注目が高まる「DEI(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」とは
近年注目され、さまざまなところで聞くようになった「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I、DEI)」。「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」と似ているようですが、どういった違いがあるのでしょうか。
今回は「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」について着目しリクルートやP&Gで組織開発に従事し、現在はパラレルワーカーとして活躍する大場幸子さんに、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」とはどういったものなのか、自社に導入するときに気を付けるべきポイントなどをお聞きしました。
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<プロフィール>
大場 幸子(おおば さちこ)
大学卒業後、リクルートにて採用・研修・組織開発のコンサルティング営業に従事する。その後P&GジャパンにてHRとしてダイバーシティ・マネージメントや従業員コミュニケーションを担当したのち、石油関連企業にてダイバーシティ部門の立ち上げ、3年連続で「なでしこ銘柄」受賞。現在は、(株)コーチ・エイでプロジェクトマネージャーやコーチとして対話を通じた組織風土変革を複数企業で牽引している。また、プライベートでは早稲田大学ビジネススクールと協働で「ミドルマネージャーからの変革」に関するリサーチを行っている。
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目次
「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」とは
──まず「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)」について教えてください。
これまで「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉が一般的でしたが、最近ではそこに「エクイティ」の考え方を明確に付随した「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」という言葉を利用することが増えてきたようです。「エクイティ」というのは、日本語では公正性と訳されます。
ここで気をつけたいのは「Equality(平等)」ではなく「Equity(公正性)」という単語を使っているところです。似た言葉ですが大事な違いがありますの、比較してご説明します。
「Equality(平等)」
一人ひとりの置かれた状況を特に考慮せず、すべての人に同じツールやリソースを与えること
「Equity(公正性)」
一人ひとりの状況に合わせてツールやリソースを用意し、誰もが成功する機会を得られるようにすること
下の図を見てください。「Equality(平等)」と「Equity(公正性)」の説明でよく目にする、身長の異なる3人をそれぞれのケースで表現した図です。
「Equality(平等)」の考え方では、全員に等しく同じ高さの台を与えます。けれど、もともとの身長が違うため、同じ高さの台をもらっても、一番右の人は目の前のコンサートが見えませんね。
「Equity(公正性)」の考え方では、一人一人のバックグランドからくるニーズに合わせてツールを用意するので、それぞれの身長に適した台を用意します。その結果、誰もが試合を見ることができるようになるのです。
「Equity(公正性)」という概念がダイバーシティ&インクルージョン(以降D&I)に加わり、「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(以降DE&I)」と表現されるようになってきたのは、欧米諸国からの流れだと思います。
差別をなくし平等にするだけでは解決することが難しいような、社会構造的な不平等があると認識されてきたことが大きな背景です。生まれもった環境など、スタートの時点で既に不公平が存在している状況では、機会(用意する台)を平等にしたとしても、結果として不平等が解決されることにはならないのです。
D&Iから「DE&I」へ 企業の考え方の変移
──そうした社会全体の認識の変化に伴い、企業の認識や考え方にも変化が見られたように感じます。大手企業でも「DE&I」へ変化しているように思いますが、いかがでしょうか。
やはり大手企業からいち早くその変化は起こっていると思います。それぞれの企業の考え方については、はっきりとは分かりませんが、ホームページや発信されている情報を見ると、「ダイバーシティ(多様性)を高めるだけでなく、誰もが能力を発揮し、活躍できる環境をつくるため、より積極的に取り組んでいこう」という姿勢が見えますし、強調しはじめているように感じます。
今回のテーマのように、「最近よく聞くD&Iって何だろう?」と気になっていたところに、「最近、D&Iだけでなく、DE&Iという言葉もあわせて聞くことも増えてきたけど、これってなんだろう?」と、キーワードが加わり積み重なることで、より人々の注目を浴びるようになります。
このように世間からの注目が高まることで、ダイバーシティ(多様性)を活かすうえで重要な「エクイティ(公正性)」の概念を伝え、人々が考えるきっかけをつくることができる。そういった意図もあるのではないでしょうか。
ダイバーシティ(多様性)に取り組む本来の目的や方針が大きく変わった、ということではなく、「多様な社員一人ひとりの能力を発揮させていくために、より一層本質的に取り組んでいこう」という意思が、「DE&I」いう言葉に変わることによって表現されているように思います。
「DE&I」を組織で取り入れる時に気を付けるべきポイント
──自社でも「DE&I」を取り入れようとするときには、どういった点に気を付けるべきでしょうか?
D&Iも「DE&I」も同じだと思いますが、多様な人材の誰もが活躍できるように企業として取り組んでいく、というコンセプトは崇高で賛同を得やすいと思います。しかし、このような総論には賛成だけれども、各論になると反対になる、というケースが多いと思います。
より一層持っている能力を発揮してもらい、女性社員をもっと管理職に登用したい、と考えている企業の例をご紹介しましょう。
その企業の人事は、これまでは上司からの推薦で昇格試験の受験資格が得られていた仕組みを、男女や上司の推薦の有無にかかわらず、自分で応募する方式に変えました。それによって平等な機会を付与しようとしたのです。
この新しい方式によって、上司のバイアスが入らずに、どの社員に対しても機会が平等に与えられるようになったのは良い変化だったのですが、ここでひとつ問題が発生してしまいます。
女性社員としては、これまで将来管理職になることを本人自身も周囲も意識してこなかったため、管理職として必要な能力開発が不十分だったケースが散見されます。こういった場合、結果として女性が管理職試験に合格することは、難しいというのが正直なところでしょう。
では、「エクイティ(公正性)」の観点を取り入れると、経営マネジメント層・人事・上司として、どういった対策をとればよいのでしょうか?
