「アサーティブコミュニケーション」の重要性と実践に向けた具体的な手法を学ぶ
ビジネスにおいてダイバーシティ(多様性)が尊重・推進される中、「アサーティブコミュニケーション」が注目を集めています。
今回は、20年以上の豊富な人事経験を持つLife Creator Laboratory 代表の輿石 範子さんに、「アサーティブコミュニケーション」の概要からその実践ポイント・事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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輿石 範子(こしいし のりこ)/Life Creator Laboratory 代表
人事として23年の豊富な経験を持つ。大手からベンチャー企業、外資系から日系企業まで、幅広い企業に対して雇用、新卒・中途採用、教育体系構築、育成、ポジショニング、評価制度設計、福利厚生や賃金設計、ダイバーシティ推進、就労規則設計などのハードとソフト全般に関与。エンゲージメントや離職率データから従業員満足やワークエンゲージメントに繋がる施策などの提案も行う。経営陣や従業員へのヒアリングから他部署との連動性・関係性など、全体を見た上での課題発見からその改善まで手がける。
目次
「アサーティブコミュニケーション」とは
──「アサーティブコミュニケーション」の概要について教えてください。
「アサーティブコミュニケーション」とは、相手の立場や意見を尊重しつつ自分の主張を正確に伝える表現技術のことです。アサーティブ(Assertive)には『自己主張する』という意味がありますが、これは一方的に自分の主張や考えを伝えることではなく、相手の気持ちや立場に配慮した上で自分の気持ちもしっかりと伝えるという意味合いがあります。この「アサーティブコミュニケーション」の起源はアメリカの心理学者ジョセフ・ウォルピによって1949年に開発されたカウンセリング手法で、人間関係の構築が苦手な人のために作られたものだとされています。
表現技術と聞くと少し難しく感じるかもしれませんが、そうでもありません。まずは状況・事実・感情を自分の中できちんと整理して伝えることができればいいのです。また、対面・メール・SNSなどにおける日々のコミュニケーションの中で『独りよがりな発言になっていないか、不快な思いをさせたり傷つけていたりしないか』と振り返ることも相手の立場に立つ上では必要です。
アサーティブが中立な位置付けだとすると、その延長線に『アグレッシブ』という概念があります。自分が中心にあり、相手を尊重せずに要求だけを伝えてしまうようなコミュニケーションです。これでは相手との言葉の掛け合いが円滑に進むことはありません。この『アグレッシブ』と逆の立ち位置にあるコミュニケーションが『ノンアサーティブ』です。こちらは、相手を尊重しすぎて伝えなければいけない事柄を発信できない状態を指します。何か物事を解決しなければいけない、建設的に物事を進めたい場面では生産性に欠けるコミュニケーションとなってしまう可能性が高いと言えます。
「アサーティブコミュニケーション」の重要性
──「アサーティブコミュニケーション」が近年重要視されている背景・理由について、輿石さんの考えを教えてください。
現代はデジタル化や技術の発展が進み、情報取得のスピードアップに拍車がかかっている状態です。AI活用も多方面で進んではいますが、それでも人と人との接点には『人間が持っている想像力を発揮して考えや感情を丁寧に伝えること』がまだまだ欠かせません。また、それらを思考することが自分や他者を理解する時間にもなります。
近年はダイバーシティに関連する言葉を耳にすることも多くなり、一般的にも浸透してきた様に思います。本格的にダイバーシティが尊重・推進されている企業では、もはや女性やLGBTQなどに対しての線引きはなく、自分らしさを表現する機会を得て皆さんイキイキと仕事をされています。ただ、このようなダイバーシティや女性活躍が推進されていたとしても、風土改革や文化形成がまだしっかりとできていなかったり課題がある企業においては、残念ながら個々の考えや意見、ちょっとしたアイデアを気軽に発信できるようなアサーティブなコミュニケーションはあまり見受けられないことが多くあります。
このような環境下でこそ必要なのが「アサーティブコミュニケーション」です。フラットな関係性を紡ぐという前提において、「アサーティブコミュニケーション」は組織風土や文化を醸成するためにも有効なツールとなり、意識転換などのシフトチェンジに繋がると考えています。
「アサーティブコミュニケーション」を促進させるDESC法とは
──この「アサーティブコミュニケーション」を実践するためにはどういった点に留意すれば良いでしょうか?
