「シェアードサービス」で生産性を高めるには
グループ企業の基幹業務を集約させる「シェアードサービス」。人的資本の効率的な活用や、グループ全体の業務効率を上げる効果が見込める一方で、乗り越えるべき課題もあります。
今回は、「シェアードサービス」の運用経験をお持ちの人事パラレルワーカー 松田 めぐみさんに、「シェアードサービス」の人事的なメリット、導入ステップについて伺いました。
<プロフィール>
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松田 めぐみ(まつだ めぐみ)/コンサルタント
大手総合金融サービスのお客様サービス部門を経て、大手インフラ系企業の管理業務に従事。基幹システム導入に伴いIT経験を積み、新規事業開発や経営企画へ転属。事業改革等で会計、人事領域の企画、コンサルティング経験を積み、人事コンサルタントとして活躍。現在は人事領域に関わらず企業改革全般に関わるコンサルティング業務に従事している。
目次
「シェアードサービス」とは
──「シェアードサービス」の概要について教えてください。
「シェアードサービス」とは、複数のグループ会社からなる企業が間接部門の業務を1カ所に集約させることで業務効率化やコスト削減を狙う組織のことを指します。
また、「シェアードサービス」を導入する企業の業界もさまざまです。製薬・ガス・電気などの大企業グループはもちろん、飲食・美容などの中小企業グループでも行われており、管理部門の統一は経営戦略としても進んでいます。
なお、その対象業務は以下のように多岐に渡ります。
・財務、経理
・総務、人事
・法務、監査
・情報システム
・物流
似たサービスにBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)があり、その名の通りビジネスプロセスの一部を外部へアウトソーシングすることを指します。企業の業務効率化・生産性向上・従業員の負担軽減を図る点では「シェアードサービス」と共通していますが、「シェアードサービス」が同じ企業体の中で行われるのに対し、BPOは業務を外部委託する点が異なっています。
「シェアードサービス」の人事的なメリット
──「シェアードサービス」導入により、人事にもたらされるメリットにはどのようなものがあるでしょうか。BPOから得られるメリットとの違いも含めて教えてください。
「シェアードサービス」導入によるメリットは、大きく以下3つがあります。
(1)管理工数の削減
(2)担当社員の育成効率化
(3)業務の俗人化防止(品質の安定化)
(1)管理工数の削減
ご存知の通り、管理部門は『一般管理費』として分類される間接部門であるため多くの人材を抱えることが困難です。また、関連会社では従業員規模も少ないことから1人月での雇用自体が必要ない場合や、人事や経理のように繁閑がある業務であればタイミングによっては人員を充てる必要がないこともあります。
その対策として営業事務などを兼務させるケースも散見されますが、複数の事務作業を効率よく担当できる人材を確保することは昨今の採用市場においては相当難易度が高いものです。仮に採用できたとしてもかえって費用が高額になったり、離職を招き安定化しなかったりといったリスクが考えられます。パート・アルバイトを雇用することも考えられますが、この場合も結局は管理統括する社員が必要となるため、根本的な問題解決にはなりません。こうした管理工数を削減するために「シェアードサービス」へ注目が集まっています。
なお、業務効率化の観点から考えればBPOも確かに効果的です。しかし、BPOはあくまでも事務作業の委託(事務代行)であるため、それらを管理統括する社員の存在はマストです。部分的な業務効率化は実現できますが、管理人材の配置がセットになることを踏まえてBPOの導入は検討する必要があります。
(2)担当社員の育成効率化
管理部門の業務は専門性が高いため、人材育成も簡単ではありません。また、実務を通じてスキルアップできることも多く、バラバラと教育するよりはまとめて管理した方が効率も良いものです。その点、「シェアードサービス」であればグループ内の1カ所でまとまって管理・育成を行うことができます。一方、BPOだと外部委託してしまうため経験やスキルが社内に蓄積されることはありません。
(3)業務の俗人化防止(品質の安定化)
管理部門において特に求められるものに『不正防止』があります。中小企業などで担当1名にすべてを任せた結果、その人にしかわからない状況が生まれてしまい、結果的に不正につながるケースは多々あります。また、その1人が突然退職したり病気やケガなどで離任したりすれば担い手がいなくなるなどの経営リスクも孕んでいます。こうした俗人化へのけん制の意味でも、「シェアードサービス」は効果があります。
「シェアードサービス」導入検討時の留意点
──「シェアードサービス」導入にあたり、『子会社化』と『本社部門としてまとめる』の2つで迷うことも多いと思います。判断基準について教えてください。
この場合、もっとも重要なのは、法令順守の確認です。なぜなら、人事関係の諸申請(社会保険手続きなど)を他社社員が申請する場合は、委託を受けた社会保険労務士(もしくは同法人など)でなければ法律違反となってしまうからです。
つまり、人事給与業務においてもっと重要な社会保険業務・雇用保険手続き・助成金などの手続きは「自社の社員」もしくは「社会保険労務士」しか対応できないということです。『子会社化』『本社部門としてまとめる』のいずれの場合であっても、自社の社員でない場合は社会保険労務士の資格(もしくは法人化)が必要であることを理解しておく必要があります。
