「ジェンダーイクオリティ」実現のために人事が知っておくべきこと
あらゆる人にとって平等(イクオリティ)な社会を築いていくことは世界的な課題であると共に、イノベーションを促進する上でも注目が集まっているテーマです。中でも「ジェンダーイクオリティ」はSDGsにも組み込まれており、各社があらゆる取り組みをスタートさせています。
今回は、『多様な人材が協働する社会を作る。』をビジョンに掲げ、多文化チームをマネジメントする組織・リーダーを育成するプログラムを提供している株式会社An-Nahal(アンナハル)代表の品川 優さんに、「ジェンダーイクオリティ」の概要や組織において直面する課題とその対策などについてお話を伺いました。
<プロフィール>
品川 優(しながわ ゆう)/株式会社An-Nahal 代表
人材育成・組織開発を専門とし、企業のダイバーシティ&インクルージョン推進支援、多文化チームをマネジメントする組織・リーダー育成のプログラムを提供。独立後は世界銀行等国際機関での教育関連プロジェクトや、NPO法人での難民申請者への就労支援を経てAn-Nahal設立。世界経済フォーラムGlobal Shapers、JWLIフェローとしても活動。
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目次
「ジェンダーイクオリティ」とは
──D&I、DE&Iなどのテーマに関連して「ジェンダーイクオリティ」という言葉を聞くことが増えたように感じます。まずはこの概要について教えてください。
「ジェンダーイクオリティ」とは、1人ひとりの人間が、性別にかかわらず、平等に責任や権利、機会を分かちあい、あらゆる物事を一緒に決めていけるようになることです。SDGsの目標5『ジェンダー平等を実現しよう』にもあるように、今ある男女格差や差別を是正していく上でのキーワードとなっています。
そもそもジェンダー(gender)とは、生物学的な性別(カラダのつくり)に対して、社会的・文化的につくられる性別(男性・女性はこうあるべき、など)のことを指します。多くの社会では、課せられる責任や負うべき活動、資金・資源へのアクセスと支配、意思決定の機会において男女間に違いや不平等があり、「ジェンダーイクオリティ」はその不平等を是正する動きやコンセプトのことを表しています。
例えば、ジェンダーの代表的な固定概念には以下のようなものがあります。
・男性は外で働き、女性は家事をする
・女性は男性より弱い
・男性は泣いてはいけない
など
他にも、SDGsの中では人身売買や早期結婚、教育機会の提供なども世界的な課題として解決に向けた取り組みが行われています。日本においては介護や育児の負担、政治経済における女性のリーダーシップ参画など、『働く・雇用』に関する分野での課題が多くあると言われています。
「ジェンダーイクオリティ」の現状(海外・日本)
──「ジェンダーイクオリティ」は、海外と日本それぞれでどのような状況なのでしょうか。
世界経済フォーラムによる『ジェンダーギャップ指数(※1)』(2022年)によると、日本は146カ国中116位(前回は156カ国中120位)でした。これは先進国の中では最低レベルで、韓国・中国・ASEAN諸国よりも低い結果となっています。健康・教育水準については世界でもトップレベルなのに対し、政治・経済分野における女性参画や賃金格差が目立ちました。
(※1)ジェンダーギャップ指数とは、世界経済フォーラムが経済・教育・保健・政治の分野ごとに男性に対する女性の割合を調査し算出したもの。0が完全不平等、1が完全平等となる。
日本の衆議院の女性議員比率は2021年10月の衆議院選挙で9.7%となり、前回よりも低下しました。また、経済協力開発機構(OECD)の統計では日本の男女間賃金格差は加盟44カ国中ワースト3位、企業役員における女性比率も12.6%と伸び悩んでいる状態です。
これらのデータから紐解くと、日本のビジネスにおける「ジェンダーイクオリティ」の大きな課題には以下のようなものがあります。
・女性の管理職登用
・男性の育休取得(女性の出産前後のキャリア継続)
・介護離職のジェンダーギャップ
・男女賃金格差
・女性政治家の不足
元ゴールドマン・サックス証券のチーフ日本株ストラテジストで、現在はMPower Partnersという日本初のESG重視型グローバル・ベンチャー・キャピタル・ファンドのジェネラルパートナーであるキャシー・松井氏が1999年から提唱した概念『ウーマノミクス(※2)』により、日本でも以前から女性活躍推進の取り組みが進められてきましたが、まだまだ世界に遅れを取っているというのが現状です。
(※2)ウーマノミクスとは、ウーマン(女性)+エコノミクス(経済)を組み合わせた造語。女性の活躍による経済の活性化、働き手としても消費者としても女性のパワーがけん引する経済のあり方を意味します。安倍政権が成長戦略の一環として女性活躍を推進する方針を打ち出したことから、あらためて注目を集めた。
組織における「ジェンダーイクオリティ」の課題
──「ジェンダーイクオリティ」を考えていく上で、組織内ではどのような課題に直面する可能性が高いのでしょうか?
