「アサーション」の浸透で組織内コミュニケーションを目指すには
対人コミュニケーションスキルの1つである「アサーション」。多様化が進む組織において、相手を尊重しながらも自分の意見をしっかり伝える表現手段として近年重要視されています。
今回は、アサーション研修などの実施経験を持つ加藤 純子さんに、「アサーション」スキル向上により得られる効果や、組織に浸透させるためのポイントなどについて伺いました。
<プロフィール>
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加藤 純子(かとう じゅんこ)/JK22コンサルティング 代表
企業・個人向け人材育成顧問、人材育成コンサルティング、講演など実績企業数450社以上。内定者から管理職まで幅広い階層研修の企画から実施まで全国にて対応。BtoB営業コンサルやBtoC店舗のCS戦略を手掛け調査を経たブランディング提案を行う。全国で販売員資格制度の企画から試験実施まで行う。2000年より現職。
目次
「アサーション」とは
──「アサーション」の概要について教えてください。
「アサーション」とは、自己表現のためのコミュニケーションスキルのことです。自分と相手のお互いがwin-winとなるコミュニケーションを目指すもので、『人は誰でも自分の意思や要求を表明する権利がある』という考えに基づいています。
「アサーション」の発祥は1950年代のアメリカで、人種差別撤廃運動や婦人解放運動の中で生まれて浸透したと言われています。「アサーション」の考え方やトレーニング方法は行動療法と呼ばれる心理療法の中から生まれた後、対人関係に悩む人のためのカウンセリングに取り入れられて言動を圧迫され続けていた人達に大きな勇気を与えました。日本には1980年代に伝わり、昨今では学校教育やビジネスの領域において応用されるようになってきています。
「アサーション」と似た概念にフィードバックがあります。フィードバックは、個々の目標達成を促し組織の生産性を向上させるために、評価を行った上で適切な指導や修正を試みるアプローチです。フィードバックは人材の能力管理の一環で行われる人材育成の手法であり、主に上役からのアプローチを通して対象者を成長サイクルに乗せることが重要になってきます。もちろん、チームリーダー等がチームメンバー全体に対して行うこともあります。
一方でアサーションは、対人関係を円滑にするための表現の在り方を問うものです。そこには職務と関係した成果や評価は含まれません。
価値観が多様化する昨今において、風通しの良い企業風土の土台を作り目標達成に導く上では「アサーション」と共通する点もありますが、根本的には異なる概念のため区別して考えることが必要です。
──近年「アサーション」を取り入れた企業研修などが増えていると聞いています。なぜ今の時代になって再び注目を集めるようになったのでしょうか。
その背景には『多様性を通した創造性の創出』があると考えています。創造性を発揮して企業を存続させることは昨今の重要課題と言えますが、“和を以て尊しとなす”などの言葉にも表れている日本古来の同調圧力などが新しいことを生む阻害要因となっている現状があります。こうした組織風土や環境を変容させていくことは、働く人のメンタルヘルス不調予防やハラスメント防止にも有益であり、昨今は心理的安全性の観点からも注目されています。
しかしながら、次々に台頭する施策や制度だけでは現場の変容は不十分であり、個々意識のパラダイムシフトと実践が求められています。現場における具体策として「アサーション」がその役割を担うことは間違いないでしょう。日本書紀に登場した“和を以て尊しとなす”も、締めくくりは『上下関係にとらわれず話し合いができれば、何もかも成し遂げられるだろう』という意味の言葉が記されています。「アサーション」を進めることは同調文化からの脱退を意味し、多様性の実現、ひいては創造性の創出に向けた確実な一歩になります。個人・組織の双方に良い結果をもたらすものだからこそ、「アサーション」というスキルが注目され続けているのではないでしょうか。
「アサーション」における3つのコミュニケーションタイプ
──「アサーション」はいくつかのコミュニケーションタイプに分けられると聞いています。各タイプにおける概要と、それぞれビジネス上において当てはまるシーンなどを教えてください。
「アサーション」の理論では、以下3つのコミュニケーションタイプに大別できるとされています。
(1)アグレッシブ(攻撃的表現)
(2)ノンアサーティブ(非主張的表現)
(3)アサーティブ(適切表現)
(1)アグレッシブ(攻撃的表現)
アグレッシブは『自分だけがOKな状態』のことです。自分が正しい前提で自己中心的に物事を捉える傾向があるため、主張や語気が強くなることが多い特徴があります。具体的には以下のようなシーンが挙げられます。
<例>
・部下や取引先に対して無理な依頼や厳しい条件を押し通そうとする
・上司に対して『無理です』『できません』などと一方的にシャッターを下ろしたような言い方をする
また、相手が受け入れなければならないように仕向ける言い回しなどもここに含まれます。例えば、残業を頼まれた際に『子どもが熱を出しているので……』と嘘の理由を述べる場合もアグレッシブに該当します。
(2)ノンアサーティブ(非主張的表現)
ノンアサーティブは『相手だけがOKな状態』のことです。自分の状況は脇に置いて周囲に同調したり、意見や感情を押し殺したりして相手に合わせるなどの特徴があり、日本人にはこのタイプが多いとも言われています。具体的にはこんなシーンで散見されます。
・今日は早く帰って家族と食事をと考えていたのに、職場の仲間から食事に誘われ断れなかった
・ミーティングで決議された内容に問題があると気づいたが、場の空気を読んで何も発言しなかった
自己評価が低い、または自分を後回しにしてでも周りの人のことを考えることが思いやりであると考える気質などもノンアサーティブになる要因と言えます。
(3)アサーティブ(適切表現)
アサーティブとは『自分も相手もOKな状態』に着地することです。仕事を頼みたい上司、断りたい自分、それぞれが互いの状況を知った上で、各自がどうしたいかを素直に話し、最後に代替案を加えます。
(例)意向には添えないけれど、○○ではどうですか?