「シェアードサービス」だけを目的とした子会社を設立した場合、人事系の申請手続きが行えないため、多くの場合はその部分を社労士事務所(もしくは法人)に委託する必要が出てきます。しかし、そうなると自社でやるコストメリットが出てきません。むしろ最初から社労士事務所や会計事務所に委託したほうがコスト的にメリットがあるケースも出てきますので、人事領域をシェアードサービスにする場合はこの点を充分加味してください。
なお、子会社化の基準はさまざまです。費用対効果はもちろんのこと、子会社化による節税効果を加味して判断することが一般的です。他にも、給与体系を合わせるために別会社にするケースもあります。たとえば、技術者メインの会社が事務系職種と給与体系を別にする目的で子会社化を進める、といった場合もあるでしょう。
──実際に「シェアードサービス」導入の検討を進める際には、社内及びグループ会社でどのように調整を行えばいいのでしょうか。
「シェアードサービス」を導入する際に注意すべきことは、導入企業の文化や習慣を理解した上で行うという点です。「経営方針だから」「業務効率化のためだから」とトップダウンで導入してしまうと、うまく運用に乗せることができません。導入を進める際には、以下のようなポイントを事前に把握した上で、各所と連携する必要があります。
各社の違いを把握する
「シェアードサービス」を導入する上では、事業や働き方、業種、利用しているシステムなど、それぞれの会社での異なる業務プロセスをどう整理するかがポイントとなります。特に、グループ各社のルール(規程)が異なるケースでは『統一するのか』『個別にするか』の議論が発生します。こうした会社間での文化・待遇・規定の違いが揉める原因になっていることは多いものです。
揉め事を回避するためには、あらかじめ「シェアードサービス」でできることを明確化した上で、それに大して各社がどう合わせるかを業務プロセスのマッチングを含め協議していく必要があります。その際、業務プロセスの整理には『移管する側』の労力が掛かる(協力を得る)ことの理解しておくことも重要です。
委託料による費用対効果の有無を考える
ある程度の規模感がある会社の場合、「シェアードサービス」の導入がデメリットをもたらすケースがあります。グループ会社の中でも特殊な事業を担当している場合や、業務プロセスの整理が困難な場合がこれに当たります。こうしたケースでは、むしろシェアードサービスを導入することで社内委託費用が高額化してしまい、本来の目的であるはずの費用対効果が期待できないためです。
また、異なるシステムを利用していたりカスタマイズ中だったりすると改修費用・移行費用も膨大になりますので、システムリプレイスのタイミングまで「シェアードサービス」導入を待つことも有用な手です。
「シェアードサービス」導入のステップ
──「シェアードサービス」を導入する場合、どのように進めていくべきでしょうか。
導入ステップには大きく分けて、以下7つがあると考えています。
(1)シェアードサービス事業が提供する標準サービスを定義する
(2)取り扱うサービスと実行するシステムを整備し、業務プロセスを構築する
(3)社員の役割・体制・スキルを整備し、社内の管理プロセスを整備する
(4)初期導入を行う
(5)業務プロセスを整理する
(6)システム移管
(7)サービス提供開始
上記7つのうち、(1)~(3)が事業構想としてすべきこと、(4)以降は実際に企業案件を委託する際に行うことです。
この中でも特に大事なのは『(4)初期導入を行う』です。「シェアードサービス」を導入する企業の社内プロセスと、「シェアードサービス」を実施している企業で業務プロセスや利用しているシステムが異なるケースをどのように整理するか、が導入の成否を分けると言っても過言ではありません。このステップを通じずに個社最適の業務を移管するだけでは、ただの事務代行にしかならないからです。
つまり、「シェアードサービス」を軸とした標準サービスに各社が合わせることが重要なのですが、既存企業を吸収する場合は既存業務を整理する必要があり、ここが一番困難なポイントだと言えます。今までのやり方をなかなか変えることができなかったり、業務の違いなどでうまく標準に乗らなかったりするケースもあるためです。
あと、意外と多いのが前述したような『法令違反』に該当する運用をしてしまっているケースです。その場合は規定変更や各種修正などの個別作業が発生してきますが、それらのプロセスを通じて内部統制・品質向上・法令順守を実現できる点も「シェアードサービス」導入のメリットの1つだと言えるでしょう。
ちなみに、近年ではDX推進もあり、大企業に限らず中小企業からも「シェアードサービス」導入に関する問い合わせは増えてきています。具体的な事例は守秘義務の関係からお伝えできませんが、業界を問わず導入ニーズは高まっていると感じています。今後も多岐に渡る業界で、「シェアードサービス導入」の流れが高まっていくのではないでしょうか。
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編集後記
業務効率化やコスト削減など、短期的なメリットが先行しがちな「シェアードサービス」。ですが、松田さんのお話からその導入過程における中長期的なメリット(各企業の理解、課題抽出・整理、人材育成、法令順守など)も見逃せないことが理解できました。それらも踏まえて「シェアードサービス」導入を検討してみてはいかがでしょうか。