「フォルトライン」を活用してダイバーシティの推進・経営活性化させる方法とは
ダイバーシティについて語られる際、「フォルトライン」なる言葉を聞くことがあります。“断層線”と訳される理論ですが、聞きなじみのない方も多いかもしれません。
今回は、組織・人事コンサルティングや組織開発の経験を持つ村松 陽子さんに、「フォルトライン」の概要から活用方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
▶このパラレルワーカーへのご相談はこちら
村松 陽子(むらまつ ようこ)/法人代表
東証プライム上場企業での人材育成部門を経て、ベネッセコーポレーション人事部に所属。採用、女性活躍推進、働き方改革、人事制度企画等を推進。現在では自身で起業し、組織・人事コンサルティング、組織開発・ビジネスパーソン向けのコーチングを行っている。
目次
「フォルトライン」とは
──「フォルトライン」の概要について、ダイバーシティとの違いも含めて教えてください。
「フォルトライン」とは、組織・集団内にできる属性ごとのサブグループを分ける断層(フォルト)のことを指します。実際の職場においては、雇用形態(派遣社員・正社員など)、性別(女性・男性など)、職種形態(総合職・一般職など)、世代(若手・シニア)、入社時期(新卒・中途)、家族環境(ワーキングペアレンツなど)など様々な属性があり、それらサブグループ間に溝が発生してしまう場合があります。「フォルトライン」理論は、このサブグループとサブグループ間の溝を意識することで組織内での分断や誤解を回避し、異なるサブグループ間の協力や理解を促進することを目的とした考え方です。
「フォルトライン」を意識した人員配置や社内コミュニケーションを設計することで、組織の生産性を落とさず、活性化につなげることができます。近年、職場におけるダイバーシティ推進が活発化しています。働く人の多様性を活かすことができれば、職場における有用感を持てるようになり定着率向上が期待できたり、多様な視点・アイデアが組織にもたらされることで議論が活性化し、仕事のパフォーマンスやアウトプットが高まったりする効果があるためです。
しかし、多様化が推進されることには、このようなメリットだけでなくデメリットも存在します。多様化した集団は簡単に意思の疎通や共通認識を持ちづらくなったり、まとまりが弱くなったりすることがあるため、対立や意見の食い違いが起きて物事を進めにくくなってしまう場合があるなどのネガティブな面もあります。基本的に人間は自分と似通った属性の人に親近感を覚える傾向があり、異なる属性の人に対しては偏ったバイアスを持ってしまう傾向があるためです。
このような背景を踏まえて、ダイバーシティのポジティブな効果をより得るための糸口の一つとして「フォルトライン」という概念が近年注目されています。
「フォルトライン」がもたらす影響
──「フォルトライン」が企業・組織にもたらす影響にはどのようなものがありますか?
先ほどダイバーシティ推進についてのメリット・デメリットについて触れましたが、ここでは「フォルトライン」のメリット・デメリットについて解説します。
メリット
適度な「フォルトライン」(断層)があると、自身のサブグループに帰属意識を持ち心理的安全性が保たれることはもちろん、異なるサブグループに対しても意見を出しやすくなる効果があります。それにより異なる視点が集まり新たなアイデアが生まれやすくなった結果、創造性が向上して組織パフォーマンスが上がります。
デメリット
属性に基づくサブグループができることで、意思の疎通が取りやすいサブグループ内だけに情報を留めてしまったりするなどして、一部の情報や意思決定が限定的になってしまうリスクがあります。また、複数属性にて構成されたサブグループの場合は、より境界が強まることも多く、他のサブグループとの連携がさらに難しくなってしまうことも多くあります。また、特定の属性に基づくサブグループが孤立してしまうと、そのサブグループだけではなく全体の協力体制が弱まってしまうというリスクも存在します。
組織活性化に向けた「フォルトライン」の活用方法
──「フォルトライン」を組織活性化のために活用するには、どのような方法で行うと良いでしょうか。村松さんの実体験や事例も踏まえて教えてください。
「フォルトライン」を経営活性化に活用するための方法には、大きく以下2つがあります。
(1)人員配置の工夫
(2)リーダーの理解とコミュニケーション
(1)人員配置の工夫
「フォルトライン」は、多様性が中程度の時に最も強くなると言われています。逆に、多様性が著しく低かったり、著しく高いときには弱くなると言われています。これらを踏まえると、組織の構成員を考える際には「フォルトライン」を弱くするように配慮する必要があります。
