「ニューロダイバーシティ」により個々人の持つ可能性に気づき、強みを活かす方法とは
モーツァルト、アインシュタイン、トーマス・エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ──歴史上で語り継がれる偉人も、現代であれば自閉症と診断されていたと言われています。彼らが社会から除外されずに才能を開花させたように、「脳や神経、それに由来する個人レベルでの様々な特性の違いを多様性と捉えて相互に尊重し、それらの違いを社会の中で活かしていこう」という考え方を「ニューロダイバーシティ」と言います。この考え方を、多様性を受け入れるためだけではなく、成長に欠かせないものとして取り入れる企業も増えてきており、人事としても知っておきたい概念の1つになっています。
そこで今回は、「ニューロダイバーシティ」の概要から導入メリット・事例に至るまで、人材育成・組織開発を専門に活動している品川 優さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
品川 優(しながわ ゆう)/株式会社An-Nahal代表。
人材育成・組織開発を専門とし、企業のダイバーシティ&インクルージョン推進支援、多文化チームをマネジメントする組織・リーダー育成のプログラムを提供。独立後は世界銀行等国際機関での教育関連プロジェクトや、NPO法人での難民申請者への就労支援を経てAn-Nahal設立。世界経済フォーラムGlobal Shapers、JWLIフェローとしても活動。
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目次
「ニューロダイバーシティ」とは
──「ニューロダイバーシティ」の定義や、近年注目されている背景について教えてください。
「ニューロダイバーシティ」とは、Neuro(脳・神経)とDiversity(多様性)の2つの言葉から生まれた造語です。脳や神経、それらに由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いのことで、特に、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障がいといった発達において生じる現象を、能力の欠如や優劣ではなく、『人間のゲノムの自然で正常な変異』として捉える概念を指します。
※参考:経済産業省 ニューロダイバーシティ推進について
この考え方が注目されはじめたきっかけは、スペシャリステルネ(デンマークの企業)の創業者であるトルキル・ゾンネ(Thorkil Sonne)氏の取り組みからでした。彼は自閉症の人材がソフトウェアテスターの適性を持つことに着目。彼らの強みを競争力として、ソフトウェアテストコンサルティング業を開業したのが始まりだと言われています。
現在、世界全体で自閉症を持つ人は推定7,000万人とも言われ、うち約8割が無職もしくは能力よりも著しく低い仕事に従事しているとの調査結果があります。日本国内でも引きこもり状態にある人材は15歳〜39歳で54万人、40歳〜64歳で61万人にも上ります。引きこもり相談者のうち2-3割が発達障がいと認められた事例もあり、精神障がいと引きこもりの関連性が高いと言われています。精神障がい者も増加傾向にあり、2002年の140万人から2017年には206万人にまで増加しています。
そうした背景もあり、経済産業省経済社会政策室では2021年度から「ニューロダイバーシティ」に関する推進事業をスタートさせました。特に人材確保が喫緊の課題となっているデジタル分野にフォーカスし、当分野において企業が「ニューロダイバーシティ」を取り入れる意義とその方法論を取りまとめた調査レポートも公表しています。
※参考:イノベーション創出加速のためのデジタル分野における 「ニューロダイバーシティ」の 取組可能性に関する調査 調査結果レポート(令和3年度 産業経済研究委託費)
「ニューロダイバーシティ」の導入の効果メリット
──この「ニューロダイバーシティ」の考え方を組織に導入することによるメリットは、どのような点にあるのでしょうか。
「ニューロダイバーシティ」の考え方を導入することで、以下3つの効果が期待できます。
(1)人材確保の優位性
(2)生産性の向上
(3)イノベーションへの貢献
人材不足は国内外を問わず喫緊の課題となっています。日本においても2060年までに生産年齢人口が約35%減少するとの試算があり、中でも成長市場であるIT業界では2030年時点で約79万人も需要に対して不足するという見立てもあるほどです。
一方で、発達障がいがあると診断される方の人数は、世間一般的な認知・理解が進んできたこともあって近年増加傾向にあります。ゾンネ氏の考え方からすれば、彼らはデジタル分野に親和性の高い、いわば『未開拓』の人材とも言い換えられます。そんな人材の特性や強みを活かせれば、企業の優位性をより高めることができるはずです。
実際に、Harvard Business Reviewにはこのような報告も出されています。
“ニューロダイバースなチームは、そうでないチームに比べ、約30%効率性が高い”
“障がいを持つ同僚の“仲間”またはメンターとして行動する“バディシステム”を実装している組織では、収益性は16%、生産性は18%、顧客ロイヤリティは12%上昇している”
