「ヴァルネラビリティ」を発揮して“弱さ”をマネジメントに活かす方法とは
リーダーと聞くと『常に自信を持っている強い人』をイメージする方も多いかもしれません。しかし、近年では“心の弱さ”を意味する「ヴァルネラビリティ」がリーダシップには不可欠だと言われています。
今回は、人材開発領域で豊富な経験を持つToMoRu 代表 成澤 友さんに、「ヴァルネラビリティ」の概要からチームマネジメントへの活用方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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成澤 友(なりさわ ゆう)/ToMoRu 代表
IT業界での営業、人材紹介会社を経てオリックス生命保険で人材開発を担当。教育体系の刷新や社内講師育成を行う。副業でプロコーチや研修講師、教育体系構築支援コンサルとして活動中。
目次
「ヴァルネラビリティ」がリーダーに必要な理由
──リーダーに求められる要素のひとつ「ヴァルネラビリティ」。なぜ“心の弱さ”がリーダシップを発揮する上で必要なのでしょうか。
「ヴァルネラビリティ」とは、IT分野では“脆弱性”、心理学では“心の弱さ”などの意味で使用されている言葉です。しかし、リーダーシップにおける「ヴァルネラビリティ」は“弱さ”と少し異なる意味を持っています。
・弱さ:何かに対する力や勢いが十分ではないこと
・ヴァルネラビリティ:力や勢いが十分ではない可能性と、そこから感じる脆さを受け入れて前に進むこと
“弱さ”が固定的なイメージであるのに対し、「ヴァルネラビリティ」は弱さに立ち向かう強さを併せ持つ動的なイメージです。勝利が確実ではないことを分かっていながらも戦いの場に立つことや、誰かに攻撃される可能性のある“弱さ”を晒しても支援やフィードバックを求めようとすることなどが「ヴァルネラビリティ」のある行動とされています。近年、この「ヴァルネラビリティ」がリーダーの素養として注目されている理由は、ここにリーダーとして成果を上げるために必要な『人を動かす力』が秘められているからです。
人を動かすためには、何らかの動機づけが必要になります。近年では価値観の多様化と共に、外発的動機づけ(評価や給与・賞与など)に頼らない内発的動機づけの重要性が増してきています。この内発的動機となりうるものの1つが、リーダー自身の『弱みを晒すことを恐れない姿勢』です。
誰であれ弱みを晒すことには恐れや不安がつきまとうものです。それはメンバーであってもリーダーなどの管理職であっても同じこと。だからこそ、リーダーが率先して弱みを晒して自身の成長や成果を追求する姿勢を見せると、メンバーはそこに人間味を感じ自然とリスペクトと共感が生まれます。結果として、『このリーダーの言うことであれば聞いてみよう』『この人のために頑張ってみよう』『この人を助けたい』という思いに繋がります。同時に、メンバーには『弱みがあってもいいんだ』『弱みを晒しても平気なんだ』という安心感も生まれます。自己表現や意思表明のハードルが下がって主体的な行動が取れるようになり、組織的な挑戦も生まれやすくなります。
こうして「ヴァルネラビリティ」のあるリーダーは、そうでないリーダーに比べて、人から共感や協力を得やすくなり、結果的に周囲に率先して動いてもらえることができるようになります。実態は『動いてもらう』というよりも『協働する』という表現の方が近いかもしれません。弱みを晒すことでリーダーとメンバーの間にある上下の距離感は縮まり、1つのことを一緒に成し遂げていく仲間同士の関係を作ることができるようになります。
「ヴァルネラビリティ」がチームマネジメントに与える効果・影響
──「ヴァルネラビリティ」を持ったリーダーがいると、チームにどのような効果や影響があるのでしょうか。
『持続的に効果のあるチームマネジメント』を実現することができます。チームとしてメンバーがまとまっていないと目標を達成し続けることは難しくなります。個人商店の集まりのようなチームでも外部環境などが良ければ目標達成できるとは思いますが、何かをきっかけに悪い条件になってしまうと、メンバーが保身に走ったり諦めたりしてチームとしての目標達成が困難になる可能性があります。そうならないためにも、チームがまとまっていて日常的に相互支援ができる文化を醸成しておかなければなりません。そうした文化を作る上で「ヴァルネラビリティ」を持ったリーダーが必要です。
なぜなら、以下のような影響をチームにもたらし、目標達成を容易にするからです。
■心理的安全性の実現
■相互理解の促進
■挑戦の喚起
■成長の促進
心理的安全性の実現
前述した通り、リーダー自らが弱みを晒すことでメンバーやチーム内に安心感が生まれ、主体的な行動が取れるようになります。また、リーダーにつられてチームメンバーも弱みを晒せるようになっていくと、それが当たり前の環境となって継続していきます。
相互理解の促進
