「働き方改革関連法」の概要と、2023年4月施行の法定割増賃金率引上げのポイントを解説
働く人々が多様で柔軟な働き方を選択できるようにすることを目的に厚生労働省が中心となって進めている『働き方改革』。その一環として2018年7月に「働き方改革関連法」が公布、2019年4月より順次施行されており、来る2023年4月1日からは割増賃金率がいよいよ引き上げられます。
そこで今回は、この領域に詳しい弁護士の協力・監修のもと、「働き方改革関連法」の概要から2023年4月1日より施行される割増賃金率の引き上げ内容と対策に至るまでをコーナー編集部が解説していきます。
<監修者プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/弁護士法人賢誠総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より弁護士法人賢誠総合法律事務所(旧:弁護士法人伏見総合法律事務所)に移籍。主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
「働き方改革関連法」とは
──「働き方改革関連法」の概要について教えてください。
「働き方改革関連法」とは、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」の略称で、以下の法律を含む労働関連法の改正を進めるために、2018年6月29日(同年7月6日公布)に国会で成立した法律になります。
・労働基準法
・労働安全衛生法
・労働者派遣法
・パートタイム労働法
・労働契約法
これらの法改正を行う理由について、厚生労働省はこのように説明しています。『労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現する働き方改革を推進するため、時間外労働の限度時間の設定、高度な専門的知識等を要する業務に就き、かつ、一定額以上の年収を有する労働者に適用される労働時間制度の創設、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者と通常の労働者との間の不合理な待遇の相違の禁止、国による労働に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針の策定等の措置を講ずる必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。』
※引用元:働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律 七十九頁
なお、働き方改革関連法には大きく以下8つの改正が盛り込まれており、2019年4月1日より順次施行されています(それぞれの施行スケジュールは上図参照)。
(1)時間外労働の上限規制
(2)『勤務間インターバル制度』の導入促進
(3)年次有給休暇の確実な取得
(4)労働時間状況の客観的な把握
(5)『フレックスタイム制』の拡充
(6)『高度プロフェッショナル制度』の導入
(7)月60時間超残業に対する割増賃金率引き上げ
(8)雇用形態に関わらない公正な待遇の確保
この「働き方改革関連法」の中でも2023年4月1日から、中小企業にも「月60時間超以上の時間外労働について割増率50%以上の割増賃金を支払う」義務が生じることになるため、今回は割増賃金引上げに重点を置いて解説していきます。
2023年4月施行の中小企業における『法定割増賃金率引上げ』の概要
──2023年4月より施行される『月60時間超残業に対する割増賃金引き上げ』について、その経緯も含めて教えてください。
法定労働時間を超える時間外労働や、休日・深夜労働に対しては、それぞれ労働基準法に定められている割増賃金率に基づき算出した割増賃金を支払う必要があります。2010年の労働基準法の改正時に、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が25%から50%へと引き上げられましたが、中小企業については、その経営体力や支払能力を考慮し、割増率が25%のままで当面猶予されることになりました。なお、中小企業の定義は、以下の通りです。
猶予される中小企業
業種 | 資本金の額または出資の総額 | または | 常時使用する労働者数 |
小売業 | 5,000万円以下 | または | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | または | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | または | 100人以下 |
その他 | 3億円以下 | または | 300人以下 |
(例)製造業(「その他」業界に該当)
・資本金1億円、労働者100人 → 中小企業
・資本金1億円、労働者500人 → 中小企業
・資本金5億円、労働者100人 → 中小企業
・資本金5億円、労働者500人 → 大企業
※参考:改正労働基準法より作成
しかし、2019年4月施行の「働き方改革関連法」により中小企業の猶予措置の終了が決定しました。これにより、2023年4月からは中小企業も大企業と同じく、月60時間を超える時間外労働に対して50%以上の割増賃金率が適用されるようになります。
なお、割増賃金には3種類あり、それぞれの割増率は以下図の通りとなります。
月60時間を超える時間外労働が深夜に行われた場合には、時間外労働50%+深夜労働25%となり、合わせて75%の割増賃金率となります。そのため、時間外労働の合計だけでなく、それが深夜労働に該当するのかどうかも合わせて管理する必要があります。
なお、これらの規定に違反した場合は6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる可能性があります(労働基準法37条1項、119条1号)。
2023年4月施行に向け人事が準備すべきポイント
──2023年4月施行に向け、対象となる中小企業が前もって準備しておいた方が良いことは何でしょうか?