この際、自分を頼り声をかけてくれた相手に対して、嬉しかった気持ちや感謝の気持ちを伝える言葉をプラスできると後味も良く互いの仲も深まります。
しかし、アサーティブであることは簡単ではありません。そもそも主張しなければ説明も説得も不要であり、余計な衝突を生むこともないと考える方が多いためです。実は、この説得や余計な衝突という受け止め方こそがアサーティブを阻害しているのです。
アサーティブの表現方法は、自分の気持ちや考えを相手に伝えながらも相手に配慮する、自分も相手も大切にしたやり方です。お互いの意見に賛同できず、意見が食い違った時に攻撃的に相手を打ち負かしたり、非主張的に相手に合わせたりするのではなく、お互いが歩み寄って一番いい妥協点を探ることがアサーティブなあり方であると言えます。
「アサーション」スキルを向上させるメリット
──「アサーション」スキルが向上すると、どのような効果が望めるのでしょうか。
近年、人的資本の情報開示の流れが来ていることもあり、どこの部署にどのような人材がいるのかなどの人材情報についても取得・整理が進められている印象があります。しかし、それらもまだ年齢・資格・出身大学などの情報に限られている傾向があるように感じています。
しかし、組織内の「アサーション」スキルを向上させることで率直に意見を言い合えるようになったり、弱さを見せられるようになったり、時に上手に断ったりできるようになることで、日々移り変わる考え・志向などの価値観、その人の生活や環境が抱える問題などについての情報に接することも増えていきます。また、現役割に対する能力だけではなく、幅広く活躍できる能力を新たに発見することにもつながります。
つまり、「アサーション」スキルの向上は社内コミュニケーションの活性化だけに留まらず、こうした人材資源のより詳細な把握にも役立ちます。ひいてはそれが創造性を発揮できる風土づくりにつながり、現状を打破していくことができるようになるのです。
分かってもらえないという先入観から対話を諦めてしまう、言っても無駄という閉塞感がある、そもそも相手や仕事に興味がない(上司や周りの言うとおりにやっていればいい)、仕事とプライベートは切り離して考えているから分かり合う必要性は感じていない──こうした価値観の多様化を受け入れるだけでは組織変容は起こりません。創造力やアイデアは『意見の発信と受信』から浮かび上がってくるもので、発信と受信がされない組織には創造性はありません。現状維持という後退の未来が待つのみです。さらに、人間関係による悩みや対処に足を引っ張られることなく本来の仕事に時間・体力を傾けることができるようになることは、創造性を発揮しやすい土台が整うことでもあります。
組織に「アサーション」を浸透させる方法
──組織に「アサーション」を浸透させるためには、どのような方法があるでしょうか。
第一に行うべきは、『なぜ「アサーション」に時間とお金を費やすのか』について幹部・管理職・リーダーを含めた社員全員に理解を促すことです。
その際に大事なことは、『現在の事実に根付いた内容・取り組みであるといかに伝えられるか』です。聞き手である社員側の現状を理解していると感じさせて興味を惹きつけることは、ビジネスの基本でもあります。観察やヒアリングを通じて具体的な現状把握を行い、「アサーション」に関する取り組みについて説明した際に共感・支援してもらえる土台を作っておくことが肝要です。現状把握は理想とする状態とのギャップを明確にするために行うわけですが、まずは散見される良い状況と悪い状況の両方を整理します。それはどこで起きているのか、特定の部署なのか、特定の人物なのか、また、部署間に違いはあるか、上手くいっている部署やチーム、トレーナーとトレーニーはいるか等を明確にします。その後、ヒアリングを行う対象や範囲を検討します。
最後に、実際に実施しますが、ヒアリング実施にはいくつかの方法があります。導入時には、理想とする状態とその必要性を説明した上で、今後、個々へのヒアリングを行うことをアナウンスし、順次スタートすると良いでしょう。
具体的なヒアリングにおいて成果が高かった例としては、対象者とは違う部署の人をインタビュアーに設定したことです。形式は個別やグループ等、タイミングによって使い分けます。
他部署の人材やコンサルタント、そして外部の研修担当者をインタビュアーに充てる利点は、自由な発言の推進効果が上がる点です。グループ形式にした場合は、より多くの情報を得る可能性も高まります。また、その後の研修等の施策とのリンクをイメージさせることができます。
ヒアリングでは、インタビュアー側が、対象者自身と組織について理想とのギャップを明確にすることがヒヤリングの目的であることを忘れてはいけません。対象者に解決策を訊ねる場でも、アサーティブ度を評価・批判する場でも、アサーティブを叩き込む場でもないということです。
実際に行っている質問を紹介します。
・あなた自身が組織においてアサーティブであることの必要性を感じていますか?
