リモートワーク環境下だからこそ重要なメンタルヘルスケア

コロナ禍の影響による在宅勤務の推進、働き方の多様化によるリモートワークやワーケーションの浸透など、この数年で働く環境や方法が大きく変わり、リモートワークがメインになっていく方も多くなっているのではないでしょうか。行政の後押しやテクノロジーの進化もあり、今後もこういった傾向は進んでいくことが予想されています。
そんな環境の変化に伴い、「メンタルヘルスケア」の内容や重要度も上がってきています。
リモートワークは場所を選ばず業務ができたり、通勤時間を気にする必要がないなど、メリットがある反面、コミュニケーションが希薄になり孤独感が増し、気軽に相談ができないなど、メンタルの不調を招いてしまいやすいというデメリットもあります。
そこで今回は組織人事コンサルタントとして豊富なご経験を持ち、ご活躍されている川本 優子さんに、変化する環境の中で「メンタルヘルス」がどう変化し、どういった重要性があるのか、人事や組織としてどういった点に注意するべきか、などについてお聞きしました。
<プロフィール>
川本優子(かわもとゆうこ)/S’APPUYER Consulting 合同会社CEO。組織人事コンサルタント。企業研修講師、国家資格キャリアコンサルタント、産業カウンセラー。
広告代理店営業や人材サービス業コーディネーターを経て、IT企業の人事を経験。現在はS’APPUYER Consulting 合同会社CEOとして活躍中。企業内の様々な人事課題の解決に取り組むために、上司と部下とのコミュニケーションギャップの改善や、多様な属性の社員がより働きやすい職場環境の改善に携わる。
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目次
「メンタルヘルスケア」とは
──あらためて「メンタルヘルスケア」とはどういったものなのか、教えていただけますでしょうか。
「メンタルヘルスケア」とは、社員が心身共に健康的に働けるようなサポートをすることです。その中で厚生労働省が提示している指針(※1)は、「4つのケア」のカテゴリにより構成されています。
「セルフケア」
「ラインによるケア」
「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」
「事業場外資源によるケア」
セルフケア
従業員本人がストレスに対して理解を深め、自分自身でケアすることです。企業は従業員に対して、セルフケアが行えるように教育研修や情報提供を行うことにより、従業員が自分自身の状況に気づくサポートをすることが重要です。ストレスチェックの受検や、ストレス関連の研修を受ける機会が増えた企業も多いと思います。
ラインによるケア
職場の管理監督者が従業員に対して行うケアのことです。具体的には従業員の日々の勤怠状況や職場環境の把握、従業員からの相談の対応、職場改善計画の立案などが挙げられます。
事業場内産業保健スタッフ等によるケア
産業医や保健師などが行うケアのことで、メンタルヘルスケアの実施に関する企画立案や、個人の健康情報の取扱い、事業場外資源とのネットワークの形成、窓口の整備、職場復帰における支援などがあります。
事業場外資源によるケア
外部の専門機関や専門家を活用したケアのことです。厚生労働省の運営するポータルサイト医療機関(精神科・心療内科)「こころの耳」(※2)や地域産業保健センターをはじめ、様々な専門家や専門機関、EAP(※3)企業など、外部機関から支援を受けることを言います。
(※1)参考:厚生労働省「職場における心の健康づくり」
(※2)参考:厚生労働省「こころの耳」
(※3)EAPとはEmployee Assistance Programの頭文字をとったもので「従業員支援プログラム(≒メンタルヘルス対策)」を指します。
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リモートワーク環境下における「メンタルヘルスケア」の重要性/性質の変化

──コロナ禍によるリモートワークの浸透など、従業員の環境変化に伴い、「メンタルヘルスケア」の重要性や性質はどの様に変化してきているのでしょうか。
「メンタルヘルスケア」の重要性は以前から言われてきましたが、コロナ禍の影響による在宅勤務時間の増加、働き方の多様化によるリモートワークやワーケーションの浸透など、正に今起こっているような環境の変化により、特に重要になってきていると感じます。
