「インテグリティ」を醸成してコンプライアンス経営を推進する方法とは
経営やマネジメントにおける重要な価値観の1つである「インテグリティ」。コンプライアンス経営の重要性が叫ばれるようになった近年は、日本国内でも少しずつこのワードを耳にする機会が増えてきています。
今回は、人事領域にて制度企画や教育、組織開発など幅広い経験を持つ小口 徹さんに、「インテグリティ」の概要から組織内での醸成方法に至るまでお話を伺いました。
<プロフィール>
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小口 徹(おぐち とおる)/人事コンサルタント
花王株式会社にて新卒より労務や人事制度企画などに幅広く携わる。その後米国現地法人へ赴任し、グローバル組織デザインなどに従事。帰国後は人材開発やキャリア開発、評価制度、グローバル人事などを担当。
現在はこれまでの経験を活かし、複数企業にて外部人事コンサルタントとして制度改革やサクセッションプラン立案などに携わる。
目次
「インテグリティ」とは
──「インテグリティ」とはどういったものなのでしょうか。概要について教えてください。
「インテグリティ」とは、日本語では誠実さ・真摯さ・高潔さなどと訳される言葉です。これらをビジネスシーンに置き換えると、『高い倫理感を持ち続けながら業務を遂行すること』と捉えるのが一般的であり、よりシンプルに表現すると『言葉と行動が一致すること』とも表現することができます。「インテグリティ」を持っている人とは、誰かが見ていなくても誠実で正しい判断・行動を取ることができる人、といったニュアンスです。
また、組織全体が一体となって「インテグリティ」を育むこと、そして短所や失敗を隠すことなく透明性を保ち、共有しあって責任を果たすことも昨今ではより重要視されるようになりました。こうして「インテグリティ」を重視して社会的責任の遂行・企業倫理の実践を目指す経営のことを『インテグリティマネジメント』と呼んでいます。
20世紀に大きな影響力を持った経営学者の1人であるピーター・ドラッカーは、経営者の「インテグリティ」が組織の成功に深く結びついていると考えていました。1954年に発表した著書『現代の経営』の中で、ドラッカーはこのように言及しています。
『経営者に知識や才能があっても、真摯さに欠ければ、組織は腐敗する』
『従業員は大抵の不完全さを許すが、真摯さの欠如だけは許さない』
『経営者が学ぶことができず、元々身に付けていなければならない資質は、才能ではなく真摯さである』
さらに、組織内の「インテグリティ」を育むためには経営者がリーダーとして高い倫理規範を設定し、その範囲内で行動することが必要だとドラッカーは強調していました。経営者自身の行動と決定を通じて「インテグリティ」を示すことで、組織全体の倫理的行動を促進し、結果として組織全体のパフォーマンスと信頼性を向上させることができると考えていたのです。
「インテグリティ」とコンプライアンスの関係性
──企業の誠実さ・真摯さ・高潔さという資質を考える時に、関連する言葉としてコンプライアンスというものもあると思います。このコンプライアンスと「インテグリティ」とはどのような関係にあるのでしょうか?
コンプライアンスはご存じな方も多く一般的に使われることも多い言葉ですが、『法令順守』を指す言葉で、法律や規制・ルールを守り、正しく従うことを要求されるものです。これは『外側』から課されたり、ある種圧力を基に則るルールに基づく行動の枠組みとなります。一方、「インテグリティ」は、自分自身の価値観や道徳観に基づく行動原理を指すため、コンプライアンスとは反対に、『内側』から湧き出る原動力とも言えます。コンプライアンスとは力のかかり方、ベクトルが反対になるという点が大きな違いです。
これら2つはそれぞれ独立したものではありません。むしろ相互に関わり、補完し合っているものです。例えば、コンプライアンスの基になるような法律やルールというものが存在していないような領域においても、「インテグリティ」に基づいてそれぞれの社員が行動すれば、適切な道筋を選ぶことができます。ただ、「インテグリティ」だけでは個々人の判断軸に基づく形になりますので、この企業の「インテグリティ」を強化する役割を果たすのが、法律やルールなど、全員が共通して持てるコンプライアンスです。
どちらも正しい行動を促す指針や方針であり、私たちが社会の一員として尊重・信頼されるために必要な基本的要素なのです。
コンプライアンス経営の重要性
──「インテグリティ」を醸成する目的の1つにコンプライアンス経営(法令に基づいた企業倫理を確立し、守り、実践する経営)を挙げる企業も多いと感じます。なぜ近年このコンプライアンス経営の重要度が上がっているのでしょうか?
