「アシミレーション」で部下の本音を引き出し、組織内コミュニケーションを円滑にする方法
上司と部下の関係性をより良いものにする「アシミレーション」。組織開発の観点からも注目されている手法です。
今回は、人事・採用領域のコンサルタントとして活躍されている江口竜也さんに、「アシミレーション」の概要から実践方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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江口 竜也(えぐち たつや)/人事パラレルワーカー
日本・米国にて人材派遣・紹介・エグゼクティブサーチに携わった後、インハウスリクルーターとして日本オラクル社にて急拡大するクラウドアプリケーションビジネスの採用担当へ。その後、HubSpotの日本法人設立時にリクルーターとして参画し、中途採用を中心に日本法人の立ち上げ・成長に関わる。現在は独立し、人事・採用領域のコンサルタントとして活動を開始。
目次
「アシミレーション」とは
──「アシミレーション」の概要について教えてください。
「アシミレーション(Assimilation)」とは、日本語で『同化』の意味を持つ言葉です。リーダーとメンバーの相互理解を深め、関係構築を促進する取り組みを指します。一部の欧米企業では組織開発手法の1つとしても取り入れられています。
具体的には、リーダー抜きでリーダーについて意見を交わす機会を設けて、そこで出たコメントをリーダーへフィードバックする形で実施します。フィードバックを受けたリーダーは、それに対する自身の見解やコメント、必要に応じて課題に対する改善案などをメンバーに提示し、実際のアクションを起こすまでが一連の流れです。
その実施目的やタイミングは企業によってもさまざまです。例えば、新しくリーダーに着任した方(外部採用・内部登用問わず)を対象にオンボーディングのフォローアップ施策として実施するケースもあれば、リーダーとメンバー間での軋轢が生じているチームの相互理解・関係改善施策として実施されるケースもあります。
「アシミレーション」の目的と効果
──「アシミレーション」の目的と効果について、もう少し詳しく教えてください。
「アシミレーション」の目的は状況や実施タイミングによっても変わりますが、大きくは以下のようなチーム状態をつくるために実施されています。
・リーダー、メンバー間の相互理解を深めることにより、心理的安全性があるとすべてのメンバーが感じられるような会社、チームの状態
・チームのビジョン、ゴールが共有できていて、高い成果を出すためにお互いに協力・補完しながら、個々のメンバーが能動的に動ける状態
また、こうした状態を目指す中で以下のような効果も得ることができます。
・リーダー、メンバー間の相互理解が進むことでお互いの要求範囲が明確になり、双方の期待値にズレが少なくなる。
・メンバーからの声(特に厳しいフィードバック)をリーダーが真摯に受け止め、意識改革・業務改善にコミットすることにより、ボトムアップ的な企業文化の醸成、ならびにフィードバックしやすい(声を上げやすい)心理的安全性が担保された組織づくりに繋げられる。
・会社やリーダーに対する不平不満(愚痴)を陰で言うのではなく、オープンな場で発言をすることによりメンバー自身の言動にも責任が生じ、個々の意識の改善やパフォーマンス向上につなげられる。
「アシミレーション」の具体的な実施ステップ
──この「アシミレーション」を自社に取り入れようと考えた際、どのような方法・ステップで進めて行くと良いでしょうか。
大きく以下7つのステップで進めていくと、スムーズに取り入れられると考えています。
(1)リーダーの合意を得る
(2)対象メンバーの選定・グループ分け
(3)ファシリテーターの選定
(4)「アシミレーション」の実施
(5)リーダーへのフィードバック
(6)リーダーからメンバーへのアンサーの場をつくる
(7)実施後の変化観察・定期フォロー
(1)リーダーの合意を得る
まずは、「アシミレーション」の実施についてリーダーから同意を得ることから始めます。なぜなら、リーダー自身がメンバーと向き合う覚悟や意思がそもそもなければ「アシミレーション」を実施してもまったく意味がないからです。どんなに厳しい意見が出ても真摯に受け止め、前向きに改善に取り組むと約束してもらって初めて取り組みを進めるためにも重要なステップです。
オンボーディングの一環として実施する場合は、すでに会社の仕組みとして組み込まれているもののため合意を得るのも難しくないでしょう。しかし、チーム状態に課題のある特定のリーダーに対して合意を得る際は、まず課題感の目線合わせを行った上でその改善策として合意を得るとスムーズです。
(2)対象メンバーの選定・グループ分け
リーダーが管掌する組織の規模・役割、実施目的に応じて、どこまでのメンバーを対象として意見をもらうのか選定します。例えば、セールスチーム内の課題解決を目的とするのであれば、そのチームのみを対象に実施します。その際、人数があまりに多くなりすぎると議論をまとめるのが困難になるため、5〜6名の小チームに分けて複数開催することをおすすめします。
なお、チーム分けを検討する上では、不満が多い人とそうでもない人、古株と若手などをミックスしたチームにして準備すると意見が偏ってしまうことを防げます。
(3)ファシリテーターの選定
ファシリテーターの良し悪しが「アシミレーション」の成否を分けると言っても過言ではありません。ファシリテーターの運営のしかたによってはただの『愚痴大会』で終わってしまい、チームの状態をさらに悪化させてしまうリスクもあります。参加メンバーから一定以上の信頼があり、リーダー及びメンバーに対して中立的な立場でファシリテーションを実施できる方を選定します。
(4)「アシミレーション」の実施
各グループに対して約60分~90分のミーティング(オンライン可)をセッティングし、その中で以下内容についてのヒアリングをファシリテーターが行います。
・リーダーについて何を知っているのか?(キャリア、人柄、趣味など)
・リーダーについて何を知りたいのか?(仕事の価値観、優先順位、得意・不得意など)
・自分たち(チーム)のことについて、リーダーに何を知っておいて欲しいのか?
