「自律型組織」へ移行する鍵は、情報のオープン化とトップの覚悟
自ら学習し変化に対応できる組織の形として注目を集めている「自律型組織」。従来のトップダウン型ではなく、社員の主体性を引き出せる組織の形として、日本でもさまざまな形で導入が進んでいます。
今回は、複数企業で組織開発を経験された人事パラレルワーカーの畑 俊彰さんに、「自律型組織」の概念から変革方法などをお聞きしました。
<プロフィール>
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畑 俊彰(はた としあき)/株式会社インヴィニオクロス 代表取締役社長
1982年、埼玉県生まれ。2004年に株式会社ベンチャー・リンク入社。2009年日本郵便株式会社に転職。同社にて、組織風土改革、異業種他社との共創PJの推進etc、多数の組織横断プロジェクトを牽引。目の前で人や組織が殻を破る瞬間に立ち会う中で、より多くの人・組織の変革の場に立ち会いたいという想いから、2018年株式会社インヴィニオに転職。企業の組織変革・リーダー育成に携わる。2021年3月より現職。
目次
「自律型組織」とは
──「自律型組織」の概念について、近年注目を集めている背景も踏まえて教えてください。
「自律型組織」とは、権限や意思決定の裁量が分散されている組織のことを指します。従来の階層型組織と特徴を比較すると以下のような形になります。
自律型組織
『上下関係』を明確に設けず、構成員(社員)の合意によりあらかじめ定められたルールに則って社員1人ひとりが意思決定の権利と責任を持つ。
階層型組織
『上下関係』と『役職』があり、役職が上がるほど意思決定の権限と管理責任が大きくなる。
意思決定にあたり幾重もの上位承認・意思決定を得なければならない階層型組織と比較して、「自律型組織」は現場の裁量でスピーディーな意思決定・行動ができるメリットがあります。昨今「自律型組織」を志向する企業が出てきた背景には、環境変化の速度や複雑性が増したことによる管理型組織の限界があるのではないかと考えています。
「自律型組織」を実現する上で重要な概念に『学習する組織』というものがあります。これはマサチューセッツ工科大学のセンゲ教授(Peter M, Senge)が1990年に発表した「The Fifth Discipline」によって世界中に広まったもので、組織の構成員(社員)による継続的な学習とそこからの学びの還元を通じて高い競争力を実現し続ける組織の在り方を示した概念です。
この『学習する組織』の概念が一大ブームを巻き起こした背景には、インターネットの登場により不確実性が高く予測できない社会の到来がありました。そこから30年以上が経った今に改めてこの概念に注目が集まっていることを考えると、インターネット登場に次ぐ大きな変革期を乗り越えるべく自らの組織を急速かつ継続的にアップデートし続ける必要性を多くの企業が感じていると言っても過言ではないでしょう。
「自律型組織」の具体的な形とメリット
──「自律型組織」には、どのような形があるのでしょうか。そうした組織を実現することにより得られるメリットと合わせて教えてください。
「自律型組織」の代表例として、大きく以下2つがあります。
(1)ティール組織(進化型組織)
組織コンサルタントのフレデリック・ラルー氏が著書の中で2014年に提唱
※参考情報:「ティール組織は目指すものではなく結果である」オズビジョンが試行錯誤した内容とは?
(2)ホラクラシー組織
米国ターナリー・ソフトウエアの創業者ブライアン・ロバートソンが2007年に提唱
※参考情報:注目される組織開発「ホラクラシー組織」。導入メリットや運営方法を人事が解説!