企業がコンプライアンス経営に取り組む理由には、大きく以下の4つがあります。
(1)信頼の維持
企業が法律や規制を徹底的に守ることは、顧客やパートナー企業との信頼関係を構築し、リスクを効果的に管理する上で欠かせないポイントです。
(2)レピュテーションリスクのコントロール
レピュテーションリスクとは、自社に関するネガティブな評判・噂がマーケットに拡散され、企業価値や信用の低下、ブランド毀損を招くリスクのこと全般を指します。もし法律や規制違反が明らかになれば、企業評価や企業によっては株価などが急落するだけでなく、顧客やパートナーとの関係にも大きな悪影響がでてしまう可能性があります。
(3)ペナルティの回避
法律や規制に違反すれば当然重大な罰則や罰金、業務停止命令などを受けることになります。このような大きなリスクはそのまま企業の存続へも大きく影響してしまいます。
(4)持続可能性の確保
ESGを考慮した投資活動や経営・事業活動への配慮もコンプライアンスの一部として扱われ、企業の長期的な発展や成功と深く結びついています。こうしたESG領域への取り組みは企業の評判やブランドを良好に保つだけでなく、ステークホルダーからの信頼を獲得する上でも重要となります。
上記のような理由から、多くの企業がこれまでもコンプライアンス経営に取り組んできました。しかし、近年の急速なビジネス環境の変化から、その重要性は今まで以上に高まってきています。その主な背景には以下のような3つの事象があります。
(1)デジタル化とデータプライバシー
皆さんもご存じのように新型コロナウイルスのパンデミックは、デジタル化の波を加速させました。リモートワークやオンラインショッピングなど、日々の生活に占めるオンラインのウェイトは大幅に増加しています。このデジタル化の波はデータプライバシーという新たな課題をもたらしています。企業は顧客のデータを厳重に保護し、プライバシーを尊重することが更に求められてきています。その結果、データ保護法やセキュリティー規制遵守が企業のコンプライアンスにおいて重要な部分を占めるようになっています。その遵守や対応を怠れば、罰則やレピュテーションの損失といった大きなリスクが待ち構えています。
(2)サステナビリティとESG投資
日本だけではなく世界規模で地球温暖化や社会的不平等といった問題が深刻化していること、そして企業がこれらの問題解決における役割を果たすべきであるとの認識が広がってきたことを受け、ESG領域への投資についての関心が高まっています。このため、投資家は投資先の企業を選定、選択する際にESG要素を評価し、それに応じた投資を行っています。これは企業にとってサステナビリティ・コンプライアンスへの取り組みが不可欠であることを意味しています。ESGの取り組みは、コンプライアンス経営の一部となりつつあるのです。
(3)消費者やユーザーの意識の高まり
消費者やユーザーの意識の高まりは、これまで以上に企業の経営に深く影響を及ぼすようになりました。企業の提供している製品やサービスの品質そのものはもちろん、企業が法律や倫理を遵守しているか、社会貢献をしているかなども重要視されています。その結果、企業は消費者の期待に応えるためにもコンプライアンス経営をより一層重視するようになっています。
こうした社会的な変化と期待の高まりが、企業のコンプライアンス経営をより推進しています。これらの要因を適切に理解して対応することが、企業の持続的な成長と社会への貢献につなげるためにも必要不可欠だと言えます。
「インテグリティ」を具現化するための6つの要素
──「インテグリティ」は企業にとって非常に重要なのですね。ではこの「インテグリティ」を高めていくためには、どのような要素や行動が必要なのでしょうか。
カルフォルニアに本拠を置く精神科医であるヘンリー・クラウド氏は、著書『リーダーの人間力 人徳を備えるための6つの資質』の中で「インテグリティ」を具現化するための要素として以下の6つを紹介しています。それぞれ掘り下げて解説していきましょう。
(1)信頼関係を築く
(2)現実を直視する
(3)成果を上げる
(4)逆境を受け入れ、問題を解決する
(5)成長・発展を遂げる
(6)自己を超えて人生の意味を見つける
(1)信頼関係を築く
ビジネスの世界で最も大切なのは、パートナー企業や顧客、そして自身とチームメンバーとの信頼関係です。一貫した態度、高い道徳性、言動の一致はそれらの信頼関係の土台を作ります。また、他人を信頼することも同じくで、他者の意見・知識・経験を理解しようとする態度も信頼関係を築く上で重要です。
(2)現実を直視する
自分自身や組織が完璧でないことを受け入れ、その弱さに向き合うことから始まります。誰しもが弱点を抱え、どの組織にも改善の余地があるからです。弱さを隠すのではなく受け入れることで、人も組織も進化します。間違いを認めて自己を冷静に見つめ直すことで、成長のチャンスを掴む・組織の健全性を保つ・問題解決のための道筋を見つけることができるようになります。
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(3)成果を上げる
完璧でなくても良いので、現状から最善を尽くして成果を出すことが大切です。その過程で、個々の人も組織全体も影響を受けて成長していきます。成果を上げるためには熱意と貢献が必要であり、目標に向かって粘り強く努力し続けることと、それを実行しようとする姿勢が欠かせません。
(4)逆境を受け入れ、問題を解決する