メンバー同士が弱みを晒し合うことで相互理解が進みます。そして、相互理解が進むと、お互いに応援・支援し合う関係性が育まれ始めます。この背景には、弱みを晒していることに対するリスペクトと、弱みを晒す怖さへの共感があります。このリスペクトと共感を相互に持っているからこそ、メンバー間で応援・支援が自然発生するのです。
挑戦の喚起
メンバー間の応援・支援が自然と発生している(心理的安全性がさらに高まっている)状態では、各メンバーが持つ本来の貢献・成長欲求が発揮されやすくなり、それが挑戦という形で表現されていきます。挑戦にはセーフティーゾーンから出る怖さが伴いますが、心理的安全性の高まりによって怖さが緩和されているので実行も容易になります。仮に怖さが残っていたとしても、仲間からの応援・支援によって挑戦のハードルは下がっているので、応援・支援がない状態に比べればずっと容易に実行に移せます。
成長の促進
挑戦には失敗も成功もありますが、セーフティーゾーンから出たことで成長するポイントが必ずあります。成長とは自分を知ることであり、その深さが深いほど人は他人を深く理解できるようになります。するとさらにチーム内の相互理解が促進され、心理的安全性もこれまで以上に高まり、新たな挑戦を喚起するグッドサイクルに繋がっていきます。こうしたグッドサイクルができると、ビジネス環境が悪化した時でもポジティブに成果を追求できるチームになっています。また、グッドサイクルができているチームに所属するメンバーは弱みを晒すことが当たり前になっているので、自ずと「ヴァルネラビリティ」が高まっていきます。次世代リーダー育成の観点から考えても、現役のリーダーが「ヴァルネラビリティ」を持つことは有益であると言えます。
「ヴァルネラビリティ」をマネジメント層が開示できるようなるためには
──弱みを周囲や部下に開示することに抵抗があるリーダーやマネジャーも少なくないと思います。そのような方が「ヴァルネラビリティ」を発揮できるようにするにはどうすればよいでしょうか。
耳の痛い話かもしれませんが、リーダーやマネジャーに「ヴァルネラビリティ」を発揮してもらいたいのであれば、より上位の立場(=評価者)となる人自身が「ヴァルネラビリティ」の発揮を目指す必要があります。リーダーやマネジャーも被評価者である以上、評価者の行為を基準に行動します。もし上位者が完璧主義で弱みを晒さない人であれば、リーダーやマネジャーも同じように弱みを見せることはありません。どんなに挑戦しろと言われても、上位者が安全策しか取っていなければ不確実な挑戦を自発的に行うことはないのです。
とはいえ、今までの振る舞いを変えることが技術的にも心理的にも難しいのは上位者も同様です。どう乗り越えるかは人それぞれですが、代表的な方法としてはリーダーシップを養う研修やコーチングを受けることがあります。
自分を良い方向に変えるには、自分自身を客観的に把握し、自分の主観とすり合わせていく必要がありますが、1人では自分のことを客観視できません。だからこそ、研修では講師や受講者、コーチングではコーチと一緒に対話と実践を繰り返すことで自己理解を深め、成長させるべきポイントを見出していきます。(対話から学びを得たら現場で実践し、また対話で学びを深める。この繰り返しはまさに挑戦の連続です。その姿を部下に見せることができれば、それが部下の勇気や安心に繋がっていく可能性もあります。)
また、変化には不安・怖さ・恥じらいが生じます。そのため、自分の覚悟を促してくれたり応援してくれたりする機会や存在が欠かせません。1人ならブレーキを踏んでしまうことでも、誰かと一緒にやっている感覚を持つだけで一歩が踏み出せるようになるものです。こうした点からも、研修やコーチングは非常に有効だと言えます。
加えて、仕組みや制度の整備も重要です。
まずは仕組みについてです。自分を客観的に把握できるような会議を定期的に実施すると良いでしょう。私がいたチームでは、少なくとも1年に1回はチームメンバー同士の強みと弱みを伝え合う会議を行っていました。直接弱みを伝えられることは決して気分の良いものではありませんが、「ヴァルネラビリティ」を高めるトレーニングだと思って、率直に伝え、素直に受け取ることが重要です。その後、指摘内容を踏まえて仲間が改善に向けた努力をしている様子は相互に刺激を与え、自分も頑張ろうと思えるようになります。人の変化が定着するまでには3か月程度必要だと言われていますので、こうした会議も3か月に1度くらいのペースで実施すると効果が高いと思います。具体的な事例について、後ほどご説明させていただきます。
次に制度についてです。360度評価制度を導入し実施することがとても有効です。評価項目に「ヴァルネラビリティ」を意識したものを設定することで、客観的に他者から自分がどのように見えているか知ることができます。評価項目は、「タイムリーに他者に支援やフィードバックを求められているか」、「自身のミスを率直に認めるか」、「フィードバックを受け止め改善行動をとっているか」などが良いと思います。その評価結果は、1on1での改善テーマを見出すために使い、自己改善に向けた振り返りや目標設定に繋げます。
