「ナレッジマネジメント」で生産性を飛躍的に高める。組織が“知”を資産に変える具体策

ビジネスにおいて企業の競争力を維持・向上させるためには、各種情報を効果的に管理・活用することが不可欠です。「ナレッジマネジメント」はその鍵となるものであり、改めて注目されている概念です。
今回は、23年にも渡る豊富かつ幅広い人事経験を持つ輿石 範子さんに、「ナレッジマネジメント」の概要から成功事例に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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輿石 範子(こしいし のりこ)/法人代表
人事として23年の豊富な経験を持つ。大手からベンチャー企業、外資系から日系企業まで、幅広い企業に対して雇用、新卒・中途採用、教育体系構築、育成、ポジショニング、ダイバーシティ推進などのハードとソフト全般に関与。エンゲージメントや離職率データから従業員満足やワークエンゲージメントに繋がる施策などの提案も行う。経営陣や従業員へのヒアリングから他部署との連動性・関係性など、全体を見た上での課題発見からその改善まで手がける。
目次
「ナレッジマネジメント」とは
──「ナレッジマネジメント」とはどういった概念なのでしょうか。
「ナレッジマネジメント」とは、個々人が持つナレッジ(情報・知識・知恵・技術・ノウハウなど)を組織内で共有・活用することで生産性向上や新規事業開発につなげる経営手法のことです。ひと昔前は、経営資源と言えばヒト・モノ・カネの3つでした。そこに、現代の情報技術の波を受けて『情報』が加わったことにより、組織内にあるナレッジをどのように収集・管理して活用していくかが、より重要になってきている印象です。
従来の終身雇用を前提とした環境下では、10年や20年といった長期スパンでの従業員育成が一般的であり、総合職としてさまざまな業務を経験させることで自然と幅広い知識が身につく環境がありました。しかし、終身雇用が当然ではなくなってきた今では、意図的に組織内にあるナレッジを管理・活用していかなければ継承することができず、これまで蓄積されてきた知見が活用されずに組織の成長機会を損なう可能性があります。
また、これまでの日本の労働者は『過去の事例に対して学び、次なる一手を打つ』という仕事のスタイルを得意としていた傾向があると考えているのですが、ビジネスを取り巻く環境が目まぐるしく変化する現代においては残念ながらそのスタイルだけでは太刀打ちできなくなってきていると思います。常に新しい情報を取り入れつつ進化していくことが求められているため、そこに活用できるナレッジをどのように蓄積・活用するかを考えておかねばならない時代になったと言えるでしょう。
「ナレッジマネジメント」を見直す企業が増えている背景
──「ナレッジマネジメント」が導入がされて一定期間が経った今、運用が課題になっている企業もあると思われます。これにはどのような背景があるのでしょうか。
「ナレッジマネジメント」を導入している企業の中でも、近年、その運用を見直す動きが増えていると感じます。背景として多く見られるのが、導入当初に整備した仕組みやルールが、その後アップデートされないまま放置され、形骸化してしまっているという状況です。現場の業務や組織体制が変化しても、それに合わせてナレッジの蓄積・共有の方法が見直されることは少なく、結果として機能しない運用だけが残ってしまっているケースが目立ちます。
ナレッジマネジメントの肝は、組織内に眠る『暗黙知』をいかに『形式知』へと変換し、それを活用できる状態にするかです。しかし実際には、こうしたプロセスを定期的に見直したり、実行するための人員や時間を確保するのが難しく、継続的な運用がなされないままになってしまうことが多いのです。
そのため、私たちのような外部パートナーにご相談いただき、現状の課題を整理した上で、改めてナレッジのあり方や仕組みを見直す企業が増えているのではないかと考えています。
──『暗黙知』を『形式知』にすることが重要とのことですが、詳しく解説してください。
『暗黙知』とは、個人の経験・直感・感覚などに基づく言葉や文章で明確に表現しにくい知識のことです。例えば、職人の技術やノウハウ、対人スキルなどが該当します。暗黙知は共有や伝達が難しいため、組織内での知識管理や教育において特に重要視されます。一方で『形式知』は、文書やデータベースなどの形で明確に表現され、他人と共有しやすい知識のことです。マニュアル・報告書・教科書などがこれに該当します。形式知は、誰でも理解しやすく再利用が可能なため、組織内での知識伝達や教育において重要な役割を果たします。
この『暗黙知』を『形式知』にする上で効果的なフレームワークに『SECI(セキ)モデル』というものがあります。これは著名な経営学者である一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が提唱したものであり、以下4つのプロセスで『暗黙知』を『形式知』に変換していくことが可能になります。

