「パワハラ防止法」が2022年4月からすべての企業で義務化。そのポイント・対策の解説
いよいよ2022年4月1日からすべての企業を対象に施行される「パワハラ防止法」。同法には、職場内のパワーハラスメントを防止するための規定が盛り込まれ、明確な防止措置を企業へ義務付けるものです。法律を守ることはもちろん、従業員を守り、その能力を十分に発揮してもらうためにもハラスメント対策は欠かすことができません。
そこで今回は、この領域に詳しい弁護士の方の協力・監修のもと、コーナー編集部が「パワハラ防止法」のポイントと対策についてご紹介します。
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<監修者プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/弁護士法人伏見総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より弁護士法人伏見総合法律事務所に移籍。
主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「パワハラ防止法」とは
──まず、「パワハラ防止法」の内容について教えてください。
「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」が正式名称(略称:労働施策総合推進法)で、同法にパワーハラスメント防止に関する規定を盛り込む法改正が行われたことを踏まえ、パワーハラスメントの略称を用い、「パワハラ防止法」と呼ばれています。この「パワハラ防止法」に基づくパワハラ防止措置の義務化について、大企業ではすでに2020年6月1日から始まっていますが、中小企業においては努力義務にとどまっていました。しかし、2022年4月1日からは中小企業にも適用対象が拡大します。
なお、中小企業の定義は以下です。
業種分類 | 中小企業基本法の定義 |
製造業その他 | 資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人 |
卸売業 | 資本金の額又は出資の総額が1億円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
小売業 | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が50人以下の会社及び個人 |
サービス業 | 資本金の額又は出資の総額が5千万円以下の会社又は 常時使用する従業員の数が100人以下の会社及び個人 |
「パワハラ防止法」の全面的な施行により、すべての企業は以下の義務を負うことになります。
■労働施策総合推進法(第三十条の二)
事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
パワハラの定義と種類
──パワハラ防止法では、パワハラの定義はどのように定められているのでしょうか。
【職場におけるパワーハラスメントの内容】
職場におけるパワーハラスメントとは職場において行われる
①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①~③までの要素を全てみたすもの。
※客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、該当しない。
※参照:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」
職場におけるパワハラの定義について、同法では、「優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりそのこようする労働者の就業環境を害する」ものと規定されており(第三十条の二)、その具体的な内容については、同法に基づく厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)により、以下のように示されています。
① 優越的な関係を背景とした言動
当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの。
(例)
・職務上の地位が上位の者による言動
・同僚又は部下による言動で、当該言動を行うものが業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
・同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
② 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないもの。
(例)
・ 業務上明らかに必要性のない言動
・ 業務の目的を大きく逸脱した言動
・ 業務を遂行するための手段として不適当な言動
・ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
③ 労働者の就業環境が害される
当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること。この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。
──具体的にはどのような行動がパワハラに該当するのでしょうか?
上記指針では、次の6類型が典型例として紹介されています。また、上記指針に挙げられている具体例の一部を紹介いたします。
- 身体的な攻撃(暴行・傷害)
(例)
・殴打、足蹴りを行うこと。
・相手に物を投げつけること。 - 精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
(例)
・人格を否定するような言動を行う。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動の行うことを含む。
・業務の遂行に関する必要な以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと。 - 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
(例)
1人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること。 - 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)
(例)
新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。 - 過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
(例)
・管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を任せること。
・気に入らない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。 - 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
(例)
労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
ただ、この6類型や、以上の例示により、パワハラのすべてを網羅できているわけではありません。その点は注意が必要です。
企業が対処すべきポイントと罰則
──今回の義務化を踏まえ、企業が必ず対応しなくてはいけないポイントを教えてください。
企業が必ず講じなければならない具体的な措置の内容は、以下のとおりです。
① 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
事業主は、職場におけるパワハラに関する方針の明確化、労働者に対するその方針の周知・啓発として、以下の措置を講じなければならない。
・職場におけるパワーハラスメントの内容及び職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。(事業主の方針等を明確化し、労働者に周知・啓発していると認められる例)
- 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を規定し、当該規定と併せて、職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景を労働者に周知・啓発すること。
- 社内報、パンフレット、社内ホームページ等広報又は啓発のための資料等に職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を記載し、配布等すること。
- 職場におけるパワーハラスメントの内容及びその発生の原因や背景並びに職場におけるパワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を労働者に対して周知・啓発するための研修、講習等を実施すること。
・職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者については、厳正に対処する旨の方針及び対処の内容を就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること。(対処方針を定め、労働者に周知・啓発していると認められる例)
- 就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において、職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者に対する懲戒規定を定め、その内容を労働者に周知・啓発すること。
- 職場におけるパワーハラスメントに係る言動を行った者は、現行の就業規則その他の職場における服務規律等を定めた文書において定められている懲戒規定の適用の対象となる旨を明確化し、これを労働者に周知・啓発すること。
② 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
事業主は、労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備として、以下のような措置を講じなければならない。
・相談窓口をあらかじめ定め労働者に周知する
・相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること等。
③ 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
事業主は、職場におけるパワハラに係る相談の申出があった場合において、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処として、以下の措置を講じなければならない。
・事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認する
・職場におけるパワハラ発生の事実が確認できた場合、速やかに被害を受けた労働者に対する配慮のための措置を適正に行う
・職場におけるパワハラ発生の事実が確認できた場合、行為者に対する措置を適正に行う
・改めて職場におけるパワハラに関する方針を周知・啓発する等の再発防止に向けた対策を講じる
④①から③までの措置と併せて講ずべき措置
①から③までの措置を講ずるに際しては、併せて次の措置を講じなければならない。
・職場におけるパワーハラスメントに係る相談者・行為者等の情報は当該相談者・行為者等のプライバシーに属するものであることから、相談への対応又は当該パワーハラスメントに係る事後の対応に当たっては、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること。なお、相談者・行為者等のプライバシーには、性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれるものであること。
・法第30条の2第2項、第30条の5第2項及び第30条の6第2項の規定を踏まえ、労働者が職場におけるパワーハラスメントに関し相談をしたこと若しくは事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと、都道府県労働局に対して相談、紛争解決の援助の求め若しくは調停の申請を行ったこと又は調停の出頭の求めに応じたこと(以下「パワーハラスメントの相談等」という。)を理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること。
──取り組みをしなかった企業に課せられるサンクションとしては、どのようなものがありますか?
