【弁護士監修】複業・副業制度を導入する場合、注意すべきルール一覧
働き方改革の推進や、人材不足の解消に対するアプローチのひとつとして、副業・複業(以下、副業と記載)を解禁する企業は増加傾向にあります。一方で雇用側だけでなく、個人的なスキルアップや収入増加を目的として副業を選ぶ個人も増えているといいます。
ランサーズ社が2021年に行った『フリーランス実態調査2021』によると、副業人材やフリーランスといった広義の副業人口は約1,670万人にのぼるとされています。これは全労働人口における24%を占めており、今やスタンダードな働き方のひとつとなったともいえるでしょう。
そこで今回は、企業が自社の従業員向けに副業制度を解禁するケースと、自社で外部の副業人材を受け入れるケース、それぞれの注意点について、この領域に詳しい弁護士の協力・監修のもと、コーナー編集部が紹介していきます。
<プロフィール>
黒栁 武史(くろやなぎ たけし)/弁護士法人伏見総合法律事務所 弁護士
中本総合法律事務所で10年以上実務経験を積んだ後、令和2年4月より弁護士法人伏見総合法律事務所に移籍。主な取扱分野は労働法務、企業法務、一般民事、家事(離婚、相続、成年後見等)、刑事事件。労働法務などに関連する著書がある。
目次
従業員へ副業を解禁する上で守るべきルールや注意点とは?
──副業制度を自社に取り入れる際に注意すべきことや、問題となりやすい点を教えてください。
従業員に副業を解禁する上で、注意すべきなのは以下の5つです。
(1)労働時間の把握・管理
(2) 安全配慮・健康管理への対応
(3) 本業の労務提供に支障が生じないようにすること
(4) 企業秘密・ノウハウの保持や競業避止義務違反の防止
(5) 企業の名誉や信用を損なう副業の禁止
なお、この5つの注意点は、従業員に副業を解禁する際だけでなく、副業人材を受け入れる際にも問題となる点を含みますので、ポイントとして押さえておいていただくことが適切です。
(1) 労働時間の把握・管理
労働基準法38条1項において、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用 については通算する。」と規定されています。そして、「事業場を異にする場合」とは、異なる企業が事業主となる場合も含まれるため、企業は、従業員の副業先における労働時間についても把握した上で、労働時間を管理する必要があります。なお、所定労働時間の通算方法や、所定外労働時間の通算方法などの点は、後記の副業人材を受け入れる際の注意点において述べます。
また、以上に加えて、後記(2)の安全配慮の観点からも、副業による過度な長時間労働が発生しないように労働時間の把握・管理が必要といえます。
(2) 安全配慮・健康管理への対応
労働契約法第5条において、企業は従業員に対して「その生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」と定められており、企業には従業員の安全や健康に配慮する義務があります。従業員が副業を行う場合、業務量や労働時間が過重なものになる危険性があるため、留意する必要があります。企業としては、副業の届け出を受けた際に、全体の業務量や労働時間が過重なものとなっていないか確認するとともに、副業開始後にも、従業員の健康状態に問題がみられる場合には、副業の禁止や制限ができるよう、あらかじめ就業規則にその旨を定めておくことが適切です。
(3) 本業の労務提供に支障が生じないようにすること
労働者は就業時間中、その職務に専念する義務を負います(職務専念義務)。そのため、仮に従業員が勤務時間内に副業していた場合には、職務専念義務違反となります。本来、自社事業に専念すべき時間を副業に充てられてしまうのは、社内秩序の乱れだけでなく企業にとって、労働力の大きな損失にも繋がります。職務専念義務は、労働契約に付随する義務として当然に発生するものですが、就業規則に確認的に規定しておくとともに、違反に対しては、懲戒処分等の処分を科すことを明記しておくことが適切です。その他、副業を行うことで、本業の労務提供に支障が出るような場合には、副業の禁止や制限ができるよう就業規則にその旨を定めておくことが考えられます。
(4) 秘密・ノウハウの保持や競業避止義務違反の防止
労働者は使用者の業務上の秘密を守る義務(秘密保持義務)を負うとともに、在職中に、使用者と競合する業務を行わない義務を負っています(競業避止義務)。企業としては、従業員に副業を認めた結果、副業先で業務上の秘密を漏洩されたり、自社と競業する企業で副業が行われることにより、自社の利益が害されないようにする必要があります。そのため、企業秘密やノウハウが漏洩する危険がある場合や、自社の競業先での副業を禁止や制限できるよう就業規則に明記しておくなどの対応が考えられます。
(5) 企業の名誉や信用を損なう副業の禁止
労働者は、自社の名誉・信用を毀損しないなど誠実に行動する義務を負います。企業としては、副業先での行動により、自社の名誉や信用が損なわれないようにする必要があります。そのため、そのような危険がある場合には、副業の禁止や制限ができるよう、就業規則にその旨を定めておくなどの対応が考えられます。
副業人材を受け入れる際の注意点とは?
