「アンラーニング」で社員の成長を促すために知っておきたいこと

環境の変化に適応しながら自らを変えていくことが個人・組織の双方に求められる時代背景を受け、人材育成の領域で「アンラーニング」という考え方が注目されています。
そこで今回は「アンラーニング」の定義や実践するためのステップ、留意すると良いポイントまでを、人材開発・教育・キャリア支援の分野で活躍されている平田 一茂さんにお話を伺いました。
<プロフィール>
平田 一茂(ひらた かずしげ)/法人代表
九州大学ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センター 非常勤講師
1991年生まれ。早稲田大学を卒業後、新卒で株式会社ベネッセコーポレーションに入社。
教育関係者向け研修・講演実施多数。その後、Indeedにて数百社の採用支援、大手企業向け営業組織の立ち上げを担う。Reapra Japanでは投資先のハンズオン支援、九州エリアを中心に大学生向けの講義・ワークショップを展開。2021年に「はたらくおとなの創意工夫に貢献する」をビジョンとした株式会社ジコウを創業。現在、営業職のワークエンゲージメントを高めるためのキャリア支援事業『法人営業転職ナビ』を運営。
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目次
「アンラーニング」とは
──まず「アンラーニング」の定義や目的について教えてください。
「アンラーニング」とは、これまでの自身の価値観や知識・スキルを認知し、一部を手放し、代わりに新しいものを取り込むことを指します。変化に合わせて学びを修正するため、『学びほぐし』や『学習棄却』とも呼ばれています。棄却という言葉にも表れるように、『これまでに学んだことを捨てる』という点がポイントです。
似た取り組みにリスキリングがありますが、これは技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために新しい知識やスキルを学び取り込むことを指します。そのため、内省・認知・棄却(手放す)の流れを経て新しい学びを取り入れる「アンラーニング」とはプロセス面で大きく異なるものです。
「アンラーニング」の定義をより正しく理解するためには、以下3つのポイントも押さえておきたいところです。
(1)対象は『知識・スキル』だけではない
自身がこれまでに培ってきた『価値観・バイアス』を対象に含み、過去に囚われていないかと内省・認知することに意義があります。
(2)『学習棄却』という言葉に囚われ過ぎない
単に今までの価値観や知識・スキルを何でも手放すことが「アンラーニング」ではありません。自身のこれまでを内省・認知し、これから進みたい方向に合わせて取捨選択することが重要です。
(3)成果が目に見えにくいものであることを認識する
リスキリングやリカレント教育(生涯学習)と違い、「新たに◯◯ができるようになった」という成果がわかりやすく出るものではないことに留意しましょう。
──「アンラーニング」という言葉を耳にすることが増えてきましたが、注目されはじめているのでしょうか?
事業モデルの転換などビジネスの動きがスピーディーに変化したり、終身雇用ではなく転職などが一般化しつつある昨今の状況が影響し、注目されていると考えています。これにより日本を牽引してきた企業の事業成長は鈍化し、従業員のエンゲージメントが低下してきていることが社会全体にも認知され始めています。それを打破する方法の1つとして注目されているのが「アンラーニング」というわけです。
この背景を企業側・個人側に分けてより詳しく説明すると、以下のような形になります。
企業側:事業成長のためのドライバー
低成長が続く日本経済の中で過去のビジネス様式・習慣に囚われていると、先行きが不透明で、将来の予測が困難な社会状況における継続的成長はより困難を極めます。そのため、これまでの価値観からすると『非合理・未知』なものであってもあえて取り込んでいくことが必要になります。またその行動によってこれまで大切にしていたことや手放した方が良いことも明確になるケースが多いです。
各社が積極的に推進している新規事業においても似たシーンはよく見られます。既存事業から隣接した領域だけに進出するのではなく、あえて飛び地領域で新規事業を展開することで、結果的に既存事業のオペレーションが改善した事例や、そうした成果を一部新規事業にも転用・還元できることも多々あります。GE社の様に重工業領域から金融・ヘルスケア領域に事業展開し、高収益かつ最先端のテクノロジーを取り込める企業体へ変化したことは有名な例ですね。このように「アンラーニング」による事業成長へのメリットや影響度はとても大きいものです。
個人側:経済低迷による幸福感の個別・多様化
日本経済自体が成長している時代には、いい大学・いい会社に入り、家族とマイホームに住み、老後は悠々自適な生活を送るといった『共通の幸福観』を世代を問わず多くの人が持っていました。しかし『失われた30年』とも評される昨今では、そうした幸福観を現実で享受できる人が相対的に減ると共に、健康寿命が伸びたことでより人生設計が変化の時を迎えています。