昨今の環境の変化に伴い、多くの企業がリモートワークなどを導入・推進してきていると思います。それにより、通勤がなくなり働き方の自由度が増すという良い影響があった一方で、気軽にお互いの体調を気遣うといったような、通常職場でできていた声がけなどができなくなってしまっています。
また、これまで構築していた外部コミュニティとの対面でのコミュニケーションが減少してしまい、休みなくパソコンの前に座っていると、仕事とプライベートの境目が無くなり時間管理がうまくできなかったり、上司や同僚に相談したい時に気軽に相談できなくなってしまう、などの状況が起こってしまっています。特に若い女性の自殺率が増加してしまっているのは、このような環境の変化も要因のひとつなのではないでしょうか。(※4)
人間関係が希薄になり1日中誰とも話さない、というような従業員や、独身で一人暮らしの従業員については、特に注意が必要かもしれません。
このような一般的に言われる精神的な健康という意味の「メンタルヘルス」だけではなく、モチベーションの維持やキャリア志向にも変化が起きています。
アメリカ最大級の調査会社であるギャラップ社とアメリカの心理学者フランク・L・シュミット博士が共同開発した「Q12」という、職場のエンゲージメント度合を測定する質問手法があります。この測定要素には「共感」「関わり」「成長実感」の3つの軸がありますが、リモート環境下ではこれらの実感を得られる機会が減少してしまうため、モチベーションや組織エンゲージメントの低下を招きやすい状況になってしまっていると言えます。
また、転職市場ではオンライン面接が当たり前になり、場所の制約がなくなるということもあり、面接の日程調整が比較的容易になり、企業側も応募者側も気軽に面接ができるようになったと思います。リクルートキャリア社の発行している「2021年転職市場の展望」(※5)によると、「仕事選びで重視する項目」の調査では、「給与」「テレワーク」「副業」が大きく上昇するなど、会社に求める条件や働き方にも既に変化が現れはじめているようです。
働く場所や時間の裁量度が低く、生産性高く働くことができない環境で我慢するよりも、より働きやすく自身の希望するキャリアを実現できる環境に移りやすくなっているのが現状と言えるでしょう。
(※4)参考:日経新聞記事「自殺11年ぶり増コロナ影響か、女性や若者が増加」年代別自殺者数
(※5)参考:株式会社リクルートキャリア「2021年転職市場の展望」

人事ができる「メンタルヘルスケア」サポートのポイント
──企業として、または人事として、そういった今のリモート環境下における「メンタルヘルスケア」に関して、どんな対策がとれるのでしょうか。
先ほど説明した「4つのケア」のうち、企業の人事としては特に「ラインによるケア」「事業場内産業保健スタッフ等によるケア」が対策できます。ひとつずつご説明します。
ラインによるケア
冒頭にも説明しましたが、これは職場の管理監督者が従業員に対して日々行うケアのことで、その具体的な方法としては「職場環境などの把握と改善」「従業員からの相談対応」「職場復帰における支援」などが挙げられます。
「職場環境の把握と改善」では、アンケートを取るなどして、リモートワーク下での従業員の就業環境を把握しておくと良いでしょう。もしアンケートが取れない場合には、ストレスチェックを集団分析し、その結果の活用方法を検討すると良いと思います。
例えば安定したインターネット環境、静かに集中できる部屋があるかどうか、などのハード面や、気がかりなことがなく心理的に安心して働けるかといったソフト面など、十分に配慮する必要があります。よくある事例として、部屋が散らかるようになった、服装がだらしなくなったなど、実は心理的な変化が表面に現れている場合があるので、定期的にリモートで働く環境について確認し、様子が少しでも違うと感じたら、早めに声かけをしたり関係者に共有する事も大切です。
「従業員からの相談対応」としては、従業員が心理的安全性を感じられているかどうかが重要なので、日頃から安心して何でも話せるような信頼のある人間関係を築けているかどうかが必要になります。そうすることで早めに相談をしてもらうことができ、予防や早期解決に繋がるでしょう。
仮に休職している従業員がいる場合、「職場復帰における支援」も重要になるでしょう。休職前と同じ業務内容で復帰してもらうべきなのかなど、休職前とは環境が大きく変わっている可能性が高いため、産業医や人事、直属の上司、部門長など、関係者としっかりと復職プランや時期を配慮して進めていきましょう。
事業場内産業保健スタッフ等によるケア