──外部から副業人材を受け入れる際には、どのような体制整備が必要でしょうか。
自社で副業人材の受け入れを行う場合のポイントは以下の5つです。
(1) 副業人材の契約形態の決定
(2) 本業の雇用元におけるルールの確認の徹底や、セキュリティ管理の遵守
(3) 安全配慮や業務管理のあり方
(4) 労働時間の管理(雇用契約等の場合)
(5) 社会保険の考慮(副業人材と雇用契約を結んだ場合)
副業人材の動員をスムーズに行い、その後のトラブルを引き起こさないためにも、受け入れ前にはあらかじめ社内体制を整備しておく必要があります。ひとつずつ確認していきましょう。
(1) 副業人材における契約形態の決定
副業人材の受け入れを行う場合、契約形態は主に以下の2つが考えられます。
①副業人材と雇用契約の締結を行い、自社の従業員として受け入れる
②企業と副業人材間で業務委託契約を締結する
①副業人材と雇用契約の締結を行い、自社の従業員として受け入れる
雇用契約を結ぶ場合には、労働時間の把握・管理等の労務管理が必要となります。この点については、(4)で詳細に述べます。
②企業と副業人材間で業務委託契約を締結する
業務委託契約の場合、基本的に企業側で副業人材の労務管理を行う必要はありません。しかし、企業側が労務管理の手間を避けるため、実態は雇用であるにも関わらず、雇用契約ではなく業務委託契約を選択するケースが見受けられます。このような場合は、名目は業務委託契約であっても、労務管理が必要となり、また、雇用契約に基づく責任(残業代の支払いなど)を問われることになりますので、留意する必要があります。
また、企業が取引先と結ぶ契約書の中には、取引先による事前許可や同意のない「再委託禁止」を定めているケースがあります。こうした取り決めが行われている業務に対して、業務委託で副業人材を携わらせる場合には、あらかじめ先方へ連絡し、所定の方法による許可や同意を得る必要が生じます。
(2) 本業の雇用元におけるルールの確認の徹底や、セキュリティ管理の遵守
前述したとおり、副業人材は本業の雇用元や企業に対して、秘密保持義務や競業避止義務を負っていることが一般的です。受け入れ側企業はこの点に関して、副業人材が本業において自社事業と競合する業務を行っていないか、あるいは副業人材が本来秘密にしておかなければならない本業での情報を、意図的または無意識にでも侵害していないか、といった点を確認した上で登用する必要があります。
一方で、自社にしかない情報やノウハウを守るためにも、受け入れ側と副業人材の間でも、あらかじめ秘密保持に関する契約などを結んでおく必要があります。副業人材を安全に登用していくためには、こうしたセキュリティ管理の見直しは必須といえるでしょう。
(3) 安全配慮や業務管理のあり方
前述した安全配慮義務の観点から、企業は副業人材を雇用形態で受け入れる際、その業務管理には充分な配慮が求められます。特に副業での業務は、本業の時間外に行うことが多くなりますので、留意する必要があります。従業員の安全管理・衛生管理の面からも、従業員が「働きすぎない」ための社内規定の見直しや徹底は必要不可欠といえるでしょう。
なお業務委託契約の場合は、勤務場所や稼働時間といった業務管理の決定権は、受託者である副業人材側にあります。もし、社内規定などの適用などを行ってしまうと、両者間に使用従属性があるとされ、その実態から雇用と判断されるリスクがあります。
(4) 労働時間の管理(副業人材と雇用契約を結んだ場合)
副業人材と雇用契約を結んだ場合、副業と本業の労働時間は、通算して考える必要があります。そして、本業と副業の所定労働時間を通算し、1日8時間・週40時間という法定労働時間を超える場合、企業は従業員に対して残業代(割増賃金)を支払う必要があります。