労働施策総合推進法第33条1項及び2項には下記のように明記されています。
「厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導又は勧告をすることができる」(第33条1項)
「厚生労働大臣は、第30条の2第1項及び2項・・・の規定に違反している事業主に対し、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる」(第33条2項)
「厚生労働大臣は、この法律の施行に関し必要があると認めるときは、事業主に対して、助言、指導又は勧告をすることができる」(第33条1項)
「厚生労働大臣は、第30条の2第1項及び2項・・・の規定に違反している事業主に対し、前項の規定による勧告をした場合において、その勧告を受けた者がこれに従わなかったときは、その旨を公表することができる」(第33条2項)
参照:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律
勧告や公表などが実施された場合、企業イメージに悪い影響を与えてしまうことはもちろんのこと、そこで働く社員にとって安全な環境が用意されていないことの証明にもなってしまいますので、十分に注意する必要があります。
事例紹介(大手企業・中小企業)
──社内のパワハラ問題に取り組んだ事例などがあれば教えてください。
厚生労働省が作成した「職場のパワーハラスメント対策取組好事例集」に多くの事例がわかりやすく紹介されています。ぜひ一読いただければと思いますが、この記事内でも大企業・中小企業からそれぞれ1つずつピックアップしてご紹介します。
参照:厚生労働省「職場のパワーハラスメント対策取組好事例集」
大企業事例:ハラスメント防止に向けたトップの強力なメッセージを直接伝えた事例(製造業/社員数約2,300名)
<実施背景>
国内に6工場を持つ企業で、その業態からどうしても男性中心・年功的な職場になりがち。ゆえに世代間でのギャップやコミュニケーション不足、さらには少数派である女性社員に対するハラスメント事案が発生してしまっていた。
<取り組みのポイント>
①トップからのメッセージ
トップよりハラスメント防止対策を講じるためのの指示やメッセージを発信(研修の中でトップ訓示を全事業所にライブ中継するなど)
②ルールの明確化
社内「行動基準」にハラスメント防止を明記
③実態の把握
アンケート調査でハラスメントの実態と従業員意識を把握
④教育の強化
全従業員を対象とした研修を実施(アンケート結果を基に生産現場の職制を対象に作業内容に即した体感型の研修を企画実施)
<結果>
全役員従業員を対象としたアンケート調査の結果から、最優先するべきは生産現場の職制に対するハラスメント防止研修の実施と決定。従来は階層別研修の座学で行っていたハラスメント防止研修に、実際の工場を想定した体験型のロールプレイを採り入れた。結果としては違う立場の感情を理解し合うことができ、会社としても若手側だけでなく上司・指導者側の悩みの実態も把握することができた。
中小企業事例:「老舗の小組織」で生まれた社員同士の溝を埋めた事例(サービス業/社員数約30名)
<実施背景>
BtoB領域で専門性の高いサービスを展開する企業。これまでの歴史と実績から、小規模ながらも存在感を発揮していたが、経営環境・事業構造の変化に伴う人の入れ替わりで一部の上位者のパワーが際立つように。それによって打合せが以前よりも静かになるなど、同社の特色だった「組織の自由闊達さ」が衰えただけでなく、パワハラやいじめ・嫌がらせが発生するリスクが急増していた。
<取り組みのポイント>
① トップのメッセージ
「ハラスメントを問題視する。放置しない」
② ルールの設定
社労士の監修で就業規則を見直し「ハラスメント禁止」を明記。罰則規程の検討も公表
③ 教育の実施
外部専門機関に「ハラスメント防止研修」を依頼し、社員全員が受講
④ 相談や解決の場の設定
社外電話相談と社内窓口担当者の設定
<結果>
元々部下に任せるタイプの社長がパワハラ防止に関するメッセージを鮮明に打ち出すことで、組織全体にその重要性が浸透。上記のような取り組みを通じて、古参社員からは「われわれが会社という場をハッピーなものにして次の世代に受け渡さなければ」といった発言が出るように。また、これまで「言わずもがな」で終わっていたところを共有し合うことで元々の自由闊達な風土が戻ってきた。
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編集後記
パワハラは、受けた側の精神的な負担や退職リスクが高まるだけでなく、周囲のメンバーや職場環境にも大きな悪影響を及ぼします。反対にパワハラ防止に積極的に取り組めば、離職率の低下や生産性向上、ひいては採用力向上にも寄与するはずです。「義務化されたから」と仕方なしに取り組むのではなく、企業・社員のために前向きに取り組むことで、大きな成果を生むことができるでしょう。