「コンフリクトマネジメント」で対立や衝突を組織力に変えていく方法
人と人が関わる上で、対立・葛藤・衝突などは避けて通れないものです。こうした人間関係を良い方向へ導き、組織全体の成長へとつなげるために「コンフリクトマネジメント」を適切に活用することは重要な方法と言えます。
今回は、個人と組織の力を引き出すコーチ・ワークショップファシリテーターとして活躍する永井 なつみさんに、「コンフリクトマネジメント」の概要から活用事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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永井 なつみ(ながい なつみ )/コーチ・ワークショップファシリテーター
人材業界で営業や営業企画に従事した後、3社に渡って約13年間人事として採用・育成・組織開発などに関わる。現在はフリーランスとして個人と組織の力を最大限に発揮することを意図し、コーチ・ワークショップファシリテーター・研修講師として活動中。
目次
「コンフリクトマネジメント」とは
──「コンフリクトマネジメント」の概要について、その影響やメリットも含めて教えてください。
「コンフリクトマネジメント」とは、あらゆるコンフリクト(個人内や対人間の葛藤、意見の対立や衝突など)は『あって当たり前』だという前提に立った上で、それらを悪いものとして避けるのではなく、物事を良い方向へ進める一歩にするために対処することを指します。
コンフリクトは何も特別なものではありません。例えば、以下のような日常生活や仕事のシーンにも多くのコンフリクトが存在します。
・夜、早く寝なければいけない自分もいるが、面倒だから動きたくないと思う自分もいる
・食事する場所を決める際、和食がいいと主張する人と洋食がいいと主張する人がいる
・社長はA案を推し、社員はB案が良いと言う
・営業部門は納期を短くしたいが、開発部門は納期が足りないと言う
こうしたコンフリクトは、できれば避けたいと感じる人も多いでしょう。しかし、これらに適切に対処したりマネジメントすることで得られるメリットも多くあります。個人側・組織側と分けてそれぞれに分けてご紹介します。
<個人側のメリット>
・自分や他者への気づきが増え、理解が深まる
・コミュニケーションスキルを学び、身につける機会にできる
・他者の意見や視野を得て、広い見解を持てるようになる
・新しいアイデアが生まれる
など
<組織側のメリット>
・話し合いを通して組織の問題が共有化され、組織として解決できるようになる
・チーム力が上がる
など
「コンフリクトマネジメント」への理解に向けて
──「コンフリクトマネジメント」を行う上では、コンフリクト自体への理解が重要になると思います。コンフリクトの発生理由や種類にはどのようなものがあるのでしょうか。
前述した通り、コンフリクトは『発生して当たり前のもの』です。では、なぜ今になって「コンフリクトマネジメント」が注目されるようになったのか。それは、これまで日本ではこうしたコンフリクトをできる限り避けてきた背景があるからです。日本には古くから『対立しないことを良しとする』文化があります。『言わなくてもわかる』や、『あえて物事を曖昧にする』などの行動にもそうした価値観が表れています。しかし、近年では多様性が叫ばれているように、多様な働き方や考え、価値観が共存することが社会の前提となりつつあります。その結果、『言わなくてもわかる』というこれまでの考えが通用しなくなってきていますし、『あえて物事を曖昧にする』という方法では、事業やビジネスが前に進まなくなってきてしまいました。これまで日本人が無意識に避けてきたコンフリクトも、いよいよ直視し、対処していかなければならない時代になったというのが実状でしょう。
ただ、せっかく向き合うのであればより良い方向に進んでいきたいものです。そのためには、コンフリクトの種類を知っておく必要があります。
具体的には、以下の3つのコンフリクトがあります。
(1)条件の対立
立場や役割の違いによって起こる対立です。目標設定や条件面において、『あちらを立てればこちらが立たず』といった状態がこれに該当します。
(2)認知の対立
思考・価値観・解釈の違いによって起こる対立です。例としては私益と公益、伝統と革新、個人と全体などがあります。
(3)感情の対立
条件・認知の対立が続いたり、その状態が元になって起こったりする心情面の対立です。一度感情の対立が起こると元々の対立は捨て置かれ、解決が困難になるほど深刻な対立に発展しやすいのが特徴です。
