「グループコーチング」により組織課題へアプローチする方法とは
多様化する人材の力を引き出しパフォーマンスを高めることを目的に行う組織開発。その手法の1つとして「グループコーチング」が注目を集めています。
今回は、この領域で専門性を持つパラレルワーカーの方に、「グループコーチング」の概要から実行に至るまでお話を伺いました。
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目次
「グループコーチング」とは
──「グループコーチング」の概要について、1対1のコーチングとの違いや、進め方についても教えてください。
「グループコーチング」とは、その名の通り1対複数で行うコーチングを指します。1on1で行うコーチングは、メンバーの目標達成やありたい姿の実現に効果的で素晴らしい手法です。しかし、配下メンバー数が多いマネジャーが実施するには工数が掛かりすぎることに加え、マネジャーのコーチングスキルやメンバーとの相性によってもその効果が大きく左右されてしまいます。そうした問題を解消できるのが「グループコーチング」です。
「グループコーチング」の目的
──「グループコーチング」の実施目的や期待する効果にはどのようなものがあるのでしょうか。
「グループコーチング」の実施目的や期待する効果は、「グループコーチング」の実施支援をする研修会社やトレーニングサポート企業、実際に「グループコーチング」を導入・実施する企業や組織によってさまざまです。
例えば、株式会社中尾マネジメント研究所が提供する『中尾塾』という名の「グループコーチング」サービスは、経営者としての判断軸を醸成することを目的としています。また、相互学習ツールを提供している株式会社コードタクトでは、親会社であるエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社の新人メンバーを対象に、『ぐるり(グループリフレクションの略)』のネーミングで「グループコーチング」を実施しています。その目的は、新人メンバーに仕事の型を身につけてもらうことです。
上記はあくまで一例です。他にも以下のような目的で「グループコーチング」を提供・導入している企業が多くあります。
・部門間連携の強化、改善
・マネジメント力の強化(人材育成観点)
・中途採用者のオンボーディング
特に習慣化して時間をかけて技術向上を図るテーマのものは、「グループコーチング」との相性が非常に良く効果が出ると考えています。実施期間は状況によりさまざまですが、半年〜1年かけて実施していると、その変化を実感できるようになっています。身近なものでいくとダイエットです。一人で実施するのは大変ですが、仲間と振り返りをしながらだと自然と継続しやすくなりますよね。もう少し大きなテーマで言うと健康です。技術向上が少しずつ図れるものであって、積み上げていくことが大切なものであれば相性がいいと思います。健康は先天的なものもあるかもしれませんが、多くの方がご存知の通り規則正しい生活など技術と言える部分が多く、習慣にして体得していくことが重要ですよね。少し視点が変わりますが、幸せや愛も技術と言われています。こういったこともグループコーチングと組み合わせることで鍛えていくことができると考えています。
組織課題から「グループコーチング」を設計する方法
──「グループコーチング」を企業が導入する目的はさまざまだとお聞きしましたが、組織課題によって設計する方法と、実際の進行の仕方について教えてください。
設計
企業であれば、全社、事業、階層、どの単位での課題なのかで変わってきます。当然「グループコーチング」を実施する単位がそれで変わってくるということです。全社であれば、理念浸透という課題があれば、全社ランダムでグループ分けを行うことなったり、事業課題が部門間連携であれば、部門横断でグループ分けを行う、管理職の人材育成課題であれば、管理職をファシリに据えたグループを作ったりという具合です。
単位が決まれば実施の上で協力をしてもらいたい関係者(決裁者、企画責任者など)に「グループコーチング」を体験してもらう機会を設けることをお勧めします。言葉や説明だけで理解するよりも、実際に「グループコーチング」を体験してもらう方が理解度が高まるためです。実際、「グループコーチング」を導入する企業の多くはまず経営者が体験して『これは良い施策だ。ぜひ社内でも導入したい。』となるケースが多いように感じます。
進め方
「グループコーチング」の進め方はさまざまですが、一例としてファシリテーター1名に対して参加者4名で実施する「グループコーチング」を想定し、その配役・進め方・タイムテーブル・意図を以下にご紹介します。
まずは配役です。ファシリテーターが担う必須の役割はタイムキーパーで、まずはこれができれば十分です。尚可の役割は、参加者や発表者への新しい視点を提示することです。発表者に対して『こういう見方をしたらどうですか?』『ゴールに照らし合わせてみてはいかがですか?』などの問いかけをすることにより発表者が気づいていない点を示唆できると良いでしょう。参加者同様、ファシリテーターも回数を重ねることで上達をしますので、いきなり100点を目指すのではなく少しずつ経験を積み上げていきましょう。
