「エルダー制度」により新入社員・既存社員の双方に良い効果をもたらす方法
新入社員に対するOJT制度の1つである「エルダー制度」。若手社員の早期育成・離職防止などを目的として導入されることが多い制度です。一方で有効に運用することが難しい面もあり、当社にも関連したご相談をいただくことがあります。
今回は、人事領域や人材業界領域で幅広いご経験を持つ桑木野 晴仁さんに、「エルダー制度」の概要から導入・有効な運用方法に至るまでのお話を伺いました。
<プロフィール>
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桑木野 晴仁(くわきの はるひと)/大手人材サービス企業 プログラムマネージャー
人材サービス企業や、上場企業での人事担当職として採用計画の立案、人事企画の立案・推進、労務管理、工場人事、評価制度の立ち上げなど幅広く人事領域に精通。
目次
「エルダー制度」とは
──多くの企業で取り入れている「エルダー制度」の概要と近年の状況などについて教えてください。
「エルダー制度」とは、新入社員に実務指導を行うOJT制度の1つであり、年齢の近い先輩社員が直接指導を行うものです。“エルダー(elder)”とは日本語で『先輩』『年長者』という意味があり、教育係として指名された先輩社員をエルダーと呼んでいます。年齢の近い社員をエルダーに設定することで新入社員が話しやすく相談しやすくなり、モチベーション低下や課題などの兆しを早期に把握することができるようになります。一方、先輩社員であるエルダーへの負担増加や、エルダーと新入社員との相性次第で逆効果になる可能性がある点については注意が必要です。
「エルダー制度」と似たものにメンター制度やブラザー・シスター制度があります。これらが精神的なサポートに重きを置くのに対し、「エルダー制度」は実務面での指導やサポートが中心です。メンター制度を「エルダー制度」と同じ意味合いで使っている企業もありますが、メンター制度は本来『中堅社員や管理職・幹部層を対象に、その悩みを解決できるレベルの力量を持つ上級者をメンターとしてアサインする』ものです。元々は経営者や政治家などが自分の尊敬する経営者・思想家などをメンター(精神的な相談相手)としていたことに由来する名称であり、エルダー制度とは性質の異なるものです。
近年この「エルダー制度」が重要視されている背景には、若手社員の早期離職率の高さがあります。昨今、新入社員が3年以内に退職する割合はおよそ30%を超えると言われており、労働人口の減少など、以前から人材採用や確保が難しい環境下にあるため、企業の頭を悩ませているのが現状です。そうした状況から、早期離職防止効果を期待して「エルダー制度」の導入が多方面で進んでいる印象を受けます。
「エルダー制度」の成否を分けるエルダーシップ
──「エルダー制度」をうまく導入・運用する上では、どのようなポイントがあるのでしょうか。
「エルダー制度」を機能させるためには、指導をする立場であるエルダーが『エルダーシップ』を備えている必要があります。
『エルダーシップ』とは、プロセス指向心理学の創始者であるA.ミンデルが提唱する新しいリーダーシップの形であり、その著書『対立の炎にとどまる』の中で以下のように定義されています。
“対立の炎を避けることも炎に燃え尽くされることもなく、ただ炎の中に座して自分と人々の気づきを探求するあり方”
エルダーは、その場にいるだけで他の人たちに安心感や希望を与えるような存在であることが望ましいとされています。また、エルダーやエルダー候補の社員自身も、このエルダーシップを育むことにより自身の内面が成長すると同時に、周囲への影響力も高めることができます。
なお、混合して考えやすいリーダーとエルダーの違いには以下のような点があります。
・リーダーは自分が正直であろうと努力するが、エルダーはすべての中にある真実を示そうとする
・リーダーは賢くあろうとするが、エルダーは自分自身の考えを持たず、自然の出来事に従う
・リーダーは考える時間を必要とするが、エルダーは何が起こっているかに一瞬で気づく
・リーダーは戦略を必要とするが、エルダーはその瞬間から学ぶ
※参考文献:「対立の炎にとどまる」(アーノルド・ミンデル著、松村憲・西田徹訳、英治出版発行)
『エルダーシップ』を身につける方法
──自社社員が『エルダーシップ』を身につけるために、人事としてどのようなサポートができるでしょうか?
