「リフレクション(内省)」を組織全体に促す方法論とは
自身を客観的に振り返り、行動や状態を見直す「リフレクション(内省)」。自分自身の在り方について見直す姿勢や取り組みは、組織・人材育成の観点から非常に重要なポイントです。
今回は、人材開発・組織開発コンサルタントとして活躍している吉田創さんに、「リフレクション」がもたらす効果と、組織全体に「リフレクション」を促す方法について伺いました。
<プロフィール>
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吉田 創(よしだ そう)/株式会社Dialogic Consulting・株式会社メタ 組織開発・人材開発コンサルタント
18歳で米国にてアパレル貿易事業を立ち上げ、6年後に日本へ帰国。その後IT領域で起業し音声認識・合成技術を駆使した世界初の社内コミュニケーションシステム構築を実現。さらに、M&A・バイアウト・MBOなどの経営実務に関わりながら、2009年より人材や組織、リーダーシップの開発に焦点を当てて活動。経営戦略と一貫した人材開発・組織開発戦略の構築をサポートし、組織の持続的な成長と変革を実現するお手伝いがミッション。現在は対話の学校・経験学習の学校のトレーナー(ファシリテーションやトレーニング研修)や、Youtubeチャンネル『人と組織のおはなし』運営なども行う。
目次
「リフレクション」とは
──「リフレクション」の概要や目的について教えてください。
「リフレクション」とは、反射・反映・内省の意味を持つ言葉です。過去にさかのぼって自ら経験したこと・考えたこと・感じたことに思いを巡らせ、それらについての理解や意識を深めることを指します。人材育成や組織開発の文脈では『自己やメンバーの思考・感情・希望・言動を客観的に振り返る』という意味合いで使用されており、『振り返り』と同じ意味で使われることもある言葉です。この「リフレクション」を組織内で導入することで、組織や個人の成長を促すことが可能となります。特に、急速な社会環境の変化についていく必要がある組織では、定期的な「リフレクション」が非常に大きな価値を生みます。
なお、「リフレクション」には主に2つの目的が存在します。
(1)事業改善の「リフレクション」
事業やプロジェクトに焦点をあて、それらをより良く進めるための「リフレクション」です。具体的には、提供する商品やサービスの価値を向上させるために、何がうまくいったのか、何がうまくいかなかったのかを詳細に検証する過程を指します。この「リフレクション」を行う際には、そのチーム内での心理的安全性が極めて重要になります。心理的安全性を確保することでチーム全員がオープンに意見や問題点を共有することができるようになり、事業の質をさらに高めるための具体的なステップを見つけ出すことができるようになります。
(2)成長の「リフレクション」
組織や個人に焦点をあて、それらの成長を目的とする「リフレクション」です。具体的には、マネジメント・リーダーシップ・コミュニケーションスキルなどの個人の言動、また人間関係やチームの機能に関するものです。ここでは、『個人の感情や思考、チームの雰囲気、関係性』などに注目し、それらの要素がチームの動きにどのように影響しているのかを探る作業が行われます。この「リフレクション」を通じてチームのコミュニケーションの質と関係性を最適化し、全体としてのパフォーマンスを向上させるための方法を見つけることができるようになります。
──いわゆる『反省』とも似た概念だと感じたのですが、どのような違いがあるのでしょうか。
『反省』は、過去の間違いを指摘し、それを修正するためのアプローチです。一方、「リフレクション」は成功も失敗も含めた経験全体を振り返り、その中から学びを引き出して未来の行動に活かします。つまり、単に過去を振り返るだけの『反省』とは異なり、「リフレクション」は未来志向(経験を次のアクションに結びつけるもの)だということです。「リフレクション」が注目されるようになった背景にはVUCAと呼ばれる時代の影響があると考えています。未来予測が不可能なほどに変動が激しいこの時代においては、以前のように正解や成功の法則が通用しづらくなっています。過去の成功体験や先人の知恵に基づいた行動だけでは、ビジネス環境に対応しきれないのが現状です。そこで「リフレクション」によって自らの経験から抽象化した学びを抽出し、組織や個人は独自の成功の法則やマイセオリーを構築していく必要性が出てきました。こうして経験と学びと行動を繋げる「リフレクション」こそが、VUCA時代において組織や個人が持つべき最重要スキルと言っても過言ではありません。
