「チェンジマネジメント」で変革の好循環を生み、強くしなやかな組織を作る方法

昨今の激しい外部環境変化に対応するべく、新しい組織体制や社内システムを導入する機会が増えています。しかしながら、そうした組織変革が思うようにいかず、狙った成果を挙げられない企業も少なくないようです。そのような背景から、組織変革を推進・加速させるマネジメント手法として「チェンジマネジメント」が注目を集めています。
今回はリクルートをはじめさまざまな業界で組織開発コンサルティング経験を持つパラレルワーカーの林 紀彦さんに、「チェンジマネジメント」の概念とその導入方法などについてお聞きしました。
<プロフィール>
林 紀彦(はやし のりひこ)/glowth Forward(個人事業主)として独立
NTT東日本にて営業・営業企画を経験した後、リクルート社にて組織開発コンサルタントに従事する。通信、金融、人材、製造業などに対するコンサルティングを実施。その後、日本M&Aセンターにて組織統合などのプロジェクトを経験し、株式会社LIFULL 人事本部組織開発グループ責任者を経て独立
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目次
「チェンジマネジメント」とは
──「チェンジマネジメント」の概念と、近年重要視されている背景について教えてください。
「チェンジマネジメント」とは、企業が経営ビジョンを実現することを目的としたときに必要な組織変革をスムーズに進めるために、個人や組織がその変革を受け入れ、目指す姿に導くためのマネジメント手法のことを指します。「チェンジマネジメント」には個人・プロジェクト・組織と大きく3つの対象が考えられますが、今回は組織に絞って解説します。
近年、「チェンジマネジメント」が重要視されている理由は大きく2つあります。
VUCA時代による環境変化への対応
組織を『環境変化に適応しつつ自らの姿を変えていく動的な活動体』として捉えると、現時点で好業績を上げている企業は外部環境の変化(顧客ニーズや競争環境)などの『現在』にうまく適応できていることを意味します。
しかし、VUCA時代は外部環境そのものが急速に変化し、明日も同じ状態にあるという保証はありません。組織が環境変化に適応していく努力を怠れば、顧客から見放され、競合他社に先行されてしまいます。『常に環境の真ん中にいる』ために自らを変化させ続けることが、より重要な時代になったことが、「チェンジマネジメント」の重要性を高めた要因の1つです。
人材市場の流動性への対応

内閣府が行った調査で「転職に対する考え方」を質問したところ、「職場に強い不満があれば、転職することもやむをえない」(26.4%)と回答する人が最も多く、「つらくても転職せず、一生一つの職場で働き続けるべきである」と答えた割合は わずか4.4%に留まりました。

※参照:内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 第4章 職業関係 (平成30年度)」第2部調査結果より作成
また「職業選択の重視点」についての質問に対しては、「収入」(70.7%)と答えた割合が最も高く、次いで「仕事内容」(63.1%)、「労働時間」(60.3%)、「職場の雰囲気」(51.1%)となっています。
このように、データからも企業は従業員から『選ばれる時代』に突入していることが見て取れます。良い企業であることは大前提として、成長できる仕事があり、それを通じた収入アップが望めるという好循環があることが今まさに求められているというわけです。
「チェンジマネジメント」を成功させる変革の8段階プロセス
──「チェンジマネジメント」を成功させるためのステップ・フレームワークとして、『変革の8段階プロセス』というものがあると聞きました。この具体的な内容について教えてください。
「チェンジマネジメント」を成功させるためのステップ・フレームワークにはいろいろなものがありますが、中でも有名なものとしてよく挙げられるのが『変革の8段階プロセス』です。ハーバード大学ビジネススクール名誉教授のジョン・コッター氏によって提唱されました。