(1)Sociallzation(共同化)
人と人の接点によって暗黙知を引き出す方法です。具体的には、OJT・ロールプレイング・営業同行などの手法があり、一緒に体験することで知識の共同化を図ります。
(2)Extermallization(表出化)
暗黙知を言語化・見える化し、共有をするプロセスです。具体的には、マニュアル作成や業務報告などが該当します。複数名が具体例などを交えて対話することにより、暗黙知の形式知化を図ります。
(3)Combination(連結化)
共有された形式知を融合させて新たなアイデアを生み出す段階です。形式知単体ではそれ以上の効果はありませんが、形式知同士を組み合わせることでより体系的・総合的な知識を作り出すことができるようになります。
自社のプロダクトの既存の機能という単体の形式知に、そのプロダクトを利用したりテストしたユーザーの感情という形式知を掛け合わせるなど、さまざまな方向性から『編集しなおす』イメージです。例えば、ユーザーがとあるプロダクトを使用した際の感情をリサーチした時に、ネガティブな感情(ストレスや使いづらさ)が見られた場合には、そのリサーチ結果と既存のプロダクトの機能とを照らし合わせ、改善点を探し出す作業を行ったりします。このような方法でようやく個々人の暗黙知が組織の知的財産になるのです。
(4)Internalization(内面化)
新たな形式知を学び、個々人が自身の暗黙知として習得する段階です。組織内で形式知化されたものを共有・浸透させることにより、あらゆる人の生産性向上につなげていくことで組織の成果を創出します。
なお、このSECIモデルのプロセスを実施していく上では以下4つの『場』が重要だと言われています。これらを社内で整備できているかどうかを見直している企業も多い印象です。
・創発場……共同化プロセスで必要なもの。飲み会や休憩中、社内での立ち話などを通じて気軽にコミュニケーションを取れるようにします。
・対話場……表出化プロセスで必要なもの。社内ミーティングや全体会議、1on1ミーティングなどを通じて暗黙知を言語化・見える化します。
・システム場……連結化プロセスで必要なもの。社内SNSやチャットツール、Googleドキュメントやスプレッドシートなどを用いてお互いの形式知を結合します。
・実践場……内面化プロセスで必要なもの。共有された形式知を用いて自身の作業スペースで反復練習することにより、新たな知識を習得します。
このような『SECIモデル』などをはじめとした、フレークワークを基に『暗黙知』を『形式知』にし、その上で、実際の「ナレッジマネジメント」を進めていきます。
例えば、ものづくりに携わる企業で特定のプロダクトに対しての「ナレッジマネジメント」をしたい場合には、以下の様なステップで進めると良いでしょう。
■ゴールの設定
プロジェクトがどのような状態になっていると良いのか、どういった点を改善したいのか、というゴール設定を確認します。
■プロジェクトメンバーの設定とチームビルディング
ゴールに対して関わる必要があるメンバーを組織横断的に収集をし、関係者への協力と参加の要請をします。
■プロジェクトの構想を練る
プロジェクトメンバーが決まったら、ゴールに対して必要なタスクを洗い出し、工数や必要なマンパワーなどの詳細を可視化していきます。
■ナレッジの蓄積・共有などの「ナレッジマネジメント」の実装
可視化した項目に従い情報収集を行い、収集できた情報からゴールに向かうに当たって、継続するもの/新たに取り込むもの/手放すこと、などに分類・整理をします。その後、分類に従った実行プロセスを進めます。

「ナレッジマネジメント」のよくある失敗例
──「ナレッジマネジメント」導入時によくある失敗例にはどのようなものがあるのでしょうか。
「ナレッジマネジメント」導入時によくある失敗の代表例は、情報の共有プロセスにおいて『ナレッジが集まらない(ナレッジマネジメントツールが活用されない)』です。この要因はさまざまなものが考えられますが、大半は取り組みの目的(何のためにナレッジを共有するのか)や必要性が明確になっていない、もしくは従業員に理解されていないケースだと推測します。
ナレッジをアウトプットしていくのは個々の従業員になるわけなので、その当事者が取り組みの目的や必要性を理解していなければ協力を得られないことはもちろん、逆に作業を強いられることによってモチベーション低下にもつながってしまいかねません。
──このようなことを防ぐための解決策にはどのようなものがあるのか教えてください。
これを防ぐためには、「ナレッジマネジメント」を導入・推進する部門の事業計画などと紐づける形で実行内容や優先順位、求める成果などを決めていくことが重要です。
