「キャリアパス制度」を組織やカルチャーに合わせて作るには

従業員がキャリアを構築していく上で必要な基準や条件を定める「キャリアパス制度」。組織・人・カルチャーが違えば、「キャリアパス制度」の目的・内容も異なります。
今回は、国内大手~海外企業の組織変革から人事報酬制度の抜本的な改定まで幅広い経験をお持ちの人事パラレルワーカーの方に、組織やカルチャーに合わせた「キャリアパス制度」の作り方について伺いました。
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目次
「キャリアパス制度」が目指すもの
──「キャリアパス制度」の概要と、その目的について教えてください。
「キャリアパス制度」は、組織内にあるポストや職務に就くために必要な業務経験や条件、またそこへの道筋などを明確に示したものです。ただしながら、必ずしも“制度”の形式で運用されているとは限りません。実際、私が過去に関わった4社では従業員のキャリア構築を『昇進・昇格管理』や『サクセッションプラン』、『社内ジョブマッチング』などの制度で運用・実現していました。
そうした観点や制度も「キャリアパス制度」として含めた上で、その目的を組織・人・カルチャーの3視点から解説していきます。
組織の視点
(1)人材育成・後継者確保
会社側が用意したモデルとなるキャリアパスに沿って人事異動を行うことで、体系的に従業員のスキル・能力・コンピテンシーを開発していけるようになります。こうして仕組みの中で人材育成を行うと、組織全体の能力レベル向上・強化ができるだけでなく、計画的な後継者育成も可能になります。
(2)人材定着・離職率低下
モデルとなるキャリアパスを開示すると、従業員が組織内で成長していくイメージを持てるようになるだけでなく、キャリアを築くための機会があることも認識できるようになります。また、従業員が自身のキャリア目標を組織内で達成できそうだと感じると組織への忠誠心やコミットメントも高まり、結果的に離職率を下げる効果も期待できます。
個人の視点
(1)公平評価・昇進機会
キャリアパスの方向性や目標を明確にした上で各期の評価・昇進プロセスを受けると、従業員は以下のような項目に対して適切な期待値を持つことができるようになります。
・自身の成果や能力が会社からどのように評価されているか
・昇進の機会は今後どれくらいありそうか
・先々のキャリアパスはどのように展開しそうか
(2)成長・スキル獲得
従業員は自身の職務を通して成長し、魅力的なキャリアを構築することを望んでいます。モデルとなるキャリアパスや各ポストに求められるスキル・知識を明確化することで、キャリアの進展を実現するための道筋を見つけることができます。
カルチャーの視点
(1)成長志向のカルチャー醸成
「キャリアパス制度」は、組織内で成長志向のカルチャーを醸成する上で重要な役割を果たします。なぜなら、制度を通じて従業員自身の能力開発・キャリア発展に取り組むことが奨励されるからです。組織が「キャリアパス制度」を通じて成長や学習の機会を提供し、従業員が自然と自己啓発に取り組める環境を作り出すことができればベストです。
(2)スキル・知識の共有・継承
「キャリアパス制度」には、組織内のスキル・知識の共有・継承を促進する効果もあります。従業員はキャリアパス上で異なる役割や職務に挑戦することを通じて、幅広い経験を積む機会を得ます。その結果、組織内におけるスキルの多様性が増え、チーム全体の能力・パフォーマンスが向上します。さらに、ベテラン従業員からの知識・経験の継承もキャリアパス制度を通じて支援されます。
組織・人・カルチャーに合わせた「キャリアパス制度」の作り方

──「キャリアパス制度」を組織・人・カルチャーに合わせて作るためには、どのようなステップが必要なのでしょうか。
詳細な作り方は各社のニーズによっても変わってきますが、共通するステップとしては大きく以下4つがあります。
(1)事業計画・中期経営計画を実現するために必要な組織能力を定義