まず、個人が『エルダーシップ』を身につける上で理解するべきポイントには大きく以下3つがあります。これらをベースに研修プログラムや内容を設計・整備していくと良いでしょう。
(1)エルダーの役割と期待
『新入社員と年齢が近い先輩社員が実務指導・相談役を担うことにより、新入社員の業務習得・成長促進、定着率向上などが見込める』といった導入目的と期待する効果を正しく理解することが最初の時点で重要です。
(2)コーチングスキルの習得
コーチングスキルを学ぶことで、『エルダーシップ』を発揮する上で重要になる『双方向のコミュニケーション』や『傾聴の意識』を高めることができます。さらに、新入社員の自主性を促す効果も期待できます。
(3)コミュニケーションスキルの習得
コーチングスキルとも関連しますが、日々新入社員と関わる上でコミュニケーションスキルは必要不可欠です。関係性を深めていく上でその能力開発を人事がサポートするために、エルダー同士がお互いの指導方法を共有したり、悩みを相談したりする場所や機会を提供することも1つの有効な手段です。また、こうした取り組みが結果的に部署間のコミュニケーションを活性化させることにもつながります。
また、人事ができるサポートには大きく以下4つの観点があります。
(1)「エルダー制度」の社内周知
制度導入にあたり、まずは実施することを社内に周知します。その際、ただ制度を導入することの事務的な連絡でなく、その概要や趣旨、期待している効果なども明確に示します。事前にしっかりした周知を行い制度の重要性への理解を得ておくことができれば、スムーズな制度導入はもちろん、制度の形骸化を防ぐ効果も期待できます。
(2)エルダーの選定と新入社員とのマッチング
前述の通り、エルダーとなる先輩社員と新入社員の相性が非常に重要です。採用選考時の情報やその後のやり取りを通じて新入社員の性格や人物像を把握し、エルダー候補の先輩社員との相性を十分に考慮した上で、信頼関係を築くことができそうな人物をマッチングします。また、制度を運用開始後には十分な信頼関係が築けているかを定期的にチェックすることも必要です。具体的には、3カ月〜半年に1回を目安にエルダーと所属長の面談を実施し、効果検証や相性チェックなどを行うと良いでしょう。
(3)制度の運用
「エルダー制度」の運用開始にあたっては、エルダーが新入社員を指導しやすい環境を準備しておく必要があります。お互いを近い座席に配置するなどの物理的な環境整備や、ミーティング実施や指導方法などは事前に決めておくと良いでしょう。また、運用をエルダー任せにせず、会社としても運用状況を常に把握し十分な信頼関係が築けているかのチェックをして、何か問題が起きた際には周囲からサポートができるようにしましょう。
(4)振り返りと課題整理・改善
運用開始後は、その効果・課題を対象者との面談やアンケートなどを通じて検証します。会社としての環境作りの状況、エルダーと新入社員の信頼関係の状況など、課題があれば整理して次に実施する際の改善につなげましょう。
「エルダー制度」を導入し有効に運用するためには
──「エルダー制度」を導入・運用する上で、特に注意が必要なポイントがあれば教えてください。
「エルダー制度」を導入する際に、注意が必要なポイントを2つ挙げます。
(1)お互いの相性見極めと相互理解の促進
エルダーと新入社員間の“相性”次第で、この制度の効果は大きく左右されます。より良い組み合わせ方法を模索するためにも、性格診断などのツールも利用しながら事前に相性を十分に考慮することはもちろん、制度運用時の冒頭で相互理解の場を設けるなどして相性の見極めを行いましょう。さらに、実際に運用していく中で会社も状況を確認し、相性が合わない様子が見受けられた際には、エルダーの変更という対処法を含めて考慮し、柔軟に対応しましょう。一度決めたからといって無理にペアを継続すると、逆効果になってしまう可能性もあります。
(2)エルダーに任せきりにせず周囲からもサポートする
「エルダー制度」では、エルダーを担う先輩社員に負担が掛かりがちになるデメリットがあります。責任感が強いエルダーは特に1人で抱え込んでしまったりということもあります。これを防ぐには、新入社員の育成に対して全社員が当事者意識を持ち、教育をエルダーに任せきりにせず周囲の社員全員が協力し合うということが重要になります。上司をはじめとした周りの社員が新入社員に積極的に声をかけるなどコミュニケーションを取り、またエルダーにも声かけをするなどして、エルダーに負担が掛かりすぎないよう業務分担などの配慮・サポートをしてあげましょう。
「エルダー制度」は、新入社員が効果的な指導を受けやすい環境づくりや早期戦力化に貢献するだけでなく、何か問題があった際の早期認知・対処によって離職防止にもつなげられるなど、さまざまなメリットがあります。一方で、エルダーとなった先輩社員の負担増加やお互いの相性の悪さが逆効果となるようなケースも考えられるため、デメリット面にも注意しながら導入・運用を進めていく必要がある制度でもあります。
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編集後記
新入社員の早期戦力化や離職防止に大きく貢献する「エルダー制度」。ですが、制度導入によってエルダー側である先輩社員や周囲のメンバーが『エルダーシップ』を身につけることができれば、組織にとっても良い影響があることが桑木野さんのお話からも理解できました。組織全体を向上させる施策として「エルダー制度」を検討してみても良いのかもしれません。