なお、参加者を4名としたのは、『3人寄れば文殊の知恵』という言葉があるように、1人の発表に対して3人の観点が加わると多角的な視点を得ることができるためです。もし3名となった場合、ファシリテーターが参加者の役割を兼務できれば良いですが、ファシリテーターはできるだけ見守ることに特化した方が望ましいため、可能な限り4名1チームで実施することをおすすめします。また会によってはやむを得ず欠席しなくてはならない方が出ることもありますが、参加者が4名であれば1名欠席しても3名の参加者をキープすることができます。
次に進め方です。「グループコーチング」の1回あたりの時間は1時間程を目安とし、頻度は週1回を推奨しています。1週間の労働時間を40時間とした場合、その1/40の時間であれば安定的に確保しやすいと考えられるためです。また、それ以上短くするとアジェンダに対して時間が足りません。どうしても週1回60分の時間を確保できない場合は、1回あたりの時間を45分や30分にして参加者を減らす方法もありますが、上述の様に人数が少なくなることによるデメリットもあるため、例外だとお考えください。
具体的なタイムテーブルと各取り組みの意図についてもご紹介します。
<タイムテーブル例>
(1)瞑想 1分
(2)チェックイン 1分/人(ファシリテーターも参加)
(3)発表 5分/人
(4)フィードバック 5分/人
(5)発表者感想 2分/人
※(3)〜(5)を人数分繰り返す
(6)チェックアウト 1分/人
(1)瞑想
「グループコーチング」は業務の合間を縫って開催することが多いものです。日常業務から離れて気持ちを落ち着けて切り替えるためにも、最初に瞑想をすることをお勧めします。方法としては、自身の呼吸に集中しながら、ゆっくり口から息を吐き、ゆっくり鼻から息を吸い込むというものです。これを3往復を1分くらいで実施すると良いペースです。ファシリテーターがタイムキーパーを担当します。
(2)チェックイン
24時間以内にあった『有難い』ことを全員でシェアします。日々当たり前だと感じていることでも『有難い』と捉えることで気持ちが和らぎますし、そうした日頃の感謝を共有することで相互理解にも繋げられるからです。また、心理的安全性をその場に持たせる効果もあります。なお、なかなか見つからない場合はファシリテーター自身からシェアすることで他メンバーの発言をアシストすることができます。
(3)参加者から1週間の振り返りを発表
「グループコーチング」の実施前に、直近1週間の振り返りを参加メンバーに記載してもらっておき、そのシートを使いながら各自発表します。以下にシートのサンプルをご紹介します。
(4)発表者以外の3名から感じたことをフィードバック
これが最も重要なポイントですが、発表を聞いたメンバーは意見やアドバイスではなくそれぞれ『感じたこと』を率直にフィードバックします。『感じたこと』を問われると初めての方々は戸惑うことが多いのですが、それは普段の仕事や日常生活の中であまり聞かれることがないためです。仕事の中で良いことを言ったり、アドバイスを言ったりすることは鍛えられていますが、今どのようなことを感じているかなどの率直な気持ちを言語化する機会が多くないビジネスパーソンがほとんどでしょう。
人は日々さまざまなものを見聞きし、多くのことを感じ取っています。それらをうまく引き出すためのポイントは、『最初からうまくできなくていい』と前置きしておくことです。感じたことの言語化は徐々にうまくなるものですし、そのために毎週実施しているのだからとあらかじめ参加者に伝えておくと、次第に率直な感想がもらえるようになります。
なお、短時間の発表だけでは分からない際は『〇〇さんのここをもっと知りたくなった』『どのようになっているのか気になった』などのコメントを受けて、発表者からより詳細な共有をするケースもあります。3人とも似たようなフィードバックになることもあれば、大きく違うフィードバックになることもありますが、この率直な認知の違いが重要で、モノの見方にはさまざまな形があることを参加者が学ぶ機会となります。
(5)発表者がフィードバックを受けた感想をシェア
3人からフィードバックを受けたら、そこから得た気づきや感想を発表者が最後にコメントします。その後、補足すべき観点があればファシリテーターから問いを投げかけることもあります。とはいえ、ファシリテーターが自分だけで『何とかしよう』と力んでいろいろと手を加えてしまうのも考えものです。ファシリテーターにおいて一番重要なのは『場と参加者を信じて見守ること』。焦って話を進めようとすると答えを与えてしまう可能性もあるので、忍耐が必要なところです。
(6)同じ工程を全員分繰り返す
上記(3)〜(5)までの工程を残りのメンバーも同様に行います。1人あたりの持ち時間目安は10分~12分程度で、ファシリテーターがタイムキーパーを担います。
(7)チェックアウト
すべてが終了したら、チェックアウトとして今日の感想を一言ずつシェアして場を締めます。
「グループコーチング」を取り入れた組織開発事例
