「フリーランス保護新法」が成立。概要や対策など最新情報を解説します。

個人として独立して仕事を請け負う働き方をしているフリーランス。年々増加傾向にあるフリーランス人口を背景に、2023年4月28日に「フリーランス保護新法」が可決し、個人が組織を相手に安心して働ける環境整備の一歩が踏み出されました。フリーランスが安心して働ける環境を整えることを目的として2024年秋頃の施行が予定されています。
そこで今回は、弁護士の協力・監修のもと「フリーランス保護新法」の概要から、類似している下請法との違い、企業が準備しておくべきポイントや注意点に至るまでを、コーナー編集部が解説していきます。
<監修者プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/弁護士法人賢誠総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より弁護士法人賢誠総合法律事務所(旧:弁護士法人伏見総合法律事務所)に移籍。主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「フリーランス保護新法」とは
──「フリーランス保護新法」の概要について教えてください。
「フリーランス保護新法」とは、ビジネス上で立場が弱いとされているフリーランス(副業・複業者を含む)を守るために作られた新たな法律です。働き方の多様化の進展に鑑み、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事できる環境を整備することを目的としています。ただ、現時点では「フリーランス保護新法」は通称であり、正式名称は発表されていません(※)。
2022年6月7日に閣議決定された『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』の中でフリーランスの取引適正化に向けた法制度について検討するとなったことを受け、2023年2月24日に『特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案(フリーランス・事業者間取引適正化等法案)』について閣議決定され国会へ提出。2023年4月28日の参院本会議で可決・成立し、2024年秋頃の施行が予定されています。
(※)2023年5月25日掲載時点
この新法では特定業務委託事業者(発注事業者)及び特定受託事業者(フリーランス)の取引について以下のような措置を講じることとされています。
・フリーランスとの業務契約は報酬や納期、仕事の範囲などの取引条件を書面やメールで示すように義務付ける
・発注した仕事の成果物を受け取ってから60日以内に報酬を支払う必要がある
・募集情報の的確な表示
・ハラスメント対策等の措置
ちなみに、フリーランスの定義については2021年に厚生労働省が発表した『フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン』内で以下のように定義されています。
「フリーランス」とは法令上の用語ではなく、定義は様々であるが、本ガイドラインにおける「フリーランス」とは、実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者を指すこととする。
※引用:フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン
──こうした「フリーランス保護新法」が成立された背景にはどのようなものがありますか?
「フリーランス保護新法」の背景にあるのは、『フリーランス人口の増加』と『フリーランスの立場の弱さ』です。

まず、『フリーランス人口の増加』について。フリーランス向けのクラウドソーシングサイトを運営するランサーズが行ったフリーランス実態調査2021によると、2018年には1,151万人だったフリーランス人口が2021年には1,670万人にまで増加していることが分かります。これは日本における労働人口の約24%に匹敵し、フリーランスの経済規模も28兆円を超えるまでに成長しています。

また、副業・複業ワーカーについても2021年には800万人を超えるなど、テレワークの浸透に代表されるような就業環境整備に比例する形でその数を増やしています。

次に、『フリーランスの立場の弱さ』についてです。事業者から業務委託を受けて仕事を行うフリーランスの37.7%と実に3人に1人以上の方が取引先とのトラブルを経験していると内閣官房の『フリーランス実態調査結果』で発表されました。具体的なトラブル内容は主に『発注の時点で、報酬や業務の内容などが明示されなかった』『報酬の支払いが遅れた・期日に支払われなかった』についてです。

また、このような主に契約内容や支払いに関するトラブル以外にも『1社のみと取引しているフリーランスが全体の40.4%』を占めるなど、フリーランスの立場の弱さや就業先としての危うい状況なことが見て取れます。こうした現状課題の解決を目指すのが、今回紹介している「フリーランス保護新法」なのです。
他にも、「フリーランス保護新法」が成立した要因として、2023年10月に開始されるインボイス制度の影響も考えられます。インボイス制度により免税事業者に対する発注減額・停止などのトラブルが発生すると予想されており、そうしたフリーランスへの影響を限りなく少なくすることも狙いの1つとなっています。

