「ワークフォース・プランニング」で感覚的な経営から脱却し、戦略的に人員計画を立てる方法
「データドリブン経営」という言葉が一般的になってきている昨今。その波は人事業務においても同様で、「ワークフォース・プランニング」という言葉を耳にする機会が増えました。
しかしながら、その概念の理解度はまちまちで、具体的な実践方法や導入手順に至っては情報がまだまだ多くありません。そこで今回は、日本発のグローバルカンパニーにおいて、数万人以上の組織の要員計画や人材配置、評価制度・採用・人事システムリプレイスと人事領域全般で活躍してきたパラレルワーカーの方に、「ワークフォース・プランニング」の定義や導入手順、事例に至るまでお聞きしました。
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目次
ワークフォース・プランニングとは
──「ワークフォース・プランニング」の定義について、教えてください。
「ワークフォース・プランニング」の定義はさまざまありますが、私は「経営目標を達成するために必要な量的・質的労働力(ワークフォース)を具体化し、それを実現する計画」と捉えています。
中でも「経営目標を達成するため」の部分が特に重要です。経営目標(To be)を実現するために、まずは現状(As is)を正しく可視化し、目標とのギャップ(問題)を評価した上で、その差を埋めていくための人事上の戦略となるアクション(課題)を決める。この一連の考え方がワークフォース・プランニングだと考えています。ここが抜け落ちた上で目的意識がないまま人員配置計画を立てることは、単なるパズル遊びと大差がありません。
また、ここで言う量的・質的労働力は、「必ずしも企業内の人材・従業員だけに限らない」ことも留意しておく必要があります。
十分な人的リソースがあれば「内部人材」だけで完結できるかもしれませんが、そういった企業は少数派です。必要に応じて「外部人材」もワークフォースと捉え、プロジェクト単位での協働を検討することも、ワークフォース・プランニングを立案する上でのポイントと言えます。
注目されつつある背景にあるもの
──アメリカなどでは10年以上前から「ワークフォース・プランニング」という言葉が出てきていたようですが、最近になって日本でも注目されてきている背景にはどんなものがあるのでしょうか。
インターネット・スマートフォンの発達に伴う情報化、製品・サービスのコモディティ化が進みさまざまな市場が加速度的にグローバル化していく中で、消費者の価値観や志向、実際の購買行動も大きく変わってきました。
そんな状況下で企業が生き残り今後も存続・発展していくためには、過去からの延長線上にはない経営目標・戦略を立てて実現する以外に方法はありません。この環境変化がワークフォース・プランニングへの注目度を大きく引き上げていると考えています。
なぜなら、そういった新しいチャレンジは非常に困難であり、簡単に実行できるものではありません。その成功・実現可能性を高める手段として、ヒトという貴重な資源をより戦略的に配置・活用したいという企業や経営陣、そして株主からの要請が大きくなっていることが考えられます。
また、企業が変革を求められるようになったのは最近だけの話ではなく、これまでも継続的に発生していた事象だとは思いますが、新型コロナウイルスの影響もありそのスピード感が飛躍的に増していることも背景にあると言えるでしょう。
初めて導入する企業は何から手をつけるべき?
──これまで取り組みをしてこなかった企業が、組織の人員配置や要員計画において「ワークフォース・プランニング」を進める際、どんな手順で進めていくのが良いでしょうか。
上の図のように、まずは「経営目標が実現された状態を具体化すること」から始めるのが良いでしょう。
中にはすでに目標が定量的に具体化されている企業もあると思います。しかし、売上金額などは具体化されていたとしても、「その売上金額が実際に実現できる状況」までは明確になっていないケースは多々あります。ここまで明確にしない限り、次のステップへ進むことはできません。
例えば、あるメーカーで「売上高100億円を3年以内に達成する」といった目標が示されたとします。一見これは数値が入っていて具体的ですが、この情報だけではワークフォース・プランニング立案には不十分です。
・売上高を達成するために必要な販売点数、生産数量
・必要な生産拠点や体制
・物流、販売、管理などサプライチェーン全体に渡ってどれくらいの人員が量的に必要なのか
などの観点で、1つひとつ具体化していく必要があります。
また労働力・必要工数などの“量的な具体化”に加え、特にマネージャー以上のクラスにおいては経験やスキルなどの“質的な具体化”も重要なポイントになってきます。プロジェクト規模が大きくなればなるほど、プロジェクトを推進するマネージャーの力量が成否を大きく左右するからです。
この量的・質的に求められる要素を具体化していくためには、人事・経営陣はもちろんのこと、サプライチェーンに関わる全てのステークホルダーと綿密にすり合わせを行い、同じ絵が描けるようになることが欠かせません。
そうして具体的な経営目標(To be)を描くことができたら、次に現状(As is)を可視化していきます。
特にマネージャー層以上の中核人材については、以下のような観点で具体化していく必要があります。
・どのようなスキルを持った人材がどこにいるのか
・すぐにアサインできる状況なのか
・教育や場数の経験が追加で必要なのか否か
現状(As is)の把握レベルが具体的になればなるほど、経営目標(To be)へのギャップが明確になり、打ち手を立案する精度が向上します。
業態によって適切な具体化レベルは異なりますが、経営目標(To be)を描き、そこに向け現状(As is)を可視化し、必要な打ち手(=ワークフォース・プランニング)を立案していくことは、人事としても難易度の高い大きなチャレンジとなるはずです。
──手順以外に重要になることはありますか?