産業医や保健スタッフの設置や整備ももちろん必要ですが、そもそも産業医と保健スタッフもリモートワークで勤務しているというケースも多いと思います。そのため、従業員のメンタルヘルスに関してどのように情報共有していくのか、コミュニケーションのルートや頻度を決めておくことも必要でしょう。
また、上司以外で気軽に相談できるような相談窓口の設置や運用方法なども整えると良いと思います。本社やオフィスから遠く離れた場所でリモートワークをしている従業員もいる場合は、従業員の通いやすい地域の医療窓口や相談窓口、住んでいる地域の支援窓口などとも連携が取れるよう、事前に調べて情報開示することも良いサポートのひとつです。
リモートワーク環境下における「メンタルヘルスケア」の具体的な事例
──川本さんのご経験の中で、こういったリモートワーク環境下で実際に導入した「メンタルヘルスケア」施策がありましたら、ぜひご紹介ください。
私がこれまで携わったクライアントの中で、主に「ラインによるケア」に関して施策を導入した事例をいくつか紹介します。
気軽にコミュニケーションをとれる仕組み
リモートワーク下でコミュニケーション量の減少に課題を感じていた企業では、思いついた時になんでも気軽に話せる環境を作りたいと考え、「上司とのオンラインなんでも相談部屋」を「Teams」から予約できるように設定していました。1コマ15分、長時間話したい人は数コマ繋げて設定し、文字通りなんでも話せる時間として運用されました。
その結果、評価面談や1on1とは違い、社員がその時々で感じている不安や不満、相談、カジュアルな報連相や方向性の確認などを行うことができ、上司・部下間のコミュニケーションが円滑になったそうです。そのコミュニケーションの中で、普段は見逃してしまいそうな小さなアラートでも早期にキャッチできるので、上司側も社員の業務量や内容を調整したり、他メンバーを巻き込んで全体の協力を仰ぐなど、早めに対処する事ができた結果、メンタルに不調を感じる社員が減りました。
なかなかケアが大変でもある新卒入社者のフォローアップも進み、定着率向上にも繋がっているそうです。
部門を横断したコミュニケーションの仕組み
自部署以外のメンバーとも気軽に雑談できるルームを「SpatialChat」などのチャットツールを使って作成し、業務に直接関係すること以外のコミュニケーションができる場として、様々なチャンネルを設定した企業もあります。
これまではランチタイムや終業後に現地集合する移動などの時間も必要だったのですが、リモートワーク環境下になりどこからでも参加できるので、サークル活動が以前にも増して活発になったそうです。「リモートワーク環境下だからこそ」の良い影響があった、良い事例だと思います。
オンライン飲み会
なかなか機会が減ってしまった「飲み会」ですが、やはり人と人なので飲食を共にしながらの方が本音が話せる、という社員もいると思います。ある企業では、「Remo」などのオンライン会議ツールを使い、定期的に「オンライン飲み会」を開催しています。真面目に仕事に関して話す部屋、同期の部屋、女子会部屋、社長のいる部屋、など、様々なルームを作って自由に行き来しながら、カジュアルなコミュニケーションの場を作られたそうです。
リアルな飲み会ですと、たまたま近くに座った人としか話せないのですが、オンラインであれば自由に席を移動したり、好きな時に参加・退出できますし、コストや時間の観点でも負担が少なく気軽に参加できますよね。
頻度の高いアンケートで社員の健康状態を観察
Googleのアンケートフォームを用いて、週1回心身の健康状態を確認する、セルフチェックシートを配布している企業もいらっしゃいました。1回3分ほどでできるものなので従業員の負担は少なく、上司は毎週メンバーのストレス状態を確認することができます。
氏名を記入する項目はあるものの、匿名で集計結果を全体に共有することにより、チームの状況が見える化され、全員が状況を認識することにより、自然とお互いがお互いの業務をカバーしあったり、気遣いや声がけをしながら仕事をする環境が醸成されました。
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編集後記
コロナ禍や多様な働き方の浸透に伴い一般的になってきたリモートワーク。さまざまなメリットがある一方で、新しい環境だからこそ注意が必要な「メンタルヘルスケア」もあるのだと、川本さんのお話しを通して気づくことができました。
重要度が増し、性質も変わる一方で、やはりひとりひとりのコミュニケーションの量や頻度を、ツールを使いながら工夫をすることで改善できるものだと思うので、私自身も同じチームのメンバーに声をかけたりするところからまずは始めようと思います。