仕組みも制度も、フィードバックが当たり前の文化になることをゴールにイメージして設計するのがポイントです。人は誰しも成長・貢献意欲を持っており、その実感を得られる機会を欲しているものです。フィードバックを文化にまで昇華できれば、組織が活気・挑戦・魅力に溢れ、結果的に採用の苦労も減らせるかもしれません。
「ヴァルネラビリティ」発揮によるチームマネジメントの変化事例
──「ヴァルネラビリティ」をリーダーが発揮した結果、チームマネジメントに変化が表れた事例を教えてください。
私がいたチームに『フィードバック会議』を導入した事例をご紹介します。
そのチームは新設されたばかりで、私を含めて5名の営業に自信のあるメンバーが、新しいミッションの下に集まっていました。フットワークが軽くすぐに行動する人、過去の高い実績を背景に自信に満ちた人、想いが強く真っ直ぐな人、言われた仕事をきっちり仕上げる職人など、このような個性に溢れたメンバー4名の育成をチームのNo.2として任された当時の私は、『これは一辺倒の育成では効果は出ないだろう』と考えていました。
元々正論で相手をロジックで詰めてしまう完璧主義者だった私は、このチーム合流時点でようやく「ヴァルネラビリティ」が備わりつつある段階にありました。そんな中でメンバーに対してフィードバックをしていたのですが、どうにも変化が見えず、育成の手応えが感じられない日々が続きます。チームとしての行動基準を作ってみたりもしましたが、皆ルールだから守っているだけで、本質的には何も変わっていませんでした。
そこで私は、過去に参加した研修を参考に、チーム全体でお互いの強み・弱みを伝え合う時間を取ることにしました。全メンバーに、シートに各メンバーの強み・弱みを事前に記入してもらい、ミーティング当日にその内容を本人に直接伝えます。伝えられる側の人は、当時のマネジャーを含む5名から客観的な強み・弱みを伝えられことになるわけです。そして最後にそれぞれが改善に取り組むポイントを宣言して終わる流れでした。伝えられる側は、嬉しさ・恥ずかしさ・反省の入り混じる感覚でしたが、会議室は不思議と温かい空気に包まれていました。
この空気感を作れた要因の1つが『マネジャーの参加』でした。ベテランであり最年長のマネジャーは、メンバーから弱みを指摘されることをわかった上でこの会に参加していました。実際に一番若手で20歳以上離れたメンバーから弱みを指摘されていましたが、それを恥じらいながらも受け止め反省し、改善しようとする姿勢を見せてくれました。これを見た私を含めたメンバーは、マネジャーに対する親近感とリスペクトが湧いてきたことを覚えています。同時に、私自身も同じような姿勢を見せようという気にもなりました。きっと似た感覚を他のメンバーも感じていたはずです。
その後、成長を支援し合うためにメンバー同士の1on1も半年間にわたって実施しました。全体でのミーティングで相互理解が進んでいたこともあり、良い雰囲気のまま進めることができたと思います。
結果、ミーティング時にそれぞれが掲げた改善点は、濃淡ありながらも改善につながりました。私が1人で何とかしようとするより、ずっと効果が高かったと感じています。また、効果は育成だけでなく業務連携にも及びました。普段の会議から率直な意見が交わされるようになったのです。議論の質が上がり、手戻りやミスが少なくなり、生産性は明らかに向上しました。マネジメントなどの上位者が「ヴァルネラビリティ」を発揮するとどうなるのかをリアルに体感できた事例であり、以後私のマネジメントの型となっています。
参考図書
──成澤さんが「ヴァルネラビリティ」やそれを活用する方法を学ばれた時にご参考にされた書籍などがあればご紹介ください。
「ヴァルネラビリティ」に関しての書籍は数多くありますが、以下2つが皆さんのご参考になるのではと思うのでご紹介します。
『本当の勇気は『弱さ』を認めること』ブレネー・ブラウン (著)
『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか─すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる』ロバート キーガン (著)
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編集後記
人には見せたくない、できれば隠しておきたい『弱さ』。それをリーダーがあえて晒すことで、こんなにもチームや組織に良い影響を及ぼせる可能性があるのだと知り驚きました。一方、ただ弱みを指摘し合うだけではチームが悪い方向にも行きかねません。単に弱みを晒すだけに留めず、強みを含めた相互理解や協働につなげていく方法も合わせて検討していく必要があると感じました。