具体的には大きく3つの変革フェーズに分けられ、8つの段階を経ていくプロセスのことを指します。
(1)危機意識を高める
(2)変革推進チームをつくる
(3)適切なビジョンを掲げる
(4)ビジョンを周知徹底する
(5)行動を後押しする
(6)短絡的な成果を実現する
(7)気を緩めずに更なる変革を推進する
(8)変革を根付かせる
フェーズ1/変革への機運を盛り上げる
まずは変革をスタートさせるために必要なエネルギーを蓄えることを目的に、以下3つのことを実施します。
(1)危機意識を高める
どれだけその改革が組織にとって必要なことであっても、その緊急性や目的が従業員に伝わっていなければ改革はスムーズに進みません。従業員の活力やモチベーションを高め、求められる変革について『今すぐ取り掛からなければならない』という危機感を与えることがまず必要です。
(2)変革推進チームをつくる
組織一丸となって変革を推し進めるためには、その変革をリードする強いチームが必要です。またそのチームを新たに編成する場合、以下のような要素を持った人材を集める必要があります。
・何を変革するのか、なぜ変革しなければならないか、を十分に理解している
・変革後の『正しい』行動のモデルになれる
・結果に対して自ら責任を負い、部下にも責任を持たせることができる
(3)適切なビジョンを掲げる
組織変革は、あくまで企業が目指すべきビジョン(あるべき姿・未来像)を実現するための手段です。そのビジョンが明確であればあるほど、より実現可能性の高い戦略立案ができるようになります。以下のような点に注意して、より優れたビジョンを掲げましょう。
・将来のあるべき姿がはっきりイメージできるものか
・実現可能で、かつ従業員が望むものか
・進むべき方向性はわかりやすいか
・従業員が自主的に行動できるか
・伝わりやすいメッセージか
フェーズ2/組織全体を変革に巻き込む
フェーズ1で組成した変革を担うリーダーが、自ら率先してステークホルダー全員を変革に巻き込んでいくフェーズです。
(4)ビジョンを周知徹底する
ステークホルダー全員からの信頼・支持を獲得するために、フェーズ1で検討した『企業が目指すべきビジョン』を周知します。朝礼や会議など全体で集まる場面だけでなく、各部署でも周知を徹底し、継続的にビジョンの共有を行っていきます。
(5)行動を後押しする
変革ビジョンの実現に向けて、皆が行動しやすくなるような環境整備を行います。例えば、非効率的な業務プロセスを見つけ出してメンバーの妨げとなる障壁を取り払う、などがその行動例です。
(6)短期的な成果を実現する
目に見える成果を『なるべく早期に』『タイミング良く』『意味のある形で』示し、変革が順調に進んでいることを証明していきます。組織の変革に対する士気をさらに高めることがその狙いです。
フェーズ3/変革を実行し続ける
変革をその場だけに終わらせず、組織文化として根付かせるために粘り強く実行し続けるフェーズです。
(7)気を緩めず更なる変革を推進する
短期的な成果が次々と生まれるようになると、変革の方向性が明確になり組織に勢いがつきます。変革ビジョン実現に向け、目的を見失わないように進捗状況のモニタリングと評価を継続的に行います。
(8)変革を根付かせる
簡単に過去に引き戻されることがないよう、新しい業務の進め方を定着させ、企業の新しい文化として定着させていきます。無事に変革した内容が定着したところで8つのプロセスは完了です。
以上が「チェンジマネジメント」の基本プロセスです。
ただし、VUCA時代への対応や働き方改革に沿ったビジネススタイルを目指すためには、この8つのステップを常にループさせて『変わり続ける』ことが大切です。ループの仕方は色々な方法があると思いますが、基本的にはサーベイを取得し、ビジョン浸透ができているか?実現に向けて動けているか?などを全従業員から確認し、部署ごとの傾向を見ていくことが必要だと考えます。

「チェンジマネジメント」のつまずきやすいポイント4選

──「チェンジマネジメント」を推進する上で起こり得る課題・障壁などのポイントについて、特に人事領域に関するものを具体的に教えてください。
