「LGBTフレンドリー」ですべての人が働きやすい組織をつくるには

誰もが安心して働くことができる環境づくりは、多様性が叫ばれる現代では特に重要です。しかしながら、LGBTと呼ばれるセクシャルマイノリティ(性的少数者)の方々が安心して働ける環境を整備できていないことも少なくないのが現状です。
今回は、D&I推進担当としての経験を豊富に持つパラレルワーカーの方に、「LGBTフレンドリー」の概要から重要性、事例にいたるまでのお話を伺いました。
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大手企業にて新卒採用の担当としてキャリアをスタート。その後部門人事や中途採用、労務業務を担当したのちにD&I推進担当となる。D&I推進担当としては、女性活躍推進や仕事と介護の両立、LGBT社員の支援、障がい者雇用促進など幅広く経験。その後外資系企業の部門人事やダイバーシティ推進担当の経験を経て、現在は国内大手メーカーの人事部門にて勤務中。
目次
「LGBTフレンドリー」とは
──「LGBTフレンドリー」の概要について教えてください。
LGBTとはセクシャルマイノリティ(性的少数者)の総称で、L=レズビアン(女性同姓愛者)・G=ゲイ(男性同性愛者)・B=バイセクシュアル(両性愛者)・T=トランスジェンダー(身体的な性別と性自認が異なる方)の頭文字をとったものです。ここにQ=クィア・クエスチョニング(決めていない・分からない方)を加えてLGBTQ・LGBTQ+と呼ばれることもあります。それだけ性には多様性があるのです。日本におけるLGBTQの割合は約3%〜10%と言われており、血液型がAB型や左利きの方(約10%)に近い割合です。目には見えないけれど身近な多様性と言えますね。
今回のテーマである「LGBTフレンドリー」は、LGBTに対する取り組みや活動を行っている企業や団体を表すときに用いられることが多いワードです。2016年にwork with Prideという団体が日本初の職場におけるLGBTへの取り組み評価指標として『PRIDE指標』を策定し、各企業の評価を行っています。指標を満たした企業はその程度によりゴールド・シルバー・ブロンズとして認定され、毎年発表されています。この『PRIDE指標』は応募制であり、この指標自体が各企業の取り組み指針にもなっています。
こうした「LGBTフレンドリー」が注目されるようになったきっかけの1つに、2023年6月に公布・施行された『LGBT理解増進法(正式名称:性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進)』があります。ここには企業が努力すべき事項として『労働者の理解を深めること』が挙げられています。
具体的には以下4点です。
(1)情報の提供
(2)研修の実施
(3)普及啓発
(4)就業環境に関する相談体制の整備などの必要な措置
『PRIDE指標』に記載されている評価項目をクリアしていけば上記4点は達成できるので、「LGBTフレンドリー」な施策を促進したい企業は『PRIDE指標』に沿って取り組むことが近道になります。
中でもまず実施すべきは、人事担当者・経営層・管理職層に対する理解促進です。ステップとしては以下順序で進めていくのが良いと考えています。
・「LGBTフレンドリー」施策の必要性を意思決定層に理解してもらう
・会社として「LGBTフレンドリー」に関する方針(差別禁止など)を明文化する
・方針についてWebサイトなどで社内外に公表する
・その方針に基づいて規則改正など具体的な施策に落とし込む
意思決定層の理解が得られにくい場合もあるかもしれません。そういった場合、役職者に対しては、ビジネス上のメリットと社会的責任やリスクの側面を強調することで、理解を得られやすくなります。例えば、「LGBTフレンドリー」施策を行うことで、優秀な人材の確保や離職率の低下につながり、ダイバーシティが進むことによる生産性の向上などが見込める上、「LGBTフレンドリー」である企業は社会的にも評価されるため、企業のイメージ向上にもつながります。またリスクの側面では、いわゆるパワハラ防止法で、性的指向や性自認に関する侮蔑的な言動もハラスメントにあたると明記されています。LGBTに関する差別は法的にも問題となるため、リスクを避けるためにも、「LGBTフレンドリー」施策が必要であると伝えることで、経営に直結する問題であることが伝わるのではないでしょうか。
草の根的に社内にアライ(Ally:LGBTを理解し、自分でできることは何かを考えて行動する支援者)を増やし、「LGBTフレンドリー」な機運を組織内に高めるのも1つの方法です。
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人事が「LGBTフレンドリー」な組織をつくる理由
──「LGBTフレンドリー」な組織をつくる上で、人事がこの取り組みを推進する理由や必要性について教えてください。