「アサーティブコミュニケーション」を実践するための手法に『DESC法(デスク)』というものがあります。DESCはDescribe(描写)・Explain(説明する)・Specify(提案する)・Choose(選択する)の頭文字であり、この観点でコミュニケーションをすることにより相手を傷つけることなく自分の意見を相手に伝えられるようになります。
Describe:今の状況を描写する
Explain:共感や感情を説明する
Specify:具体的に提案する
Choose:選択をする・結果を示唆する
上記4つの観点を踏まえ、あるプロジェクトに関して上司に報連相をしている場面をコミュニケーションの例として挙げてみます。
Describe:今の状況を描写する
『プロジェクトの進行状況が悪く、お客様のご希望の納期に間に合うかわかりません』
↓
Explain:共感や感情を説明する
『プロジェクトフェーズ毎の振り返りをする機会がなく、プロジェクト内での役割分担の中で不明な部分が多く、何を行ったらよいか分からないメンバーもいて、彼らのモチベーションが下がってきてしまっています』
↓
Specify:具体的に提案する
『プロジェクト全体を見る役割と、フェーズ毎の役割をアサインして振り返りを行うミーティングを設け、進捗状況を確認する機会を設定してみてはいかがでしょうか』
↓
Choose:選択をする・結果を示唆する
『無駄な工数や重複している作業などが見えるようになり、その都度役割分担や仕切り直しができるようになり作業時間短縮に繋がるため、納期に間に合わせることができるようになります』
このDESC法は、相手との合意形成や目標設定などにも活用できます。また、論理的に相手と交渉・相談することが苦手な人にもオススメなコミュニケーション方法です。
「アサーティブコミュニケーション」の具体事例
──「アサーティブコミュニケーション」の実践により変化が生まれた事例について教えてください。
<目標設定のタイミング>
上司と部下は目標設定において、これまでよりも少し高い目標を設定しました。
その際にそれぞれが感じていたことは以下です。
■上司:
目標やゴールについて部下も合意してくれたのでよかった。
■部下:
これまでより高い目標となったが達成可能な範囲だと思う。
<評価のタイミング>
設定した目標に対しての期間が経過したので、上司から部下に対しての評価を行い、その評価フィードバックを伝えました。上司からの評価は『目標に対して努力をしていたものの、残念ながら未達成だった』というものでした。その際にそれぞれが感じていたことは以下です。
■上司:
目標設定の時にゴールをしっかりと話し合ったはずなのに、期待したゴールには残念ながら達成できていない。どうやら目標に対する目線合わせができていなかったようだ。
■部下:
目標に向かって業務を行い、目標のゴールの形にできたと感じていたが、なぜか上司は評価してくれていないようだ。
このように、上司も部下も目標設定のタイミングでは合意形成した認識ですが、評価のタイミングで理解や認識のズレがあったことが発覚したという状況でした。
<上司から部下に対しての「アサーティブコミュニケーション」>
上述の様な違和感や理解のズレを感じた上司は、DESC法を用いながら以下の様な「アサーティブコミュニケーション」を取りました。
■Describe:今の状況を描写する
『目標設定の時点で私とあなたの目線や認識合わせができていなかったのかもしれません』
■Explain:共感や感情を説明する
『あなた(部下)なら達成可能な目標設定だと考えていたので、目線合わせができていなくて申し訳ない』
■Specify:具体的に提案する
『今後目標設定する際は、どこまでのフェーズの達成をゴールとするのか、どのような方法で活動をするのか、などの責任範囲や項目、目標数値を明確に設定しましょう』
■Choose:選択をする・結果を示唆する
『目標設定時にタスクの詳細まで明確にすることで、何が達成できたのか、何が達成できなかったのか、私とあなた(部下)で同じ目線と基準で確認できるようになります』
上司がこのような「アサーティブコミュニケーション」を心がけ実践し、日常的な対話の中に組み込むことができた結果、メンバーとのミスコミュニケーションが解消され、個々の動機付けやモチベーションが向上され、エンゲージメント向上にも繋がったと感じています。
コミュニケーションはどうしても感情が先走ってしまうことも多いものですが、こうした「アサーティブコミュニケーション」のような概念などを意識的に導入することによって、ビジネスにおけるコミュニケーションを改善・成立させていくことができるようになるのです。
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編集後記
輿石さんのお話を聞いて、『コミュニケーションはトレーニングできるものなんだ』と感じました。感情の扱い方や言葉選びはセンスである、と片づけられることも多いものです。しかし、DESC法のような型を知り実践すれば、自分と相手の両方の気持ちを尊重した表現やコミュニケーションができるようになるということは大きい発見でした。練習を通じてぜひとも身につけていきたいものです。