「ダイナミック・ケイパビリティ」の概要を知り、組織の自己変革力を高める方法を学ぶ

経営戦略理論の1つである「ダイナミック・ケイパビリティ」。変化が激しい現代において企業の対応力や変革力を示す言葉であり、直近徐々に広がりを見せている概念です。
今回は、Actlabo株式会社 代表取締役の岡部 雅仁さんに、「ダイナミック・ケイパビリティ」の概要から今注目を集める理由、導入方法などについて伺いました。
<プロフィール>
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岡部 雅仁(おかべ まさひと)/Actlabo株式会社代表取締役、コーン・フェリー・ジャパン Senior Client Director
外資系組織人事コンサルティングファームであるコーン・フェリーにて大手日本企業に対する組織・人事コンサルティングを行う傍ら、Actlabo社にてスタートアップや地方企業に対する組織開発、従業員エンゲージメントの向上、リテンション対策に対する支援を行う。”エンゲージメント高く働ける組織と個人を増やす”ことをミッションとして活動中。
目次
「ダイナミック・ケイパビリティ」とは
──まだまだ聞きなじみのない言葉である「ダイナミック・ケイパビリティ」。その概要について教えてください。
「ダイナミック・ケイパビリティ」は、カルフォルニア大学バークレー校のディビット・ティース教授によって提唱された『経営戦略理論』です。2020年に経産省・文科省・厚労省が共同発表した『ものづくり白書』の中では、以下のように定義されています。
“環境や状況が激しく変化する中で、企業がその変化に対応して自己を変革する能力”

なお、ティース教授は『変化の激しい時代において企業は以下の2つの経営能力を両立させる必要性がある』とも説いています。
(1)オーディナリー・ケイパビリティ
既存事業の効率性や生産性を高めて、“利益”を最大化する能力。
(2)ダイナミック・ケイパビリティ
自社が保有する固有の資源を『再構成・再配置・再利用』することで、売上や収入などの“付加価値”そのものを最大化する能力。
事業・競争環境が安定している時代には、オーディナリー・ケイパビリティを高める経営(業務効率の改善や適切なコスト削減による利益の最大化)が是とされていました。しかし、現代のような世界規模での連続的な市場変化に対応するような変革を実現するためには、過度な利益重視のオーディナリー・ケイパビリティはむしろ『現状維持思考』を生み出し、変革の足枷となります。
そこで、より大胆な売上や付加価値を獲得していくために高次の変革能力である「ダイナミック・ケイパビリティ」を強化することが重要になってきました。これが昨今「ダイナミック・ケイパビリティ」の注目度が高まっている背景にあると考えています。
日本における「ダイナミック・ケイパビリティ」の現状
──「ダイナミック・ケイパビリティ」は、日本において現状どのように捉えられている認識でしょうか?
「ダイナミック・ケイパビリティ」の考え方は、日本のビジネスシーンにおいても広く普及しつつある“知の深化(主力事業の絶え間ない改善)”と“知の探索(新規事業に向けた実験と行動)”を両立させる『両利きの経営』(※)のコンセプトと類似する点が多くあります。上位概念では“知の深化”をオーディナリー・ケイパビリティ、“知の探索”を「ダイナミック・ケイパビリティ」と置き換えてよいかと思います。
(※)『両利きの経営』とはスタンフォード大学経営大学院教授であるチャールズ・オライリー教授が提唱した経営理論で、変化の激しい時代においては企業は既存事業の成長と新規事業の開発を”両立”、すなわちどちらか一方だけではなく両方を高いレベルで実現させなければ生き残れないという考え方。
『失われた30年』という言葉にも表れているように、過去30年日本企業は世界を変えるようなイノベーションを生み出せておらず、GAFAMのような欧米系企業に大きく先を越されてしまいました。元来日本企業は高い技術力を保有するがゆえに、既存事業の生産性やコスト効率を高めていくようなオーディナリー・ケイパビリティ(≒知の深化)には長けた企業が多い印象です。
その負の側面として、既存事業の“磨きこみ”に固執しすぎる傾向があり、気がつくと本質的な市場の変化を“感知”するのが遅れ、より高い視点で「ダイナミック・ケイパビリティ」を発揮する欧米系企業に市場を取られてきた歴史があります。富士通やNECがガラケーの機能強化を行っている間にAppleがiPhoneにより市場を席捲した例や、シャープが台湾の鴻海に買収されるまで自社の液晶事業に固執した戦略を変更できなかった例などは象徴的な失敗例として挙げられるでしょう。
このような失敗の反省から、多くの日本企業は『両利きの経営』や「ダイナミック・ケイパビリティ」といった視点を取り入れ、新たな売上や付加価値を創出するために自社内外の資源を活用してより大胆な変革を行っていく経営戦略の重要性を理解しており、その傾向はますます強まると考えています。
「ダイナミック・ケイパビリティ」を高める方法
──この「ダイナミック・ケイパビリティ」を強化するためには、どんな方法があるのでしょうか?
「ダイナミック・ケイパビリティ」を強化するためには、以下3つの経営能力を高めていく必要があります。