組織内の「ジェンダーイクオリティ」に関する課題は、大きくハード面とソフト面に分類することができます。それぞれの面で直面しがちな課題例についてご紹介します。
ハード面(人事制度や設備など)
①女性管理職の割合
これは日本だけでなく海外企業でも問題になっています。ここ数年でその割合は徐々に増えているものの、未だに世界の27.1%の会社では女性管理職がいません。日本企業においては女性管理職の平均割合が8.9%と世界と比べて低く、それにより女性社員の定着率低下や、イノベーションが起きづらい組織環境となる可能性が高まります。
②男性育児休暇の取得支援
2022年厚生労働省のデータによると、育児休業取得率は女性で85.1%、男性で13.97%となっています。男性の育休に取り組むべく育児休業制度も整備されてきましたが、実際の取得率から見るとまだまだ男女間に大きな差が見られます。
③待機児童
現在の子育て世代は共働きが一般的となっており、待機児童は女性の職場復帰の壁となっています。国としても令和3年度から6年度末までの4年間で約14万人分の保育の受け皿を整備し、待機児童の解消ならびに女性(25~44歳)の就業率上昇を目指していますが、なかなか実現は難しい状況のようです。
ソフト面(社員が持つマインドなど)
①アンコンシャスバイアス
ジェンダーには性別に求める役割や期待が大きく反映されており、それは組織内外で影響を与えています。e-learningツール『ANGLE』導入企業社員58,934人に対して行われた調査では、『子育て中の部下に海外出張を打診するか』という問いに対して男女間で23%もの差が現れました。このように、意図的な差別ではなく“配慮”した結果が女性のキャリア形成や成長を妨げている実例もあります。
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②管理職への意欲
男女間で管理職への意欲も大きく開きがあります。その理由には、仕事と家庭の両立が困難、ロールモデルの不在、女性自身のジェンダーに対するバイアス(リーダーシップを取るべきではない)など、これまでの社会生活で育まれてきた考えや価値観なども大きく影響しています。
リモートワークなど柔軟な働き方の選択肢が増えてきたことは、職場におけるジェンダーイクオリティを推進する上で後押しとなります。一方で、コロナ禍の影響によりリモートワークや在宅勤務では働くことが難しい非正規雇用の女性が退職せざるを得なくなること、子どもがいる家庭では逆に長時間労働になってしまうケースがあるなど、ジェンダーイクオリティ推進を阻む要素ともなり得ます。
「ジェンダーイクオリティ」実現のカギは経営層にあり
──「ジェンダーイクオリティ」を実現する上でポイントになるのはどんな部分でしょうか。
D&IやDE&Iの分野でも、特にジェンダー・女性活躍の文脈になると『男性差別だ』『女性に下駄を履かせている』と言う声が少なくなく、担当者が理解を得るのに苦労するケースが多くあります。これは男性社員に限った話ではありません。これまで男性中心社会でキャリアを築いてきた女性社員からの声であることも少なくないのです。必ずしも女性だから「ジェンダーイクオリティ」に肯定的な訳ではなく、あくまでこれまでの経験から価値観が形成されていると考えています。
そこに対する取り組みとして近年取り上げられているのが『経営層の意識変革』です。アンコンシャスバイアス研修などを通じて自らにも偏見があることを理解すること、特に自組織内の具体的なケースを通じて何が問題なのかを理解することができると、行動変容につながります。
また、『スポンサーシップ制度』という形で、今後管理職やリーダーシップポジションを目指す・期待する女性社員と役員の対話の場を設定し、メンタリングやラウンドテーブル(※3)などを実施することも有効です。経営層が女性社員のリアルな課題や悩み、そして強みや可能性に気づき、それを支援する関係を促す取り組みも進んできています。
(※3)ラウンドテーブルとは、円卓を囲んで数名で行う会議のこと。座り順や立場・役職などの上下関係もなく自由に意見を交換できる。
こうした取り組みによって、経営層のバイアスが軽減され、その後の意思決定に活かされる利点もあります。他にも、近年注目されている取り組みには下記のようなものが挙げられます。
■サイバーエージェント社独自の女性活躍推進制度「macalonパッケージ」
女性特有の体調不良への休暇取得や妊活支援、最近では卵子凍結に関するサポートを受けることができる制度です。実際に女性活躍を推進しているサイバーエージェント社では全体の30%を女性社員であり、女性管理職は全体の20%を占めています。
※参考:サイバーエージェント社プレスリリースより
■メルカリ社では独自の福利厚生サービス「merci Box」
この制度の中では、女性が産休・育休中に安心して休むことができるように給与の全額支給を保証しています。また、男性も育児に集中できるよう産後8週間の給与を100%保証しています。
※参考:メルカリ社プレスリリースより
「ジェンダーイクオリティ」実現のために人事ができること
──ここまでにご紹介いただいた課題を解決するために、人事が自組織で行えることや働きかけられることにはどういったものがありますか?