「リフレクション」の効果と落とし穴
──「リフレクション」から期待できる効果について教えてください。
「リフレクション」は、組織や個人が自己を評価し、自らの経験から学び、未来の行動を改善するプロセスです。このプロセスから得られる効果には主に4つがあります。
(1)チーム力の向上
・メンバーのモチベーションが高まり、自発的に行動し始める
・メンバーの当事者意識が強まり、責任感を感じるようになる
・対立しているメンバー間の関係が改善される
・コーチングスキルが身につき、質問やフィードバックの質が向上する
・話しにくい雰囲気や緊張感が緩和され、オープンなコミュニケーションが促進される
(2)組織力の向上
・従業員のコンプライアンス、リーダーシップへの信頼、エンゲージメント、定着率が向上する
・心理的安全性が高まることで、失敗を恐れず新しいことに挑戦できる文化が育成される
・組織のエンゲージメント向上により、社員が仕事に情熱を持って取り組むことが増える
(3)個人の成長
・グロースマインドセットや学習志向が養われる
・自己決定力や内発的動機づけが増す
・観察力、分析力、応用力、行動力などのスキルが向上する
(4)リフレクション力の向上
・「リフレクション」を経験することで、より質の高い振り返りができるようになる
・リフレクション・イン・アクション(仕事中に振り返り活かす)スキルが磨かれる
──効果を聞くとやらない理由はないように感じますが、何かデメリットのようなものはあるのでしょうか。
デメリットと言うほどのものではありませんが、「リフレクション」を行う過程ではいくつかの落とし穴があります。以下のような点に陥ってしまうと、上記でお伝えしたような効果を得られないケースもあるため注意が必要です。
(1)「リフレクション」が文化として根付かない(組織課題)
「リフレクション」が文化的に根付いていないと、そもそも振り返りの時間を設けることが難しかったりする組織も実際にはあるでしょう。また、「リフレクション」が組織文化となるまで、じっくり時間をかけて地道に取り組む必要があります。「リフレクション」が根付いてない組織では、サポートする人材やリーダーが不在なことも多く、仮にいたとしてもその方たちのスキルが未熟であれば、「リフレクション」の質が低くなる可能性もあります。
(2)「リフレクション」スキル不足(個人課題)
自身の行動や経験を客観的にとらえ分析する自己認知やメタ認知が不足していると、効果的な学びを得られません。感じたことや気づきを適切に言語化することや、既存の知識や経験に固執せずに内省を深めることはそう簡単ではないからです。具体的には以下のような能力・思考・スキルが求められます。
・感情を適切に言語化する能力
・問題や状況を抽象的に捉え直す思考
・過去の経験や知識からのアンラーニング
・新しい行動パターンを試す勇気やスキル
など
なお、上記以外にも日常の忙しさから振り返ること自体を忘れてしまったり、優先順位が下がってしまうなどの問題もあります。
こうした課題を乗り越えるためには『経験学習のサイクル』が参考になります。経験学習とは、人が経験から学ぶプロセスを指します。『経験学習のサイクル』を取り入れた「リフレクション」によって、真の学びと成長が促進されます。
学習理論には、大まかに『経験学習』と『知識付与型学習』の2つのタイプが存在します。『知識付与型学習』は、文字通り先人の知識や情報を伝授する方法であり、学校教育などで主に用いられる方式です。一方、『経験学習』は実際の経験を通して得た知識や感覚を学びとして活用する方法であり、ジョン・デューイやコルブなどが提唱した理論を元にしています。ジョン・デューイは、『経験だけで学ぶのではなく、その経験を内省し、振り返ることで本当の学びが生まれる(learning by doing)』と提唱しています。コルブは、人々が実際の経験を通して学び、それをさらに深化させる過程を『経験学習』と定義しました。彼の考えによれば、『経験学習』は経験からの学びを次の行動に活かす過程であり、『学び方の学び』とも称されています。
