「組織コミットメント」を高めるために知っておきたい、測定方法と読み解き方
従業員が企業にコミットメントしている状態を表す「組織コミットメント」。企業と従業員が長期的な関係を築く上で重要な要素の1つであり、自社の従業員のエンゲージメント向上などの活動をしている人事にとっては重視しているポイントです。
今回は人事組織コンサルタントとして延べ200以上の職場におけるエンゲージメント向上活動支援を行った経験を持つ株式会社キャリアシェルパ代表取締役の牧野 剛さんに「組織コミットメント」の概要から具体的な施策に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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牧野 剛(まきの たけし)/株式会社キャリアシェルパ 代表取締役
アクセンチュアでSAPを活用した業務改革に8年間従事したのち人材業界に転身。ケンコーコム社やアマゾン社での人事職を経て、2013年より人事組織コンサルタントとして活動。人事・採用支援や各種組織変革推進の一方、直近3年間で延べ200以上の職場(従業員延べ4,000名以上)にてエンゲージメント向上の活動支援を実施。
目次
「組織コミットメント」とは
──「組織コミットメント」の概要について、昨今の傾向や背景も含めて教えてください。
「組織コミットメント」とは、ある特定の組織と従業員との関係性(つながり・関わり合い・結びつきなど)の内容やその強さを語る際に用いられる概念です。エンゲージメントの構成要素の1つ(※)としてもよく話題に挙がります。
(※)「組織コミットメント」を従業員エンゲージメント(あるいは単にエンゲージメント)としているケースもありますが、本記事内ではワークエンゲージメント(仕事・上司・同僚との関係性)と共にエンゲージメントを構成する要素の1つとして話しています。
組織と従業員間の関係性が強いとき、その組織は「組織コミットメント」が高いと言えます。ここでの関係性の強さとは、所属する組織に対して従業員が強い愛着や誇りを感じ、ポジティブな帰属意識が高まった状態(平たく言えば組織が従業員から愛されている状態)のことを指しています。
この「組織コミットメント」が昨今注目を集めている背景には、以下3つの観点があると考えています。
(1)組織における多様性が一段と進み、新たな関係性を構築していく必要がある(雇用形態やライフステージの多様化、ミレニアム世代・Z世代の存在など)
(2)多様な人材の力を結集し、組織パフォーマンスを最大化することへの関心が高まっている(人的資本関連情報の開示、M&A組織再編の増加傾向など)
(3)コロナ禍をきっかけに、組織とのつながりについて再考する動きが高まっている(リモートワークの拡大など)
上記に加えてさらに緊張感を高めているのが、深刻な労働供給量不足の問題です。労働需要に対して労働供給が不足する事態がすでにさまざまな場所で発生しており、人材獲得や欠員補充のハードルがかつてないほどに高まっています。組織に求心力がなければ人心は離れ、組織は急速に弱体化してしまいます。そういった状況があるため、「組織コミットメント」の強化が必要不可欠なのです。
「組織コミットメント」の測定方法と読み解き方
──「組織コミットメント」については理解していても、その具体的な測り方や読み解き方で悩まれている方も多い気がします。どのように測定し、読み解けば良いのでしょうか。
代表的な尺度として『Allen&Meyerの尺度』があります。ナタリー・アレンとジョン・メイヤーが、1990年代の一連の研究を通じて「組織コミットメント」を3次元からなる統合概念としました。それぞれの次元は以下の通りです。
情緒的コミットメント
従業員の組織に対する感情的な愛着や組織との同一化、そして組織への積極的な関与に注目したコミットメント。この次元における組織に留まる理由は『そうしたい(want to)』から。
継続的コミットメント
従業員が組織を去るときに失うもの(または逆に得るもの)を損得で比較し、功利的に意思決定するもの。この次元における組織に留まる理由は『そうする必要がある(need to)』から。
規範的コミットメント
組織に居続けなくてはならない義務感(そもそも組織に尽くすべき)からくるもの。この次元における組織に留まる理由は『そうすべき(ought to)』から。ただし、これは特定の組織に対してではなくあくまで一般的な組織に対する態度である。