(1)感知/Sensing
企業の経営陣が事業の最前線で起こっている変化・機会・脅威を感知する能力。
(2)捕捉/Seizing
機会を捕捉し脅威をかわすために、既存の自社資源(知識・技術・人材など)と社外資源(顧客・仕入先・パートナーなど)を大胆に再構成する青写真を描く能力。
(3)変革/Transforming
経営陣が関係者を巻き込み、新たなビジネスのエコシステムを形成する能力。
この3つの経営能力を高め、自社が保有する固有資源を『再構成・再配置・再利用』して初めて売上・収入などの“付加価値”を最大化することができるようになります。
また、このようなプロセスから大きな付加価値を創出するために重要となるのが『共得化の原理』です。これは、個別に利用しても大きな価値を生まない自社内の特殊な資源や知識を結合させることで価値を創出するという考え方で、『イノベーション(新結合)』とも類似する考え方です。

「ダイナミック・ケイパビリティ」を取り入れている日本企業の事例
──この「ダイナミック・ケイパビリティ」を経営戦略論として取り入れている企業にはどんなところがありますか?
「ダイナミック・ケイパビリティ」という用語そのものを経営戦略としている日本企業はまだまだ少ないのが実情です。しかし、その定義に立ち戻って『感知・捕捉・変革』の経営能力を高め、自社が保有する固有資源を『再構成・再配置・再利用』して売上・収入などの“付加価値”そのものを最大化するという意味では日本企業においても事例はあります。
■富士フイルム社
かつて繁栄した写真フィルムで培った技術・ノウハウを基に、今では化粧品や再生医療の領域にも進出。デジタルカメラの普及で急速に収縮した写真フィルム事業を補って余りあるレベルまでそれ以外の事業を成長させています。
■ソニー社
2010年あたりまでは家電製品や半導体の売上が全体の6割を超えていましたが、現在(2022年時点)その売上比率は3割程度まで減少。それ以外のゲーム・音楽・映画・金融事業を大幅に伸ばし、会社全体の売上は過去最高水準にまで成長させています。
どちらの事例も『既存主力事業の大幅な落ち込み』という外圧的な環境変化が変革の推進力となっていることは否定できません。しかし、強い「ダイナミック・ケイパビリティ」を発揮して自社が固有で保有する資源の大胆な再構成を行い、新たな成長へとつなげた事例と言えるでしょう。
なお、強い「ダイナミック・ケイパビリティ」を発揮して変革を推進していくためには大きなエネルギーが必要です。既存事業の抵抗勢力や既得権益者からの障害を克服し、実際の変革を成し遂げた企業には以下のような共通項が読み取れます。
・経営陣の健全な危機感と謙虚さ(自社の既存事業を過信しない)
・歴史によって蓄積された自社固有技術や人材、哲学に対する強い信頼
・利益拡大が目的ではなく、社会に貢献する付加価値創出と拡大を目的としている
いずれも経営陣・組織パーパス・哲学・信念などの『人間力』『組織力』の強さが成否を分けています。これを言い換えると、『人事力』の強さが「ダイナミック・ケイパビリティ」の成否を分けると言っても過言ではないでしょう。
「ダイナミック・ケイパビリティ」を高めるために人事ができること
──「ダイナミック・ケイパビリティ」を強化するにあたり、人事が対応するべきポイントや社内において担う役割について教えてください。
「ダイナミック・ケイパビリティ」を人事施策の観点から強化していくためには、以下3点を意識した施策を展開する必要があります。
(1)『変化と挑戦』を前提とした組織風土の醸成
「ダイナミック・ケイパビリティ」は、環境変化に対する自律的な変革力とも言い換えられます。そのような能力を強化していくためには、変化や挑戦を肯定的に受け止められる組織風土を作らなければなりません。パーパスやMVVの策定・浸透も含めて経営陣と人事が一体となって組織風土をデザインし、その醸成を体現することが求められます。
(2)『共得化』を生み出す異能人材のタレントマネジメント
自社のタレントマネジメントを検討する際、現在担当している仕事内容に関わらない部分も含めた特殊な知識・経験・技術・志向性を持った人材を特定して、その特徴を最大限に発揮・補完するような配置や登用、チーム編成ができないかを検討します。近年、日本でも普及しつつあるジョブ型とは逆の発想になりますが、新たな価値創出やイノベーションの局面においては“人の個性”を起点としたタレントマネジメントを行うことも重要になってきます。
(3)挑戦を『加点する』人事制度比重の拡大
「ダイナミック・ケイパビリティ」のプロセスである『感知・捕捉・変容』は、現場の最前線の社員がいかに“能動的に”お客様や市場の変化を『感知』できるかによって大きく結果が変わります。現場社員のさまざまな試行錯誤や挑戦を人事制度上でも公式に評価・処遇することで、日々の業務内における挑戦の量・質は拡大します。さらに、経営陣がそこから『感知』できる情報量を増やすことができれば、より精度とスピードを上げた形で「ダイナミック・ケイパビリティ」を強化することができるようになるはずです。
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編集後記
「ダイナミック・ケイパビリティ」というワード自体は目新しいものですが、内容的にはこれまでの日本企業においても重要だとされてきた考え方であることを岡部さんからのお話から理解できました。この記事がその概念の再理解につながり、社内に適応させていくきっかけとなれば幸いです。