この図はコルブの経験学習サイクルを筆者が解説するときに使っているものです。『経験学習』のサイクルは、経験を通じて得た気づきや感じたことを振り返り、分析し、それを実際の行動に移すまでの一連のサイクルから成り立っています。特に、コミュニケーションやリーダーシップ、ファシリテーション、コーチング、マネジメントなどのスキルには、実際の経験を通じた学びが不可欠です。
特に、マネジメントスキルなどは実際の経験から得ることが最も効果的であると言われており、その経験を適切に「リフレクション」することでより深い学びへと繋がると言われています。つまり、経験からの学びが得られない人は真のリーダーシップやマネジメントを行うことが難しく、経験学習と「リフレクション」の重要性が強調されています。
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組織全体に「リフレクション」を促す施策
──「リフレクション」できる組織を目指すために必要な施策について教えてください。
ここまでお伝えした通り、「リフレクション」は組織の発展や個人の成長にとって極めて重要なプロセスです。それを実現するためには人事部門の役割が大きくなります。以下に人事が「リフレクション」を組織に定着させるための役割とアプローチについてまとめましたので、参考にしてもらえると幸いです。
(1)経営層向けの取り組み
「リフレクション」の優先順位を上げ、組織文化に馴染ませるにはトップの理解が不可欠です。
・「リフレクション」の意義や重要性についての研修やセミナーを開催
・エグゼクティブコーチングの導入で経営層自体の「リフレクション」能力を向上させる
・経営合宿などで「リフレクション」を中心とした議論を行う
(2)管理職向けの取り組み
「リフレクション」スキルの向上には、一人では気付けないことに気づくことが必要になります。そのため、「リフレクション」の援助者として上司のスキルアップは欠かせません。
・外部の専門家やコーチを招聘し、「リフレクション」のスキルアップ研修を提供
・管理職同士での経験や気づきを共有するセッションを設ける
(3)一般社員向けの取り組み
私の経験上、最初から「リフレクション」を上手にできる方は2割いるかいないかです。闇雲に「リフレクションをしろ」、「1on1の時間を取れ」と言っても効果的な時間にはならないので、まずは経験から学ぶという概念を知ること、良質の「リフレクション」に出会うことで意義を理解することからスタートします。
・「リフレクション」の基本的な方法や技術を伝える研修を実施
・1on1セッションを導入し、上司と部下の間での「リフレクション」を促進
・HRテクノロジーを活用して、「リフレクション」結果を共有・管理する仕組みを構築
・「リフレクション」の結果や取り組みを評価制度に取り入れる
(4)新入社員向けの取り組み
「リフレクション」が上手になるには「リフレクション」をすることです。組織社会化の早い段階で習慣化することで、その後長く続く社会人生活で活用できるスキルとなります。
・初期研修での「リフレクション」導入
・OJT中のトレーナーとトレーニー間での1on1セッションを実施
(5)部署やプロジェクトチーム向けの取り組み
「リフレクション」が上手になるまでに、効果を感じられず形骸化しやすいことがあります。単に時間を取るだけでなく、効果や成果を感じられるように組織全体の評価基準を取り入れることも大事な施策となります。
・従業員満足度調査に加えて、チームの心理的安全性と「リフレクション」を促すリーダーシップ行動の評価も行う
・チームの目標に「リフレクション」の質や量を表す指標を取り入れる
・組織活動であるミーティングに「リフレクション」を取り入れる
・チームビルディングや合宿での「リフレクション」の機会を増やす
組織全体に「リフレクション」を促す上では、組織のトップから一般社員まで全員がその重要性を理解し、実践する文化を作ることを目指しましょう。特に、経営層やマネジャーがその先頭に立って推進することが「リフレクション」文化の定着には不可欠です。