大きく以下4つのつまずきやすいポイントがあります。
その1/変革の必要性が言語化できない
『どことなくみんなの元気が無い』『仕事ができるメンバーの離職が増えてきた』『業績も思わしくない』など、このままではダメだという雰囲気は誰もが感じているものの、『なぜ変わらなければいけないか?』『どこに向かうべきなのか?』が抽象的なまま具体化されないことにより、組織変革が形式的なものになってしまうケースです。これは多くの人たちを巻き込む「チェンジマネジメント」で最初につまずくケースと言っても過言ではありません。
自分たちの職場に根付く問題点・課題点を具体化し、周囲に伝わる言葉で形にすることができなければ、大きな変化を生むことはできません。むしろ中途半端な号令や掛け声では、『またか』『どうせ変わらない』といった無関心を生むばかりか、『自分たちの苦労は何も分かってない』『上司・経営陣が悪い』といった他責や混乱までも生んでしまう可能性があります。
その2/チェンジモンスターとの対立
チェンジモンスターとは、改革を妨害したりかき回したりする人間的・心理的な要因の総称です。変わることへの怖れ・不安・反発・嫉妬など、さまざまな感情がその根底にはあります。組織が変化しようとする際に必ず現れるチェンジモンスターは、自分の業務や働き方に『困っていない』ケースが大半です。業績が思わしくない、周囲の雰囲気が良くない、などがあったとしても自分の業務とは関係なく、これからも変わらず日常を過ごしていければ良いとチェンジモンスターは考えます。
またチェンジモンスターを上司や経営陣が意図せず生んでしまっているケースもあります。これまで現場の状態を訴え改善を呼びかけていたものの、上司や経営陣がそれに取り合ってこなかった場合などにそれは起こります。『自分たちが声を上げた時には取り合わなかったくせに、なぜ今さら一方的に変化を押し付けられなければいけないのか』という怒りや不信感が募り、変革への障害になるパターンも少なくありません。
この対策として『仕事の基準を上げる』『インセンティブを設定する』という話を聞くことがありますが、スタートアップや中小企業の場合は必ずしもうまくいくとは限りません。大手企業とはそもそもリソース量が違うことはもちろん、社員1人ひとりの業務経験や習熟度にバラつきや違いがあるからです。チェンジモンスターとは対立するのではなく、変革に向けた仕事を任せて一緒に取り組むことができれば、大きな変化が期待できます。
その3/成果を発見できない
変革の8段階プロセスでもご紹介した通り、「チェンジマネジメント」では早期に成果を見つけプロモーションしていく必要があります。そうしないと変化の波を掴めずにまた元の状態へ戻ってしまう危険性があるからです。
しかし、実際に『何を成果として取り上げるか』という判断軸の設定の部分でつまずいてしまう事が多くあります。成果を数字に設定する企業も多くありますが、数値に出てくるのは遅行指標として表されるケースが大半です。そのため数字だけを成果にしてしまうと、『変化に向けて動いているのに結局何も変わらない』と捉えられてしまうことが往々にして発生します。先行指標として表すことができる数値を設計できれば問題ありませんが、必ずしも数値にこだわる必要はありません。社員の言動や行動を成果と捉え、内面に起きた変化を目に見えるようにしていくことも重要です。
その4/新しい仕事の型化ができない
変革の浸透・定着に向けて重要なのは、誰もができるように業務の再現性を高めることにあります。しかし、新たに加わったメンバーや業務習熟度が低いメンバーに対して、業務プロセスの設計をシンプルに分かりやすく形にするのは案外難しいものです。最初から完璧な業務プロセスを設計する必要はありませんが、改善を繰り返し誰もが簡単に分かりやすくできる仕組みを作ることが重要となってきます。
「チェンジマネジメント」を取り入れた企業事例
──林さんがこれまでに経験された「チェンジマネジメント」の具体事例について教えてください。