所定労働時間の通算により、残業代の支払いが必要となる場合、気になるのは「本業と副業、どちらの雇い主が残業代を負担するのか」といった部分ではないでしょうか。注目すべき点は、どちらの労働契約が先に結ばれていたかという部分です。副業は本業より後の契約となりますので、発生した残業代については、基本的に副業人材を受け入れた側の企業が支払うことになります(なお、所定外労働時間の通算については、当該所定外労働が行われる順に通算することになります。)
※参照:厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」より抜粋して作成
不測の残業代の支払いを避けるためにも、受け入れる企業は副業人材が他の企業で何時間働いているのかといった点を事前に把握しておかなければなりません。
副業における労働時間の管理においては、厚生労働省が令和2年9月に改定した『副業・兼業の促進に関するガイドライン』内で、簡便な労働時間管理の方法として、管理モデルの導入から実施までが紹介されています。
(5) 社会保険の考慮(副業人材と雇用契約を結んだ場合)
社会保険とは、主に会社員を対象に、健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険で構成される制度です。副業人材と雇用契約を結んだ場合、受け入れる側の企業は副業人材を適切な社会保険に加入させる必要があります。
健康保険・厚生年金については、当該人材が複数の企業で加入条件を満たし、かつ所定の手続きを踏んだ場合、まずはすべての雇用先からの賃金を合算した上で標準報酬月額が決定します。標準報酬月額の算出後は、その人材にかかる保険料をそれぞれの雇用元が案分比率に応じて負担することになります。
雇用保険については、仮に複数の企業で加入要件を満たした場合であっても、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係にある会社でのみ加入することとなります。
労災保険については、使用者は、副業であるかどうかにかかわらず、労働者を1人でも雇用していれば、労災保険の加入手続を行う必要があります。なお、労働者が副業している場合、災害発生元ではない企業の賃金額も合算して労災保険給付が算定されることになります。
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編集後記
採用難がうたわれている昨今において、打開策として注目を浴びている手法が副業人材の活用です。関東経済産業局が平成30年に実施した調査では、中小企業が掲げている課題は「人材の獲得」とされ、一方で大企業は「質の向上」を課題に挙げていることがわかりました。
副業人材を活用するメリットは、自社での採用が難しいスキル人材に対して、より専門的な仕事を依頼することができるという点が挙げられます。副業制度の導入は、こうした企業課題を同時に解決できる可能性があるといえるでしょう。
株式会社リクルートが2020年に行った『兼業・副業に関する動向調査2020』では、副業を認める人事制度により、47.5%の人事が「従業員のモチベーションが向上した」と回答しています。
他にも、あしたのチーム社が平成31年行った「副業人材の受け入れ」に関する意識調査』では、副業人材を受け入れる企業経営者の63.6%が「会社の生産性向上・業績アップに繋がっている」と回答。副業人材を受け入れることで、生産性のさらなる向上も期待できるといえるでしょう。
労務管理やセキュリティ問題、社内規定の見直しなどの注意点を押さえながら、課題に応じた副業人材の活用を目指してはいかがでしょうか。