『ティール組織』は、組織の発達段階を5段階(レッド、アンバー、オレンジ、グリーン、ティール)で定義した上で、その最終段階にある組織の在り方・形態を表現した概念のことを指します。
一方、『ホラクラシー組織』はそのような状態を実現する1つの具体的な“経営手法(モデル)”であり、この2つは厳密には別物です。ただし、本記事内では「自律型組織」を表現する言葉として両者を厳密に区別せずに使います。
こうした『ティール組織』や『ホラクラシー組織』に代表される「自律型組織」の実現により得られるメリットには、主に以下のようなものがあります。
・変化に柔軟かつスピーディーに対応できる
・社員1人ひとりの知恵や力を引き出すことができる
・社員1人ひとりのセルフマネジメント力が育成される など
こうした個々の能力を最大限引き出し発揮できる組織の在り方は、昨今のビジネス環境においては多くの企業が求めているところです。その実現手段の1つとして、「自律型組織」への変革が進められているのだと考えています。
「自律型組織」を目指す上で注意すべきポイント
──「自律型組織」を目指す上で注意すべきポイントと、その対策について教えてください。
代表的な注意ポイントを4つほどご紹介します。
(1)メンバーの自律性・セルフマネジメント力があるか
「自律型組織」においては、上司が判断してくれることはありません。自分自身で考えて決断することが求められるため、社員1人ひとりの自律性やセルフマネジメント力の向上が必要になります。
(2)適切な情報開示がされているか
階層型組織においては、一般社員では知りえない情報を持っていること自体が役職者の立場を守っている側面がありました。しかし、「自律型組織」においては“情報の透明性”が大前提となります。なぜなら、持っている情報が異なる(偏りがある)中では正しい判断を行うことができないからです。適切な意思決定のためには適切な情報を持っていることが必要不可欠。それができる環境整備が求められます。
(3)ビジョンやバリューが本当の意味で共通のものとなっているか
「自律型組織」には、社員1人ひとりの判断や行動の拠り所になるものが必要です。組織の存在目的や、守るべき自分達らしさ(哲学)がしっかりと言語化され、社員の拠り所になるレベルで共有化されているかはとても重要なポイントです。
(4)社員はもちろん、経営者自身が変わる覚悟があるか
階層型組織から「自律型組織」に移行するためには、あらゆる面で『変わる』必要があります。それだけの覚悟が経営者になければ、移行がうまくいくことはないでしょう。むしろ中途半端な変革は組織の疲弊を招きかねません。「自律型組織」とは何か、どういうステップを踏むべきなのか、を経営者が深く理解した上で、その移行過程で生じるさまざまな壁を乗り越えるための『覚悟』と『デザイン』が必須です。
「自律型組織」への変革ステップ
──「自律型組織」へ移行するためには、どのようなステップを踏む必要があるのでしょうか。
基本的な移行ステップとしては以下6つがあります。
(1)心理的安全性の担保 | 経営トップ・社員がそれぞれに持っている問題意識や価値観などを共有し認め合うことで、組織の心理的安全性を高めていきます。 |
(2)情報の透明化 (前提の共有) | 組織内にある情報の格差を是正し、議論の土台を整えます。 (例)会社を取り巻く環境変化、会社の現状・未来に対する洞察など |
(3)会社としての軸(存在目的や“らしさ”)や、未来のありたい姿の言語化 | 対話を通じてビジョン・ミッション・バリューを共に描き、共通認識を持ちます。 |
(4)未来のありたい姿を実現するために変えるべきことを言語化し、1つひとつ着手する | ルールや制度変更を伴わないような手をつけやすいものから少しずつ変えていくことで小さな成功体験を積み、少しずつ本質的な改革へ取り組める体制を作ります。 |
(5)変化を振り返り、新たな変化を紡ぐ | ここまでの取り組みを通じて変わってきたこと、次の課題などを振り返ります。『変わることができた』という成功体験が次の変革へのモチベーションにもつながることはもちろん、軌道修正によりさらに効果的な変化を生み出すことができるようになります。 |
移行を進めていく上で最も大切なことは、経営トップと社員間で『目線を合わせる』ことです。そのためには、お互いの中にある問題意識や想いを深く知り認め合うことが欠かせません。その上で、階層型組織では必ずある『情報格差』を徐々になくしていくことで移行を実現していきます。
階層型組織から「自律型組織」へ移行した具体事例
──畑さんがこれまでに経験された階層型組織→「自律型組織」への移行事例について教えてください。
今まさに階層型組織から「自律型組織」へ移行中の、とある地方中小企業(社員200名規模の部品メーカー)の事例をご紹介します。