LGBTは誤解や偏見を持たれやすいテーマです。それゆえに、職場で理解が得られなかったり、差別的言動があったりと、LGBTの方々が居づらさや働きづらさを感じることも少なくありません。加えて、そうしたLGBTの方々が働きづらい職場では、LGBT当事者以外のメンバーも『生産性が低下する』『勤続意欲が低下する』などのデメリットもあると言われています。職場には、LGBT当事者以外にも、家族や友人がLGBTという方がいることは想像に難くないと思います。自分にとっての大切な人を揶揄したり、差別的な扱いをする方がいる職場で、モチベーション高く働くことができる人は少ないのではないでしょうか。また、当事者やその関係者以外であっても、差別的な言動が許容される職場で働くストレスは、インクルーシブルな職場で働くよりずっと高いと思います。ということは、LGBTの方々が働きやすい環境を作ることができれば、自然と誰もが働きやすい環境が整えられる可能性が高まる、と言い換えることもできるわけです。
また、「LGBTフレンドリー」な組織であることをアピールできれば、採用面でも大きなアドバンテージとなります。LGBTに該当する方に対してはもちろん、多様性に対して受容力のある組織を魅力に感じる優秀な人材を広く集めることができるようになります。例えば、役員が日本人男性ばかりの会社と、役員の性別・国籍が多様な会社があった場合、女性や外国籍の求職者はおそらく後者の企業を選ぶ傾向になると考えられます。その理由はマイノリティをその属性により差別していないということが、その会社の役員の顔ぶれから予測できるためです。これと同様に、「LGBTフレンドリー」な組織であるということは、LGBTというマイノリティを、属性によらず差別しない、つまりLGBT以外の属性も差別せず、能力を生かそうとしていることのアピールにつながるのです。
さらに、「LGBTフレンドリー」に取り組むことでビジネスチャンスを広げることも可能です。例えば、2021年に実施された東京オリンピック・パラリンピックでは『持続可能性に配慮した調達コード』が定められ、調達する物品やサービスに携わる企業も『性的指向や性自認に関わる差別禁止』が求められていました。今後こうした方針が広がることも十分に予想できるため、ビジネスチャンスの観点からも「LGBTフレンドリー」に取り組む意義はあるでしょう。
なお、D&I推進施策としてジェンダーギャップ課題解消に取り組む企業も増えましたが、男女という2軸が切り口だと、対立構造ができてしまうなど反発が強く、ジェンダーギャップ解消への道筋が描きにくい会社も多いようです。一方、LGBTは性別のように目に見えるものではないものの当事者が身近にいる可能性が高いため、想像力を働かせながら人権意識やD&Iへの感度を磨く機会にもなってくれます。私自身もこれまでの経験から、「LGBTフレンドリー」はジェンダーダイバーシティの推進に比べて反発が少なく、施策を進めるにあたって理解が得やすいトピックだと感じています。
PRIDE指標の紹介

──先ほど紹介いただいた『PRIDE指標』について、具体的な内容を教えてください。
「LGBTフレンドリー」な企業を目指すにあたって指標にすべき『PRIDE指標』。その評価項目は5つのカテゴリに分かれており、それぞれで評価項目が定められています。初めて見られる方は、その項目の多さに驚かれたり、とっつきにくいと感じられたりすることもあるかもしれません。しかし、記載された項目に取り組んでいけば「LGBTフレンドリー」を確実に推進できるため、地道に取り組んでいくことを強くオススメします。
以下にそれぞれのカテゴリの中の指標の一部を例としてご紹介します。その他の項目については『PRIDE指標 全文/work with Pride』をご参照ください。
Policy:行動宣言(9項目のうち4つ以上)
1. 会社としてLGBTQ+、またはSOGI(※)に関する方針(差別禁止など)を明文化し、インターネットなどで社外に向けて広く公開している。
2. 方針に性的指向・性自認という言葉が含まれている。
3. 方針に性表現という言葉が含まれている。
など
(※)SOGIとは、Sexual Orientation(性的指向) and Gender Identity(性自認)の頭文字です。
Representation:当事者コミュニティ(6項目のうちで3つ以上)
1. LGBTQ+やSOGIに関する意見交換などができる社内のコミュニティがある。
2. 従業員が主体となってLGBTQ+やSOGIに関する活動ができる社内のコミュニティがある(ERG/Employee Resource Groupなど)
3. アライを増やす、もしくは顕在化するための取組みを研修以外で実施している(アライであることを表明することの推奨など)。
など
Inspiration:啓発活動
研修(11項目のうち5つ以上)
1. 全従業員を対象とした研修。
2. 面接官やリクルーター、採用担当者を対象とした研修。
3. 人事担当者を対象とした研修。
など
その他啓発活動(5項目のうち2つ以上)
1. イントラネット、メールマガジン、社内報などを活用した定期的(年2回以上)な社内に向けたLGBTQ+、SOGIについての理解を促進する情報発信。
2. ハンドブックやステッカー、ネックストラップなど、LGBTQ+、SOGIについての理解を促進するグッズの社内配布。
3. LGBTQ+やSOGIに関する理解を促進する啓発期間や、啓発日の設定(プライド月間、スピリットデイなど)
など
Development:人事制度、プログラム