大きく以下3つの観点で対応を進めておくと、法定割増賃金率引き上げに際して不測の残業代の増大といったリスク予防につなげることができます。
(1)適正な労働時間の把握
(2)残業の削減・体制強化
(3)代替休暇の導入
(1)適正な労働時間の把握
法定割増賃金率の引き上げとは直接は関わりませんが、自組織の状態を正しく把握することで、より正しく効果的に法定割増賃金率の引き上げに対応することができるようになります。これまで以上に労働時間を正しく把握し、適正な状態へ導きやすい体制を整えておきましょう。
そのためには、現在の勤怠管理システムに問題がないかを確認しておくことも重要です。特に昨今広がりを見せたリモートワーク環境下では従業員の自己申告のみで勤怠が記録されているケースも多いため、PC使用時間などの客観的な記録と合わせて管理し、そこに大きく乖離がある場合は実態調査を行うことも欠かせません。また『記録上だけ労働時間が守られているような働き方・見せ方を現場が慣習的に行っていないか』にも注意が必要です。
(2)残業の削減・体制強化
月60時間を超える時間外労働が発生している中小企業では、法定割増賃金率の引き上げにより残業代が大きく増加する可能性があります。その一方で、月60時間以内に時間外労働を収めることができれば、割増賃金率はこれまでと変わりません。月60時間を超える時間外労働者が多くいる場合、業務の見直しや増員によって各個人の労働時間を削減・平準化するなど、どんな体制なら従業員・企業共に無理なく生産性を高められるかを早めに検討しておくことが重要です。
また残業削減に取り組むことで、業務効率化や生産性向上など副次的な効果も期待できます。今回の改正法の施行を良い機会と捉え、今までの仕事の進め方を見直したり、設備投資を検討したりといった取り組みを進めるのも良いでしょう。
(3)代替休暇の導入
代替休暇制度とは、月60時間を超える時間外労働について50%以上の割増賃金の支払いの代わりに有給休暇(代替休暇)を付与しても良いという制度(労働基準法37条3項)です。法定割増賃金率の引き上げと共に新設されました。ただ、この制度を利用するためには労使協定を結ぶ必要があります。また、代替休暇を取得するか否かの判断は労働者に委ねられていることに注意しましょう。
<代替休暇 時間数の計算式>
代替休暇の時間数=(1カ月の法定時間外労働時間-60)×換算率(※)
(※)換算率=月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率-通常の割増賃金率(法定の割増賃金率を前提にすると、50%-25%=25%になります)
(例)月70時間の時間外労働を行った場合
規定の60時間を超えた10時間分において、割増賃金率の増加分である25%を支払う代わりに、10時間の25%である2.5時間分の有給休暇を与えることができます。ただし、代替休暇は、1日又は半日単位で付与する必要があります。また、代替休暇は、60時間を超えた月の末日の翌日から2カ月以内に与えなければなりません。
今後の改正を視野に注意すべきポイント
──これから適用になるものや、今後必要になりそうな対策について教えてください。
2023年4月の時点で「働き方改革関連法」の大半が施行されることになりますが、『自動車運転業務・建設事業・医師・砂糖製造業(鹿児島県・沖縄県)』における時間外労働の上限規制については、2024年4月より施行されることになります。
繰り返しになりますが、時間外労働の上限規制に違反すれば罰則の対象にもなりますので、中小企業も含めて、厳格な時間管理が必要となります。そのためには、まず、労働時間状況を客観的かつ正確に把握できるような体制づくりが非常に重要になります。この点について、未実施企業については早いうちに取り組んでおくべき課題だと言えます。
加えて、時間外労働の削減についても継続的に取り組んでいく必要があると考えます。今後さらなる法改正の可能性も否定できないですし、時間外労働削減のために、職場環境の改善や生産性向上に向けて取り組むことで自組織に良い影響を生み出すことができるからです。
また、今回の法改正を契機に、改めて自社の労働環境を全般的に見直すとともに、今後の法改正の動向も注視しながら、先んじてさらなる働き方改革を進めて行くことも検討してみてください。
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編集後記
2019年4月より順次施行されてきた「働き方改革関連法」もいよいよ大詰め。黒栁弁護士からもお話があったように、これらの改正をきっかけとしてさらなる自社の働き方改革へとつなげていくことで、企業やそこで働く社員、さらには採用など社外に対しても良い効果が期待できます。法だから仕方なく守るのではなく、攻めの姿勢で活用しようという気持ちで取り組んでみてはいかがでしょうか。