また、日本国内でも発達障がいのある人材によって品質向上や生産性向上が実現できたケースも生まれ、発達障がいを含む障がいのある人材の視点を生かしたイノベーションや事業成長に向けて積極的に投資・施策を導入する企業も増えてきています。
「ニューロダイバーシティ」を人事が推進するためには
──この「ニューロダイバーシティ」の考え方を人事業務に導入すると、実際のアクションにはどのような変化があるのでしょうか。
前述の通り、「ニューロダイバーシティ」は特に発達障がいのある人のデジタル分野との親和性に注目が集まっており、その高度な思考能力・集中力を活かしたスペシャリストとしての活躍が期待されています。一方で、彼らはコミュニケーションが不得手であったり、集中力を保つための環境整備が必要だったりといった特性も持ち合わせています。
そのため、その能力を十分に発揮するためには周囲の支援や配慮が必要不可欠です。人事としてもさまざまな場面でそうした支援を行っていく必要があるでしょう。今回はその中でも採用〜入社・育成などの観点から求められるアクションをご紹介します。
採用前段階
その人材が活躍できる業務を特定することから始まります。日本企業はメンバーシップ型雇用が主流ですが、ジョブ型での職務要件・条件を定義する必要があります。初めての採用となる場合は、職務要件の具体化(明文化)と実際にインターンのようなパイロット採用をする中で適正のある職務はどの部分かを見極めていくことが必要になります。専門家(ジョブコーチや障がい者就労支援団体)にアドバイスを求め、知見を得た上で業務設計をすることも良い方法です。
採用選考時
経歴やコミュニケーション能力よりも、実際の業務遂行能力、他者との連携、職場環境への適応などの確認が重要となります。正式採用する前にトレーニングプログラムやインターンシップなどで実際に職場を体験してもらうことも入社後のミスマッチを防ぐ上で効果的です。
入社時
彼らが集中できる環境整備を事前に準備しておく必要があります(音のない集中スペース、ノイズキャンセリング設備の設置、リモートワーク導入、その他柔軟な働き方の支援など)。カウンセリング窓口を設置しておくことも、高いパフォーマンスを発揮する上では有効な施策です。
上記のように「ニューロダイバーシティ」人材に対して行えること以外にも、周囲の環境を整えることも大事なポイントです。入社前や採用後の育成段階において、配属先の上司やメンバーに対するインプットや文化醸成が人材定着や能力発揮においては必要不可欠です。インクルーシブリーダーシップ(多様な人材をマネジメントするリーダーシップ)や各種トレーニングなどがそれに当たります。また、専門職であるジョブコーチ(※)と連携し、雇用主と人材、その家族との情報連携を行うことでスムーズな就労支援につなげることができます。
※ジョブコーチとは、障がい者の職場適応に課題がある場合に職場に出向いて、障がい特性を踏まえた専門的な支援を行い、障がい者の職場適応を図る職場適応援助者のことです。
※参考:職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業/厚生労働省
「ニューロダイバーシティ」の導入企業事例
──この「ニューロダイバーシティ」の考え方を実際に導入している企業事例について教えてください。
デバックテスト・サイバーセキュリティを行う東証一部上場企業の株式会社デジタルハーツでは、ゲームデバッガーやエシカルハッカーとして発達障がいを持つ人を雇用しています。彼らは『並外れた集中力』『目標達成への執念』『強い正義感』などの特性を持つため、発見が難しいバグやセキュリティー上の欠陥を発見できる優秀なセキュリティ集団として活躍しています。
そんな彼らが最大限力を発揮できるよう、会社側もさまざまな配慮や環境整備を行っているようです。例えば、コミュニケーションが得意ではない方が困難を感じやすい『客先常駐』を行わない、顧客折衝と基本設計は本社側が対応する、などの体制構築を行い、彼らが詳細設計やシステム実装に集中できるようにしています。
同様の事例として、IT企業のグリー株式会社でも『グリービジネスオペレーションズ株式会社』を2012年5月に設立して、ゲームの品質管理や画像加工といった職種で障がいを持つ人それぞれの適性にあった環境整備を行っています。
なお、IT業界以外ではアデコグループのビジネスインテグレーション部の事例が有名です。ここでは1つの業務を細分化し、得意な分野の仕事を適切な人材に振り分けることで個々の能力を最大限発揮してもらえるような環境を設計しています。また、アデコグループ各社をサポートする業務を担当しているため、グループの成長に比例して活躍の場を広げています。
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編集後記
ダイバーシティの重要性が叫ばれはじめてからかなりの期間が経過しています。しかしながら、単純に『人材の多様化』と理解・認識されているケースも目立ち、人材確保・生産性向上・イノベーション創出などの観点からダイバーシティを捉えられている企業も多くない印象があります。ぜひこの機会に「ニューロダイバーシティ」について正しく理解し、様々な方の可能性に気づくところから始めてみてはいかがでしょうか。