・自己表現と働きやすさにはどのような関係があると思いますか?
・一人ひとりの自己表現が活発な職場の特長とは何でしょうか?
「アサーション」についてのキックオフでは、経営戦略ともリンクする施策として社長のメッセージ動画を作成して配信した例があります。決定事項をトップダウンで進めることには間違いありませんが、その中身はボトムアップで改良していきたいと伝えることにより共感と支援を表明できます。また、この取り組みが階層に制限されることなく全員参加の研修であることを広く伝える効果もありました。
このようなキックオフメッセージは、個別やグループヒヤリングの実施前に配信できると良いでしょう。そして、さらに、取り組みの重要度や経営陣の本気度を示すために、社長や管理職の方に自身のアサーティブ度に関するインタビュー動画を研修の冒頭でお見せすることがありますが大変好評です。
一方、グルーピングせずあえて五月雨に実施することで参加意欲を持たせることに成功した例もあります。各部署で日程ごとに調整可能な人をアサインし、さまざまな役職者が混合した状態で研修を実施しました。それはまさに遊園地のアトラクションのように同じ乗り物・同じ回に乗り合わせたメンバーが体験し、終了したメンバーが職場に戻って感想を伝えることによって良くも悪くも研修の認知度は向上していきます。社員数にもよりますが、できるかぎり1回あたりの人数を少なくして複数回実施するのが効果的です。
「アサーション」研修の事例紹介
──加藤さんが経験された「アサーション」の研修事例について、できる限りで構いませんので具体的に教えてください。
研修に参加する前に、前述した3つのコミュニケーションタイプの中から自分がどれに該当するかのチェックを行っています。ただ、表面的なタイプチェックに終わらせるのではなく、自分にはどのようなコミュニケーションの傾向があるのか、それは何故か、その傾向はどのような体験から生まれたものか、その考えを継続している理由(何によってその考えが正しいと思えるのか)など、できる限り掘り下げて考えてもらうようにしています。これらを提出してもらうことはありませんが、後々振り返るためのセルフワークとして配布したワークシートに記載してもらいます。
その後の研修では大きく以下2つの内容を扱います。なお、キックオフでの社長メッセージ動画や、「アサーション」が求められる背景などは動機付けとして講話が終了している前提です。
(1)アサーティブ表現の阻害要因について
(2)アサーティブ表現練習
(1)アサーティブ表現の阻害要因について
認知行動療法でもあるABC理論を使用して受け止め方の傾向を探り、合理的な思考へと導いていきます。ABC理論については後述しますので、まずは認知行動療法について説明します。
認知行動療法とは、認知(物事の受け止め方・考え方)に働きかけ、気持ちを楽にする精神・心理療法の1つです。人はストレスを感じると悲観的になり気持ちが沈んで、ストレスに立ち向かうことができなくなります。認知行動療法は、そうした考え方を改善することでストレスに上手く立ち向かえる心の状態を作っていくものです。
ABC理論とは、Aが出来事、Bが認知の仕方、Cが結果的に起こる感情だとすると、Aの出来事がCの感情を引き起こすのではなく、Bの認知の仕方を修正することによりCの感情が変わるという理論です。つまり、認知の仕方が合理的ではない考えや事実とは反する思い込みになっているものを修正することにより、不愉快な感情を改善できるというものです。
(2)アサーティブ表現練習
アグレッシブ・ノンアサーティブ・アサーティブの3つのコミュニケーションタイプについて、それぞれ違いや各立場に見られる思考をロールプレイングによって観察していきます。自分が感じたことだけではなく他者の感想を聞くことにより、考えや受け止め方の違いといったさまざまな価値観に触れることができます。
ワークでは、3つのタイプすべてのパターンを全員が演じることにより、自分とは違うタイプの心情や言動を知るきっかけをつくります。例外や二面性を考慮した思慮深い表現や断定するような言い方を避けて表現に幅をもたせることで、不必要な批判に前もって対処することができるなどのテクニックも学びます。また、1つの考えに固執せず、自分の立場をはっきりさせながらも例外状況や他の立場の人を考えて視野の広い見解を述べる練習を行います。自分の意見を言う時には『我を出し過ぎない』『押しの強さを調整する』など、言葉を吟味している印象を持ってもらうことで信頼構築にもつなげることができます。
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編集後記
『職場におけるコミュニケーションは、企業のビジネス活動そのものである』とまとめてくれた加藤さん。「アサーション」の概念を通じて組織内のコミュニケーションを科学し探究・向上させていくことが、どれだけ会社の利益や社会貢献につながるかをこの言葉からも理解することができました。個人としてはもちろん、組織としても高めていきたいスキルです。