「キャリアパス制度」は、組織のビジョンと戦略に合致している必要があります。なぜなら、組織が目指す方向性やカルチャーを反映した上で設計されるべきものだからです。事業計画や中期経営計画の実現に向け、将来のある段階においてどのような能力が組織内に必要なのかを定義するところからスタートします。
(2)各ポジションのロールモデル策定
組織内の各ポジションでワークしていた従業員がどのような能力・スキルを持っていたのかを把握してロールモデルを策定します。ここで策定したロールモデルのキャリア経験やスキルセットを参考に、各ポジションでうまく機能するために必要なアセットを得る上で理想的なキャリアパスを逆算していきます。
(3)従業員の能力・スキル・意向を把握(タレントマネジメント)
大前提として『現時点で各従業員がどのような能力・スキル・意向を持っているのか』を理解することが欠かせません。会社側の都合でキャリアを押し付けてもうまくワークしない可能性があるためです。
(4)継続的な評価と成長サポートの提供
定期的にパフォーマンス・スキル評価を行うことで成長の有無をフォローし、従業員自身の進捗状況や改善点を把握できるようにします。また、成長・発展をサポートするためのトレーニング・教育機会などの提供を通じて、従業員が必要なスキルを習得してキャリア目標達成への支援も合わせて行う必要があります。

サクセッションプランを通じた「キャリアパス制度」の策定事例
──冒頭で『昇進・昇格管理(サクセッションプランニング)』を通じて「キャリアパス制度」の運用・実現をした経験があると伺いました。この事例について詳しく教えてください。
大きく以下3つの観点から該当事例をご紹介します。
■組織や人のニーズ
■設計プロセス
■効果
組織や人のニーズ
・次世代リーダー候補者グループの確保
・才能の特定と開発
・リスクマネジメントと事業継続性の確保
設計プロセス
(1)組織ニーズ分析と必要人材要件の明確化
まずは組織の役割とニーズを明確にするところからスタート。組織の成長戦略や次世代におけるリーダー人材の要件を考慮した上で、組織の中核的な役割やポジションの後継者育成、キーパーソンの流出リスク軽減なども含めて検討していきました。
(2)サクセッションプールの作成
次に、組織が将来のリーダーとなりうる潜在的な候補者を特定しプールしていきました。その際、現在の役職やポジション・業績・スキル・リーダーシップポテンシャルなどの要素を考慮しています。サクセッションプールにおいて重要なのは、組織内でキャリアパスや成長機会を持つ個人を包括的にカバーすることです。
(3)個別開発計画の策定
選抜した候補者に対しては、個別の開発計画を策定しました。現在のスキル・能力評価を基に、将来のリーダーシップロールに必要なスキル・経験開発に焦点を当てます。個別開発計画には、トレーニングや教育プログラム・挑戦的なプロジェクトへの参加・メンタリングやコーチングなどの要素も含んでいます。
(4)監視と評価
サクセッションプランニングの効果を測定するためにも、候補者の進捗を定期的にウォッチして評価します。具体的にはパフォーマンス評価・フィードバックの提供・成果の追跡などがここに含まれます。また、必要に応じて計画の修正や調整を行い、個別開発計画の適切性を確保していました。
効果
(1)次世代リーダー候補者グループの確保
組織は将来のリーダー候補者を特定し、優先的に育成することで次世代リーダー候補者グループを確保できるようになりました。これにより組織の持続的な成長や戦略実行を強力に支援できたと感じています。
(2)組織競争力確保と継続的な成長
優れたリーダーの存在は、組織ビジョンの達成や変革推進、市場変化への適応などを進める上で必要不可欠です。サクセッションプランニングによって将来のリーダーが育成され、組織競争力を維持・向上させることに貢献できました。
(3)従業員のキャリア開発とモチベーションの向上
サクセッションプランニングによって、従業員は将来のキャリアパスや成長機会について明確な見通しを持つことができるようになりました。その結果、従業員のモチベーションも向上し、自己成長に対する意欲やエンゲージメントも促進されています。加えて、リーダーの交代や退職による組織影響を最小限に抑えることもできました。