逆境は人生やビジネスにおいて避けることができない一部です。困難を乗り越え、問題を解決する能力が求められます。抵抗されてしまうことや困難があったとしても簡単に避けてしまうのではなく、それを解決するための具体的な行動を取ることで新たな発見や視点を得られます。自身の行動や思考を冷静に分析し、最善の解決策を見つけるための糸口を見出すことが必要です。
(5)成長・発展を遂げる
自己啓発・学習意欲・挑戦する姿勢を持つ人は、自己の成長と周囲の成長を結びつけ、さらなる高みを目指す傾向があります。自己の限界に挑戦し続けることで、常に新たな可能性を追求しているのです。このような能力やその姿勢は、個人の成長だけでなく組織全体の進化にも貢献します。
(6)自己を超えて人生の意味を見つける
『自己成長の追求』と『他者比較からの解放』は、人生の目的を発見する上でとても重要なステップです。人は他人と自己を比較してしまう傾向があり、周囲との比較から嫉妬を感じることもある生き物です。しかし、「インテグリティ」を追求するためには、他者と比較するのではなく自己に集中することが必要不可欠です。自己成長は『昨日の自分と比べてどれだけ進歩したか』を問うことから始まります。これこそが自己を超越する道と言えます。
組織の「インテグリティ」醸成に向け人事ができること
──人事担当者が社員に「インテグリティ」を醸成してもらいたいと考えた際、どのようなサポートができるのでしょうか。
「インテグリティ」の醸成は、『自社の現状と直面する問題を把握すること』から始まります。それゆえ、その強化策も一概には決められません。各社の現状や課題によって適切な施策も変わってくるためです。現在抱えている課題は何かを明らかにするところからスタートし、その内容に基づいて適切な仮説を立て、行動計画を策定する形になります。
以下に、課題別の施策とアクションを整理してみました。各社の課題発見と解決への思考のきっかけに活用してもらえると嬉しいです。
対処すべき課題 | 施策 | 具体的なアクション |
「インテグリティ」が全社員の共通認識になっていない | 会社理念・MVVなど、全社員共通言語への落とし込み | 会社理念やミッション・ビジョン・バリュー(MVV)に「インテグリティ」の内容を盛り込み、全社員の共通言語として定着させるためのコミュニケーションやワークショップを行う。 |
「インテグリティ」に対する理解の不足や不一致 | インテグリティ・トレーニング | 「インテグリティ」についての定義と、その価値についてトレーニングの機会を提供する。 |
リーダーの役割モデルの欠如 | リーダーシップ・トレーニング | リーダー層に対して「インテグリティ」を持つリーダーになるためのトレーニングを提供する。 |
「インテグリティ」に沿った言動・行動の欠如 | フィードバックシステムの導入 | 継続的で構造化されたシステムを実装し、「インテグリティ」に関する項目を評価・フィードバックする。 |
上位マネジメント層の行動と言葉の不一致 | 360度評価の導入 | 経営陣や上位マネジメントクラスに対する360度評価を導入し、「インテグリティ」に関するスコアの見える化&開発目標を設定する。 |
コミュニケーションレベルの低さによる「インテグリティ」の欠如 | コミュニケーション手法の強化 | 社内コミュニケーションのあり方を見直す。効果的なコミュニケーションのトレーニングや1on1ミーティングの導入・改善を行う。 |
社員の声や意見の不足 | エンプロイーサーベイの実施 | エンプロイーサーベイにより「インテグリティ」のスコアを定期的に見える化し、結果に基づいた仮説設定とアクションプランを実施する。 |
中には「ここに書かれている課題はすべて該当してしまう」企業もいるかもしれません。そんな時はセンターピンとなる課題を見極めた上でそこから対処していく形になるかとは思いますが、一般的には以下ステップで対応を進めていくと良いでしょう。
(1)トレーニングによる理解と意識改善
まず最優先で取り組むべきは「インテグリティ」に対する本質的な理解促進です。ただし、これにはかなりの期間が掛かることから、長期的な視点を持って根気強く取り組む必要があります。具体的なアクションとしては上記同様で、会社理念やMVVに「インテグリティ」の内容を盛り込みジワジワと組織に浸透させていくことや、各種トレーニングの実施により必要なところへ必要なインプットを促すことなどが挙げられます。
(2)コミュニケーションとエンゲージメント強化
組織において重要な「インテグリティ」も、それだけの単発的な取り組みとなってしまえば社員へのインパクトも限定されてしまいます。社員満足度や生産性向上にもつながる施策とうまく組み合わせながら概念の浸透を進めていくことで、相乗効果を生み出すことができるようになります。
(3)評価システムへの反映
評価には個人の行動を具体的に促す効果があります。そこに「インテグリティ」の概念を組み入れることにより、組織内へ自然とその概念が染み込んでいくことが期待できます。ただし、この手法の効果は「インテグリティ」に対する理解度の高さに比例するため、(1)で挙げた理解促進のフローは必須です。
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編集後記
採用などにおいても高いパフォーマンスを期待して『真面目で誠実な方』などを求めるシーンは多くあります。しかし、そうした「インテグリティ」を持った方が多く組織内にいることで、より健全で強固な組織運用ができることを小口さんの話からも理解することができました。採用時点はもちろん、その後も社内研修や環境整備などを通じて組織の「インテグリティ」醸成を推進してみてはいかがでしょうか。