メンター制度を導入するべき組織と、その導入方法
雇用形態の多様化や流動化が進むなど企業や労働者を取り巻く環境が変容し続けている近年、若手社員の早期離職が問題になったこともあり、厚生労働省も推奨する「メンター制度」に多くの注目が集まっています。
しかし、「ブラザー・シスター制度」「コーチング」「ティーチング」など、似た制度も数多くあるため、正しく理解されていないこともあるようです。そこで今回は、採用や組織開発の領域で長きに渡り活躍している松澤勝充さんに、メンター制度の導入事例も含めてお話をお聞きしました。
<プロフィール>
松澤 勝充(マツザワ マサミツ)
青山学院大学卒業後、2009年に株式会社トライアンフへ入社。企業向けの採用支援・組織開発支援、総合商社で2年半採用経験を経て、2016年6月より、最年少執行役員として3つの部門(営業・マーケティング・HR)の責任者、30名強の社員のマネジメントを行う。2018年8月より、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供するBerkeley Hass Global Access Programに参加し2019年5月修了。卒業後、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。2019年12月に株式会社トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に現職である株式会社Everyを創業。現在は、ビジネススクールの教授との共同開発コンテンツであるHRM講座や、ポジティブ心理学を用いた人事コンサルティングに従事している。
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目次
メンター制度とは
──メンター制度とはどういったものでしょうか?
メンター(Mentor)とは、信頼の置ける相談相手、良き師(指導者・先輩)、助言者等と訳されます。従って、メンター制度とは、経験豊富な従業員が、それよりも経験の浅い従業員の長期的なキャリア開発について助言・カウンセリング・業務指導を行うことを意味します。基本的には、Aさんに対してBさん、Cさんに対してDさんといった1対1の関係性になることが一般的です。
メンター制度に類似したものとして、ブラザー/シスター制度、バディ制度、エルダー制度などがありますが、これらは関与者やサポート範囲が違うことで呼び名が変わっています。例えばメンター制度が精神面のサポートも含めるのに対し、エルダー制度は業務上のサポートに重点を置く(OJTに近い)などの違いがあります。
どの制度においても大切なのは、以下3点のポイントを整理することです。
①Why(目的)
パターン1:目の前の作業(≒短期的視点)をより効率的にすることを優先する
パターン2:本人の性格や価値観を踏まえたキャリアマネジメント(≒中長期的視点)を優先する
②Who(誰が)
パターン1:所属組織内で完結する
パターン2:所属組織を超えた先輩社員をアサインする
③How(手段)
パターン1:直接的な支援指導(業務を一緒に行うなど)
パターン2:間接的な支援指導(1on1など)
また、類似の取り組みとしてコーチングも挙げられます。コーチというと『1兆ドルコーチ』のビル・キャンベルの話を想像する方も多いかと思います。ビジネススクールの教科書としても使われている『Human Resource Management』(Gary Dessler著)では、コーチングを「目の前の問題を解決する行為」として整理しており、メンター活動は「中長期の視点を持ったコミュニケーション活動」として整理しています。
日本ではコーチングとなると心理学のイメージが強いため、専門的な領域のように捉えられがちです。しかしコーチングはもっと身近で、人の目標達成を支援するものです。一方、メンタリングは本人の価値観や性格行動特性を踏まえた将来的な話をする、さらに深く突っ込んだコミュニケーションです。
・コーチング→個人の外的事項(スキル・行動・成果)に対するアプローチ
・メンタリング→個人の内的事項(感情・価値観)に対するアプローチ
※参考:『リーダーシップの精神』ボブ・アンダーソン(ザ・リーダーシップ・サークル創業者)著
※関連記事:VUCA時代のマネジメントに「コーチング」を活かす方法
メンター制度が必要な組織、そうではない組織
──メンター制度はどのような組織で導入すると良いのでしょうか?またそのメリットについても教えてください。