「フリーランス保護新法」で何が変わるのか
──「フリーランス保護新法」が正式に施行された場合、具体的にどんな変化があるのでしょうか?
具体的には、大きく以下2つの事柄が実現される予定です。
フリーランスに係る取引の適正化
フリーランスに業務委託を行う発注事業者には、以下の義務や禁止事項が課されるようになります。
①業務委託時の内容明示
フリーランスに対し業務委託をした場合、委託内容(仕事内容)・報酬等を記載した書面もしくはメールなど電磁的な方法により明示しなければなりません。
②報酬支払
フリーランスから納品物やサービスの提供を受けた日から60日以内に報酬を支払わなければなりません(再委託の場合には、発注元から支払いを受ける期日から30日以内)。
③継続取引を行う際の禁止事項
フリーランスと一定期間以上継続して取引を行う場合、発注事業者は以下1~5の行為が禁止されます。また、6~7の行為によってフリーランスに不利益を与えることも合わせて禁止されています。
1.フリーランスに責任のない理由で受領を拒否すること
2.フリーランスに責任のない理由で報酬を減額すること
3.フリーランスに責任のない理由で返品を行うこと
4.相場と比べて著しく低い報酬額を不当に定めること
5.正当な理由なく、事業者側の指定するモノの購入やサービス利用を強制すること
6.事業者側の一方的な都合で金銭・サービス・その他経済上の利益を提供させること
7.フリーランスに責任のない理由で給与内容を変更させる・やり直させること
フリーランスの就業環境整備
フリーランスがより安心して就業できるよう、以下のような環境整備を行うことが求められます。
①業務委託募集を行う際の的確表示
広告等によって不特定多数のフリーランスを相手に業務委託募集を行う際には、正確かつ最新情報を伝える必要があります。虚偽の表示や誤解を生むような表現は禁止です。
②出産・育児・介護との両立への配慮
フリーランスと一定期間以上継続して取引を行う場合、出産・育児・介護と業務を両立できるよう発注事業者側が配慮することが求められます。また、フリーランスから申し出があれば就業条件の変更・交渉に応じることも必要です。
③ハラスメント対策
フリーランスに対するハラスメント行為への適切な対応を行うために、体制整備やその他の必要措置を講じることが求められます。
④契約更新なし・中途解約時の事前予告
継続的な業務委託を更新しない・中途解除する場合、原則として契約期間満了日・中途解除日の30日前までにその旨をフリーランスに予告しなければなりません。また、その際にフリーランスから契約終了理由を求められた場合は回答する必要があります。
なお、これらに違反した場合には国が発注事業者に立ち入り検査・勧告・公表・命令などを行うことができ、命令違反や検査拒否には50万円以下の罰金を科せられます。また、発注事業者に違反行為があった場合、フリーランスはその旨を国の行政機関に進行することができます。この申告を理由にフリーランスとの契約を解除したり、不利益な取り扱いをしたりすることは当然できません。
「フリーランス保護新法」と『下請法』の違い
──フリーランスを含めて保護する法の1つに『下請法』がありますが、それと「フリーランス保護新法」はどう違うのでしょうか?
『下請法(下請代金支払遅延等防止法)』とは、下請け事業者が発注事業者から不当な扱いを受けないようにするための法律です。「フリーランス保護新法」と『下請法』は確かに重複する内容も多いため、それぞれの違いがわかりづらいかもしれません。しかしながら『下請法』は以下2つを満たす業務委託契約のみを対象としているため、フリーランスはそこに該当しないことも多いのが現状です。
(1)発注事業者の資本金が1,000万円超
(2)下請け事業者の資本金が1,000万円以下

内閣官房の『フリーランス実態調査結果』によると、約4割ものフリーランスが資本金1,000万円以下の発注事業者との取引・契約経験があります。このように、『下請法』ではカバーしきれない領域を補完する役割として「フリーランス保護新法」に期待が寄せられているのです。
「フリーランス保護新法」施行に向けて人事が準備・注意するべきポイント
──2024年秋頃の施行が予定されている「フリーランス保護新法」。フリーランスへ業務委託を行ったり、副業・複業を許可したりしている人事がそれまでに準備しておくべきことや、注意した方が良い点などがあれば教えてください。
まずは、ここまでにご紹介したような内容を理解し、今後正式に広報される内容にもアンテナを立て、随時最新の情報を収集する必要があると思います。定められた義務や禁止事項などを守らない場合、行政から指導・勧告を受ける可能性もありますし、フリーランスの方々と健全で双方がハッピーな就業関係を築くためにも、しっかりと注意をする必要があります。
なお、「フリーランス保護新法」の内容については今後変更となる可能性も十分にありますが、現時点で事前に対応しておいた方が良いポイントとしては大きく以下4つがあります。
(1)業務委託契約書ならびに業務委託募集内容のフォーマットを作成する(シェアリングサービスを利用の場合は準備されていることが多い)
(2)フリーランスの就業環境を意識し、社内体制整備を進める
(3)「フリーランス保護新法」に関わる対応マニュアルを作成・配布するなどで社内周知を徹底する
(4)「フリーランス保護新法」を遵守することを対外的にも発信する
これらは人事のみで実施できるものではないものも多いため、関連部署や顧問弁護士、副業プラットフォームやサービス企業などと協力をして進めることをおすすめします。中には今までに行ってこなかった対応に迫られることもあり、人事にとっても負担が増える可能性があります。しかしながら、その対応はいずれも『働き方改革・改善』につながるものであり、外部人材活用のパフォーマンスを大きく上げるものです。
新法に対応するための対応策としてのみで捉えるのではなく、組織環境をさらに改善し、取引先のフリーランスの方々と双方にとってベストな関係を構築できる環境を整備するチャンスと捉え、早い段階から情報のキャッチアップ・準備を進めておくと良いでしょう。
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編集後記
本記事執筆時点は「フリーランス保護新法」が参院本会議で可決・成立した直後ということもあり、まだまだ情報が不確かな部分が多くありました。それ故に有効な対応策も未知数な部分がありますが、フリーランスの取引先の大半が中小企業であることを考えると大半の企業において何かしらの対応が必要となることは明らかです。人事としても引き続き動向は注目しておきましょう。