しかし、「リフレクション」を義務として強制してしまっては本末転倒です。それぞれのメンバーが自らの成長や組織の向上のために「リフレクション」を活用することの意義を理解し、自主的に取り組める環境を作ることが何よりも重要だと考えています。
「リフレクション」の導入・実践事例
──実際に吉田さんがこれまでにご経験された「リフレクション」の導入・実践事例について教えてください。
あるクライアント企業へ「リフレクション」を導入した際の実例をご紹介します。経営課題の解決手段として「リフレクション」を全社導入した結果、従業員満足度調査の指標のうち、特にエンゲージメントとエンパワメントが向上し、より自律的で主体的な社員を増やすことができました。
課題の特定
従業員満足度調査と上級管理職へのヒアリングを通じて、以下課題が抽出されました。
・役職間、部署間の信頼が薄く、対立が起きやすい
・上級管理職に権限が集中し、権限委譲が進まず部下による判断や意思決定ができない
・傾聴、質問、フィードバックなど、本質的な対話のベースとなるスキルが低い
「リフレクション」の導入決定
特定した課題を踏まえて、当時の経営戦略を促進するためには部署間・上司部下間のコミュニケーションと関係性の質の向上が必要だと判断。自律的に行動する社員を増やすことを目標に掲げ、「リフレクション」を全社で取り組むことを社長が意思決定しました。
実施した施策
具体的には大きく以下3つの施策を実行しました。
(1)経営層へのエグゼクティブコーチング
(2)管理職向けの「リフレクション」研修・グループコーチング
(3)上司部下間の1on1導入
特に、経営層と管理職は今までの指示指導(ティーチング)から、傾聴・質問・フィードバック(コーチング)に介入の軸足を変え、部下が自らの経験から学べるよう支援できるようになりました。また、徐々に「リフレクション」文化を浸透させるために、初年度はエグゼクティブコーチング・管理職研修・1on1は挙手制とし、2年目以降から部長・課長・係長と徐々に階層を下げた全体研修としました。スーパーバイザーとして関わっていた外部講師も徐々に関わりを減らし、管理職同士で学び合うグループコーチング(ピアコーチング)に移行。研修は内製化し、継続学習は自主的・主体的に学べるようになりました。エグゼクティブ・コーチングだけは「リフレクション」以外にも目的があったため、外部のコーチを活用しながら今も継続しています。
成果
従業員満足度調査における心理的安全性のスコアは、導入から1年で約30%ポイントが上昇しました。経験学習に関する項目評価も24%の向上が見られました。また、目標に据えていた社員の自主性や当事者意識も高まり、より主体的な行動が取れていると結果に現れました。
グループコーチング参加者の声
・思っていた以上に、部下が話しづらさを感じていることを理解できた
・質問と傾聴のトレーニングとなり、以前よりも部下が多く話すようになった
・マネジメントには教科書(公式や決まった答え)がないことを実感できた
・まだ一方的なアドバイスになってしまいがちだが、自分の行動とその影響を考るようになっている
・自分の癖に気づくようになった。これから解消にチャレンジしたい
・多様性が重要視され業務上のコミュニケーションが画一的でなくなる中で、振り返ることで自分の持ち味を意識できるようなった
・同じような悩みを抱えている管理職がいることを知り、自分だけではないと安心できた
・相談できる仲間ができた
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編集後記
『「リフレクション」は形だけ取り入れても簡単に形骸化し、辛いだけの1on1や、学びのないリフレクション・シートを増やすだけになってしまいます。そうならないためのキーマンは人事。大変な部分も多いですが、しっかり取り組めば必ず成果が出る施策です』
最後にこうまとめてくれた吉田さん。「リフレクション」を文化として組織・個人に定着されるには地道な試行錯誤と経営層を巻き込んだコミットが求められることが理解できました。ぜひ腰を据えて取り組んでみたいテーマです。