社内ジョブマッチングを通じた「キャリアパス制度」の策定事例
──続いて『非管理職層ポジションへのマッチング(社内ジョブマッチング)』を通じて「キャリアパス制度」の運用・実現をした事例について詳しく教えてください。
先ほどと同じ観点から該当事例をご紹介します。
組織・人のニーズ
<組織サイド>
優秀で意欲があり、組織にマッチした人材を社内から選定したい。
<従業員サイド>
上司や人事が陥りがちな個別最適による人員配置ではなく、自身の望むポジションに移りたい。
設計プロセス
(1)ニーズ分析と目的の明確化
まずはジョブマッチング制度を導入する目的とニーズを明確にするところからスタートしました。具体的には、組織の人材戦略や業務要件、従業員のキャリア開発ニーズなどを把握します。この際、組織と従業員双方の利益を追求することを心掛けていました。
(2)ジョブプロファイルの作成
組織内の異なる職種やポジションに対して、詳細なジョブプロファイルを作成しました。このジョブプロファイルには、仕事の責任や役割、必要なスキルや経験、求められるパフォーマンス指標などが含まれています。各職種の要件や特徴を明確にすることで、ジョブマッチングの基準を定めていきました。
(3)従業員の能力評価とキャリアゴールの明確化
従業員の能力や適性を評価し、個々のキャリアゴールを明確化しました。その際、パフォーマンス評価・スキルアセスメント・キャリアインタビューなどの手法を用いました。従業員の現在の能力と希望するキャリアを理解することができれば、より適切なジョブマッチングを実現することができます。
(4)ジョブマッチングの実施と選考
従業員とジョブプロファイルを比較し、スキルや経験のマッチング・能力や適性の評価・インタビューや適性テストなどの手法を用いFIT&GAPを評価しました。
時に、人事が一方的に決定した人事異動だと社員が納得せず、能力を発揮しきれていない事が課題意識としてあるかと思います。そういった場合には、ジョブマッチング制度を導入するケースが多いと感じています。ジョブマッチング制度を活用すれば、人事を介すことなく人対組織で直接面談・面接して異動が決定するので、社員が納得しないケースというのは存在しないものと想像しています。
(5)キャリア開発とフォローアップ
ジョブマッチング後は、該当従業員のキャリア開発を支援していきました。具体的には、必要と判断したトレーニングや教育プログラムの提供・新しい職務への適応支援・メンタリングやコーチングの提供などが含まれています。また、残念ながら選ばれなかった従業員に対してもキャリア開発の機会やフィードバックを提供することで、成長を促進していきました。
(6)効果の評価と改善
ジョブマッチング制度の導入後は、その効果を定期的に評価しながら必要に応じて改善を行いました。これには、従業員満足度やパフォーマンス向上・組織の能力開発や効率性の向上などを指標として使用しました。これらの評価を通じて、ジョブマッチング制度の効果を最大化するために必要な調整や改善点を把握し、迅速な対応を行っていきました。
効果
(1)従業員のモチベーションとエンゲージメント向上
ジョブマッチング制度を通じて自身の能力や適性に合った仕事に就くことができた従業員は仕事へのモチベーションが向上し、パフォーマンスの向上につながりました。
(2)組織の生産性向上
適切な人材を適切なポジションに配置することができたことにより、組織全体で業務効率性・生産性が向上しました。
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編集後記
働き方や場所の多様化が年々進む中では、「なぜこの組織で働くのか」に対する回答をどれだけ企業が用意できるかがより重要になります。「キャリアパス制度」はその質問へのクリティカルな回答の1つ。短期的な効率性・生産性向上にも寄与する制度ではありますが、長期的な人材採用・育成・定着の観点からも検討を進めておきたい制度と言えるのではないでしょうか。