これまで私はコンサルタントとして数多くの「チェンジマネジメント」を外部から支援してきました。特にとあるクライアント(約150名と約300名規模)のM&A後のプロジェクトでは、企業文化も人事制度も異なる2社が1つとなったことに伴って給与体系をはじめさまざまな規定を刷新をするという大きな「チェンジマネジメント」に携わりました。
この変革を従業員の方へ提示した際には多くのネガティブな反応が返ってきました。当初シナジーを生むことを期待して実施したM&Aでしたが、派閥や権力争いが発生したことにより各種取り組みにも効果が表れず、譲渡企業側のトップセールスが退職するなどの影響もあって現場は疲弊。そこで「チェンジマネジメント」の概念を用いて、どうにか組織を立て直そうとしました。
最初に取り組んだのはミッション・ビジョン・バリュー(以下MVV)の浸透度を測ることでした。M&Aにあたって新たに定めたMVVを組織全体に浸透させるべく、マネジメント層を中心とした組織変革プロジェクトを発足し、人事が中心となってその浸透度を測ったところ、なんと大半の組織やマネージャーが『(MVVの)言葉すら知らない』という驚愕の事実が発覚したのです。さらに、これまで発信されてきた変革の必要性も現場まで届いておらず、むしろ『キレイごと』として認識されている状態だったのです。
しかし、中にはMVVも変革の必要性も十分に理解している組織もありました。その組織に共通したのは、『マネージャーが自分の言葉でそれらを語り、メンバーの不安・不満に対して向き合っている』というもの。こうした組織ではメンバーも納得して仕事に取り組んでいる様子が見て取れました。
そこで私はこれらの組織を参考に『あるべきマネージャー像』のモデルを策定。それに沿ったマネージャーを増やす施策を実行していくことにしました。
具体的に実施したのは以下3つです。
(1)月に1度、MVVに関する記述テストをマネージャー全員に出題。得点が低かった方は再試験や面談を行い、インプットの機会や不安/不満に答えていく体制を構築。
(2)毎週行う各組織のミーティングの冒頭で、1分間個人でMVVを考える時間を設定。「今週の活動内容をMVVと紐づけて考える」というテーマで具体的な活動を考えてもらう。「職場のごみを拾う」など簡単なものでOKとし、誰しも行う当たり前のことがMVVと結びついているということを感じてもらった。
(3)月1度振り返りとしてワークシートにMVVに向けて起こした行動を記入し、グループで共有する時間を設定。月に1度の業績や活動の振り返りを行うミーティングの中で、MVVに向けて起こした行動についてワークシートに事前記入を行い、全員に共有、質疑応答を実施。
これらを『マネージャーの重要な仕事』として認識してもらい、トレーニングを行いながら浸透させていきました。中にはどうしてもこの取り組みに納得いかないマネージャーも2名出てきました。うち1人はトップセールスとして影響力もある方で、当初は退職を表明するほどの反対ぶりでした。そこで経営陣や人事と慎重に議論を重ね、本人との対話も数多く行い企業の将来像や期待を伝えた結果、スペシャリストとして役割変更を行い、トップセールスとして組織に貢献する意欲を見せてくれるまでになりました。
結果、6カ月後には再試験を受けるマネージャーはゼロに。そして従業員満足度調査の「上司満足度」の項目も6カ月前と比べて上昇し、「会社満足度」も25%上昇しました。
このプロジェクトに関わったのは約2年間。こうした成果が自信につながり、より変革が進んでいく好循環が生まれていました。このマネジメントのモデル化は改善を続けながら今も形式化されていると聞いています。
▶MVVの作り方や具体例に関してはこちら
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編集後記
今後さらに不安定性・不確実性・曖昧さ・複雑さが増す世の中においては、組織を変革し続けることは必要不可欠です。またその変革を進める中で、大切な従業員の皆さまの納得度を高めることはもちろん、その変革プロジェクトを通じてより自社に対する愛情を高めることができれば、これ以上ない成果を得ることができるでしょう。