(※)参考:『組織行動論の考え方・使い方』/服部 泰宏(有斐閣・2020年)より整理して記載
最後の『規範的コミットメント』は組織全般に対する態度のため、個々の企業における「組織コミットメント」強化の取り組み対象は、『情緒的コミットメント』と『継続的コミットメント』の2つが該当します。この2つのコミットメントの測定方法は、各々に影響を与えるであろう要因を調査項目として切り出し、調査~点数化する形で行われます。なお、調査項目は自社オリジナルを設定することも可能ですし、市販のサーベイツールに定義された項目を使うことも可能です。
どのような項目で調査するのかの一例として、アトラエ社が提供する組織エンゲージメント測定サービス『Wevox(ウィボックス)』で使用されている調査項目を紹介します。
次元 | 定義 | 調査項目(例) |
情緒コミットメント | 個人の組織に対する感情的な愛着や組織との同一化、そして組織への積極的な関与に注目したコミットメント。 | ・ミッションやビジョンへの共感 ・会社の方針や事業戦略への納得感 ・事業やサービスへの誇り ・経営陣に対する信頼 |
継続的コミットメント | 従業員が組織を去るときに失うもの(また逆に得るもの)を損得で比較し、功利的に意思決定するもの。 | ・キャリア機会の提供 ・給与への納得感 ・ワークライフバランス ・職場環境への満足感(ここでは環境要因全般を広めに設定) |
規範的コミットメント | 組織に居続けなくてはならない義務感(そもそも組織に尽くすべきなのか)からくるもの。 | (該当なし) |
この調査は、質問に対して従業員自身がそれぞれの考えに最も近いものを選んでいくスタイルが一般的です。具体的には『自社の事業やサービスに誇りを感じていますか?』の問いに対して『強くそう感じる』から『全くそのように感じない』までの7段階から最も近いものを選ぶ、といった形です。
回答結果は独自のアルゴリズム(あるいは自社オリジナルのルール)に基づいて集計・重みづけされ、スコア化されます。健康診断結果のように項目ごとにスコアが並ぶイメージです。このスコアを元に、状態の変化やその原因を読み解いていきます。読み解き方に決まったルールはありませんが、組織をカラダになぞらえて『体質』と『体調』について『〇〇なようだ』という仮説をたくさん挙げていくアプローチをおすすめしています。
組織の『体質』を知る
組織の強み・弱みを把握することです。全国・業界・全社平均などをベンチマークにして、該当する組織のスコアがそれらを上回っているかどうかをチェックしていきます。
組織の『体調』を知る
前回の調査から大きく上下動した項目がなかったか、などのスコアの変化で把握できます。また、何らかの施策実施後にその成果の有無を確認することもできます。
こうして自組織の『体質』と『体調』を継続的に知っていくことにより『理念戦略への共感は高いけど、職場環境に不満が募っているようだ』などの仮説を立てることができるようになり、現状分析や対応策の検討が進めやすくなります。
「組織コミットメント」を高めるための施策事例・ポイント
──「組織コミットメント」を自社で高めるための施策について、牧野さんがこれまでに経験された施策や事例について教えてください。
企業・組織ごとに抱える課題の原因・背景は異なるため、「組織コミットメント」の高め方もそれぞれであり同一ではありません。また、過去施策との連続性や施策に対する受容度の問題もあり、どのような施策をやればうまくいくとも一概には言い切れないものです。その前提を踏まえた上で、私がこれまでの経験の中から汎用性が高いと感じた施策を中心に事例・ポイントをご紹介します。
情緒的コミットメントを高める施策
この領域では、経営陣によるキャラバン(タウンホールミーティング)を考える企業が多く、実際に成果を挙げているケースも多い印象があります。
ある企業では、重大な経営方針を全社一斉に発表したあと、経営陣が二手に分かれて全職場を巡回するキャラバンを実施しました。訪問先での議論は毎回喧々諤々でしたが、キャラバン後のサーベイでは経営陣への信頼を表すスコアが顕著に上昇しました。
また、サービスに誇りを持てずにいる社員に心を痛めていたある事業部長は、そのサービスが歩んできた歴史を語る機会を持つことにしました。いわゆる昔話をすることに当初はかなり躊躇したそうですが、社会とのつながりを実感したリアルなエピソードが思いのほか好評で、スコアの上昇も確認できて安堵の表情を浮かべていらっしゃいました。
他にも、ビジョンやミッションの再構築や社内ブランディングづくりといった施策に取り組む企業も多いようです。
