「異文化マネジメント」の本質は共通課題抽出と議論にあり。具体例とポイントを学ぶ
顧客や社内の同僚、協力会社などさまざまな国籍やバックグラウンドの方々と一緒に働くことが以前よりも増えてきており、その中で「異文化マネジメント」について考えを聞くことも多くなってきました。
そこで今回はグローバル人事としてさまざまな企業の中で関わられた豊富な経験を持つパラレルワーカーに、「異文化マネジメント」の概要からポイントに至るまでお話を伺いました。
目次
「異文化マネジメント」とは
──「異文化マネジメント」の概要について、組織や従業員への影響なども含めて教えてください。
「異文化マネジメント」とは、その言葉の通りバックグラウンドや文化の異なる組織や人材を適切にマネジメントして、自社のミッションや目標を達成させることを指します。
これらは単に外部からの異分子をうまく取り込むことだけを指していません。受け入れ側の組織や既存社員側からしても自分たちの同質性化や暗黙知の多さに気づくきっかけともなりうるものです。その際、『他者へ説明する力』がメンバー各自にも求められることとなり、結果的には風土・文化改革の一助となります。
これまで多くの企業にてこの「異文化マネジメント」に携わってきましたが、その本質は『文化や環境を超えた共通課題の抽出と議論』にあると私は考えています。
それぞれの国やエリア、バックグラウンドによって、社会情勢や労働法制、宗教観などは本当に多種多様です。日本で当たり前のことはそうではない国では当たり前ではないこともよくあり、こうしたギャップを認識できていないと、アンコンシャスバイアスが発生してしまい理解を深めることが難しくなってしまいます。
このギャップを解消するためには、コミュニケーションが非常に重要なのは言うまでもありません。かつ、上司から部下という縦軸かつ一方通行のものだけではなく、管理部門や関連部門(人事部門など)と現場部門との横の繋がりが重要になると考えています。
「異文化マネジメント」を理解するために重要なポイント
──「異文化マネジメント」を理解・遂行する上ではどのような点が重要なのでしょうか。先ほどのお話しにアンコンシャスバイアスを取り払うことが重要とのお話しもありましたが、詳しく教えてください。
「異文化マネジメント」を理解するためには私たちの中にあるアンコンシャスバイアスの存在を知る事が第一歩です。
多様な地域でグローバル人事として活動した中で、数々のアンコンシャスバイアスを体験してきました。日本人が海外現地法人へ赴任している状況に関するものが特に多かったように感じます。
当然ながら、日本国内で成果を上げた方が海外でも成果を上げられるとは限りません。むしろ「異文化マネジメント」経験がまったくない方やそこに対して考えを巡らせたご経験がない方であれば、成果を出せない場合の方が多いものです。そうは言ってもずっと日本国内のみで勤務をしていた方であれば「異文化マネジメント」の経験がない方がほとんど。
海外でも継続的に力を発するためには、あらゆるアンコンシャスバイアスを認識・意識することが重要です。
また、アンコンシャスバイアスを意識することだけではなく、『論理的で説得力のあるコミュニケーション能力』が必要だと感じています。海外で成果を出す方々に共通するコンピテンシーです。この『論理的で説得力のあるコミュニケーション能力』は知識・傾聴力・覚悟などのさまざまな要素によって構成されていると考えています。「異文化マネジメント」の経験が不足していて、かつこのコミュニケーション能力が不足していると、マネジメントがうまく行かなくなってしまうケースが多くありました。
例えば、事業などについてディスカッションをするような場面でも、日本本社内の社員だけで実施する場合(いわゆる同質化した文化の中)では、前提や習慣が出来上がっている事が多くあります。海外などの異文化の中では、その前提や習慣が違うにも関わらず、『当然わかっているはずだろう』という自分たちのみの前提や習慣に基づいてディスカッションを進めてしまうというアンコンシャスバイアスに陥ってしまったりします。このような違いを丁寧に論理的に説明し、理解をしてもらう必要性があります。
──アンコンシャスバイアスに加えて、なかなか掴みにくい各国の『文化』を正しく論理的に理解することも重要だと思います。その方法について教えてください。
文化や国民性といった極めて曖昧な概念を研究しモデル化した『ホフステードの6次元モデル』というものがあります。これはオランダの社会心理学者のヘールト・ホフステード博士によって提唱されたモデルで、各国民の価値観を6つの次元(ものさし)で表すことで相対的に比較できる指標として、「異文化間コミュニケーション」や組織マネジメントなどにも活用されているものです。
なお、以下6つの各指標は0から100の数値で表され、50を平均としてその上に行くほど傾向が強く、下に行くほど傾向が弱いとされています。
- (1)権力格差(小さい/大きい)
- (2)個人主義/集団主義
- (3)男性性/女性性
- (4)不確実性の回避(低い/高い)
- (5)短期志向/長期志向
- (6)人生の楽しみ方(抑制的/充足的)
(1)権力格差(小さい/大きい)
権力が弱いとされる方が、権力が不平等に分配されていることを受け入れる度合いを指します。このスコアが高いとヒエラルキー(階層や階級)を受け入れやすく、低いとその不平等さに対する正当な説明を要求する傾向があります。
(2)個人主義/集団主義