・リーダーへの要望 (やってほしいこと、やめてほしいことなど)
・自分たちが組織に貢献できることは何か?
(5)リーダーへのフィードバック
ミーティング実施後、ファシリテーターからリーダーへメンバーから出た意見をフィードバックします。その際、ファシリテーターは以下のような観点に注意してフィードバックを行ってください。
・匿名性を確保する
・ファシリテーターの主観を除き、客観性を持って事実として伝える
・要点を絞りやすいように一部編集する(同じような内容はまとめるなど)
・齟齬が無いよう、リーダーへフィードバックする内容は事前にメンバー確認を入れる
(6)リーダーからメンバーへのアンサーの場をつくる
メンバーからのコメントを受け、リーダーが回答する機会や場をセッティングします。その場ではリーダーからフィードバックへの感謝、質問への回答や改善案の提示、リーダー自身のコミットメント発表、その他質疑応答などを行います。
(7)実施後の変化観察・定期フォロー
ここまでの流れを一巡するだけで急に関係が改善するわけではありません。「アシミレーション」実施後も、リーダーがコミットすると宣言したことにちゃんと取り組んでいるか、その様子がメンバーからどう見えているか、関係性に変化は生まれたか、などを定期的にチェックしながら、必要に応じて再度相互理解を深める場を設けることも必要です。
「アシミレーション」を効果的に行うためのポイント
──「アシミレーション」を組織内で効果的に活用する上でのポイントについて教えてください。
先ほどご紹介した7つのステップと重複する部分もありますが、特に以下4つのポイントが「アシミレーション」の効果を大きく左右します。
(1)リーダーの合意を得る
私の経験上、「アシミレーション」で出てくるメンバーからのコメントには厳しいものが多いです。できれば目を背けたいようなコメントであってもそれを受け入れ、前向きなアクションにつなげるだけの『覚悟』がリーダーになければ、「アシミレーション」は逆効果となってしまうでしょう。
また、いきなりアシミレーションを実施するのではなく、対象リーダーに事前に課題解決に向けたアクションプランを考えるように促すことも有効です。それでも改善されない・課題を自分ゴトとして理解できていない、となった際のネクストアクションとして「アシミレーション」を実施する形であれば、リーダーからしても受け入れやすくなるはずです。
(2)ファシリテーターの選定
先ほどもお伝えした通り、ファシリテーターによって「アシミレーション」の内容は180度変化します。例えば、極端にリーダー層に近いメンバーをファシリテーターとして選定してしまうとメンバーが思わず忖度して本音を話してくれず、結果的に上っ面な話だけで終わってしまい課題が見えないことも往々にして起こります。ファシリテーション能力はもちろん、リーダーとの関係性も踏まえて担当を選定しましょう。
ちなみに、人事がファシリテーションを行っても問題ありません。ただ、普段メンバーとまったく接点を持っておらず、業務について理解できていない人がファシリテーションを行うと、本質的な課題を理解するのが難しくなります。現場の声はすごく細かい枝葉レベルの事象から、抽象化されたもの、個人の主観や感情的な好き嫌いに近いものなど、粒度の異なるものが入り混じって発言されるため、ある程度はそのリーダーが管掌しているビジネス・現場の動き(言葉)がわかる人の方が望ましいです。
(3)発言したメンバーに不利益がないことを確約する
発言したことで自身に何らかの不利益が発生するリスクをメンバーが少しでも感じていると、率直なコメントをもらうことができなくなります。匿名性の担保や、報復人事的なものが絶対にないことなどを事前に約束し、心理的安全性を確保した上で取り組みを進めて行く必要があります。
(4)リーダーが宣言するアクションプランは現実的で即実行できるものにする
メンバーから率直なコメントが集まり、それをリーダーが正しく理解できたとしても、そこから考えられた改善・アクションプランが実行されなければ組織内コミュニケーションが改善されることはありません。実行率を高めるためにも、リーダーが宣言するアクションプランは適切かつ現実的なもので設定し、できるだけ早いタイミングで実行に移せるようにしましょう。
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編集後記
単なる悪口を言い合う場になるか、それとも建設的でポジティブな場になるか──取り組み方ひとつで大きく結果が変わる「アシミレーション」。組織内のコミュニケーションをより円滑にするためにも、こうしたリスクやポイントを正しく理解して導入・運用することが重要なのだと感じました。