「アライシップ」を組織内で育み、DE&Iを推進するためには
DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の取り組み推進に合わせて耳にする機会が増えた「アライシップ」。まだまだ言葉自体が浸透していない印象で、その概要を理解できている方も多くないのではないでしょうか。
今回は、人事制度・採用コンサルティング経験を豊富に持つパラレルワーカーの中野 宗彦さんに、「アライシップ」の概要から施策例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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中野 宗彦(なかの もとひこ)/人事パラレルワーカー
リクルートで総合企画部マネジャー、神戸支社長を歴任し、大手から中堅、ベンチャーまで日系・外資系企業を幅広く担当。その後、リクルートエグゼクティブエージェントで経営層のエグゼクティブサーチを経て、日系上場メーカーの人事制度企画に従事。2019年に独立し、現在大手企業から中堅中小ベンチャー企業まで幅広く人事制度・採用コンサルティングに従事。
目次
「アライシップ」とは
──「アライシップ」の概要と、近年注目が集まっている背景について教えてください。
「アライシップ」とは、マジョリティがマイノリティの権利擁護・平等達成の運動を積極的に支援することです。アライの語源は英語の”ally”で日本語では『味方・同盟・支援』という意味があります。不平等な構造や価値観が内包している社会・組織の中では、マイノリティが力を発揮することが難しい時があります。それをマジョリティ側が自覚した上でこの「アライシップ」を発揮することがDE&I推進においても重要だと考えられており、それが「アライシップ」の注目度を高めている理由の1つでもあります。
「アライシップ」を語る上で外せない概念であるDE&Iについてもう少し補足しましょう。元をたどれば、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)というワードが根底にあります。これは1980年代以降にアメリカの大手企業を中心に広がった考え方で、国籍・年代・LGBTQ・キャリア入社者など、人と人の間にあるさまざまな違いを受容・尊重しあい、多様性を組織に組み入れて活かしていくことを目的としています。日本では特に女性活躍推進の流れの中で使われることが多いものでした。D&I推進によりイノベーション促進や採用力・従業員満足度・エンゲージメント向上などが期待できることから、2010年代より各社が取り組みをスタートさせています。
さらに、近年では従来のD&IにEquity(エクイティ=公平性)を加えたDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の概念が広がっています。多様な人材がお互いに受容・尊重しあうだけでなく、公平な機会のもと力を発揮できる環境を実現することを目的とした概念です。Equity(公平性)をあえて含める理由は、そもそも社会・組織の中には不平等な構造や価値観(アンコンシャスバイアス含む)が内包しており、すべての人に公平な機会が与えられているわけではないからです。そのため、すべての人に一律で同じツールやリソースを提供するのではなく、1人ひとりの違いや状況に配慮して提供すること。そうした取り組みを通じて公平な環境を整備することで、多様性・包括性のある組織作りを実現していこうとするものです。
また、更に進んですでに欧米諸国では提唱されはじめたのが、「DE&I」にビロンギングが追加された『DEI&B(DEIB)』があります。ビロンギングとは『Belonging(帰属)』の頭文字を取ったもので、社員がありのままの自分を偽らず、会社などの組織の一員として居場所があると感じられる状態を示す考え方で、こちらも注目されつつあります。
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「アライシップ」を育むことによる効果・影響
──この「アライシップ」を企業・組織の中で育むことにより、どのような効果・影響があるのでしょうか。
企業や組織の中で「アライシップ」を育むとさまざまな好影響があります。最も分かりやすいのは『マネジメント力の向上』です。一般的に権力を持っているマネジメント層の多くはマジョリティ側であることが多いもの。そんなマネジメント層が部下を平等に評価しているつもりでも、性別・国籍・年齢(社歴)・プロパーか否か、などのマジョリティ・マイノリティ対比の中で部下が公平な機会を得られていなければ、そもそも成果の前提が崩れてしまうためです。