継続的コミットメントを高める施策
この領域では、多くの企業が人事制度・ルール・職場環境の改善などに取り組んでいます。
一方で、お話をうかがっていると、すでにある人事制度やルールの内容が従業員にそもそも認知されていないケースも往々にしてあります。もちろん人事としてはしっかりと情報発信をしているのですが、残念ながら現場やひとりひとりの社員に行き渡るまでには至っていない、という状況です。
実際に確かめるのは難しいところですが、例えばランチや立ち話など非公式な場でそれとなく話題に挙げてみてその反応を見てみる、というのも一つの手です。可能ならば気になる職場に直接ヒアリングしてみるのもよいでしょう。少しハードルが高いかもしれませんが、マネジメントが集まる場に同席させてもらい、やりとりに耳を傾けるというのもおすすめです。
また、事実と異なる情報が広まってしまい、従業員にネガティブな印象を与えているケースもあります。ある職場では、実際には全員が対象になっているにもかかわらず「一部の社員だけが優遇され、特別な備品の使用が許可されている」という情報がなぜか広まってしまい、不満の種になっていました。
あることがきっかけで、職場環境の改善が一気に進んだ例もあります。職場環境への満足度が全社平均を大きく下回るスコアだったある職場では、マネジャーがメモを片手に『今日この場で受けたリクエストすべてに対処する』と宣言。参加者全員で振り絞るようにリクエストを挙げ、それに即座に対応したマネジャーの心意気が一気に情勢を変え、もちろんスコアも改善しました。
人事制度やルールの刷新にまで大きく踏み込まずとも、こうした課題に対処していくことによって、「組織コミットメント」を改善させていくことも可能です。
情緒的コミットメント・継続的コミットメントの両方に効果がある施策
その1つが部署横断での交流機会づくりです。みなさんの企業でも社内部活動・誕生月パーティー・ファミリーデーなどに取り組まれているのではないでしょうか。ある企業では『大人の社会科見学』と称して近隣の大規模展示施設を見学するツアーを実施し、部署横断で親睦を深めたそうです。
こうした交流機会による成果をスコアの変化で確認したことはまだありませんが、「組織コミットメント」全般のスコアが高い組織ではこれらの取り組みを行っているケースが多く、何か関係があるのではないか(顔の見える存在になることがプラスに作用するのではないか)と個人的に仮説を持っています。
──こうした施策を考える上で、おさえておくべきポイントにはどのようなものがありますか?
具体的な施策を考えていく上でおさえておきたいポイントとしては大きく3つあります。
(1)「組織コミットメント」はどのように感じたかの問題
「組織コミットメント」が問うのは従業員の心理状態(どのように感じたか)です。仕組みやルール、環境の優劣を競うものではありません。良かれと信じて練り上げた施策であっても、受益者である従業員に響かなければ効果は期待できません。可能であれば、以下のようなアクションもおすすめします。
・人事だけでなく本社他部署や事業部メンバーとともに考える
・当事者に直接意見を聞く、感触を確かめる
・エンパシー(他者の感情や経験を理解する能力)が高い人材に協力を仰ぐ
(2)どのように伝えるかもとても重要
従業員が組織を体験する機会(組織とのつながりを意識する機会)はとても限られています。その限られた機会のなかで、経営陣のちょっとした発言が拡大解釈され、あらぬ誤解を呼ぶこともよくあります。意思決定者やそのメッセージを最初に発信される方はもちろん、従業員にとって身近な存在である上司・同僚も一緒になって組織との良質なつながりを育んでいきたいものです。
(3)「組織コミットメント」は変化しつづける
従業員の心理状態は日々刻々と変化します。毎日いろいろな出来事が起こり、過去の記憶は薄れていくものだからです。したがって、これさえやっておけば安泰ということはありません。変化を察知し、一度やったことでも再度やってみるなど時々の状況に柔軟に対応していくことが大切です。
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編集後記
『「組織コミットメント」は健康診断のようなもの。自組織の体質と体調を継続的に知っていくことで適切な対処を検討できるようになる』この牧野さんの言葉には本質が詰まっていると感じました。一過性の取り組みとして終わらせず、継続的に取り組んで自組織の理解を深めていくことが何よりも重要なのではないでしょうか。