※参考書籍:日本能率協会マネジメントセンター『異質な力を引き出す対立のススメー身近な事例で学ぶコンフリクト・マネジメント入門ー』日本能率協会マネジメントセンター
ちなみに、条件の対立と認知の対立は『タスク・コンフリクト』と言い、タスクに対して異なる複数の意見や視点があることから発生する『理性的』な対立です。ここから新しい考え方やアイデアが生まれる可能性もあるため、『良い対立』と捉えることができます。一方、感情の対立は『リレーションシップ・コンフリクト』と言い、当事者にも周囲にもポジティブな影響のない『悪い対立』とされています。そのため、感情の対立に発展してしまう前に対処することが重要なのです。
「コンフリクトマネジメント」の手法・方法
──「コンフリクトマネジメント」を実際に行うためにはどのような手法・方法があるのでしょうか。
コンフリクトの解消と聞くと『対話を通してお互いに深い納得感を持つべき』と考えがちですが、それだけが対処法ではありません。その時々の状況や優先度に合わせて、適切な対処法を考えることが重要です。その上では『二重関心モデル』が役に立ちます。
『二重関心モデル』とは、コンフリクトが起きたときに重視するものを横軸と縦軸で構成・分類したものです。横軸が他人への意見・利害への配慮、縦軸が自分の意見・利害への配慮を示しています。そこでは以下5パターンがあります。
(1)強制……力を持って相手を強制する、強いる状態。必ず勝者と敗者を作り出してしまう。
(2)服従……相手に従う。相手の利益は満たせても自分の利益は満たせないため、この状態が長く続くとストレスを感じる。
(3)回避……対立を避ける状態。
(4)妥協……お互いが譲り合うことを求めるスタンス。
(5)協調……Win-Winの状態。どちらかが我慢したり、不満を抱えたりしながら同意することではないという考えのもと、協力をする状態。
この5つのパターンの中で、あなたが無意識に普段とっている行動はどれに当てはまるでしょうか。それによって失っているものと、得ているものはなんでしょうか。「コンフリクトマネジメント」をする上では、まず自分の癖を知ることから始める必要があります。
自分の癖を知るために一番簡単な方法は、過去に自分が経験したコンフリクトの場面をいくつか思い出し、その時にそれぞれどの方法をとったかを振り返るという方法です。関係者との上下関係など相手によって対応方法が変わることが多い、人や場面に関わらず毎回同じ対応方法をとることが多いなど、傾向が見えてくるでしょう。その上で無意識に任せて行動するのではなく、起きている事柄や優先度合いに合わせて『意図的に行動する』ことが何より重要なのです。
その結果、他の事柄よりも優先順位が低い場合はあえて『回避』を選ぶこともあるでしょうし、緊急事態であればWin-Winを目指して対話する時間もないため『強制』せざるを得ないシーンもあるかもしれません。どのアプローチ方法が良い・悪いと一概に言えるものではないので、今起きているケースでは、どれを選択するのがベストかを考えることが「コンフリクトマネジメント」における重要なポイントです。
<状況に応じた選択の例>
(1)強制……緊急事態で即時対応が必要な時
(2)服従……自分より相手側にとってその問題が重要だと思う時
(3)回避……問題が些細な時/より重要度、緊急度の高い問題が起きている時
(4)妥協……複雑な問題のため一時的な解決が必要な時
(5)協調……異なった見解を取り入れることが必要な時
※参考書籍:鈴木有香『人と組織を強くする交渉力』自由国民社
「コンフリクトマネジメント」の活用事例
──「コンフリクトマネジメント」により状況を改善できた事例について教えてください。
先ほどご紹介した『二重関心モデル』の5パターンの中でも、特に目指したい『協調』に向けて実践できた事例についてご紹介します。コンフリクトには大きく分けて条件・認知・感情の対立があるとお伝えしましたが、感情の対立に発展してしまう前の『認知の対立』が起こっている状況で私が第三者として「コンフリクトマネジメント」を行った事例です。
状況
・営業部長と財務部長の間で、今後の組織運営方針について衝突が発生。
・営業部長としては売上の予算達成が急務なため営業人員を増やしたい、財務部長としては利益確保のため人は増やしたくないと、どちらも譲らずに行き詰まっている状態。その結果、部長同士だけではなく部署間の対立にまで拡大していた。