そうしたことを防ぐためには、以下のような形でマネジメント層自身が「アライシップ」を育むことが必要です。
・マジョリティな部下がマイノリティな部下に対して『無自覚に職場で与えられている特権』について理解する(マジョリティ側であるマネジメント層自身が『無自覚に得ている特権』についても同様)
例としては、『ハードワークなので女性には任せない』『外国語が得意ではないので任せない』『会社に慣れていないのでキャリア入社者には任せない』といったような判断をしてしまうことなどが挙げられます。
・上記のような特権を前提として、マイノリティな部下が職場でどのような経験をしているかを理解しようと努め、傾聴する(無自覚に機会を奪っていることも多々あり得るため)。
・組織内で空いているポジションや業務がある際には、自身のアンコンシャスバイアスを取り除いた多様な機会提供を行う。具体的には部下との定期的な1on1ミーティングなどの中で、上司と部下双方が『したいこと・できること・しなくてはならないことの』について定期的に確認や更新をすることなどが重要です
こうしたマネジメント側の行動が組織のエンゲージメント向上・人材育成・離職率低下などの結果を生み出します。
ただ、「アライシップ」は進め方を誤ると組織に悪影響を与えることもあります。そのパターンは主に以下2つです。
(1)アライ側のアンコンシャスバイアス理解が不足しているケース
『自分にはアンコンシャスバイアスなどなく、常に平等だ』と言い切るタイプの方は特に注意が必要です。自身はアライシップを発揮しているつもりでも、悪意なくアンコンシャスバイスに囚われた言動を行ってしまいがちだからです。
(2)組織で一時的な生産性低下を受容できないケース(コミュニケーションコストの増加)
DE&Iは中長期的にイノベーション促進などのメリットがありますが、短期的には生産性が下がるなどのデメリットがあります。なぜなら、マジョリティが旧来のやり方で業務を行う方が明らかにコミュニケーションコストを低くできるためです。俗に言う『阿吽の呼吸』で仕事を行えている状態がそれに該当します。『短期の生産性』と『中長期のイノベーション』を意識しつつ、コミュニケーションコストが増えてでも自分自身と部下に向かい合うことを腹落ちさせるには、粘り強い継続的な取り組みが必要です。
組織の「アライシップ」を育むために人事ができること
──「アライシップ」を自社や自組織内で育んでいきたいと考えた時に、人事ができる施策にはどのようなものがあるでしょうか?
「アライシップ」の推進方法は、基本的にはDE&I推進と同じです。具体的には以下のようなアクションがあります。
・経営層のDE&I推進に関する深い理解と腹落ち
・企業理念、MVVなどと一貫した経営層からの継続的なメッセージ
・測定可能な数値目標の設定とモニタリング(マイノリティ社員比率・マイノリティ管理職比率・エンゲージメントスコア・離職率・空席ポスト充足率など)
・人事制度やファシリティの整備
・DE&I推進専任組織の設置(マイノリティからの通報体制の整備含む)
・DE&I推進研修やワークショップ(マネジメント層向け・全社員向け)
・タウンホールミーティング(経営陣と従業員との対話の場)の実施
・外部のDE&I推進有識者によるセミナー開催
など
前述した通り、マネジメント層へのアンコンシャスバイアス研修やアセスメントは特に重要です。他己理解の前提は自己理解との対比であり、自分自身にもアンコンシャスバイアスが必ずあると自己理解した上で他者と向かい合わなければ公平な機会提供や傾聴はできないためです。
なお、アライの意識は強く持てても行動に移すことができないケースも多々あります。特に、以下のような要因で「アライシップ」の発揮は阻害されがちです。
・マイノリティ側に立つアライが、アライ意識のないマジョリティから行動を疑問視されてしまう(マジョリティ全員の意識を一気に変えることが非現実的なため)
・「アライシップ」が組織で評価されず、行動意欲が減退する
・アライの意識はあるがコミュニケーションコスト増加に対応できず、マイノリティ側の部下との対話が後回しになってしまう
人事制度を整えた・研修を行った、で終わりではありません。DE&I推進結果の測定可能な数値目標の設定とモニタリングをベースに専任組織が全社に働きかけ続けた上で、理想的なアライが社内で評価される評価制度や風土を醸成することも大切なのです。