つまり、個々人がなんとなく継続して『共通の幸福観』を保有しているということを認知した上で一部手放し、個人としての豊かさや幸福観を再定義することが求められている時代と言えます。そのように価値観が多様化する変化に対応するために、自分のあり方を過去も踏まえて内省・認知・棄却し学んでいく「アンラーニング」の重要性が増しているというわけです。
「アンラーニング」を実践する9つのステップ

──「アンラーニング」を実践するためには、どのような順序で進めていくのが良いでしょうか。
個人が組織内で「アンラーニング」を進めていくためには、主に9つのステップがあります。
(1)「アンラーニング」を行うきっかけ・目的・動機の確認
これまでの自分と向き合い、理解し、変化を促していくことは簡単ではありません。だからこそ、その目的や必要性をどれだけ本人が感じられているかが重要です。なぜ今自分が「アンラーニング」を行う必要があるのかについては最初の段階で明確にしておきましょう。
(2)阻害要因の排除
いくら本人が「アンラーニング」の目的や必要性を理解していても、所属組織の関係者(上司・同僚など)の理解・協力がなければうまく進めることができません。必要に応じて関係者への説明や協力依頼、情報共有を行いましょう。また、自身の学習に対する抵抗感がないかどうかも事前に認知しておくことが重要です。
例えば上司との1on1ミーティングなどの中で、自身の開発したい能力・キャリアプランや、今感じている葛藤・内省をオープンにシェアすることが重要です。もちろん前提として、自身の能力開発の結果が組織にとってどういった点で貢献できるのかの説明が必要になってきます。
(3)内省・自己評価
現状の価値観やスキルを棚卸し、自己評価するフェーズです。価値観やスキルを取捨選択するのはこの先のステップで行いますので、ここでは内省・自己評価に集中してください。方法はさまざまありますが、リフレクション(あえて業務からいったん離れて自分の仕事の進め方や考え方などを振り返り、自分自身を見つめ直すこと)やマインドフルネス(『今この瞬間』に集中する心のあり方。仕事の効率化やリラックス効果などの効果がある。)などの機会を提供することがその一助となるはずです。
(4)越境学習
越境学習とは、普段勤務している会社や職場を離れ、まったく異なる環境で働くことで新しい視点を培う学習スタイルのことです。まったく異なる文化の中に飛び込むことで、自身が知らず知らずに持っていた価値観や採用にも気づきやすくなります。
会社や職場から離れることが難しい場合は、大きく環境を変えずとも、それ以外の方法でこれまで取り組んだことのない体験を一定期間行う形で実施するのも効果的です。例えば会社からの帰り道にいつもとは違うルートを検証してみる、本屋でいつもは手に取らない本にチャレンジしてみるなど、日常に小さな変化を加えることで「新たな気付き」を徐々に増やしていくことが大切です。
(5)批判的内省
越境学習を通じて、過去からの自身の習慣や囚われている価値観を認知していきます。特に越境学習を実践する中で『どんな考え方や行動に対して違和感があったか、葛藤があったか』に着目すると、より自身の考えや価値観に気づくことができるようになります。
組織としてはそういった価値観に気づけるような機会を提供できるとよいでしょう。具体的には、挑戦の機会を創る(抜擢人事を行う、メイン業務と異なる業務をアサインするなど)内省の機会を創る(匿名性の360度サーベイなどで他者の考えを取り込む、社員インタビューや新卒採用イベントで自らのこれまでの仕事観を話すことで内省を促す)などの方法がおすすめです。
(6)客観フィードバック
ここまで行ってきた内省・自己評価に、他者からの視点も取り込んでいくことで、自身の内省をさらに促進していきます。
(7)学習目標の設定
当初定めた目的・動機と、内省・自己評価したものを照らし合わせながら、『何を手放すか』『何を取り込み、それにより自身をどう変容させていきたいか』を言語化していく形で目標に落とし込んでいきます。
(8)サポート体制の構築
前項で設定した目標を関係者に共有することで、協力者や理解者を増やしつつ、周囲に自身が行っていることを伝えて継続的に学習に取り組める環境を整えていきます。
(9)継続的な学習・振り返り・再評価
「アンラーニング」は短期的に目に見えた成果が出るようなものではありません。長期的な視点で物事に取り組み、その中で定点観測的に自らの変容について主観・客観的に振り返り続ける必要があります。
目安としては会社の人事評価よりも長いスパンで見るべきだと良いでしょう。例えば半期で評価面談がある場合は、半年以上は経過観察するなど「目先の成果とアンラーニングを紐付けない」のが重要だと考えます。

「アンラーニング」推進時に注意すべきポイント
──企業の中で社員と組織に対して「アンラーニング」を推進しようと考えた時に、注意しておいた方が良いポイントなどはありますか?