例えば、以下の図のように、性別・文系/理系の属性があった場合、一定程度の属性が複数重なりあっている構成にすることにより「フォルトライン」を弱めることができます。多様性を担保しつつも属性が入り組むように人員配置を行うことで、サブグループを隔てる「フォルトライン」が弱まり、組織内コミュニケーションをスムーズに行えるようになります。
グループ | メンバーA | メンバーB | メンバーC | メンバーD | 多様性の大きさ | フォルトラインの強さ |
1 | 男 理系 50代 | 男 文系 40代 | 男 理系 30代 | 女 文系 20代 | 小 | 弱 |
2 | 男 理系 50代 | 女 文系 40代 | 男 理系 30代 | 女 文系 20代 | 中 | 強 |
3 | 男 文系 50代 | 女 理系 40代 | 男 理系 30代 | 女 文系 20代 | 大 | 弱 |
(2)リーダーの理解とコミュニケーション
組織内の「フォルトライン」を認識し、不必要な壁をなくすためにはリーダーのサポートが不可欠です。リーダーが「フォルトライン」の価値を理解した上で各属性を尊重できれば、メンバーはより活気づいた環境や心理的安全性を感じられる気持ちで意見を発信できたり、それぞれの観点からアイデアを出せたりと創造性を発揮できます。
例として以前私が関わった企業の事例をご紹介します。
その企業は女性が多い職場だったこともあり、ワーキングマザーの方とワーキングマザー以外の方のサブグループに分かれてしまい、「フォルトライン」が強い職場でした。ワーキングマザーの方はご家庭の事情もあるため早く帰る必要があり、ワーキングマザー以外の方に仕事のしわ寄せが発生してしまうことが多く、ワーキングマザー以外の方から不満が出てしまっていました。
その際にその組織のリーダーが行ったのは、メンバーを集めてワーキングマザーの一日の代表的なスケジュールを共有することでした。詳細な状況を共有することによって『こんなに大変なスケジュールで仕事と育児を両立していたのか』『早く帰った後も、ずっと育児と家事で忙しいんだ』と、ワーキングマザー以外のメンバーがワーキングマザーの大変さを理解でき、不満の解消に繋がったことがあります。
さらに、ワーキングマザーの事情を共有したことを皮切りに、親御さんの介護で悩んでいると話す社員や、自身の体調不良について話す社員が続々と出てきました。このようなオープンな会話や情報共有によりお互いの事情を共有・理解することができ、それぞれ1人ひとりを尊重し、お互いにフォローし合いながらどのようにチームとして成果を出していくのか、1人ひとりに何ができるのか、といった建設的な話し合いに繋げることができました。
このように、人員配置などの大きな影響のある施策ではなくとも、リーダーによるコミュニケーションの工夫により「フォルトライン」を良い方向に使い、組織の活性化に繋げることもできます。
■合わせて読みたい「ダイバーシティ推進」に関する記事
>>>経営戦略としての「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」とは
>>>注目が高まる「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは
>>>なぜ女性管理職は増えないのか?現状と企業が陥りがちなポイント
>>>「アンコンシャスバイアス」に気づき、組織力を高める方法とは
>>>世界的に対応が求められている「人権デューデリジェンス」とは
>>>「ニューロダイバーシティ」により個々人の持つ可能性に気づき、強みを活かす方法とは
>>>「ジェンダーイクオリティ」実現のために人事が知っておくべきこと
>>>「70歳雇用」も遠い未来ではない? 高年齢者雇用安定法の改正ポイントとその対策を紹介
>>>「アライシップ」を組織内で育み、DE&Iを推進するためには
>>>「IDGs」で持続可能なビジネスを実現するには
>>>障がい者雇用の概要を分かりやすく解説。組織への良い影響や成功ポイントとは?
>>>「異文化マネジメント」の本質は共通課題抽出と議論にあり。具体例とポイントを学ぶ
>>>「LGBTフレンドリー」ですべての人が働きやすい組織をつくるには
>>>「女性版骨太の方針2024」の概要からポイントまでD&I推進担当者が詳しく解説
>>>「女性活躍推進」の現状と、推進のためのポイントを解説
編集後記
ダイバーシティ推進は、今や世界的な潮流です。『多様性を尊重して活かす』と言葉にすればシンプルで簡単なように聞こえるかもしれませんが、実際に組織内で推進しようとすれば多くの課題にぶつかってしまうこともあると思います。その解決のヒントとなるのが、今回村松さんに解説いただいた「フォルトライン」です。自組織内にどんな「フォルトライン」があるかを理解するところから始めることで、多くの発見があるかもしれません。