また、マジョリティ全員の意識が一気に変わることはあり得ません。イノベーター理論に則り、まずは理想的なアライ(イノベーター)を評価し、追随するアライ(アーリーアダプター)を増やすことからスタートします。気がつけば他のマジョリティ(アーリーマジョリティ・レイトマジョリティ)がアライになっていくよう時間をかけて段階的に取り組みます。こうした取り組みには一定の時間が掛かることを考えると、「アライシップ」を含むDE&I推進に専任組織が必要であることはご理解いただけるでしょう。
「アライシップ」推進がうまくいかないパターン3つ
──中野さんがこれまでに経験された事例を踏まえて、「アライシップ」推進がうまくいかないケースやその理由について教えてください。
DE&Iや「アライシップ」を推進する際にうまくいかないパターンには大きく以下3つがあります。
(1)明確な目標数値を持たずモニタリングしていない
(2)専任者(専任組織)を作らない
(3)運営をマイノリティ側に委ねてしまう
(1)明確な目標数値を持たずモニタリングしていない
これはDE&Iや「アライシップ」推進に限らず、あらゆる人事施策に通じることです。人事制度を整えた・研修を行った、はスポーツで例えると『道具を揃えた・うまい人のプレイを見た』のと同じことで、そこから練習(実践)しなければうまくはなりません。それに、スポーツでも何らかの数値(野球では打率、ゴルフではスコアなど)によって練習の成果を図るわけで、こうした数値がなければ自己満足な取り組みになりかねないでしょう。「アライシップ」などの施策に対して目標数値を置くことに抵抗感を持つ人事の方とお会いすることがあります。しかし、組織と人に対して何らかの良い成果が出ていなければ意味がないですし、経営層やマネジメント層の腹落ち=実践継続も難しくなるのではないでしょうか。
目標に設定する数値の例としては、KGIに『エンゲージメントスコア向上』『重要ポストの空席ポスト率低下』『退職率低下』などが良いでしょう。KPIには『マイノリティ社員採用比率(障がい者雇用率の達成なども含む)』『マイノリティ社員の管理職・役員比率(マイノリティ社員採用比率と同程度の数値までどこまで近づけるか)』などにすると進捗率が追いやすくなると思います。
(2)専任者(専任組織)を作らない
前述の通り、DE&Iや「アライシップ」推進には段階的かつ継続的な施策が必要になることから専任者の存在はマストです。しかし、他業務と兼務したり、研修だけ担当してあとは各現場に任せたりするケースも多々見かけます。もちろん、中小・ベンチャー企業などでは人的リソース問題から専任者を置けるだけの余裕がないことも理解しています。それでも、専任者を作らない時点でその会社や人事の本気度が低いと言わざるを得ません。どれだけ余裕がなくとも、やると決めたからには覚悟をもって取り組まなければ継続的な実施は見込めないからです。
専任者は可能であれば、経営者自身に務めていただくことが理想です。または採用や定着で困っている部門責任者がスポンサーとなり、外部の専門家の知見やマイノリティ側の意見も取り入れながら、人事や部門のマジョリティ側に属する管理職をアライとして専任者を担うという方法も良いでしょう。
(3)運営をマイノリティ側に委ねてしまう
女性活躍推進が大きなテーマだった2010年代、私はプライム上場メーカーのDE&I(当時はD&I)推進組織の管理職でした。その際に参加したDE&I推進組織の交流会・勉強会で、他社の管理職やそのメンバー全員が女性というケースも多々お見かけしたことを覚えています。確かに、マイノリティ自身がマイノリティをよく理解できるのは分かるのですが、反対に言えばマジョリティが理解できなかったり対立構造になったりという例をよく見かけます。マジョリティを巻き込まないと「アライシップ」推進はまったく進まず、結果DE&I推進もパワフルさを失ってしまうものです。専任組織には必ずマジョリティも加え、アライを増やしていくことが重要です。
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編集後記
DE&Iを推進する際は、ついマイノリティ側への取り組みを考えてしまいがちです。しかし、マジョリティ側の理解促進や「アライシップ」醸成が欠かせないことを中野さんのお話からも理解することができました。お互いのことを理解しあい寄り添う──その一歩目はマジョリティ側にあることを理解し、そこへの関与を検討していきたいものです。