ワークフォース・プランニングを進めていく上で、社内の人材の状況が可視化できる「タレントマネジメントシステム」の導入は非常に有効です。
組織規模が大きくなればなるほど、情報の一括管理と検索性の重要度は増していきます。勤務地も多拠点化し、どこに、どんな人が、どの様な状態でいるのかが体感だけでは把握しきれなくなっている企業であれば、その必要性はさらに高まります。
昨今、クラウドをベースとしたサービスも多く提供されているため、これからワークフォース・プランニングに取り組もうとする企業は一度検討してみると良いでしょう。ただ、その際に重要なのは情報の管理だけでなく、「その情報を活用して実際にどのようなアクションをしていくのか」といった目的設計をすることです。
タレントマネジメントシステムを活用しながらも、定期的に経営陣との未来を見据えた議論の場を設計していくことは、場当たり的ではない戦略的な配置を行っていくためにも人事が担うべき重要な役割だと言えます。
ワークフォース・プランニングを実践している企業事例
──これまでに実践されたことがある「ワークフォース・プランニング」の取り組み内容について、できる限り具体的に教えてください。
売上目標を達成するための過程を具体化・可視化することで、必要な人材採用・育成の取り組みを行うことができ、結果として成果に繋げることができた事例があります。
ある会社の経営者から、「3年後に今の5倍近い売り上げ目標を達成し、世界企業になる」との目標が示されたことがあります。これは途方もなく高い目標であり、簡単には想像できない数字でした。
当然、直近の売上高推移から見ても、過去施策の延長線上にはこの目標達成はありえない状況です。そのため3年後の経営目標(To be)から逆算して、経営体制を含めてゼロベースで見直していくしか方法はありません。
そこで前述した手順に沿って、まずは「経営目標(To be)が実現された状態を具体化すること」から着手しました。
その売上目標を達成した時、サプライチェーン全体ではどれくらいのモノの動きが必要なのか。それを実現するための商品の企画・生産・物流・販売などの体制はどのような形なのか。それらすべてを見直し、1つひとつ具体化していったのです。
そこで必要な年間の出店計画や生産体制から考えれば、当然ながら当時の社員数では質・量ともに全く足りません。そのため全社の採用目標は大幅な上方修正が求められ、それに伴い短期間で多くの人材を育成するための体制の構築、モデル育成・配置プランの立案と実行、組織拡大に対応するための管理機能の強化、など、モノづくり体制以外でも非常に広範な取り組みが必要となることが可視化されました。
地道な取り組みを重ね、悪戦苦闘した結果、なんとか数年後に目標を達成。経営目標達成に加えて、多くの経営者人材を輩出できたこともこの取り組みの大きな成果となりました。
この事例を改めて振り返ると、やはり現状の延長線上の施策では経営目標の達成は不可能だったと感じます。ハロルド・ジェニーンが言う「経営は終わりから始めよ」の教え(※)の意味も、この経験を通じて少し分かったような気がします。
※米ITTの社長兼CEO(最高経営責任者)として58四半期連続増益を遂げたハロルド・ジェニーン氏の経営論。この後「オススメ本」の項目で詳しくご紹介。
人事の仕事は、ややもすると管理的な色合いが濃くなりがちです。しかしこの成功事例を通じて、「経営と一体となって全社課題に取り組んで実際に成果を出す」という戦略部署として人事に期待されるものを体感することができました。
オススメ本(3冊)
──今回のテーマについて学びたいと思っているHRパーソンに向けて、オススメの書籍があれば教えてください。
プロフェッショナル マネジャー/ハロルド・ジェニーン(著)
経営とは何なのか、について考えるきっかけになる本です。ストーリー仕立てで生々しい事例をもとに、理想の立て方、実現の仕方、そして結果を出すことの意義について深く考えさせられます。
マネジメント/P.F.ドラッガー(著)
社会において企業が存在することの意味合いや、企業が抱えるヒトというリソースの捉え方・活かし方など、普段立ち止まって考えることが少ない事項について、視点を大きく広げてくれる良書で、何度でも読み返したくなります。
図解 人材マネジメント入門 人事の基礎をゼロからおさえておきたい人のための「理論と実践」100のツボ/坪谷 邦生(著)
採用・評価・異動等の様々な人事業務を、図解を用いながら広範に分かりやすく解説してくれています。単なる言葉の解説に留まらず、実在する会社を例に用いながら具体的に解説されているので、非常に理解しやすい内容だと思います。
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編集後記
人事に限らず、今やあらゆるものをデータで可視化し活用することが求められるようになりました。ヒト・モノ・カネの中でも、特にヒトにまつわる領域のデータ化が遅れているのは、人間には感情や体調など定性的な側面が多いことが要因としてあるように感じます。
だからこそ、この領域で可視化を進めることができれば、より経営目標に対してクリティカルな手段を選択していくことはもちろん、競合他社比較でも優位に立つことができるようになるはずです。経営戦略を実現する「事業に資する人事」になるための第1歩も、自組織の未来や今を正しく具体化するところから始まるのかもしれません。