事業計画においては、定量的・定性的な目標が設定されていると思います。その目標を達成するために必要な要因は何かを掘り下げて抽出し、どのような情報やナレッジがあるとそれに寄与できるのかを洗い出します。その洗い出したポイントに対して、部門の事業計画の進捗具合や、既に形式知化されている社内の情報などを照らし合わせるなどして、優先順位付けを行い、「ナレッジマネジメント」を導入・推進するためのアクションを決めていくことで事業部の求める成果への貢献の可能性を伝えることができると思います。
その部門にどれだけの『暗黙知』があるのか、それらを『形式知』化して共有・活用することによるメリット・しないことによるリスク、活用することにより期待できる成果が事業計画にどう影響するのか──これらを部門の関係者も交えて整理しイメージをすり合わせしていくことで、その部門にとって高い付加価値を生み出す領域が見えてくることはもちろん、当事者意識を醸成して参加意欲の向上にもつながります。
その上で、従業員のみなさんがストレスなく「ナレッジマネジメント」を運用してもらえるように運用ルールや各種ツールの整備を行うことも忘れてはいけません。その上で、そのツールから見えてくる動きやナレッジになりうる情報の管理者もアサインができると理想的です。
──ちなみに「ナレッジマネジメント」を導入した後の失敗例はありますでしょうか。
「ナレッジマネジメント」の導入後に陥ってしまう可能性がある点としては、『形式化された情報が課題として重要なものと思い込んでしまう』というものです。過去の蓄積されたナレッジはもちろん重要ではありますが、その情報や課題はしっかりと本質的な深堀りまでされたものなのか、どのような経緯があったのか、という点も確認をするステップを設けると、より精緻な情報を蓄積、活用することができると思います。
「ナレッジマネジメント」の成功事例

──これまでに輿石さんが関与された事例について教えてください。
上記で挙げた『情報の共有プロセス』の見直しを行った結果、「ナレッジマネジメント」で一定の成果を残すことに成功した事例についてご紹介します。
その企業では、採用領域において「ナレッジマネジメント」の導入検討していました。各部署毎に必要な人材像が明確に言語化できていない状態のままで採用活動を実施していたため、ニーズに合致した人材が採用できていなかったり、採用した人材の育成に想定以上の時間がかかってしまったり、残念ながら離職に繋がってしまう事態が発生していたのです。
その企業ではこれまでの取り組みにより、多少の情報が蓄積できていた状況ではありました。SECIモデルで言うところの『共同化』は一定取り組めていた状況です。ただ、そうした点の情報を線・面につなげていく部分、具体的には『表層化』プロセスに課題があったのです。
この『表層化』を促進させるための取り組みとして、『定期的な対話の場づくり』を行いました。この対話の場では、参加者の範囲を制限せずに広く募り、幅広い社員からボトムアップの意見を聞けるようにしました。また、既に課題として表出している問題に対しての意見がある方も同時に募り、2方向での議論・対話をする内容に工夫をし、このような対話を複数回実施しました。
この対話を通して、これまで個々人の社員などバラバラに保持されていた情報やナレッジを持ち寄り、どのような情報、どのような文化的資質や要素、どのような課題に対しての解決策や将来の可能性をナレッジとして蓄積・継承すべきかを明確にし、暗黙知を形式化することができました。このプロセスにより、新たな知を生み出すステップ(連結化)へと進めることができるようになったと考えています。
ここで工夫した点は、上記のような対話を通したりと、暗黙知と形式知の流れを再度客観的に見ていくプロセスを入れたことです。これまで形式知だと思い込んでいた事柄から暗黙知を見出すことにより、形式知の質と量をバランスよく出し切れたと自負しています。
また、そこで連結化されたナレッジを元にコンピテンシー(優れた業績や成果を生み出す個人の行動特性)を紡ぎだし、それを従来から持っていたコンピテンシーと照らし合わせて融合させることにより、新たなコンピテンシーの体系化にも成功しました。ここで新たに生み出したコンピテンシーは、人材育成への活用はもちろん、採用活動にも転用することでより「ナレッジマネジメント」の資質がある人材を受け入れることができるようになりました。これにより組織のナレッジ循環がより強固なものとなり、より運用しやすくなる良いスパイラルが生まれています。
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編集後記
現代における情報の重要性は、多くの企業が認識するところだと思います。しかし、その情報をうまく収集・管理・活用できているところは多くないのかもしれません。輿石さんから教えていただいたフレームワークなども活用しながら、社内に眠る暗黙知を形式知化して組織の力としていきたいものですね。