「コンフリクトマネジメント」の目的
・対立こそ起きているが、どちらも組織目標を達成しようとしている点では違いがない。
・対立を解消して、ワンチームとして目標に向き合える状態を作りたい。
実施における注意点
・複数回にわたる対話を実施。
・行き詰まっている状態の時はどちらも思考が固定化されてしまっている傾向があり、かつお互いを『敵』として見ていることが多い。そのため、まずは建設的に対話できる土壌を作ることから始めた。
・具体的には、以下のミーティングルールの作成と合意、相互理解による安心感の醸成を行った。
①ミーティングルールの作成
一般的にはグランドルールと言われることもあります。ミーティングルールについては、まず当事者からアイデアを出してもらいました。あくまでも業務の一環で、仲良くなることが第一目的ではありませんので、目的に向けて建設的な対話をするために何が必要か、という観点で考えてもらうことが大切です。具体的には以下のようなポイントについて詳細なルールをつめていきます。
・OK/NGな言動は何か
<例> OK:相手の話に相槌を打つ、相手の意見の背景を想像する など。
NG:相手の意見を否定する、人格を攻撃する など。
・意思決定はどのように行うか
当事者である双方が納得することによって決定する など。
アイデアが複数出たら『このミーティングで特に大切にしたいものはどれか』という切り口で3つ程度に絞ります。この時点で当事者間の意見が全く一緒である必要はなく、『皆さんから出てきたこの3つを全員で守りましょう』と最終的に出てきたものに対してお互いに責任を持ってもらうように促します。
②相互理解による安心感の醸成
お互いの意見を聞いて視野を広げ、全社にとって良い選択肢はどれか、という観点を双方が持つことができ、冷静に話し合えることがベストではあります。ですが、ある程度深刻化したケースの場合、最初から論点について話し始めてもなかなか終着点が見えないことが多くあります。よって、遠回りのように感じますが、まずはお互いの立場や考えを知り、理解することを重視します。
<例>
・人となりや、その人が大切にしている価値観は何か、これまでにどのような経験をしてきたのか、など。
・職務や責任について、今のポジションでの責任は何か、どのようなことに苦労をしているのか、どのような姿を目指しているのか、など。
対話の土壌ができた後、ようやく本題である対話を実施しました。起きている事柄だけでなく、なぜそう思うのか、何を目的としているのか、その考えはその人のどのような経験から来ているのか、などの背景や経験を深掘りし、理解し合うことを重視しました。これにより双方が対立の全体像を初めて掴むことができるようになったと思います。それによりそれぞれの視野が広がり、自身の立ち位置へのこだわりが薄れて『組織として何が必要か』という本質的な視点に立てるようになりました。
結果
・双方ともに納得の上で『人は増やさずに今の体制で進める』ことに合意。
・元々『人を増やしたい』と主張していた営業部長としては主張が叶わなかった形だが、営業部長がしかたなく折れたといった状態や負けてしまったという感覚はなく、双方が組織にとって最も良い方法を選択できたと納得していた様子だった。
重視したポイント
①対話を安心してできるための土壌を先に作った。
②それぞれの背景や経験を理解し合い、全体的な視点に立てるサポートを行った。
③第三者(筆者)が立ち会うことで、建設的に話し合う雰囲気を醸成した。
※当人たちだけでも建設的に話し合いができるようであれば、第三者の存在はマストではありません。
この事例では、「コンフリクトマネジメント」を通して、本質的には対立する必要のない2つの部門のベクトルを合わせ、共同で組織目標に向き合える状態を作れたと思います。このように、コンフリクトが何でできているのか、どういったところから発生しているのかを正しく認識し、人事が適切な「コンフリクトマネジメント」を行えるようにサポートすることにより、組織力の向上に繋げることができるのです。
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編集後記
多様性を実現する上でもこの「コンフリクトマネジメント」は大きな役割を果たすものだと永井さんのお話から理解することができました。コンフリクト=ネガティブ・できれば避けたいものと捉えるのではなく、組織が成長できる機会としてポジティブに捉え対処することができれば、ピンチをチャンスに変えることができるのではないでしょうか。