」ために有効な方法を一部ご紹介します。
(1) アンコンシャスバイアスを「言語化」する
「これって、私のアンコンシャスバイアスかな?」と思うことを、まずは一週間、メモをしてみることから始めてみてください。例えば、「こうあるべきだ」「普通はこうだ」「〜でなければならない」と思うことがあったなら、「なぜ自分はこう思うのだろう?」とぜひ立ち止まって考えてみてください。もしかしたら、そう思っていたけれど、私の思い込みだったといういったことに気づくことがあるかもしれません。仕事に限らず日常生活の中にあるアンコンシャスバイアスについても考えてみると、より身近なケースとして理解を深めることができるでしょう。
「アンコンシャス・バイアス」メモ(一例)
・「この案件は、まだ難しいよね?」と部下に聞いた途端に、急に暗い顔になった…
→「難しいだろう」という判断は、私のアンコンシャスバイアスだったことに気づいた
・「この表現、違う気がする」と言われて、悲しくなった。批判された気がした…
→「違う」というひと言を、提案ではなく否定されたと解釈したのは私のアンコンシャスバイアスだったかもしれない
<感想・思考のクセ>
・自分のほうが「正しい」と思ってしまう
→「私が正しいに決まっている」というアンコンシャスバイアスがあることに気づいた
しばらくたってから上記のメモを眺めてみると、自分の思考の癖などが見えてくるかもしれません。「これって私のアンコンシャスバイアスかも?」を組織の共通語に据えるのも、アンコンシャスバイアスを常に意識する上でも有効な取り組みです。
(2) 相手の反応(非言語メッセージ)に注目する
アンコンシャスバイアスは誰にでもあります。ただ、気をつけていても、アンコンシャスバイアスによる自分の言動が、相手の心の後味をにごしてしまうこともあるかもしれません。だからこそ、相手の表情や態度の変化などに注目し、違和感を抱いた時はそのままにせず、自分の言動を振り返り、フォローすることが大切です。
(3) 決めつけない・押しつけない
アンコンシャスバイアスは決めつけや押しつけの言動となってあらわれることがあります。「決めつけ言葉」や「押しつけ言葉」は、自分のアンコンシャスバイアスに気づくヒントとなるでしょう。
<例>
決めつけ言葉「普通そうだろう」「そんなことできるわけがない」
押しつけ言葉「つべこべ言うな」「これくらいできて当然}
アンコンシャスバイアスに気づき効果を上げた企業事例
──これまで坂爪さんが関わった中で、アンコンシャスバイアスに気づき成果を上げた企業があればその具体的な内容について教えてください。
とある企業事例をご紹介します。
<実施前の状態>
約1500人規模の服飾関連小売業の事例です。コロナ禍で店長会やミーティング等、接触機会を極力減らして1年ほど経った時期でした。客数減少等も相まって業績が上がりにくい環境下に加え、本社と店舗、また店舗間のコミュニケーションも減少したことで、社員に閉塞感や不安感が募りモチベーションの低下が問題になっていました。
<実施背景・目的>
■組織フェーズの変化
希薄になってしまった社員同士の結びつきを深め、貢献感や仕事のやりがい、自信を取り戻すこと。「風通しの良い風土」と「育成する組織づくり」を目的としました。
<実施・運用内容>
店舗組織の部長から店長までのリーダーを対象に、アンコンシャスバイアスへの理解を深める研修を2回に分けて開催しました(3時間/回)。
まず、アンコンシャスバイアスに対する理解を深め、日常生活や職場を振り返って自己開示する場を作りました。2回目の研修では、自身のアンコンシャスバイアスに気づけたこと、そしてそのことで周囲にどんな影響があったのか、どんな変化が起きたか、実際の効果を共有しさらなる理解促進に繋げました。
<結果>
受講者の声として、次のようなものが挙がっています。
・自分がいかに思い込みで物ごとや相手を見ていたかに気づけた
・相手の言動を気をつけて見てみると、様々なメッセージが感じ取れた
・互いの意見や考えを開示しやすくなり、コミュニケーションが取りやすくなった
・決めつけずに話を聴いてみると、自分の勘違いであることが多々あった
・発言する前に、自身のアンコンシャスバイアスについていったん立ち止まることができるようになった
・コミュニケーション量が増えたことで思い込みや決めつけが減り、店舗内の人間関係が良くなった など
アンコンシャスバイアスに気づくことが職場の人間関係に大きな影響を及ぼすことを身を持って理解できたという意見が多くありました。
また、店長以上を対象とした評価者研修においても、評価に影響するアンコンシャスバイアスについてあらためて振り返りました。自身のものの見方の癖や傾向を知ることが適切な評価につながることを確認しあう機会となりました。評価者である店長同士で目標設定や評価視点のすり合わせに活かすことにもつながりました。
これらの取り組みは、結果として、上司部下の良好な関係、店長同士の横のつながり、店舗間のコミュニケーションの活発化、新しいことへのチャレンジ意欲につながり、自主的な勉強会が実施されるなど、様々な変化につながっていきました。実際に売上が伸びた店舗も増えたことで、よりアンコンシャスバイアスに互いに気づきあう組織風土へつながったと報告を受けています。
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編集後記
アンコンシャスバイアスを知らないために、気づかぬうちにさまざまな損失を生んでいる可能性があることに今回改めて気づくことができました。反対に、アンコンシャスバイアスを知り・気づくことができれば、組織や人の可能性をさらに伸ばせるということです。一人ひとりの力を最大限に引き出し、組織力を高めるためにも、まずは「誰もがアンコンシャスバイアスを持っている」と認識するところからスタートしてみてはいかがでしょうか。