この会社では長きに渡り階層型組織として歴史を重ねてきましたが、『事業環境が大きく変わる中では現場からも新しい事業・改善のアイデアが出て来なければ会社の未来はない』という社長の強い問題意識の元、数年前から改革に向けた取り組みが行われてきました。
まず行ったことは、心理的なハードルを下げるための『対話の場づくり』です。ここからスタートした理由は、同社において本音で意見を言い合える土壌が整いきっていないと感じたからです。これまで具体策なき提案や問題提起は良しとされてこなかったこともあり、気軽に自分の意見や問題意識を口にすることは少なかったと言います。そんな環境を打破すべく、その場ではそれぞれの社員が持つ問題意識や想いを丁寧に引き出していきました。
今回の場合では、まずは「座談会」と称して、社員との対話の場を複数回設けました。毎回の参加者は約15名程度で、1回2時間程度のセッションを3、4回実施しています。テーマはシンプルに「会社についてざっくばらんに語り合う」というお題目のもと、以下のような内容について話し合いました。
①会社の好きなところ、なくしたくないところ
②会社の気になるところ、嫌いなところ、変えたいところ
上記2つのテーマのもと、それぞれが思うことをふせんを使いながら「平場に出していく」ようにしました。重要なのは、気負わずになんでも話せる空気を作ることです。そのためにも、この場で結論を出そうとしないこと、また、それぞれの価値観を尊重するためにも、お互いの意見を安易に否定しないことなどを守って進めました。こうした対話の場を数回重ねていくうちに、「なんだ、役職や部署など立場は違ったとしても、抱えている問題意識は皆一緒なんだ」という安心感と相互理解が広がっていきます。
次に行ったことは『情報開示』です。これまでは経営層・管理職以上にしか共有されていなかった経営に関する情報・数値を、現場社員にもオープンにしました。「自律型組織」をつくる上でこのプロセスは避けては通れないものです。
なぜなら、持っている情報や見えている景色が違う中で『経営層と同じレベルで考えろ』というのは極めておかしな話だから。こうして情報をオープンにすることにより、社長をはじめとした経営層が持つ危機感が本当の意味で社員に共有されることとなり、ここから組織の変革の第一歩が始まりました。
こうして『対話の場づくり』を重ねながら、そこで出てきた意見やアイデアを手がつけられるところから着手して形にしていくことにチャレンジしました。最初は大きなルール変更を伴わないものから始めて、少しずつ既存のルール自体を変えることにもトライしていった形です。最初は「掃除」や「挨拶」、あるいは、「部署を越えた懇親の企画」のような、本当に些細なことからで構いません。まずは何でも構わないので、社員の方達が気になってはいるけど、手をつけてこなかったことにつけてみること、最初からいきなりハードルを上げないことが大切です。
これらを繰り返すことで、社員の方達は少しずつ『自分達の考えを言葉にし、形にしていくことの楽しさや手応え』を実感していきます。
対話の場で、会社の良いところや変えたいところを話し合う際、給料に対する意見や、会議のあり方についてなど、一筋縄では変えられないことが多くあるのも事実です。一方で、実は誰も手をつけないだけだったり、勝手に心理的なブレーキをかけているだけで、なんとなく放置してしまっているものも多いものです。だからこそ、変革に手をつけていく中で、「たとえ立場や役職などがなかったとしても、誰かが動けば変えられることがある」という“小さな成功体験”を積み重ねていくことが、ゆくゆくは大きな一歩になっていくのだと思います。
こうして地道な対話・取り組みを年単位で継続していった結果、今では社員1人ひとりが自分の意見を言葉にして行動する組織へと見違えるような変化を遂げました。以前は社長以外ほぼ意見が出なかった社内会議も、今では皆が思い思いに自身のアイデアや意見を議論するようになっています。
ちなみに、この取り組みの中で最も自己変革を求められたのは社長自身でした。誰よりも高い当事者意識と未来への危機感を持ち、世の中の動きにアンテナを張り巡らせ、常に新しいアイデアを考え続けている社長からすると、社員から上がってくる問題意識やアイデアはどうしても視座が低く視野の狭いものに感じられてしまいがちです。そうした物事の捉え方を大きく変え、社員の価値観や想いに耳を傾け、信じること──こうした社長自身のスタンス変革が、「自律型組織」への移行を実現できた最大の要因だったと感じています。
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編集後記
『組織を変える』ということは一筋縄ではいかないものです。特に「自律型組織」への移行は、社長をはじめとした経営陣の“覚悟”が土台となっていることを畑さんのお話からも理解することができました。既得権益的な扱いになってしまっている社内の情報を経営陣自ら解放し、社員の力を信じることができれば、より個人の力を引き出して組織力を高めることができるのではないでしょうか。