個人と企業間における「アンラーニング」のきっかけ・目的に違いがあることを認識しておいた方が良いと思います。
まず、個人側のきっかけとなりやすいのは主に以下3つのタイミングです。
(1)状況の変化(昇進・異動、ライフイベントなど)
(2)他者からの影響(上司・同僚・取引先・友人・家族など)
(3)研修・書籍(自己研鑽・自己啓発など)
一方で、企業側においては昇進・昇格がきっかけになりやすいです。例えば、マネージャーに昇格する際には『1人称から3人称へのアンラーニング』が、役員に昇格する際には『部分最適から全体最適へのアンラーニング』が求められます。
つまり、企業側が「アンラーニング」を必要とするタイミングは昇進・昇格に集中しやすいのに対し、個人側ではライフイベントや自己研磨といったタイミングも含まれるため、相互の実施タイミングに乖離があるケースもあるということです。ここを理解した上で、協力体制を考える必要があります。
またタイミング以外にも、以下3つの資質が「アンラーニング」を加速させる上で重要になってきますので、事前にチェックしてみてください。
(1)柔軟性 … 変化に対する恐れがない(恐れていたとしてもそれを認知できていればOK)
(2)計画性 … 時間軸・具体性が含まれている目標・行動指針が設定できる
(3)学習リソースの活用 … 周囲を巻き込みながら、学習できる環境や時間がある
人事が「アンラーニング」をサポートする方法
──人事や企業側が社員の「アンラーニング」をサポートしたいと考えた際、どんなことができるでしょうか?
大前提として、人事や企業が社員のサポートを行うことはとても大切なアクションです。ですがその前に、「アンラーニング」を阻害する要因を取り除くことを忘れてはいけません。
よくある阻害要因としては、以下3つがあります。
(1)新しい価値観・技術・スキルを習得することが難しい環境
(2)所属組織の「アンラーニング」への理解不足
(3)過去の習慣による心理的抵抗
そもそも組織自体が学習志向でないと「アンラーニング」は促進されません。上司自身が学んでいない職場では、自身を変革させようとしているメンバーを『意識高い系』などと揶揄して阻害してしまうことは残念ながらよくあるようです。この3点の阻害要因をいかに取り除くことができるかが、社員の「アンラーニング」を促進する上で最も重要なポイントと言っても過言ではありません。
その上で、以下のようなサポートを検討・実施していきましょう。
マインドフルネス
「アンラーニング」の起点である自らの価値観を認識することを促す取り組みです。休憩中やミーティング冒頭での瞑想、ジャーナリング(紙に自身の今の考えを綴り内省する)の推奨など、一口にマインドフルネスといってもさまざまな手法があるため、自組織や対象チーム・メンバーの目的や性格にあったものをチョイスするのがオススメです。最も有名なものとして、Googleが2007年に開発したマインドフルネスプログラム『Search Inside Yourself』があります。
※参考書籍:サーチ・インサイド・ユアセルフ ― 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法
客観評価・サーベイ
前述した通り、自分以外の誰かの視点を取り入れることで「アンラーニング」は促進されます。わかりやすいものに360度フィードバックなどがありますが、その内容を人事評価にも反映するかどうかは組織カルチャーによって効用が異なるため注意が必要です。
例えば、大手医療機器メーカーのテルモ株式会社では、部長クラスに年に一度実施される360度フィードバックを人事評価には使用しておらず、社内へ公表して誰でも閲覧できるようにしています。それにより評価者が偏った評価をつける理由がなくなり、全社員が自由に閲覧できることで強い公平性が生まれました。
コーチング制度
「アンラーニング」は1人で完結させることが難しいものです。そのため『あなたにとっての仕事・幸せとは?』などの抽象的な質問を投げかけるなどの方法で今の価値観を認識し、内省や自己評価を促すことが重要になってきます。その上でもコーチングはまさにうってつけの取り組みです。
実際に、Sansan株式会社では社内制度としてコーチングの受講を推奨しており、同時に社内コーチと呼ばれる役割も設置されています。
越境学習プログラム
9つのステップでも説明した越境学習は、経産省も推奨している取り組みです。自分にとってのホーム(所属組織)とアウェイ(所属外組織)を行き来することにより、自身のこれまでの価値観を認知し、自分にとって新たな価値観を取り込むことが期待できます。
NPO法人クロスフィールズでは、ビジネスパーソンが新興国のNPOや社会的企業に飛び込み、現地の社会課題の解決に挑むプログラムを展開しています。こうしたものを活用するのも有効かもしれません。
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編集後記
「アンラーニング」はその実践難易度の高さ・短期的な効果の見えづらさから、継続が難しいものです。ただ、その分得られる効果はとても大きなものになります。いきなり「越境学習してみよう!」と意気込むのではなく、まずは日常の1on1や評価ミーティングなどの機会を通じて社員の内省や自己評価を促すなど、できるところから始めてみてはいかがでしょうか。