いくつか方法はあると思いますが、たとえば「能力が管理職合格水準に多少達していない状況だったとしても、まずは管理職に登用し、チャレンジングな業務を与えて経験を積ませ、能力開発を行う」という考え方のもと、周囲がサポートをしつつ管理職に登用する、というアプローチ方法もあります。
あるいは、合格水準は男女関わらず同じにしたまま、なんとか女性社員の能力を高めるために、若手の段階から女性社員に特別な業務へのアサインメントやスキルアップ強化のための教育をするという方法もあります。
このように、さまざまなアプローチ方法を考えられると思いますが、そこで出てくる可能性があるのは、「女性だけ管理職合格水準が下がるのはずるいのではないか?」「女性だけ特別な研修や特別な教育機会を受けられるなんて不公平だ」「女性に特化した施策を推進されることに違和感を感じる」など、「それは不平等だ」という声も出てきてしまう可能性があります。こういった声は決して男性からだけではなく、同じ女性からも上がります。
正直なところ、すべての社員が瞬時に私たちが今まで慣れ親しんだ「エクオリティ(平等)」という概念と、「エクイティ(公正)」という概念の違いを理解し、両方の考え方を取り入れるのは、とてもハードルが高いことだと思います。
なので、人事や経営マネジメント層として重要なのは、
「なぜダイバーシティ(多様性)を高めたいのか?」
「ダイバーシティ(多様性)を高めた先に、我々が目指すのはどのような組織・人材の集まりなのか?」
「会社や社員が手に入れたい成功とは何か?」
「そのために、我々は何をエクイティ(公正)と考えるのか?」
という、目指すビジョンや目的、組織としての価値観を、くりかえし対話や情報発信をしながら、明確に浸透させていくことではないかと思います。
正解や前例のない新しい価値観を取り入れている途中なのだということを認識し、変化しつづけること。このプロセスにこそ価値があるのです。
組織や人材に対して、常に改善点を自分たちで見つけ、対話の土俵にあげ、その時点で考えられるベストな答えをオープンに議論する。そういった姿勢は、VUCA(※)と言われる変化の激しい今のような時代のなかでビジネスを進めていくうえでも、貴重な組織能力を形成することになるでしょう。
また、こういった「DE&I」を真剣に推進しようと取り組んでいくことは、厳しい言い方になりますが、相当の覚悟がいることだと思います。先ほどの例でもお話ししたように、一朝一夕で社員全員の理解を得ることのハードルは非常に高く、矢面に立つような形になりやすいのが人事や経営マネジメント層だと思います。
その覚悟を示すという意味も含めて、目指すビジョンや目的を発信し続けること、そのために対話をしていくことは非常に重要だと言えます。中途半端に取り組んで組織にカオスを作ってしまうと、ハレーションだけが増えてしまうことになりかねません。
(※)「Volatility(ボラティリティ:変動性)」「Uncertainty(アンサートゥンティ:不確実性)」「Complexity(コムプレクシティ:複雑性)」「Ambiguity(アムビギュイティ:曖昧性)」の頭文字を並べたもので、変動性が高く、不確実で複雑、さらに曖昧さを含んだ社会情勢を示す。
「DE&I」のその先の「DEI&B(DEIB)」
(2022年2月17編集者追記)
すでに欧米諸国では提唱されはじめたのが、「DE&I」にビロンギングが追加された「DEI&B(DEIB)」があります。ビロンギングとは『Belonging(帰属)』の頭文字を取ったもので、社員がありのままの自分を偽らず、会社などの組織の一員として居場所があると感じられる状態を示す考え方です。
何かに帰属しているという感覚は人間にとって根本的な必要要素です。特に今日のパンデミックやリモートワークなどの環境下では、この帰属している感覚が持てないと、大きなストレスとなり組織や事業に影響しかねません。Glint社の調査によると、強い帰属意識を持つ社員はそうでない社員よりも6倍以上エンゲージメントが強くなり、彼らは自分の最善を尽くしてベストな仕事をするとの事です。そして、私たちも既に知っているように、エンゲージメントが大きいほど、個人および組織の成功が促進されます。
全ての社員の視点は評価され組織にとって有用であり、求められていると感じられる環境にすることを目指すことが必要なのではないでしょうか。「DE&I」を推進した先に実現できる環境が「DEIB」で、「DE&I」に続く方針だと言われております。
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編集後記
これまで聞いたことはあったものの、違いがぼんやりとしていた「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」ですが、大場さんの話を通じてクリアにイメージすることができるようになりました。特にその中でも、「公正性」の考え方を取り入れ、浸透させていくことの重要性を感じることができました。
まず人事や経営マネジメント層が「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン」を正しく理解し、ビジョンや目的、そこから繋がる施策を浸透させる対話プロセスそのものが、多様性のある組織のあり方なのだと思います。