個人主義のスコアが高いと、自身や近親者のみを保護対象と捉える傾向が強まります。反対に集団主義のスコアが高いと、所属組織へ忠誠を誓う代わりに自身の権利などを保護されることを期待します。
(3)男性性/女性性
男性性のスコアが高いと、達成・ヒロイズム(英雄主義)・自信ある態度・成功に対する物質的な見返りなどが求められる傾向があります(=競争社会)。反対に女性性のスコアが高いと、協力・謙虚・弱者保護・人生の質が重視される傾向があります(=合意形成社会)。
(4)不確実性の回避(低い/高い)
不確実・曖昧なことに対する耐性を表します。このスコアが高いと、規則や慣例を重視して目新しい行動や考えを抑制する傾向が見られます。反対にこのスコアが低いと、原理原則よりも実行を重視した柔軟な行動や考えが重視されます。
(5)短期志向/長期志向
短期志向の社会では、伝統や規範の維持が重要視され、社会変化に対して懐疑的になる傾向があります。反対に長期志向の社会では、将来の投資として倹約や努力が推奨されるなどより実践的なアプローチが選択されやすい傾向があります。
(6)人生の楽しみ方(抑制的/充足的)
抑制的な社会では、厳しい社会規範で欲求を満たすことを抑制する傾向があります。反対に充足的な社会では、人間が持つ本能的な欲求に対して比較的寛容です。
ちなみに、数値が高いから良いとか低いから悪いというわけではありません。数値化することでそれぞれの価値観や考え方の違いを知ることが本質的な目的であり、そこからどうコミュニケーションをとるべきかを考えることが何より重要なのです。
具体的な人事施策事例の紹介
──これまでに経験された「異文化マネジメント」事例について、もう少し具体的に教えてください。
私が約10年前にとある自動車関連企業でグローバル人事の職についていた頃の経験を例としてお伝えします。
■会社
大手自動車業界関連企業/創業100年以上/売上げ約8000億円(当時)
■背景、状況
当時この企業は中国・インドネシア・タイ・マレーシアに法人がありました。そこへグローバル展開施策に従って新たにブラジル・トルコ・南アフリカに新規製造現地法人を立ち上げ、グローバルな生産体制を作ろうとしていたところでした。早急に現地法人の組織マネジメントを進める必要があり、かつ、設立後数年を経過したASEAN地域の拠点のマネジメントも強化する必要がありました。
■課題
・現地法人人事責任者の組織マネジメント力向上
・日本本社で作られた経営理念の浸透
・現地法人のマネジメントメンバーと日本本社の経営メンバーとの心理的距離感
・現地法人内での事業戦略共有
■施策
日本国内だけで確立したものを海外現地法人にそのまま導入してしまうと、現地法人視点では『押し付けられてしまった』という感覚になりかねないこともあります。
そこで、エンゲージメントや人材育成、目標管理、経営方針の浸透など、さまざまな国や文化を超えた共通課題・テーマを取り上げ、全世界の人事部長でワーキングチームを結成し『グローバルHRミーティング(略称GHR)』を実施することにしました。
このミーティングは年に1度、全現地法人の人事責任者を一堂に会してのワークショップ形式で進め、開催地も第1回は日本本社、その後南アフリカ、中国、インドネシアと各現地法人で順番に開催。ディスカッションの議題も、社長自ら全社の経営戦略を説明したり、製造拠点立上げに伴う課題に対してのアドバイス、現地法人ローカル社員のマネジメント方法、安全衛生の考えの意思疎通、エンゲージメント向上方法、リスク管理方法など非常に幅広く、かつそれぞれの現地法人の課題解決に即決するものを選択しました。それらに対して別のカルチャー・バックグラウンドを持つ参加者が文字通り多方面の視点からディスカッションや意見提議をする形です。
■結果
この『グローバルHRミーティング(略称GHR)』を実施したことにより、これまでは現地法人で何か問題が起きると、現地担当者から日本本社、その後関連する他現地法人へといくつものステップを踏む必要がありましたが、グローバルでの情報ネットワークの構築(日本本社や経営陣を通さず課題共有やディスカッションが常時できる体制)ができたことにより、多様な視点でのグローバルな問題解決ルートができ、各現地法人の自立した人事運営が実現でき、人事責任者の知見もレベルアップすることができました。
また、定期的にコミュニケーションを取ることにより心理的な距離も縮まり、『これまで日本本社や日本人の言っていることは理解できなかったが、ようやく理解することができて本当に良かった』と言ってもらえるまでになり、とても嬉しかったことを覚えています。
こういった垣根がなくなることにより、人事責任者のロイヤリティ向上や経営戦略の全現地法人への浸透にも大きく寄与したと思います。
また、彼ら人事部長のグローバルでの連携が強化されたことにより、人事部長だけではなく現地法人トップの本社での認知度も上がるという付随的な良い結果も生まれました。
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編集後記
国や文化の違いを超えてマネジメントを行う「異文化マネジメント」。ですが、今回お話いただいた内容は国内の多様な価値観や役割を持った方をマネジメントする上でも重要なことだと感じました。アンコンシャスバイアスに気づき、互いの価値観や文化を知り、共通課題を抽出し、議論や対話を繰り返す──言葉にすればわずか1行ですが、実際に行うのは簡単ではありません。地道に取り組んでいく必要性を学べた良い機会となりました。