──「グループコーチング」を取り入れて組織開発に成功した事例について教えてください。
目的別で3社ほど事例をご紹介します。
次世代リーダー育成を目的とした「グループコーチング」
創業50年の歴史がある従業員100名ほどの建設業界中小規模企業では、次世代の管理職育成が喫緊の課題となっていました。そこで人事責任者が「グループコーチング」を企画しファシリテーターも兼任。30代の従業員4名を選抜し、次世代リーダー育成の目的のもと「グループコーチング」を実施しました。
ここで選抜された4名の社員はプレイヤーとしての評価こそ高かったものの、組織に対してはややネガティブな姿勢で上位者批判も多いメンバーたちでした。彼らの組織に対する印象をポジティブに変換すること、全体最適の視点を取り入れてもらうことを人事側の目的として設定しています。
1年ほど「グループコーチング」を継続した結果、4名全員が全社レベルのプロジェクト責任者を担うまでに成長。うち2名は外部研修にも参加、もう1名も批判的なスタンスから良い所を探すようなスタンスに変わり、上司に対しても鋭い提案ができるようになりました。また、参加した4名からも『自分の話を最後まで聞いてくれて、承認してもらえる場があるのは嬉しい』『会社に対して批判的な意見も言ったが、ファシリテーターである人事責任者がその都度丁寧に説明してくれたので見方が変わった』などのポジティブな評価をしており、「グループコーチング」そのものを楽しんでくれたようです。
管理職の人材育成スキル向上を目的とした「グループコーチング」
とある流通業界企業では、ある管理職メンバーが「グループコーチング」のファシリテーターを通じて人材育成に対する考え方・アプローチを変化させ、メンバーの成長を導けるようになりました。そもそも、「グループコーチング」のファシリテーターの役割は何かを教えることではありません。時間通りに進行すること、時折違う角度からの視点・観点を場に持ち込むことです。言わば『見守り役』なのですが、これが人材育成においては重要なポイントなのです。
これまでこの管理職メンバーは『教えること』をベースとしたアプローチを多用していました。教えたメンバーがうまくやれないと、なぜできないのか問い詰めてしまう事があり、結果的にメンバーは萎縮して主体性を持てず同じことを繰り返してしまう悪循環に陥っていたのです。それが「グループコーチング」のファシリテーターを通じて、『見守っているだけで自然にメンバーが変化していく』という成功体験を積んだことで、管理職メンバーは大きな気づきを得て、自身のマネジメントスタイルも見直していくことができました。具体的には、メンバーの日報を見て、声がけをして、話に耳を傾けるようになりました。それによりメンバーの変化も見えてきて、それをさらにフィードバックする、メンバーの行動がさらに活発化──このサイクルが確立したことで、自然と成果が出る組織へと変わっていきました。
関係性の質向上から好循環が生まれて業績向上を実現できた「グループコーチング」
ある教育業界企業の塾の教室責任者と本部でチームを組み、業績向上を図る目的で実施した「グループコーチング」の事例です。全8回の「グループコーチング」を計画し、本部2名(うち1名はファシリテーター)・教室責任者3名の計5名でチームを構成。
すると、2回目の「グループコーチング」で1人の教室責任者がこんなことを打ち明けてくれたのです。『実は私、これまで本部の方が嫌いでした。現場を見ずに目標だけを押し付けてきていると感じていたからです。でも、今回の取り組みを通じてそれが誤解だったことがわかりました』。
この自己開示がきっかけで、チームの関係性の質が一気に向上。それによりダニエル・キムの成功循環モデル(※)が見事に回り始めました。まずは思考の質。人の真似をしよう、アドバイスをそのまま受け入れてやってみようという思考に変化し、『〇〇さんがやっていること、うちの教室でもやってみます』といった前向きな発言が多く飛び出すようになりました。さらに、その翌週にはやってみてどうだったかの報告も自然となされるなど、本質的な議論ができていたように思います。これにより行動の質にも変化が見られ、その2〜3週間後には入会者の増加など、実際の結果も大きく変わる様子が見て取れました。
(※)ダニエル・キムの成功循環モデルとは、MIT組織学習センター共同創始者のダニエル・キム氏によって提唱されたモデルのこと。組織の状況を動的に捉え、より良い組織を生み出すフレームとして多くの組織開発の実践の中で活用されています。
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編集後記
人材や働き方の多様化が進む中で、組織開発の必要性・重要性は高まり続けている印象です。しかし、何から取り組めば良いか・どの施策を選択すれば良いかわからないなどの意見も少なくありません。その中でも「グループコーチング」はメンバー同士の関係性やパフォーマンス向上が期待できるだけでなく、タスクが集中しがちなミドルマネジメントの工数削減・マネジメント力向上も期待できる取り組みです。自組織の課題解決に向けて一度導入を検討してみてはいかがでしょうか。