人数が5名以下の組織であれば「制度」は必要ありません。組織の責任者が全員の業務状況を把握し、双方で密なコミュニケーションを取ることが可能だからです。そのため制度のあるなしではなく、従業員のパフォーマンスを上げるための能力的支援・感情的支援を目的としたコミュニケーションが行われているかどうかが重要になります。
これはハーバード・ビジネススクール教授テレサ・アマビールが行った研究調査でも明らかになっており、マネージャーが部下の「進捗を支援する」ことでチームやメンバーの創造性と生産性が高まるという調査結果より、コミュニケーションの頻度と質が重要だという事が立証されています。
コミュニケーションの効果は、以下の3つに集約されます。
①直接的な業績・パフォーマンスの向上(売上創出や業務効率化)
②従業員個人の日々の満足度向上&精神的負担の軽減
③従業員個人の中長期的なキャリア観形成
一方で、組織が10名程度になり、責任者1名で全てを把握することが難しくなったときには、「制度」として経験豊富な社員が経験の浅い社員をサポートする仕組みが必要になります。
過去に私が30名程度の組織を率いていた経験でも、本当に深く寄り添える人数は、多くて10名程度だったように思います。誰しもがそうだと思いますが、新しい環境に入ると「ちょっとだけ話を聞きたい」という瞬間が1日に5回も10回も出てきます。しかし、上司が忙しそうに見えて聞くことを諦め、そして放置してしまう。このような負のループが起きてしまうのです。だからこそ、制度によって「誰に話を聞いたらいいか?がわかっていること」は最大のメリットだと言えます。
その他の注意点として、メンター制度はあくまでも個人に対するアプローチであるため、数十名の中途入社者を支援するといった場合であれば、メンター制度よりもオンボーディングプロセスによって新しい環境への適合を支援する仕組みを作った方が時間的にも、効果的にもお薦めです。そこで同期となる様な関係性が生まれれば、互いに支援し合う関係性も育めるでしょう。
メンター制度の導入マニュアル
──メンター制度をこれから取り入れたいという企業は、どのように導入を進めていくのが良いでしょうか。フローやそれぞれのポイントを教えてください。
「制度」というインフラは、一定の強制力を持ちます。そのため、スムーズに導入するには現場のニーズ・理解・協力が必要不可欠です。
いくらメンター制度がメンタルヘルスを保ち、メンター・メンティー双方のパフォーマンスを上げる効果が期待できると言っても、現場社員が上下間で進捗を支援する(目的を持ったコミュニケーションをとる)文化を持っていなければ浸透は難しくなります。
だからこそ、現場責任者のニーズをきちんとヒアリングし、課題を特定しながら具体的な制度にしていくことが必要です。具体的な手順は以下を参照ください。
① メンター制度の目的・手段をまとめる
② メンター制度に関わる社員をアサインする(現場の許可を得る)
③ 所属長・メンターへ説明をする(目的と手段)
④ メンター・メンティー(指導を受ける人)で会話をする
⑤ 定期的に人事担当者がメンターをサポートする(必要であれば所属長・メンティーと会話する)
⑥ メンター同士で情報交換の場を設ける
また、メンター制度にはPDCAの運用が欠かせません。特に、現場にすべてを移管すると制度そのものが放置され、実施率とその効果にばらつきが出てしまいます。人事担当者はあくまでも現場を支援する立場でありながら、実施率や効果を定期的に観測し、①~⑥に積極的に関わっていくことが求められます。
──メンター・メンティーは定期的なコミュニケーション、特に面談などを実施することが多いと思います。この方法についても人事からアドバイスする必要があると思いますが、どのような観点から伝えるのが良いでしょうか。
メンター制度における具体的な面談方法については、以下のようなポイントに留意しながら進めると良いでしょう。
実施頻度
こまめに会話をした方がいい、ある程度委任をしてほしい、などメンティーの個人タイプを見極め、適宜頻度を調整していきます。信頼関係が築けていない状態では、なるべく1カ月に1度、築けている相手でも最低3カ月に1度の感覚で機会を設けましょう。メンターが知らない間にメンティーの状況が大きく変わっていることがあるためです。
実施時間
30分~60分程度が良いとされています。ただ、時間の長短が重要ではありません。15分でも問題ありませんが、会話のトピックスが良い点だけ(または悪い点だけ)に偏ることを避けてください。
実施場所
会議室など、外部の騒音や見られているストレスを感じずに話せる場所を選びましょう。メンバーが日々の繁忙や人込みから離れ、心を落ち着けて会話できる環境整備が重要です。開始直後にマインド・フルネスを行うこともオススメです。