戸籍上の同性パートナーがいる従業員向けの制度などが存在する(7項目のうち3つ以上)
※社内に向けて公開し周知していることが必須となります。また、戸籍上の異性パートナーがいる従業員と同様に適用される場合、該当となります(国の制度上、企業独自で適用できない制度は除く)
1. 休暇・休職(結婚、出産、育児/パートナーの子も含む、家族の看護、介護/パートナーおよびパートナーの家族も含むなど)。
2. 支給金(慶事祝い金、弔事見舞金、出産祝い金、家族手当、家賃補助など)。
3. 赴任(赴任手当、移転費、赴任休暇、語学学習補助など)。
など
トランスジェンダー・ノンバイナリーの従業員向けの制度などが存在する(8項目のうち4つ以上)
※社内に向けて公開し、周知していることが必須となります。
1. 本人が希望する性を選択できる(健康診断、更衣室など会社において性別で分けられるサービスや施設など)。
2. 自認する性に基づく通称名の使用を認めている。
3. 性別移行や戸籍変更の相談対応や社内手続きに関するガイドラインがある。
など
制度全般(6項目のうち3つ以上)
1. 社内に導入している制度やプログラムなどについて、社外に向けて公開している。
2. 制度を利用する際に、通常の申請手続き以外に、周囲の人に知られずに申請できるなど、本人の希望する範囲の公開度を選択できる柔軟な申請方法となっている。
3. 当事者が自身の性的指向や性自認についてカミングアウトした結果、職場の上司や同僚などからの不適切な言動などの問題が発生した場合を想定したガイドラインがある。
など
Engagement/Empowerment:社会貢献・渉外活動(10項目のうち3つ以上)
1. LGBTQ+やSOGIに関する社会の理解を促進するための社外の人も参加可能なイベントの主催、共催。
2. LGBTQ+やSOGIに関する社会の理解を促進するための活動への協賛、出展(LGBTQ+に関するパレード、イベント、映画などのコンテンツやコミュニティスペースなど)
3. LGBTQ+やSOGIに関する社会の理解を促進するために活動している団体への寄付や助成金による支援。
など
※参考:PRIDE指標 全文/work with Pride
いきなり満点を目指すのはハードルが高いので、それぞれの指標を眺めながら『自社に今必要な取り組みは何か』を吟味し、実行に移すと良いでしょう。

「LGBTフレンドリー」の取り組み事例
──「LGBTフレンドリー」の取り組み事例について、人事主導で始められるものがあれば教えてください。
人事業務に従事しているメンバーでもLGBTへの理解度や適切な対応を知っているか否かは千差万別です。そのため、まずは人事部門向けの啓発トレーニングを行うと人事メンバーの理解度を揃えることができ、アウティングなどのリスクを低減したうえで、その後の取り組みを進めやすくなります。
例えば、以下のような施策が有効です。
・当事者の方を招いて講演会を行う
・行政や社外の団体が実施している外部のトレーニングを受ける
・啓発冊子や動画を見て、感想や社内の課題を述べ合う
など
人事担当者に特に知っておいてほしいことの1つに相談やカミングアウトを受けたときの適切な対応があります。過去、相談を受けた内容を本人の許可なく周りの人に話す『アウティング』が大きな問題になりました。人事であれば社内制度の利用など関係者に事情を伝えなければ進められないシーンもあるはずです。その際には『業務の必要上、〇〇担当の△△さんに相談内容を伝える必要があるが、問題ないか』など、本人の許可を得ることを心がける必要があります。
他にも、自社の制度改正で対応可能な取り組みがいくつもあります。
・社内で本人が希望する性別を選択できる
・戸籍上の名前とは別にビジネスネームを利用できる
・同性パートナーを婚姻関係と同様に扱い、制度利用ができるパートナーシップ制度
など
いずれも改正に向けて検討事項はありますが、すでに導入している企業も多いので書籍や他社事例などを参考に進めていくことができます。
最後に、LGBT当事者の方は、カミングアウトに対して様々な悩みや不安を抱えているため、カミングアウトが難しいことから、施策を推進しても社内から反応がないことが予想されます。一方で、当事者の方はしっかり会社の取り組みを見ています。つまり、反応がなかったとしても推進の手を緩めず、信念をもって前向きな気持ちで進めていく必要があるということです。『本当に会社にとって必要な取り組みだろうか』『これで喜んでくれる人はいるのだろうか』と迷うときは、ぜひ全国で開催されるレインボーイベント(東京レインボープライドなど)に足を運んでみてください。同じようにLGBT施策を推進している企業や当事者の方、多くのアライに出会うことができますよ。
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編集後記
LGBTの方に限らず、すべての方にとって働きやすい環境をつくることは、事業目標を達成させる上でも非常に重要な取り組みです。とはいえ、いきなり“すべての人”を対象としてしまっては何から始めて良いかのイメージすら難しいはず。PRIDE指標を参考に「LGBTフレンドリー」に取り組むところから進めてみると、その先にもつなげていくことができるのではないでしょうか。