人事が「ジェンダーイクオリティ」実現に向けて動く上で、お伝えしておきたい前提があります。それは、『経営戦略』と『ESG(環境・社会・ガバナンス)や人権配慮の観点』の双方から考えるということです。なんとなく必要そうだから、他社も取り組んでいるから、などの理由ではうまくいきません。先ほどの2つの観点を踏まえた上で「ジェンダーイクオリティ」に取り組むストーリーを社内外に丁寧に説明し、地道なコミュニケーションを重ねることなしには、実現は難しいと考えておいた方が良いでしょう。
その上で取り組むこととして、大きく以下4つが挙げられます。
(1)社内状況の把握
例えばセールスフォース社では、従業員アンケートの結果を経営層や管理職だけでなく全社員に開示しているそうです。実際に社員アンケートやヒアリングを行うことで、経営層や人事部が見落としている社員の状況や課題を見つけることができます。その際、なかなか本音を引き出すことが難しい場合には、外部メンターや国家資格をもつキャリアコンサルタント、研修サービスを活用し、社員と直接利害関係のない人と連携したり、匿名でヒアリングしその結果を人事担当者にフィードバックするなどの工夫をすることによって、より本音を引き出すことができるような方法もあります。
また、ERG(Employee Resource Group)という、共通点を持つ従業員同士によって構成されるグループを作るのも良い方法です。このグループを作ることによりマイノリティの方々の声をしっかりと吸い上げ、経営層に届けることが可能になります。アメリカの大企業では大半がERGを設け、その多くが経営陣が直接支援をし、ERGから出てきた声や提案を意思決定に反映させる仕組みがあります。このように社員が安心して声をあげやすいコミュニティやネットワーク作りをサポートすることで、より正確な社内状況を把握する事ができます。
(2)トップによるコミットメント(行動宣言)と継続的なメッセージ発信
ダイバーシティや「ジェンダーイクオリティ」などを浸透させるには、1年に1回の社長メッセージだけでは不十分。表向きのポジショントークだと見る人も少なくないからです。経営層や管理職による独自の経験談に基づくメッセージ発信、トップが自ら行動目標・宣言をすること、その進捗や結果も明らかにすること、こうした行動によってようやく現場での影響力が強いミドル層の行動にも変化が見られます。
私が連携した企業では、社内イベントの中で、施策や方針の紹介だけではなく、その満足度や参加者からのフィードバックをレポートとしてまとめて社内ポータルで公開され、そのフィードバックをもとに反映した内容を次回イベントで発信されていました。この様な一貫したコミュニケーションをする事により、社員としても自分たちの声が確かに反映されている実感を得ることができます。社外に対しては目標数字に対する達成度などを発信すると、わかりやすく有効だと思いますが、社内向けには、社員にいかに自分ごととして捉えてもらえるようにするか、という工夫が必要です。
(3)ロールモデルを発掘し発信すること
アンコンシャスバイアスは管理職などの意思決定層だけでなく女性自身にもありうるものです。『自分は管理職になる器ではない」など、そもそもの選択肢に挙がらない状況を変えるためには身近なロールモデルの存在が重要になってきます。仮に社内でロールモデルを見つけることが難しい場合は社外から発掘し、自社の女性社員との接点を作ったり発信したりすることで少しずつ意識変容につなげていきます。
(4)当事者の声を聞き施策に反映させること
エンゲージメントスコアや一定の目標数値だけに踊らされることなく、定期的なヒアリングやアンケート調査を通じて本当に当事者のニーズに応えた施策になっているのかを評価し改善につなげることが必要です。その際、例え好ましくない結果になったとしても情報開示を行い、当事者の声を反映した改善を人事や経営層自らが行っている姿を見せることで、信頼関係を構築することができるようになります。
これらはあくまで取り組みの大枠に過ぎません。繰り返しにはなりますが、重要なのは数値目標だけでなく、現場の声を聞きながら軌道修正していく継続的な行動です。働き方改革や「ジェンダーイクオリティ」はこれまで企業が取り組んできてもなかなか成果が出てこなかった分野であり、社員から疑心暗鬼の目で見られることも少なくありません。人事や経営層が目的と覚悟を明確にした上で、当事者のリアルな声に寄り添っていく──この地道な取り組みこそが「ジェンダーイクオリティ」実現に向けた着実な一歩になると思います。
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編集後記
「ジェンダーイクオリティ」はSDGsに盛り込まれていることもあり、世界的に注目されている概念です。しかし、品川さんのお話を聞く中で、『経営層の考えを社員にちゃんと伝え、社員の声を丁寧に聞き、情報をオープンにしながら1つひとつ改善を行っていく』という動きは、「ジェンダーイクオリティ」に限らない行動だと感じました。流行りのテーマに踊らされるのではなく、その目的や意義をしっかり捉えて経営層や社員と向き合うことが、人事には求められているのではないでしょうか。