また、「斜めに向かい合って座る」のがよりストレスを感じづらく会話が弾みやすい形式と言われています。物理的に難しい場合は正面で向かい合ってでも大きな問題はありませんが、お互いに話しやすい座席位置を探りましょう。
その他
相手にとって有意義な時間となるように「聞く態度」を意識しましょう。
特に、相手を信頼して打ち解けた状態を築くことを「ラポール形成」と呼び、コーチングの世界では下記のようなラポール形成のテクニックがあります。
・ミラーリング(鏡のように動作や姿勢をペーシングする)
・マッチング(視覚情報以外の非言語をペーシングする)
・バックトラッキング(言葉そのものをペーシングする)
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メンター制度事例
──最後に、松澤さんがこれまでに実際にメンター制度取り入れた事例を教えてください。
200名規模のIT広告スタートアップ企業様で行った事例をご紹介します。
<1.実施前の状態(課題など)>
・組織が年200%成長。これまで組織をリードしていた社員も多岐にわたる業務範囲と膨大な業務量により、組織を大きくして業務を分担せざるを得なくなっていった。
・その結果、社員の数を4倍にして、業務最適化を行ったが、受注数/受注率/受注単価など営業におけるKPIが前年よりも悪化してしまった。
・新入社員に対してはオンボーディング研修(2カ月程度)を行っていたものの、配属後すぐに成果を出すに至っていないことが数字上で判明。
・また新入社員(新卒・中途含む)の声を聞くと、会社の規範、規則、文化、政治的関係という複雑な問題に加えて、プリンターの使い方や事務的な処理方法など新しい環境に戸惑いを見せる社員が多く、入社後の早期離職等が発生していた。
<2.メンター制度を取り入れた手順>
・まずは事業部を3つのチームに分け、それぞれのチームにリーダーを配置。
・チームリーダーの役割は一階層上のマネージャーに対するレポーティングとし、組織の中での基本線となるレポートラインを明確にすることから着手した。
・最後に、各チームのメンバーを見ながら、誰が誰をフォローするのか(メンターとメンティー)を決定。
<3.メンター制度導入にあたり気をつけたポイント>
・メンターとメンティーを決定する際には、性格検査の結果やコミュニケーションタイプ理論、社員間の相性(マネージャーとの事前面談と現場観察にて判断)を勘案した。
・また、全員がメンターになるような仕組みにはしなかった。マネジメント層から見て、まだまだ独り立ちが出来ていない社員、または自己中心的な側面があると感じる社員はメンター対象外とした。
・基本線となるレポートラインからそれることなく、無駄のないコミュニケーションラインを構築する為、メンターの選出はあくまでも事業部内のメンバー、同じチームのメンバーにて選出を行った。※メンター制度のケースでは、部署をまたいでメンターなどを選定する事がありますが、「聞かれてもわからない」というコミュニケーションの無駄を防ぐために、このケースでは適用しなかった。
<4.得られた効果>
・最大の効果として、目標としていた受注数/受注率/受注単価などのKPIを全て達成することが出来た。
・また早期離職が発生せず、1年間組織に欠員が出なかった。結果として、余分な採用コストや業務負荷がかかることなく安定的な組織運営が出来た。
・副次的効果としては、メンターを任せたメンバーの視座が上がった。マネジメント経験・部下とのコミュニケーションを実践する経験を通して一つ上の視点で会話が出来るようになっていると、上司面談にて評価があった。
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編集後記
1on1ミーティングなども一般的になり、あらゆる立場の方が1対1で他者に関与する機会が増えてきていると感じます。ただ、その関与方法は非常に多岐に渡るため、目的をあらかじめ明確にしておかなければ、せっかく機会を設けても形骸化してしまったり、ただ仲良くなるだけの場になりかねません。
今後さらに雇用形態の多様化や流動化が進む中で、1人ひとりの社員にどう向き合うか・何を目的にどんな手段を選ぶのか。そこを現場任せにするのではなく、人事として関与していく手腕がより問われるようになるのは間違いないでしょう。
メンター制度をすでに導入している場合でも、今回の松澤さんのお話を参考に一度内容を見直してみるのはいかがでしょうか。
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